エイズに関する普及啓発における非政府組織(NGO)の活用に関する研究

文献情報

文献番号
200100749A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズに関する普及啓発における非政府組織(NGO)の活用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
池上 千寿子(特定非営利活動法人ぷれいす東京)
研究分担者(所属機関)
  • 徐淑子(日本保健医療行動科学会)
  • 東優子(ノートルダム清心女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
青少年は個別施策層のひとつとして我が国のエイズ予防対策上、高い優先度がおかれている。同時に、とくに近年、HIV感染だけでなくクラミジア感染など複数の性感染症の青少年への蔓延、青少年の性行動の活発化が報告され、このことは従来のエイズ予防教育および普及啓発の手法やメッセージの有効性が深刻に問われていると解釈できる。少なくとも、医学的知識(正しい知識)の提供だけでは、青少年の行動変容をおこす力にはなっていないといえよう。では、どのようなアプローチが有効なのだろうか。そこで本研究は、①青少年の保健行動(避妊、予防)の背景要因(態度など)をさぐることをとおして有効な予防介入を検討し、その要因にてらして②既存の啓発資材やメディアによるメッセージを分析し、その有効性を検討し、③青少年の予防対策に有効といわれている国際的知見をふまえて、より効果的かつ具体的な予防啓発モデルあるいは青少年への有効な「しかけ」を提案し、実施し、④行政の施策および青少年の性的健康の向上に貢献することを目的とする。
研究方法
上記を目的とする3年計画の第2年度である本年度は、3つの課題で研究した。第1は、昨年度の保健行動研究(18-25歳)の継続で、女子についてはあらたにコンドーム使用アドヒアランス評価尺度を構成し、パートナーとの関係性他の測定変数を分析した。男子についてはコンドーム使用阻害要因の定性的検討及びコンドーム使用態度についての尺度項目を収集し、それにもとづく質問紙を作成した。第2は、テレビドラマに描写されるジェンダーとセクシュアリティに関する研究で、過去5年間に高視聴率を獲得した「若者」「恋愛」をテーマにしたテレビドラマ11本を抽出し、登場人物の具体的な性行動と関係性や主体性、場面の背景的要因、性行動の結果の展開等を柱とするコーディングシートを作成し、同一ドラマにつき複数の調査者が記入した結果を分析した。第3は、昨年度からの研究で明らかになった女子のコンドーム使用阻害要因を克服するような3つの「しかけ」を多様なセクターと連携して開発し、実施した。第1に、通信社との共同企画で昨年度の研究結果をもとに「やさしく図解ワールド:ほんとに知ってる?エイズ・STD」というゲーム式のビジュアルな紙面を構成し、全国の地方紙22紙に配信した。弟2に、コンドーム製作企業J社が若年女子に40万部の読者を持つ雑誌「Popteen」と契約しキャラクター商品のひとつとしてコンビニやドラッグストアで女子が手にしやすい女子向けコンドームパッケージ「Popteen」を新規開発(2001年)したが、この企画に連携しパッケージに同封するミニ情報紙Sexual Health Newsを編集した。同時に若者むけにあらたに、Sexual Health Websiteを開設しSexual Health Newsで広報した。第3に、すでに販売されているが認知率の低い女性用コンドーム「マイフェミイ」の普及啓発プロジェクト(企業による)と連携し、研究班で開発したモデルパンフレットSexual Health Book Let's CONDOMingを無料の普及啓発資材に提供し、15万部を配布した。これらの「しかけ」の目的はコンドームプロモーションであり、マーケティング理論にもとづく4P(Product,Promotion,Price,Place)の視点から検証してみた。
結果と考察
(1)保健行動調査:女子および男子のコンドーム使用態度尺度についての調査から、女子は関係性や環境(女子の主体的保健行動を受容しない社会や男性の態度)要因、男子は主体的内因が阻害要因になることが示唆された。また、女子のコンドーム使用アドヒアランス調査から、女子のコンドーム使用については、性関係にあるふたりの関係
