内分泌かく乱化学物質の発達期中枢神経系障害に関する実験的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100936A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の発達期中枢神経系障害に関する実験的研究(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
渋谷 淳(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渋谷淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原真杉(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 浅井清文(名古屋市立大学医学部分子医学研究所)
  • 榎戸靖(大阪大学蛋白質研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、我々の環境中に数多くの内分泌かく乱化学物質(EDCs)が見い出され、生殖機能を含むヒトへの影響が世界的に懸念されている。EDCsの作用の一つとしてエストロジェン受容体(ER)を介した機序が考えられており、その微量曝露によっても生体に不可逆的影響を及ぼすことが指摘されている。中枢神経系においても、胎生期より視床下部・辺縁系を中心としてER を含む性ホルモン受容体が分布しており、当然、その一部を構成する生殖機能中枢も影響を受ける可能性がある。特にホルモン依存的に脳の性分化を果たす周産期での曝露影響として、脳の性分化障害に引き続く生後の内分泌機能障害が懸念される。本班研究は、個体レベルでのin vivo評価系と中枢神経系を構成する細胞レベルでのin vitro評価系を適用することにより、EDCsの神経中枢への影響の本態を明らかにすることを目標とする。また、検索化学物質を統一していくつかの代表的な物質について用量反応相関を求めることにより、EDCsの低用量域での生体影響を総合的に判定し、それらのリスク評価に資する。11年度は両評価研究ともエストロジェン化合物を陽性対照として評価系の確立に努め、12年度は確立できた評価系においてはEDC候補物質の評価を開始し、13年度は評価を継続・終了した。
研究方法
In vivo評価研究は脳の性分化過程及び性成熟後の生殖機能に与える影響を主眼とし、被検物質の児動物への曝露実験は、想定されるEDCsのヒトへの曝露形態を考慮して母動物に混餌で与えて、経胎盤・経乳的に行った。本年度は、昨年度までにSD:IGSラットを用いてmethoxychlor(MXC)、genistein(Gen)、diisononylphthalate(DINP)、nonylphenol(NP)、bisphenol A(BA)及びtamoxifen(Tam)につき各々3用量を設定して実施した実験での病理組織学的評価を確定し、脳の性分化完了後での視床下部性的二型核(SDN-POA)のサイズ測定を行った。また、下垂体ゴナドトロピン産生細胞の免疫組織学的な定量解析や、他のパラメータで内分泌影響が示唆されたMXC、Gen、DINP曝露例では、脳の性分化臨界期でSDN-POAを含む内側視索前野(mPOA)領域でのエストロジェン応答性遺伝子の発現変動を検討した。この他、基礎飼料中に含まれるphytoestrogenがEDCsの周産期曝露によるリスク評価に及ぼす影響についても、ethinylestraiol(EE)を用いて検討した。また、Wistar:Imamichiラットを用いた生殖機能影響の検索として、MXC、DINP、Genの同様の曝露実験を行い、雄動物では性行動観察と血中FSHレベルの検索、雌動物では性周期、LHサージ、ロードーシス反射を検索した。In vitro 評価研究のうち血液・脳関門(B-BB)評価系においては、独自に確立したin vitroモデルで、既にestradiolや多くのEDC候補物質がL-glucoseのB-BB透過性を即時的に抑制することを見出している。今年度はその抑制メカニズムについて、シグナル伝達阻害剤による薬理学的手法を用いて検索した。中枢ニューロンの評価系では、ラット胎仔海馬培養ニューロンを用いた血清除去による細胞死に対して、estradiolが部分的な抑制効果を示すことを既に明らかにしている。今年度は、この系で各種のEDC候補物質による生存維持作用を検討し、更にそれに関与する神経成長因子と細胞内シグナリングを検討した。倫理面への配慮として、主な動物投与実験は混餌投与により行い、その屠殺はすべてネンブタールないしエーテル深麻酔下で大動脈からの脱血により行い、動物に与える苦痛は最小限にとどめた。各種初代培養に用
いる実験動物は利用規程に従って用い、in vitro B-BBモデル培養系は不死化した細胞を用いたため、倫理面についての問題はない。
