神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と治療指針作製に関する研究(総括 研究報告書)

文献情報

文献番号
200100842A
報告書区分
総括
研究課題名
神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と治療指針作製に関する研究(総括 研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
大塚 藤男(筑波大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大野耕策(鳥取大学)
  • 佐谷秀行(熊本大学)
  • 土田哲也(埼玉医科大学)
  • 中村耕三(東京大学)
  • 中山樹一郎(福岡大学)
  • 新村眞人(東京慈恵会医科大学)
  • 樋野興夫(癌研究所)
  • 水口 雅(自治医科大学)
  • 吉川邦彦(大阪大学)
  • 吉田 純(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
“神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と現治療法の統合化"を研究課題として研究を推進している。近年、神経線維腫症のNF1とNF2,および結節性硬化症(TS)の責任遺伝子(NF1遺伝子,NF2遺伝子,TSC1遺伝子,TSC2遺伝子)とその蛋白産物(neurofibromin, merlin, hamartin, tuberin)が同定され、遺伝子変異や遺伝子産物の細胞内機能が分子レベルで解明されつつある。しかし、その治療は対症療法のみであり、患者QOLは満足すべき状態からほど遠い。分子レベルや細胞レベルで得られた多くの病態生理学的知見を基に治療に結びつく可能性のあるものを探索的に研究し、新しい治療法の開発を目指す。遺伝子変異や蛋白産物の機能解析なども治療法の開発の観点を重視して推進する。一方、対症療法とは言え、レーザー治療法の普及、各種外科的治療法の改善、改良など、神経線維腫症や結節性硬化症の治療法は近年種々工夫されているので、これを統合して治療指針を作製することを目標としている。
研究方法
結果と考察
研究結果=1.疫学、臨床統計
1997年から2000年にかけてのNF1の定点モニタリング調査により受診患者の推移を概観した。モニタリング整備体制は進んでおり、疫学像のおおまかな推移が把握可能と考えられた。この期間中の重複把握者と2000年単独把握者を比較すると、後者に入院、死亡例、急速進行例、社会生活困難例の多い傾向が見られた(縣)。「患者の会」に属するNF1患者と全国調査患者を比較した。前者は初診時年齢が高いこと、公費負担患者が多いこと、また神経線維腫(顔面、び漫性)と脊柱変形が入会の動機であることを明らかにした(縣)。
2.病因、病態生理と治療法開発
[NF1について]
NF1蛋白の細胞内機能を解析した。NF1-/-マウス胎児線維芽細胞内ではEGFやFCS刺激による恒常的なRasの活性化に伴いPI3KとMAPK-ERKシグナルが過剰に活性化し、細胞膜 ruffling、細胞運動能が亢進した。NF1蛋白が細胞骨格系を調節していることを明らかにした。また、同蛋白はRasの活性制御と正常な神経突起形成に重要な分子であり、これにNF1mRNAの可変スプライシングが関与することを明らかにした。NF1の 病態発生予防、治療のための基礎的情報を得た(佐谷)。扁平母斑がNF1の体細胞モザイク(NF5)であるか否かをNF1のカフェオレ斑3例、遅発性扁平母斑3例、通常の扁平母斑3例を用いて病理組織学的に検討した。カフェオレ斑1例に平滑筋増生、遅発性扁平母斑1例に神経線維腫の併存を認め、両者に共通点を見い出した。遅発性扁平母斑がNF5の表現型である可能性が示唆された(三橋)。神経線維腫由来のシュワン細胞を長期培養を試みた。線維芽細胞が混在するもののシュワン細胞を3代継代後も増加させることできた。シュワン細胞研究に資する可能性大で、さらに検討する価値があると考えた(今門)。NF1神経線維腫はSCF(stem cell factor)発現がメッセ-ジ、蛋白レベルともに増加しており、またその受容体であるc-kit陽性の肥満細胞が多数存在することを示した。NF1神経線維腫の肥満細胞増加、患者の蕁麻疹やかゆみの発現機序の一部を明らかにした(大塚)。神経線維腫由来培養細胞にヒトγINF遺伝子導入を試みた。導入細胞はγINFを多量に産生、分泌し、その増殖が明らかに抑制された。手術不能例などへの治療応用が期待できる(中山)。PKCを活性化する diacylglycerol(DG)の代謝酵素 DG kinase(DGK)の皮膚での発現を見た。創傷治癒過程の皮膚線維芽細胞には発現するが、健常皮膚では発現していなかった。 NF神経線維腫でも検討する予定である(三橋)。
[NF2について]