の質や量と関係するというより、コンドーム使用自信感がアドヒアランス尺度になるというエビデンスが得られた。保健行動学の知見から、予防的保健行動とその結果とは、相互の因果関係が曖昧なために、保健行動を継続する動機づけが困難であることが指摘されている。このことからも、コンドーム使用に対する阻害要因の克服には、①「女子の性行動が感染を広げる」等、女子の性行動への批判的言説を解消し、主体的行動促進の環境づくり、②男子の主体的内因を克服するコンドームのイメージ変化キャンペーン、及び③性行動の開始から「コンドームに慣れる」条件づけ教育やメッセージの工夫が必要であることが示唆された。また、若者を若者一般としてくくるキャンペーンや教材は、男子と女子との態度や意識のちがいが考慮されずにピントがぼけてしまう可能性がある。男子と女子とでは行動促進に有効な情報やメッセージがちがうことが本調査で示唆された。今後、男子調査を継続し、さらにこの点を検討する。(2)ドラマ分析:テレビドラマが描き出す世界は、その時代・その社会の人々への社会心理や意識・願望などの直接・間接の反映であると同時に、人々の生き方や行動の何らかの意味でのモデルあるいは判断基準として作用する可能性もある。しかし分析した11本のドラマでは、性の健康について「危険な行動の回避」を具体的には示していない。性的な行為や会話の出現頻度の分析では、避妊・予防・コンドームは2%でしかなく、性犯罪の出現頻度より少ない。性行動の結果は出産か中絶であり、性関係においては「愛至上主義」的な文脈が主流であり、その文脈では「性の健康管理」という発想や行動はほとんどでにくい状況が描写されている。性行動の主導権は男性がもち、女性は積極的ではあっても(ただしおおくは飲酒の結果であるが)主体的とはいえないという、女子の保健行動を阻害する男女の性的2重基準のジェンダーバイアスも温存されている。(3)多様な「しかけ」の開発:一般人を対象とした新聞におけるセックスポジティブなビジュアル表現は「あからさまな性的表現」への自主規制があり原稿作成段階でかなりの検討が必要であったが結果的には高い掲載率であった。女子用コンドームパッケージの新規導入は全国4000店舗から始まり1年未満の売り上げは3万個に達し、2002年4月から大手コンビニチェーンの参入も決まった。中学高校生を中心とする若い女子は、女性の性と保健行動を肯定する具体的な情報やツールへのニーズが高いことが確認されたことになる。コンドームパッケージを日常的に携帯するキャラクターグッズのひとつとして提示することの重要性も示された。女性用コンドームについては、発売後2年になろうとしているが企業調査によると認知率は35%にすぎない。コンドームのサイズや女子が自ら膣に挿入するという使用方法への抵抗感、心理的拒否感が社会全体に根強くみうけられる。昨年の研究ともあわせてまとめると、女性の性、とくに女子の性的自立については文化的・心理的抵抗感が存在する。このことは女子自身が示したニーズと矛盾する。
結論
2年間の研究から、個人の行動だけに焦点をあてて行動変容を促すことの限界があきらかである。性感染が「だれにでもありうる」という「正しい知識」だけの提供も行動には結びつきにくい。保健行動の促進を支援するような社会環境、社会的態度・規範を積極的につくっていくことが若者の保健行動の促進には不可欠であろう。そのためにもコンドームのイメージ転換が必要である。コンドームの使用は病気の予防というだけではなく、自分の性及びからだと上手につきあう健康管理、歯磨きや手洗いと同じレベルの習慣としての行動にしてゆく必要がある。このために若者のコミュニケーションツールであるネットを駆使したキャンペーンが有効であろう。また、コンドームの使用は「かっこいい」ということをビジュアルに示すあらたな映像モデルの開発はマスメディアが描写している保健行動阻害メッセージを克服するためにも有効であろう。コンドーム使用促進にむけたアプローチは、さらにジェンダーだけでなく性的指向と
いう視点からも分析する必要があろう。性関係におけるふたりの勢力関係とコンドームの使用との関係をあきらかにすることは、ジェンダーや性的指向にあわせたタイプ別のきめ細かなアプローチだけでなく、ジェンダーや性的指向をこえた習慣行動化プログラムの開発にむけても重要なエビデンスを提供してくれるはずである。

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