日本住血吸虫等世界の寄生虫疾患の疫学及び予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100708A
報告書区分
総括
研究課題名
日本住血吸虫等世界の寄生虫疾患の疫学及び予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
太田 伸生(名古屋市立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 青木克己(長崎大学熱帯医学研究所)
  • 朝日博子(国立感染症研究所)
  • 川中正憲(国立感染症研究所)
  • 小島荘明(国際医療福祉大学)
  • 嶋田雅暁(長崎大学熱帯医学研究所)
  • 田邊将信(慶応義塾大学医学部)
  • 二瓶直子(国立感染症研究所)
  • 平山謙二(長崎大学熱帯医学研究所)
  • 松田 肇(独協医科大学)
  • 門司和彦(長崎大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
住血吸虫症を含む多くの蠕虫感染症が途上国の各地で流行している状況下ではわが国の国際化に伴う疾患の持込みや国内での2次的拡大等に監視と情報整備が必要である。途上国で寄生虫病が流行状態にあることは、現在の対策事業の実効が上がっていないことを意味し、特に住血吸虫症に関しては中間宿主であるミヤイリガイが生息している国内旧流行地では住民からの不安も聞かれる。また、輸入寄生虫症の国内発生に適切な国内対応をとるための診断、治療面の情報も一部で不足している。このような現状に鑑み、今日のわが国に必要なことは従来の寄生虫対策法の改善や新しい対策技術の導入を推進して途上国の寄生虫対策の実効を上げてわが国民への寄生虫病波及の危険を回避することであり、さらに国内での寄生虫病流行再興防止のために海外の疫学情報提供や診断、治療面のアドバイス、中間宿主の生息モニタリング継続などがある。これらに応える研究を実施して、わが国の寄生虫疾患流行再興を防止する体制構築を目的とした。
研究方法
研究は3つのアプローチから進めた。第一は従来の対策法の改善、第二は新しい対策技術の開発、第三は国内の監視体制整備である。第一のアプローチは青木、川中、嶋田、門司が担当し、主にフィールドワークとしておこなった。住血吸虫症流行地での住民参加の誘導、健康教育のあり方、流行動態を推測する数式モデルの開発および中間宿主貝対策の薬剤開発を検討した。住民に住血吸虫症の客観的な病害性をevidenceを通じて認識してもらうために、住血吸虫感染による排尿障害をアンケートと尿流量計で調べた。健康教育の効果を評価するために、健康教育実施後に駆虫薬投与を中断した集団で再感染の状況を調べた。また、対策法の改善のために流行数式モデルの開発が必要であり、そのためにStochastic approachにindividual based modelを併用したシミュレーション数式開発を進めた。中間宿主貝対策としては環境毒性のない安全で効果的な殺貝剤を植物抽出物質から得る作業を進め、さらに殺貝活性の実験室内評価法の改良を行った。
第二のアプローチは朝日、田邊、平山、太田が分担し、診断法の開発・改良、病態発現機序解明を通じた治療面への応用およびワクチン開発を進めた。非観血的免疫診断法として尿を用いたELISAによる抗体検出法の検討をフィリピンの流行地住民試料を用いて行った。ELISAなど免疫診断法で用いる住血吸虫抗原を安定的に供給するためにリコンビナント住血吸虫抗原を虫卵cDNAのスクリーニングから作製した。住血吸虫感染の慢性症状を特徴付ける虫卵周囲肉芽腫がTh細胞の調節下にあることから、肉芽腫形成を誘導する虫卵抗原の単離をT細胞ハイブリドーマを用いて試みた。また、虫卵肉芽腫で産生が増強する宿主由来の物質、CILIPの生理機能活性の解析を行った。日本住血吸虫ワクチンの候補物質であるカルパインに対するモノクロ-ナル抗体を作製して寄生虫体内での発現分布を調べた。ワクチン実用化に必要なアジュバントの候補としてCpGオリゴヌクレオチドの効果を調べた。
第三のアプローチは松田、二瓶、太田が分担し、従来国内で情報が十分ではなかったメコン住血吸虫症について流行地の疫学情報と診断上の問題点を検討した。治療薬であるプラジカンテルの副作用の機序についてのマウスで実験的に検討した。山梨県内のミヤイリガイの生息モニタリングを簡略化するためにGISの応用を試みた。Arkviewソフトを用いてデジタルマップ上にプロットした県内60ケ所の定点調査データをパソコン上で解析する評価観察法を開発した。
結果と考察
