特定疾患患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の判定手法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100853A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の判定手法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
福原 俊一(京都大学医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 大橋 靖雄(東京大学医学系研究科)
  • 橋本英樹(帝京大学医学部衛生)
  • 岩男泰(慶應義塾大学医学部附属病院)
  • 大生定義(横浜市立市民病院)
  • 近藤智善(和歌山県立医科大学)
  • そうけ島茂(京都大学医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
31,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は、以下の各グループで構成され、それぞれ独自の目的で研究を行なった。同時に他グループは相互に有機的に連携しながら、プロジェクトを進行させた。1)基礎的・技術的研究グループ:特定疾患患者のQOLを測定する尺度の開発及びQOLデータの解析方法に関する研究を中心に、QOLに関する基礎的・技術的な検討を広く行う。今年度は、臨床班で開発されたPD疾患特異的QOL尺度であるPDQ-39の「反応性」と「response shift現象」を解析する目的として、「パーキンソン病患者に対するQOL尺度PDQ-39の反応性に関する介入試験」の研究計画を策定した。2) 臨床応用研究グループ:QOLを用いた臨床研究をモデル疾患を対象に行い、研究デザイン、尺度の開発・検証・選択、QOL測定や結果解釈などの研究手法を他臨床班に提示する。モデル疾患として、炎症性腸疾患(IBD)とパーキンソン病(PD)を中心とした神経難病、を主な疾患として選択した。本年度より加齢黄斑変性等の眼疾患を新たにモデル疾患として加えた。3) 社会疫学・医療経済・医療倫理研究グループ: 患者のQOLや治療選択に影響する社会的・経済的因子の同定・分析、医療経済評価、医療倫理的検討等を行った。また、行政による種々の支援事業の利用状況の把握、患者や介護者への支援事業に対するニーズ調査、さらに患者及び介護者のQOLに与える影響等を検討した。4) 臨床班との協力:特定疾患臨床各班と研究方法等に関してQOL研究に関して協力した。特に、炎症性腸疾患, ベーチェット病、難治性血管炎、呼吸不全班等の各班では、当班の研究者を当該臨床班の分担研究者や研究協力者として所属させ、具体的な研究協力を実施した。
研究方法
1) 基礎的・技術的研究グループ:PDQ-39 の反応性とResponse Shift現象の研究:PD患者に薬剤投与による介入を行い、その前後での症状変化に対するPDQ-39 の反応性(感度)とResponse Shift現象の把握について検討を試みた。2)臨床応用研究グループ(IBD):クローン病患者の縦断研究:入院治療・検査を要するクローン病患者を対象に、一般的QOL尺度(SF36)と疾患特異的QOL尺度(IBDQ)を測定。Response shift現象の検討を行った。臨床応用研究グループ(神経難病)PD患者の心理的適応に関する研究:視覚障害への心理的適応を測定する尺度The Nottingham Adjustment Scale (NAS-J)の日本語版を作成・標準化し、心理適応の構造をモデル化した。この尺度を一部変更してPD病患者に対して調査を実施した。PD患者の心理的適応の実態について解析し、また、QOLとの関連を解析した。臨床応用研究グループ(眼疾患)他研究で開発・検証された視覚特異的なQOL尺度であるNEI VFQ-25の日本語版を用いて、加齢黄斑変性のQOLと、QOLに影響する要因を検討した。3)社会疫学・医療経済・医療倫理研究グループ:・患者を含む集団のQOLの判定とその利用方法を明らかにするために、職域・地域の集団を対象として、心理・社会的要因とQOL・疾病状況に関する質問票による横断面研究、ならびに生理学的検査と質問票を用いた睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング法開発研究を実施した。難病患者等居宅生活支援事業(以下、居宅生活支援事業と略)の全国的な利用実態を把握し内容を精査することにより、事業の円滑な推進に寄与させることを目的として、全国の地方自治体に対して調査を行った。また面接や質問紙調査を用いて支援事業の利用状況を把握するとともに、難病患者の福祉ニーズ、患者及び
介護者のQOL等の測定・評価を行なった。
結果と考察
