輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究

文献情報

文献番号
200100713A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
上原 至雅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 亀井克彦(千葉大学真菌医学研究センター)
  • 菊池賢(東京女子医科大学医学部中央検査部感染対策科)
  • 槙村浩一(帝京大学医真菌研究センター)
  • 鈴木和男(国立感染症研究所)
  • 新見昌一(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究事業では深在性真菌症ならびに輸入真菌症の診断と治療に関わる諸問題を解決するための臨床および基礎の両面にわたる研究を企画した。深在性真菌症についてはアスペルギルス症に焦点を当て医療従事者の意識調査ならびに発生動向のアンケート調査を行った。輸入真菌症については新しい遺伝子診断法の開発を行った。さらに真菌感染の成立に関与している生体防御機構の低下の分子機構、真菌の薬剤耐性機構および有効な治療法と新しい抗真菌剤の開発につながる基礎研究を目的とした。なお、本年度の研究班の活動で特筆すべきことは、海外で発生したコクシジオイデス症対策として、発生地域から帰国した邦人観光客に対する追跡調査を迅速に行い、適切に対応した。
研究方法
1) 今年度も昨年と同一医療施設(全国500床以上の主要な一般病院508施設)にアンケート調査を行った。今回はアンケートAでは「アスペルギルス症に対する一般的事項」について医師の個人的な見解を調査し、143施設163名の医師から回答を得た。アンケートBの「アスペルギルス症の発生状況と分離真菌の動向」調査においては、回答が得られた143施設のうち年次別有効回答施設(延べ回答施設数364施設)のデータを解析した。
2) 代表的な輸入真菌症であるパラコクシジオイデス症の診断法の開発を目的として、血液のPCR法による診断法を開発するとともに、本症にはじめて(1->3)-b-D-グルカン測定法を応用し、これらを比較検討した。また、米国カリフォルニア州で行なわれた世界模型飛行機選手権大会の参加者にコクシジオイデス症感染者が発生したため、わが国からの参加者のCoccidioides immitis 暴露に関する追跡調査を行った。
3) 深在性真菌症の実態調査のため、全国17施設について1年間のプロスペクティブな真菌血症の発生動向調査を行った。真菌血症が疑われた患者の血液、中心静脈カテーテル、組織などから約400株が収集され、このうち、血液培養由来189株について、菌種同定を行なった。またその内172名の真菌血症患者の背景を解析した。
4)分子生物学的手法による輸入真菌症起因菌の迅速同定システムの確立のために、本邦において発症の報告がある輸入真菌症起因菌4種に対する各々特異的PCR検出系を開発した。さらに、広範囲深在性真菌症診断用PCR法による増幅産物の塩基配列解析によって、輸入真菌症の診断を行った。
5) 菌成分がアレルギーや慢性炎症を誘発することが知られ、Candida成分による冠状動脈炎の誘導の要因がMyeloperoxidaseであることを報告した。本年度は、Candida成分から冠状動脈炎誘発分子を特定するとともに、好中球機能解析および免疫機構を解析した。
6)C. albicansの薬剤排出ポンプCdr1pの機能を検討し、薬剤耐性機構を解析するために必要なツールとして新規の発現ベクターを構築した。また、真菌の薬剤排出ポンプを標的分子とする阻害剤の探索を行った。
結果と考察
1)昨年の真菌血症の発生動向調査(回答率は49.8%)と同じ形式で調査を行ったが、今回の回答率は28%に留まり、アスペルギルス症の診断、治療および感染対策上の困難さを反映した結果となった。アスペルギルス症の発生動向に関しては、A. fumigatusが分離される割合が最も高く、漸増傾向を示していた。困難なアスペルギルス症の診断を克服するために、臨床所見や画像所見に加えて、菌学的診断や組織学的診断、さらには血清診断や遺伝子診断の試みがなされていることが伺われた。治療については、経験的な治療としてフルコナゾールが使用され、必ずしもアスペルギルス症を想定して抗真菌剤が使われているわけではなかった。他に適当な治療薬がない現状では本症治療上、アンホテリシンBについては適切な指針が必要であるとともに、現時点で奨励される適切な治療のガイドラインの作成が望まれる。
2)感染マウスを用いてパラコクシジオイデス症における(1→3)-β-D-glucan値を測定すると、感染直後から7日までは有意な上昇が認められた。(1→3)-β-D-glucan 値測定は PC R法に比べて感度が低かったが、測定が迅速にできるという利点がある。培養は少なくとも3週間を要しPCR 法は DNA 抽出を含めて24 時間必要であるが、 (1→3)-β-D-glucan 測定は1時間以内に行えるので、(1→3)-b-D-glucan 測定もパラコクシジオイデス症と腫瘍性病変との鑑別診断に重要であると考える。PCR 法は血漿よりも血餅の方が感度が高かったが、血漿では3段階のPCR法を施行することにより感度が向上し、臨床への応用が期待される。
