特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100844A
報告書区分
総括
研究課題名
特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高岡 邦夫(信州大学医学部整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 吉川秀樹(大阪大学整形外科)
  • 長沢浩平(佐賀医科大学内科)
  • 居石克夫(九州大学医学部病理学)
  • 松本忠美(金沢医科大学整形外科)
  • 廣田良夫(大阪市立大学医学部公衆衛生学)
  • 野口康男(九州大学医学部整形外科)
  • 久保俊一(京都府立医科大学整形外科)
  • 津田裕士(順天堂大学医学部膠原病内科)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 中島滋郎(大阪大学医学部小児科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特発性大腿骨頭壊死症は壮年期成人に好発し、その罹患によって股関節が破壊され起立歩行障害によりQOLが著しく侵される疾患である。全国調査によれば、本疾患の年間新規罹患者数は3000人と推計され、年々増加傾向にある。本疾患の病因は必ずしも明らかではないが、本疾患は年々増加傾向にある。特にステロイド剤使用後の本疾患患者が次第に増加し、大腿骨頭壊死症患者の半数を占めている現状は問題である。ステロイド剤が本疾患を誘発する機序は不明であり、したがってその予防措置がとれないのが現状である。骨の微小循環障害に起因する阻血性骨壊死が本疾患の本態とされるが、ステロイド剤が骨微小循環にどのような機序で障害をきたすかがいまだに明解でない。また、血液凝固能の亢進や脂質代謝異常の病態への関与も指摘されている。また、例えばステロイド剤が投与されたSLE患者の10%前後に本疾患が発症する。これらの患者ではステロイドに対する感受性が亢進しているか、ステロイド剤の代謝機能が低下している可能性がある。すなわちステロイド剤に対する反応の個体差または本疾患罹患素因が存在することが窺がわれる。また、最近、わが国でも移植医療が注目されるようになったが、臓器移植後に汎用されるステロイド剤による大腿骨頭壊死症の発生も危惧される。臓器移植にともなう本疾患の発生状況の監視と予防法の開発が急務である。そのため本研究班では、すでに普及している腎移植に限らず、骨髄移植、肝移植、心移植患者での本疾患の発生についても調査を要する。本疾患に罹患した患者については、正確に診断し有効かつ能率的に治療を進めるための診断基準、病型・病期分類と適切な治療指針が必要であり、その確立も本研究班の大きな使命である。このような現状認識のもとに、平成11年度からの厚生省特定疾患対策研究事業―骨関節系調査研究班―特発性大腿骨頭壊死症調査研究分科会を新しく組織した。要約すると本研究班の目的を以下のごとくである。
A.わが国での特発性大腿骨頭壊死症発生状況の年次推移の調査監視
B.診断基準、病型分類、病期分類の確立
C.効果的な治療指針の確立と普及
D.本疾患の病態解明
E.予防法の確立と普及
研究方法
具体的な研究課題に取り組むために、班に以下の 5 作業グループ(遺伝子解析、病態解析、疫学調査、診断治療ガイドライン、臓器移植の骨頭壊死調査)を組織し共同研究を行った。
A.疫学調査(1):本症の発生状況調査監視:班員が属する13医療施設での定点モニタリングを継続して行い。ステロイド剤投与に関連した患者数の動向を調査する。(担当:廣田)
B.診断基準、病型分類、病期分類の確立:本疾患の診断基準、病型分類、病期分類についてその妥当性を検討し病型分類、病期分類の改訂を行い冊子作製して全国に配布(担当:吉川)
C.診断治療ガイドラインの確立:病型病期分類に基づいた外科的治療の適応治療成績をEBMの観点から調査する。
(担当:吉川、大園、渥美、佛淵、野口、高岡)
E.病態解析
病因病態解明のための研究は以下の E1 ~ E3 に細分して行う。
E1. 微小循環に対するステロイド剤の作用についての基礎および臨床研究:血管の運動機能(収縮、弛緩)へのステロイド剤の影響を動的に観察するために、実験動物の骨内微小血管の運動をex vivoで直接観察できる実験系を用いる。(担当:大橋)血管内皮依存性弛緩反応を観察できる臨床検査法pletysmography でステロイド効果を検索した。(担当:松本俊夫 田中良哉)
E2. 血液凝固能抑制による大腿骨頭壊死症の予防効果についての臨床研究:ステロイド投与が必要なSLE患者にワーファリンを同時に投与し、非投与の対照群と本疾患の発生および発症頻度を比較した。(担当:野口、長沢)
E3. 脂質代謝異常の本症発生への関与に関する研究:薬物療法、血漿交換療法を組み合わせた治療法で高脂血症を防ぐことで、大腿骨頭壊死症の発症が抑制可能かを検討する。(担当:津田)
F.大腿骨頭壊死症発症素因の遺伝子解析
本疾患罹患素因の同定のためにステロイドの対する感受性を高めるステロイド受容体の遺伝子多型、11 beta-hydroxy-steroid dehydrogenase type 2遺伝子、さらにCYP450の各分子種の遺伝子多型と本症発生との関連をGene Chipを用いて解析している。(担当:高岡、中島、久保)
G.臓器移植後の特発性大腿骨頭壊死症
腎移植、肝移植、骨髄移植患者での本疾患発生状況を調査する。
結果と考察
A.疫学調査:本症の発生状況調査監視:1994年に本研究班でおこなった全国アンケ-ト調査の回答で得られた患者実数の 1/4 がこの定点モニタリングで得られた。約半数の患者は、膠原病などでステロイド剤による治療が行われていた。(担当:廣田)
B.診断基準、病型分類、病期分類の確立:病型分類、病期分類はMRIにも応用可能なものに改訂し冊子として全国に配布した。
C.診断治療ガイドラインの確立:病型病期分類を基準として過去の治療成績の集積から外科的治療の適応適切な手術法の選択について治療ガイドラインを作成している。本年度末までに試案を作成する。(担当:吉川、野口、高岡)
E.病態解析
E1. 微小循環に対するステロイド剤の作用についての基礎および臨床研究:血管内皮依存性弛緩反応を観察できる臨床検査法pletysmography でステロイド効果の検索を行った。その結果、ステロイド投与によって血管内皮依存性弛緩反応が抑制されることが明らかになった。ヒト臍帯静脈内皮細胞培養系にステロイドを添加することにより、活性酸素とperoxynitriteの産生が増加し、NO産生は減少することを観察した.