NF2蛋白質はDNA傷害刺激などにより細胞核に局在して同修復酵素群と相互作用し、同時にCD44細胞内ドメインと相互作用して転写調節に関わっていた。NF2蛋白は結合蛋白質群を介して細胞膜では細胞接着、核内ではDNA損傷修復と転写調節分子として機能することが示唆された(佐谷)。
[TSについて]
TSC1、TSC2欠失細胞は大型化、周期異常、接着異常をきたす。これらの異常を解明する目的でhamartin結合蛋白をyeast two hybrid法により検索した。NADEとMAT1にhamartinは結合した。前者は細胞分化と細胞死に、後者は細胞周期進行と関係し、TSの病態と関連する可能性が高いと考えた(大野)。TSC1細胞、TSC2細胞ともに細胞周期のS期が延長し、アポト-シスが増加することを明かにしたが、前者は活性型のサイクリンB-cdc2レベルの低下による可能性を示した(吉川)。TSの皮質結節と局所性皮質異形成(FCD)についてhamartinとtuberin発現を調べたところ、前者は低下、後者は亢進していた。神経細胞移動を制御するdoublecortin陽性細胞は前者に多い傾向があった。しかし、症例、病変によるばらつきが大きく、鑑別に利用できる可能性は低いようである(水口)。ヒトの結節性硬化症の原因遺伝子(TSC2)mutant mice(遺伝子型)の腎腫瘍発生(表現型)をINF-γ遺伝子導入により抑制・予防(演出型)することに成功した。難治性のヒト遺伝性疾患の治療・予防法に資する知見を提供するものと考えた(樋野)。が、これは低分子量G蛋白の活性変異体遺伝子導入で抑制 された。同活性変異体遺伝子導入PC12では増殖状態でもhamartinは細胞質に局在していた。これらの所見は神経細胞分化にhamartinが重要な役割を果たしていることを示しており、細胞増殖阻害薬開発の基礎的知見を提供していると考えた(大野)。TSに生じた分類不能の局所腫大性myofascitisの筋、筋膜内、結合織間にangiofibromaで見られる多数の間葉系細胞を認めた。外的刺激による組織損傷の修復機序にTS特異的angiofibroma形成機序が関与して特殊なmyofascitisができたと推測した(土田)。
3.治療
[NF1について]
NF1の巨大び漫性神経線維腫は出血しやすく、手術時にも細心の注意が必要であるが、腫瘍内出血のために日常生活が障害されることも多く、時には致死性ですらある。出血防止のためのSORBO fiber(衝撃吸収剤)を用いた装具を考案、作製した。この装具により外力は分散され、出血することなく、また運動などを制限することもなく生活している。出血防止装具の普及をはかりたい(土田)。NF1患者に生じた悪性末梢神経鞘腫瘍(MPNST)の2例に対し樹状細胞と腫瘍細胞の融合細胞を用いた免疫治療を試みた。免疫治療後に遅延型反応は陽性で、有害事象もなかったが、明らかな臨床効果は得られなかった(新村)。先天性脛骨偽関節症の多施設調査について治療法を詳細に検討した。イリザロフ法や血管柄付き骨移植などの手術により骨癒合率が改善しており、手術時期、年齢別の手術方法、保存療法、切断の適応などのガイドラインを示した(中村)。先天性脛骨偽関節症のイリザロフ法治療後の再生骨の強度をCT/有限要素法を用いて評価した。固定器除去5カ月で延長・再生骨の力学特性は正常化するが、曲げ強度は不十分であった。解析法の改良とともに、症例経過をさらに観察する必要性が示唆された(中村)。先天性尺骨偽関節症の4歳男児に血管柄付腓骨移植術を施行、3カ月で骨癒合した。橈骨短縮と彎曲異常に対し5年後に変形矯正と骨延長を同時におこなえる仮骨延長法を施行して良好な成績を得た。血管柄付腓骨移植術と仮骨延長法の有用性を示した(会田)。NF1に合併した椎骨動静脈瘻に対して離脱式コイルで塞栓術を施行した。根治的効果を得たのみならず、低侵襲で手術時間も短いので、今後有力な治療手段と成り得ると考えた(吉田)。
[NF2について]
NF2患者26名から「患者の求める治療について」アンケ-ト調査をおこなった。聴力障害、麻痺の訴えが多く、ほとんどの方が予後について不安感が大きかった。精神的サポ-トと医師との信頼関係の重要性を指摘する意見が多かった(吉田)。
[その他]
神経皮膚症候群(NF1, NF2, TS)の治療指針を作製した。最新の、また標準的な各種治療法を集大成してまとめたもので、各種医療機関で実施可能な治療法も多数含まれる。治療指針の普及により神経皮膚症候群治療の質的向上を目指したい。
結論
研究成果のまとめと結論=疫学、病態、治療の研究を推進しているが、特に病態と関連した新しい治療法の開発を目指して探索的研究を行っている。直ちに臨床応用できるわけではないが、病態の解明と相まって展望のある成果、着実な結果が得られている。また、各種病変の治療法の解析、全国調査などを通して治療指針を作製した。治療指針の作製、公表により、神経皮膚症候群の治療の質的向上を目指したい。

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