3)2001年10月に米国カリフォルニア州において世界模型飛行機選手権大会が行なわれ、世界30国から300名以上が参加したが、大会後帰国した各国の参加者の間にコクシジオイデス症が発症したとの情報がWHO、CDCを通じてもたらされた。わが国からの参加者にも同様にコクシジオイデス症の感染発症が懸念されたため、追跡調査を行なった。今回は、本プロジェクトがすでに開始され血清検査を行なう体制が整えられていたために、情報入手後直ちに対応し本研究班が果たした役割は極めて大きい。今後より一層の増加が予想される輸入真菌症に対応するためには、一般医療施設の医療従事者(医師、検査技師)の基礎教育とともに、各地に拠点となる機関を設け、中心となるリファレンスセンターと協力して対応する体制が必要である。
4)真菌血症が疑われた患者から約400株の真菌を分離し、血液培養由来189株について菌種同定を行なった。 C. albicansが84株(44.4%)と最も多く、C. parapsilosis 47株(24.9%)、C. glabrata 21株(11.1%)、C. tropicalis 21株(11.1%)の順であり 、4菌種で173株(91.5%)を占めた。albicans以外のCandidaは95株(50.3%)であった。真菌血症患者の背景について、患者の男女比は2:1、年齢は63.4±19.5歳で60歳以上が76.5%を占めた。基礎疾患では固形腫瘍が36例(20.9%)と最も多く、血液疾患は11例のみであった。真菌の血清(_-glucan)検査が施行された65例(37.8%)中、陽性は48例(73.8%)であった。多様な診療科で真菌血症が発生しているが、診断法が普及していないため、深在性真菌症の重要性が十分に認識されているとはいえず、臨床サイドへの意識浸透が急務であると考えられた。
5)各種病原真菌DNAに対する特異プライマー対を用いてPCRを行い、輸入真菌症起因菌4種に対する特異的遺伝子同定検出系を開発した.将来、輸入真菌症の診断および起因菌の同定は地方衛生試験所などでも行われると思われるが、現状では検体および菌株を安全に移送するためのガイドラインは存在しない。今後は検体移送法を含む検査システムの整備と普及が不可欠である。本邦においてヒストプラスマ症が疑われ確定診断に至らなかった症例の血液から、上記診断法によって特異産物を増幅し、この疾患の起因菌をH. capsulatumと同定した。我々が開発した深在性真菌症遺伝子診断法によって輸入真菌症の診断が可能となった。
6)種々の真菌や細菌に対するMyeloperoxidaseの感染防御能について検討した。Myeloperoxidaseノックアウトマウスでは、トリコスポロンと緑膿菌の殺菌能が著しく低下し、アスペルギルスとクレブシエラの殺菌能も野生型マウスに比し有意に低下した。しかし、黄色ブドウ球菌と肺炎球菌の殺菌能低下は認められなかった。次にCandida成分から冠状動脈炎誘発分子の特定と、好中球機能解析および免疫機構を解析した。Candida成分の腹腔内投与により、血中のMyeloperoxidase自己抗体が上昇し冠状動脈炎が誘導された。Candida細胞壁成分の腹腔内投与によっても同様の成績が得られた。脾細胞培養系を用いた場合、細胞壁成分は低濃度ではサイトカイン産生促進作用を、高濃度では細胞障害作用とサイトカイン産生抑制作用を示した。細胞壁成分の方がCandida成分よりも高い頻度で冠状動脈炎を誘発した。このことは細胞壁成分に多量に含まれているβ1,3-, 1,6-グルカンが血管炎の誘発に関与している可能性を強く示唆している。  
7)アゾ-ル剤耐性臨床分離株は主にポンプ遺伝子の発現亢進が耐性化に寄与していると考えられている。今回Cdr1pの発現によってアゾ-ル剤のみならず多剤耐性を獲得することが示され、また免疫抑制作用を持つ薬剤とフルコナゾ-ルの併用によって耐性株を感受性化させる可能性を確認した。薬剤排出ポンプ阻害剤の探索についてはStreptomyces属菌の一培養ろ液がフルコナゾール存在下でフルコナゾール高度耐性S. cerevisiae OE 株に対して強い増殖阻害効果を示した。培養ろ液の構造決定を行ない、この活性物質がQuestiomycin Aであることが判明した。今後の研究の進展が望まれる。
結論
1) 「感染症法」において全例報告第4類感染症に規程されたコクシジオイデス症やその他の輸入真菌症起因菌を国内で同定できるシステムを開発した。また、これまで海外に依存していたコクシジオイデス症、ヒストプラズマ症に対する診断検査体制の整備を進めた。
2) アスペルギルス症に関する医療従事者の意識調査ならびに発生動向を調査した。その結果A. fumigatusが分離率が漸増する傾向を示した。また深在性真菌症の重要性を臨床サイドへ浸透させることが急務であると考えられた。
3) 輸入真菌症は渡航先で感染して帰国後発症する危険性が高いことが今回の事例で如実に示された。幸いに米国 CDC との綿密な情報交換により逸早く対策を講じることができ、日本人参加者の徹底的な追跡調査を直ちに行った。今後このような事例に遭遇する可能性は高く、本研究事業の果たす役割が極めて重要であることが再確認された。
4) 基礎研究としては本研究全体を通して分子遺伝学的診断法の開発および抗真菌性化学療法剤に対する耐性機構の解明および真菌感染と宿主との相互作用に基づく新しい抗真菌剤の開発が期待された。これらの研究によって期待される成果は真菌感染症から国民を守るために多大の貢献をするものと考えられた。

公開日・更新日

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