生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響

文献情報

文献番号
200100922A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中の脂溶性化学物質の感染抵抗性に及ぼす影響
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小西 良子(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 天野富美夫(国立感染症研究所 細胞化学部)
  • 杉浦義紹(神戸市環境保健研究所)
  • 清水誠(東京大学農学部)
  • 向井鐐三郎(国立感染症研究所 つくば霊長類センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、体内蓄積性脂溶性化学物質の次世代への暴露の可能性とその感染症抵抗性への影響を明らかにすることにある。そして、感染機序の異なる数種の感染症に対する宿主抵抗性低下と定量的な相関関係のある免疫関連パラメーターを検索決定し、未知の化学物質の安全性評価方法の確立を行うことにある。さらにこれらの脂溶性化学物質の腸管からの吸収機序を解明しその吸収阻害に役立つ食品成分の検討も行う。世界的規模の海洋汚染が報告されているトリブチルスズ(TBT)やダイオキシン(TCDD) は、食物連鎖を経てヒトや家畜への体内濃縮が懸念される。伝統的に魚介類の摂取量が多い我が国において、この化学物質が引き起こす健康被害を予測することは早急に行わなければいけない問題である。 本年度はトリブチルスズおよびダイオキシンを用い、妊娠初期からの暴露の影響および母乳を介しての暴露の次世代に対する影響をラットおよびマウスを用いて検討し、これらの暴露形態においても次世代の免疫機能に影響が出現し細菌感染および真菌感染への抵抗力を低下させる危険性があることを見いだし、感染抵抗性の指標になる免疫パラメーターの動向を検討した。さらにその抵抗性の低下の原因となる免疫細胞の解明を試みた。潜伏性感染を誘起するウイルスに対しての影響は、ヒト継代細胞を用いた系で明らかにした。また、食品や飲料水由来のルートで摂取された有害化学物質は腸管から吸収されると考えられていることから、腸管への影響を腸管の有する防御機構への影響を指標に検討した。実験動物は主にマウス、ラットを用いたがヒトに最も近いモデル系としてサルを用いて日本人で摂取量の高いトリブチルスズの長期間投与による免疫系に対する影響を検討した。
研究方法
感染抵抗性を検討する研究(1)胎盤および母乳移行によるTBTの次世代への影響を検討するために次の実験を行なった。 妊娠1日目のSDラットにTBT(0, 5、15, 50ppm)を含む飲水を出産後離乳まで与え、NK細胞活性を調べた。(2)母乳移行および胎盤移行のTBTのどちらが毒性に強く影響を与えるかを検討するためにのの影響を検討するために胎盤経由および母乳経由の2通りでTBTを暴露させた。胎盤経由での暴露群は妊娠1日目から出産前日まで0,5,15,50ppm TBTを含む飲料水を与えた。新生児はTBTを投与していない里親に移し、その後もTBTを含まない飲料水を与えた。母乳経由での暴露群では出産当日から17日間0,5,15,50ppm TBTを含む飲料水を与えた。リステリア感染実験は新生児が生後21日目の時にリステリアを腹腔感染させた。感染後2,4,6日にそれぞれの群から4匹ずつの脾臓の生菌数を測定した。インフルエンザウイルスの感染実験は、感染が上気道で限局して起こるように行い、感染11日後の鼻洗浄液中のウイルス増殖はMDCK細胞を用いたPFU assayにより定量した。(3)腸管免疫に及ぼす影響は5-6週齢のBALB/c♀マウスにTBTを蒸留水で希釈し、500μg/day、50μg/dayとなるように胃内投与して検討した。コントロールには蒸留水を胃内投与した。IEL(腸管リンバ細胞)の分離は、各濃度のTBTを1、3、7日間連続投与した後、最終投与の1日後にマウスから小腸を採取した。IEL subsetの解析は、FACS Calibur(Becton Dickinson)を用いた。(4)(2)と同じ方法でミルク経由で暴露させたICRマウスを用いて真菌感染実験を行った。真菌菌種はCandida albicans IFO1594を用い、抵抗性を生死判定および感染3日後、7日後の腎臓に残存している生菌数を指標とした。(5)サルへのTBT長期間投与