結果と考察
In vivo評価研究では、まず、SD:IGSラットを用いて実施した各化合物の周産期曝露例のうち、MXCとDINPの最高用量のみで各々雌ないしは雌雄の生殖器に病理変化を誘発した。下垂体ゴナドトロピン産生細胞数は、MXC曝露例のみで離乳時と性成熟後に変動を認め、特に成熟後の雌では他のパラメータで影響の検出されなかった240 ppmからprolactin陽性細胞率の増加を見出し、鋭敏なパラメータとなる可能性が示唆された。MXC、GenないしDINP曝露例のうち、DINPとMXCの最高用量群の雄でmPOAでのGABA transporter-1の発現が各々減少ないし減少傾向を示し、脳の性分化影響が示唆された。この他、 phytoestrogenを含む通常の基礎飼料の方が、含まない飼料に較べてEEの周産期曝露影響を強く誘発することを見出し、EDCsの評価に際しては、飼料の選択に留意する必要があると考えられた。Wistar:Imamichiラットを用いたMXC、DINP、Genの同様の曝露実験で、雌動物の性周期の回帰異常、LHサージの低下やロードーシス反射の減少が観察され、MXCとDINPでは明らかに最低用量から変動を示した。また、雄性行動には明らかな影響はなかったが、検索した全ての投与群で血中FSH濃度が顕著に減少していた。以上より、Wistar:ImamichiラットはSD:IGSラットより感受性が高いと考えられ、MXC、DINP、Genは明らかな性成熟後影響を示したが、今後、例数を増やしての追試確認や曝露動物の繁殖効率の検討が必要であると考えられた。また、SD:IGSラットのみで解析したNP、BA、Tamは今回の実験条件では影響がないものと判断された。In vitro評価研究のB-BB評価系では、estradiolによるL-glucoseの透過性の抑制効果がPI3 kinase阻害剤とNO synthase阻害剤の添加により消失することが判明し、NO産生量の測定系がB-BB評価系として利用できる可能性を見出した。しかし各種化合物でのNO産生に対する用量依存性の反応は認められず、評価系確立にはより厳密なNO産生量測定系の構築が必要と考えられた。ニューロン評価系では、ラット培養海馬ニューロンの血清除去による細胞死の系で各種化合物を解析し、BAやNP、Tam、4-hydroxytamoxifenで抑制効果を確認した。また、estradiolやこれらの化合物が、神経栄養因子であるインシュリンやIGF-1との共存下でニューロンの生存を著しく増強することを見出し、このニューロン評価系は神経栄養因子の作用に対するEDCsの修飾作用を検索する上で有用性が高いと考えられた。
結論
SD:IGSラットを用いた研究で、MXCは最高用量で視床下部-下垂体軸に対する直接影響を介した性成熟後の生殖器障害を示すものと考えられた。DINPの最高用量の雌雄で生殖腺に見られた変化については、脳の性分化障害を介した変化かどうかについての確認試験が必要であるが、影響としては軽度であった。他の化合物については今回の実験条件では影響がないと判断された。また、EDCsの評価に際しては、飼料の選択に留意する必要があると考えられた。Wistar:Imamichiラットを用いた研究では、雄での血中FSHレベル、雌での性周期回帰やLHサージの検討が有用と考えられ、このラットはSD:IGSラットより周産期曝露影響の感受性が高いと考えられた。これらの結果を総合して、個々の化合物についての出生児影響に関する母体曝露の無毒性量をSD:IGSラットでの摂餌量を基に求めたところ、MXCで1.9 mg(妊娠時)~3.8 mg(授乳時)/kg/day(24 ppm)以下、 DINPで30.7 mg(妊娠時)~66.2 mg(授乳時)/kg/day(400 ppm)以下、 Genで13.7 mg(妊娠時)~23.0 mg(授乳時)/kg/day(200 ppm)、NPで270.4 mg(妊娠時)~455.3 mg(授乳時)/kg/day (3000 ppm)以上、BAで231.8 mg(妊娠時)~384.4 mg(授乳時)/kg/day(3000 ppm)以上、Tamで20.5μg(妊娠時)~34.8μg(授乳時)/kg/day(0.25 ppm) 以上であった。In vitro B-BB評価系では、estradiol及び各種化合物による即時的なL-glucoseの透過性低下には、PI3 kinaseと最終的にはNOシグナルを介することが明らかとなった。培養中枢ニューロンの検索系では、
血清除去による細胞死に対する細胞保護作用の評価系が、EDC候補物質の影響検索に有効であることが判明し、これらの化合物による生存維持効果がMAP kinaseやPI3 kinaseを介していることが明らかとなった。

公開日・更新日

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