住血吸虫症対策では流行地住民が感染の病害を認識して感染を回避する行動を取るようにすることが望ましいが、病害性の客観的パラメータとして排尿障害を証明することはできなかった。これは調査対象が小学生男子であり、排尿障害が発現する年齢層よりも若年域であることが原因と考えられ、結論を得るためには対象を変えて検討することが必要である。健康教育が単独で感染防止効果を持つ可能性を調べたが、検討した濃厚な流行環境では、集団駆虫を行わないと感染率は以前のレベルに完全に復した。すなわち、感染の機会が濃密に存在する環境下では薬物治療が対策のために必須であり、健康教育の効果は持続しないことが確認された。今回の調査で健康教育の効果が十分でなかったことの原因として、学童からの聞き取り調査では教育材料が十分整っていない点もあるので、健康教育自体が十分な効果を持ち得なかった可能性もある。住血吸虫症の流行予測をシミュレートする数式モデルの開発は介在する因子が多様であるため困難であるが、基本的な開発戦術としてはmicroparasite感染症のシミュレーションで有用性が確認されたstochastic approachを採用してinndividulas based modelを併用することで現実の流行に近いモデルを求めることにした。現状では誤差の大きなシミュレーションしか組めないが、コンポーネントの改善を行って実用れべるまで改良したい。殺貝剤の実験室内の効果判定法はすでに確立した方法があるが、使用する器具が入手困難になり判定に時間もかかる欠点があった。プラスチックシャーレを用いることで少ない検査試料で判定が可能であることを確認した。
新規診断法として尿を用いたELISAで日本住血吸虫感染を確認する方法を開発した。尿中の抗日本住血吸虫虫卵IgG抗体はアビジンービオチンによる増感法で血中の抗体検出とほぼ同程度の感度、感受性を示したのでディップ法やイムノクロマト法に応用して野外で実施可能な診断法への改良を図る。免疫診断用のレコンビナント住血吸虫抗原作製のために、日本住血吸虫虫卵のcDNAライブラリーからヒト感染プール血清によるスクリーニングを行った。わずか1種類の遺伝子(ミラシジウム抗原)しか拾い出すことができなかった。ELISAでの感度が十分ではないのでスクリーニングを継続して多くの診断抗原を準備する必要がある。住血吸虫症感染宿主に虫卵肉芽腫形成を誘導する分子を探索し、150 kDaのアルブミン前駆タンパク質様分子が同定された。虫卵肉芽腫には痙攣誘発物質(CILIP)が高いレベルで産生されるが、これは強い血液凝固作用を持ち血液寄生体感染に多く産生される物質であり、住血吸虫感染の場合にも寄生適応上重要な宿主因子である可能性が示された。ワクチン開発はブタでのトライアルを進行させるとともにワクチン分子の虫体内の発現部位を明らかにしてワクチン効果発現機序の解析を進めた。カルパインはセルカリア、成虫ともにタンパク質の発現が見られるが、雌雄間および住血吸虫の種間で発現場所が異なっていた。カルパインはマンソン住血吸虫でもワクチン候補分子と考えられているが、日本住血吸虫感染の場合とは効果発現機序が異なる可能性が考えられた。
国内の輸入症例への対応体制整備のために、情報が乏しかったメコン住血吸虫の疫学分布、免疫診断上の注意点、超音波による重症度判定基準などについて明らかにした。カンボジア領内には高濃度の流行地域があり渡航邦人への注意事項と思われた。メコン住血吸虫症の免疫診断には他種住血吸虫抗原を用いると特異性に問題が大きいことも示された。国内のミヤイリガイの生息調査は時間と労力の負担が大きい作業であるが、山梨県内の定点をGPSで正確な位置確認を行った後でデジタルマップにプロットし、ArkViewによる簡便なパソコン解析ができるようにした。感染症監視へのGIS応用のモデルとなるものであり、ベクターを介する他の感染症監視にも応用展開が可能である。日本と地理的条件が類似した中国やインドシナの住血吸虫症流行地にも積極的に応用を図ることを考えている。
結論
わが国の住血吸虫症持込み防止とその2次的国内波及の予防を目的として必要な研究を遂行した。国外で実施中の住血吸虫症対策に対して健康教育や住民の啓蒙などの改善策を考察したが、健康教育単独では流行防止を維持できなかった。流行対策を効果的に実施するためには流行の数式モデルを開発することが望まれるが、今年度までの研究から開発のための基本戦術を取りまとめた。寄生虫症の新しい免疫診断法として尿を用いた方法を開発したが、免疫診断に用いる住血吸虫抗原のレコンビナント分子の整備は方法を修正してcDNAライブラリーのスクリーニングを継続することとした。ワクチン効果発現の解析のためにカルパインの虫体内分布を検討した。住血吸虫に対する国内対策として比較的稀な住血吸虫症の情報整備とをおこない、また国内に生存するミヤイリガイのモニタリングに応用可能なGIS解析システムを確立した。

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