E2. 血液凝固能抑制による大腿骨頭壊死症の予防効果についての臨床研究:ワーファリン投与群での本疾患の発生率には有意差が見られなかったが、従って、血液凝固能の亢進は本疾患の主な病因ではない推測された。
F.大腿骨頭壊死症発症素因の遺伝子解析
ステロイド受容体の遺伝子多型の一つである点変位(N363S)について検索したが、この遺伝子多型は日本人には極めて稀であることが明らかになり、本疾患との関連性が否定された。ステロイド感受性を高める別の遺伝子多型であるBcl-1 消化断片の多型について壊死群と非壊死群で差はなかった。11 beta-hydroxy-steroid dehydrogenase type 2 遺伝子の日本人での多型については進行中。
G.臓器移植後の特発性大腿骨頭壊死症
腎移植後患者では、5 %前後に術後約 3 ヶ月以内に大腿骨頭壊死症が発生。新しい免疫抑制剤であるFK506、ステロイドの併用によってステロイド投与量を減らすことで本疾患の発生率が低下するとの結果を得た。
骨髄移植後10%の患者に壊死が発生していたが、壊死発生群では非発生群と比べて血清脂質(総コレステロール、TG)が有意に高値であった。
結論 本年度の成果は以下のとおりである。本症の発生状況を把握し罹患危険因子を同定するために行った疫学的調査では、近年、ステロイド剤の使用に関連して本症を生じる症例が増加傾向にあり、本症の約半数を占めていることが明らかになった。本疾患の診断基準、病型分類、病期分類についてその妥当性を検討し、病型分類と病期分類の改訂を行った。本疾患の病因病態は未だ不明であるが、その解明のために、多岐に渡る研究を行った。その主なものは、骨内微小循環に対するステロイド剤の作用の研究、血液凝固能亢進に関する研究、脂質代謝異常の本症への関連についての研究などである。さらに、本疾患への罹患素因についての遺伝子解析を行った。また、近年、注目を浴びている臓器移植に合併する本症の実態調査と、危険因子に関する研究を行った。
評価
1)達成度について
疫学的調査については計画通りに行われた。
診断基準、病型分類、病期分類は本年度の改訂によってほぼ完成した。治療ガイドラインはほぼ完成した。
予防をめざした病態解析ではステロイド剤の骨微小循環への効果は血液凝固系ではなく血管運動系を介していることがほぼ明らかになった。罹患素因の遺伝子解析については期待された結果は得られていない。
2)研究成果の学術的・国際的・社会的意義について
特発性大腿骨頭壊死症についての研究から骨微小循環に関する研究が発展してきた。わが国のこの領域の研究は国際的に高い評価を得ている。ステロイド剤投与による本疾患の予防は是非とも行わなければならない課題である。
3)今後の展望について
ステロイド剤による本疾患発生の機序についての基礎的臨床的研究の方向性がほぼ明らかになりつつあると考える。今後の骨循環へのステロイド剤作用の制御が可能となれば本疾患の予防が可能になるであろう。
結論
本症の発生状況を把握し罹患危険因子を同定するために行った疫学的調査では、近年、ステロイド剤の使用に関連して本症を生じる症例が増加傾向にあり、本症の約半数を占めていること。また臓器移植に合併する本症の実態調査を行った。本疾患の診断基準、病型分類と病期分類を確立した。本疾患の病因病態は未だ不明であるが、その解明のために、多岐に渡る研究を行った。その主なものは、骨内微小循環に対するステロイド剤の血液凝固能亢進ではなく血管運動への効果が壊死発生に関与しているらしい。解明を急ぎたい。

公開日・更新日

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