を行い、カニクイザルK1においては糞とともに尿の採取も行い、TBTの定量を行った。末梢血球検査、NK活性の測定、リンパ球サブセットの解析、リンパ球幼若化反応を測定した。選別したカニクイザルはK1; 20歳3.10kg♀, K2; 13歳5.10kg♂, K4; 6歳3.88kg♂, K5; 6歳3.98kg♂の4頭であった。(6)ダイオキシンの次世代への感染抵抗性を検討するため初回妊娠19日目のC57BL/6NCrjマウスを対照群、低濃度暴露群、高濃度暴露群の3群に分け、一群8匹ずつとした。出産までは対照群と同様に水道水を与えたが、出産から20日間は低濃度暴露群では2,3,7- TCDD (和光純薬株)をDMSOに溶解後最終濃度が1.8ng/lになるように溶かした飲料水を、高濃度暴露群では18ng/lの濃度に溶かした飲料水を自由摂取で与えた。対照群ではダイオキシン投与群と同等のDMSO溶液を加えた飲料水を与えた。細菌感染実験は、ほ乳中にダイオキシンを投与した仔は、生後21日にリステリア菌を腹腔投与した。感染後2, 4, 6, 9日目に4匹ずつ脾臓および血液を採取し生菌数を測定した。(7)潜在型HIV感染実験においてU1細胞の培養とHIV-1遺伝子の再活性化は、ヒト単球系細胞株のHIV-1潜伏感染株U1細胞を用いておこなった。U937細胞の培養とHSV-1の感染実験はヒト単球系細胞株U937の亜株Cl.1-4を用いて行った。Vero細胞と共に培養し、Vero細胞を染色して生細胞数を定量し、U937細胞(抽出液)中に含まれるHSV-1ウイルス量をVero細胞障害活性によって評価した。各群とも3点からなるアッセイを行い、結果をTCID50あるいは培養系におけるウイルス感染細胞の数によって表した。(8)TBTのヒト腸管細胞への影響はヒト腸管上皮細胞株Caco-2を用いておこなった。分化させたCaco-2に高濃度(-1000nM)のTBTで短時間(24時間)処理した場合と、低濃度(-100nM)で2週間培養した場合との2種類の暴露による細胞への影響を、タイトジャンクション透過性、P糖タンパク質の活性、細胞層の酵素活性を指標に検討した。
結果と考察
本年度は、脂溶性物質としておもにTBTとTCDDを用い、その免疫毒性から、感染抵抗性の免疫パラメーターになり得る細胞の検索まで一連の研究を行った。これらの結果から、TBTは、胎盤経由よりミルク経由の方が、次世代への細菌および真菌感染抵抗性に影響を及ぼしやすいことが示唆された。ミルクを介して暴露される濃度では次世代のNK細胞の活性は亢進されており、そのためウイルス感染への抵抗性には影響を及ぼしにくいことが明らかになった。この抵抗性の低下には、T細胞、とくにCD8陽性細胞の減少だけでなく非特異的防御機構である好中球やマクロファージの機能低下にも深く係わっていることが示唆された。さらに腸管への影響を検討した結果、TBTは短期間暴露と長期間暴露では腸管に対する毒性が全く異なってくることが明らかになった。腸管免疫に及ぼす影響も、特に非胸腺由来のγδT細胞やCD8αα+ αβT細胞、CD8αα+ γδT細胞の減少が顕であった。従来、免疫毒性の評価対象とされていなかった非胸腺由来T細胞が通常の胸腺由来T細胞よりもTBTに対し、高い感受性を示したことは、様々な化学物質の免疫毒性を調べる上で従来の胸腺、脾臓などを中心とした全身免疫系に対する免疫毒性だけでなく、粘膜免疫系に対する免疫毒性についても評価する必要があることを示している。 潜伏感染性ウイルスに対する感染抵抗性では、TBTの低レベルでの長期にわたる慢性的な摂取が、ヒトの体内に潜伏感染あるいは再活性化するウイルスの増殖や遺伝子発現、ならびにウイルス感染自体に影響を及ぼし、ある条件下では憎悪因子になりうることが示唆された。サルを用いたTBT摂取実験では、持続的な摂取においてNK細胞の活性低下が認められた。この結果はラットでえられた結果と異なるが、摂取量に起因するものと考えられる。ダイオキシンに関しては、次世代のリステリアに対する感染抵抗性を指標に、その影響を検討したが、飲料水に最大解けうる濃度ではやや排菌機構に影響がみとめられたものの、顕著な毒性は認められなかった。この結果から、水道水に最大限のダイオキシンが汚染したとしても、母乳を通じて次世代の感染抵抗
性を低下させる恐れはほとんどないと思われる。しかし、汚染が複合となった場合には、全くその危険がないとは言い切れない。現社会は一つの有害化学物質のリスク評価だけしていてもあまり意味のない時代である。数百という人工の有害化学物質が複雑に混ざりあって存在することを踏まえ、それぞれの無作用量を決定すると同時に、複合的な影響を早期に予測できるリスク評価の実験系の構築が今後の課題である。
結論

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