研究結果=1)基礎的・技術的研究グループ:DQ-39 の反応性とResponse Shift現象の研究:対象は、外来通院中の進行期のPD患者で、L-DOPAで治療が不十分と判断された患者とした。薬物介入を8~12週間行い、介入前と介入後のスコアの差、および、標準化反応平均や効果サイズ統計量などを評価項目とした。Response Shift現象の把握のため、内的規準を評価するThen Test及び将来への期待による反応への影響を評価するPredicted Expectationを採用し、調査票に工夫を加えた。2)臨床応用研究グループ(IBD):入院時・退院後1ヶ月時点でのIBDQとSF36スコアを用いて両尺度の反応性を比較検討した結果、疾患特異性尺度と一般的QOL尺度とではほぼ同等の反応性が見られた。Response shift現象、特にValue changeによる尺度項目間の相関関係が変化することなども加味して、新たな反応性検討の手法を開発する余地が見られた。クローン病患者において、SF36、IBDQの多くの下位尺度で時系列で改善を認めた。外科治療・内科治療でもその傾向に大きな違いは認められなかった。一方、社会的機能については退院後に多くの症例で著しく改善を認めた。一方、潰瘍性大腸炎術後患者についても縦断的観察を行ったところ、術後3ヶ月の時点で各種QOLスコアの改善を認めている。Thenテストを用いた測定で理論的に予測したとおり、入院時の状態を下方修正するシフトが有意に検出された。臨床応用研究グループ(神経難病):PD患者の心理的適応に関する研究:心理的適応を測定する尺度NAS日本語版が作成され、視覚障害者の心理的適応の実態が明らかにされた。臨床応用研究グループ(眼疾患)黄斑変性患者の包括的QOLは、同性同年代の国民標準値と比較して有意な差はなかったが、眼疾患特異的QOLでは疾患無し群や他の疾患群よりも低い得点を示した。3)社会疫学・医療経済・医療倫理研究グループ:社会的要因がQOLに重大な影響を及ぼすことが強く示唆され、今後、患者も含めた集団のQOLの改善に社会的要因による介入研究の必要性が明らかになった。また、睡眠時無呼吸症候群のスクリーニングに睡眠のQOLならびに社会的状況の利用可能性が明らかになり、スクリーニング法の改善可能性が示された。居宅生活支援事業の実態調査:特定疾患の患者数に比較して、事業実施対象患者数ははるかに少なく、事業があまり活用されていない事実が判明した。質問紙調査や聞き取り調査の結果では、居宅生活支援事業の対象者に該当する人々も事業の存在を知らないことがわかった。ホームヘルプ・サービスへの評価が二分されている一方で、重症度が増すとショートステイや訪問入浴などの人気が高かった。
考察=介入試験を通じて、本研究班で開発された疾患特異尺度の反応性やresponse shift現象を分析する研究計画が作成されたり、患者のQOLの経時的変化や介入の影響など測定・評価する種々の臨床研究が実施されている。これまでの断面研究が主体のQOL研究を脱皮し、次の相に入ったことを反映しており、意義深い。PD患者のQOLに、重症度以上に“疾病の受容"や“自己効力感"が大きな影響を与えていた。このことは、患者のQOLを高めるためには症状の進行を抑えるだけでなく心理的な介入が有効である可能性を示唆している。社会的要因がQOLに及ぼす影響を評価する方法論が現在まで十分に開発されていない。睡眠時無呼吸を含む慢性疾患患者が社会への適応を高めるためには、疾病や生活習慣だけではなく、社会的要因がQOLに及ぼす影響を評価し活用する必要がある。本研究は、社会疫学の立場から社会的要因とQOLの間の関係を評価する方法論の開発から実際の調査まで行い、学術的・国際的に価値の高い情報を発信しつつある。行政による居宅生活支援事業の実施対象患者数が少ない原因として、周知の不徹底、対象となる特定疾患の範囲が不明確、事業主体(都道府県)と当該事業主体(市町村)が異なること、対象者が保健事業と福祉事業の狭間に存在すること、他の制度(介護保険)利用者は利用できないことから純粋な当該事業対象者が少ない可能性があること、などが考察された。質問紙調査および聞き取り調査により、難病患者およびその介護者の福祉サービスのニーズ、介護負担と介護継続の意欲の関係をみながら、必要な福祉サービスを柔軟に提供すること、特に家族性疾患のように、要介護者が複数いる家族に対する支援施策の必要性も示唆された。費用負担や介護者QOL等の現状が明らかとなった。今後は、介護者の負担感やQOLに関する調査方法の確立が重要な課題と考えられた
結論
具体的事例を通じ、QOL評価の基礎的・技術的方法論上の問題を検討した。純粋な統計処理といった数理研究にとどまらず、疾患毎の問題を明らかにし、今後の方法論の展開の道を示した。
モデル疾患を対象にした研究を通じ、PDQ-39、IBDQ、VFQ25日本語版の疾患特異的尺度の開発・検証を完了し、特定疾患患者を対象とした臨床研究への活用に道を開いたことは本研究班の具体的なプロダクトのひとつである。横断的観察研究にとどまらず、縦断研究、さらに介入研究も開始され、方法論上の問題、結果解釈、結果の臨床へのフィードバック等に関して多くの知見を得た。障害や疾患への心理的適応を測定する尺度NAS-J日本語版が開発された。心理的適応は、障害や疾患の重症度にも増して、患者のQOLに影響を与えることが明らかになった。特定疾患患者を含む集団のQOLの改善に社会的要因からの介入を実施すれば、患者の社会的を高めるような成果が期待できることが示唆された。SF-36やSF6Dより効用値を推定する方法の検討など、医療経済評価の手法の進歩が見られ、特定疾患医療評価への活用が行われた。特定疾患臨床各班の実施するQOL研究に関して、研究デザインや尺度選択、データ解析・解釈等の点で具体的に貢献した。今後は、これまでの研究の継続・発展させるとともに、質的研究の充実や、介護者のQOL評価、これを改善する行政支援事業へのニーズや多角的評価も含めた研究を実施していきたい。

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