精神疾患に対する多重画像モダリティによる認知機能障害の解明とそれに基づく治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100644A
報告書区分
総括
研究課題名
精神疾患に対する多重画像モダリティによる認知機能障害の解明とそれに基づく治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
松田 博史(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究分担者(所属機関)
  • 斎藤 治(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 本橋伸高(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 朝田 隆(筑波大学医学専門学群臨床医学系)
  • 大西 隆(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の脳機能解析の進歩は、機能性精神疾患において病態解明に必須の検査法となりつつある。これらの脳機能解析法はそれぞれ、長所、短所を有するため、一つの検査法のみではなく、お互いの欠点を補うために、組み合わせて解析することが望ましい。本研究では、PET/SPECT, fMRIおよびMEG装置などを、相補的に駆使することにより、精神分裂病や感情障害を中心とする内因性精神疾患における神経認知機能障害を神経回路網モデルに基づき評価し脳のどの部位の障害かを検索することにより、内因性精神疾患の病態解明ならびに精神症状の客観的定量化を行う。さらに、その解明結果に基づいた経頭蓋磁気刺激療法などの新しい治療法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
以下の研究はすべて国立精神・神経センター武蔵地区の倫理委員会の承認を得た上で,被験者本人の文書による同意のもとに行った。動物による基礎実験:対象は成体の雄力二クイザル2頭で体重は5kgである。PET検査、反復経頭蓋磁気刺激を(rTMS)を麻酔下に行い、共にヒトに臨床的用いられている範囲内での刺激条件、撮像条件にて施行する。すなわち、対象に苦痛を与えずに実験を行い、組織採取等のための屠殺は行わない事とした。脳波・fMRIの同時測定法の開発:特殊なAg/AgCl電極を作成した。つまり、全ての電極は、電極皿を二重としケーブルはシールド線を用いた。Cz電極として活性電極の数と同じ数のケーブルを有する、特殊電極を開発した。ペア刺激による聴覚誘発磁場反応の回復曲線とその臨床応用:刺激音は周波数2kHz、持続時間10 msec(内rise/fall 1 msec)、音圧100dB SPLのトーンバーストを用い、ペア刺激(ペア間隔 50, 70, 100, 150, 200, 300, 500, 700 msec)を第一音間隔1.5±0.1secで両耳に等確率ランダムに提示した。磁場記録にはNeuromag社製204ch全頭型脳磁計を用い、1.0~165Hzのバンドパスフィルタ処理の後、サンプリング周波数500HzでA/D変換したデータに対し、50Hzでオフラインローパスフィルタ処理した波形を解析対象とした。刺激提示前の50msecの区間の時間平均を各チャネルの基線とし、誘発成分の振幅は基線から計測した。前頭前野TMSの正常者の脳血流に与える影響:精神神経疾患の既往がなく,ペースメーカー,脳動脈瘤クリップを持たない成人男子の志願者6名を対象とした。H215O -PET:PET検査は安静覚醒状態での6回の反復脳血流測定を2回施行した。一回目の検査ではTMS前のコントロール状態として3回の測定を行い,その後,片側の前頭前野にTMSを施行し,その後に同様に3回の脳血流測定を行った。2回目の検査では同様のプロトコールで反対側の前頭前野の刺激を行った。各スキャン間に被験者の主観的な感情状態をスコア化した。磁気刺激については1Hzの単発刺激をmotor threshold (active condition)110%の強度で60秒間行った。機能的MRIを用いた脳機能連結測定法の開発:対象は健常被験者男性4名で、全例利き手は右であった。fMRIは1.5T装置を用いsingle shot EPIにて全脳を撮影した。安静時のみ各205 scanを収集した。近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)は23チャンネル装置を用いてサンプリングレートは200msecにて行った。MRIとNIRSは同時に計測を行った。基準となる左M1の血流変動は、MRIでは事前に行った右指運動時fMRIにて観察された各自のM1領域での安静時MR信号の変化、NIRSでは磁気刺激にて決定した右示指運動領域に装着した検出器より得られた酸化型およ
び還元型ヘモグロビンの濃度変化より得た。
結果と考察
動物による基礎実験:rTMS刺激部位直下の左前頭葉には比較的限局した代謝亢進を認め、また同側の上側頭回にも代謝亢進を認めた。一方、帯状回前部、梁下野に当たる部位は抑制部位として示された。われわれは、すでにヒトの反復脳血流で前頭前野刺激による前部帯状回の血流変動を確認しているが、今回サルにおいても同領域のグルコース代謝の相対的低下を認めている。前部帯状回、梁下野はうつ病の増悪、寛解に関与する可能性が報告されており、磁気刺激の抗うつ作用として同部位への作用が示唆された。脳波・fMRIの同時測定法の開発:特殊電極を新たに製作し、両耳朶電位平均を基準としたmonopolar montageによる脳波測定に成功した。脳波とfMRIの同時測定の開発を行い、現在までに交互測定の開発を終了した。この方法を用いて、視察脳波のみならず、事象関連電位などの測定にも成功した。また全同時測定に向けて予備的検討を行った。今後この結果を元に、同時測定に向けてさらに研究を推し進めていく予定である。ペア刺激による聴覚誘発磁場反応の回復曲線とその臨床応用:健常者9名より明瞭なP50mおよびN100m聴覚誘発磁場成分が記録された。健常者群と同様の方法で求めたP50mの回復率を健常者群と比較した。S1-S2間隔100 msec以上で患者群の方が健常者群より総じて回復率が高かったが、中でも150 msec(p=0.011)と500 msec(p=0.046)の2点で統計学的に有意(p<0.05)に高かった。本研究により、聴覚誘発P50m、N100mの回復曲線は、従来のS1-S2間隔一定の評価法よりも鋭敏に分裂病群を患者群から分離する可能性が示された。また、S1-S2間隔としては0.5 sec以外に150 msecも分裂病群と健常者群を鋭敏に分ける可能性があることが新たに示された。前頭前野TMSの正常者の脳血流に与える影響:
TMSの感情に対する影響:VASによる評価ではTMS後にtiredness, discomfortが有意な上昇を示した。これはTMSによる影響よりも,PET検査による長時問の拘束の影響が関与したと考えられた。脳血流に対する影響:背外側前頭前野の刺激は,刺激部,及び辺縁系の血流増加,対側皮質での血流低下を引き起こした。辺縁系の血流増加部位は,左側刺激では 海馬,右側刺激では前帯状回が主であった。これらの経時的影響による局所脳血流の変化を取り除くため,PETデータの解析は各スキャンでのVASのスコアを共変量として扱った。今回のTMSはけいれんを伴わないため麻酔も不要で,投与エネルギーもはるかに少なくてすむという利点がある。しかし,より重症の精神病性のうつ病に対してはECTに劣るとされている。最近PostらはECTはけいれんに伴う代償機構が,TMSは局所の刺激を通した直接的な影響により抗うつ作用を発現するのではとの仮説を提唱している。今後も神経画像技術の手法と合わせて両者の異同を詳細に検討していくことは,これらの作用機序や疾患の病態生理の理解へ寄与するものと期待される。機能的MRIを用いた脳機能連結測定法の開発:安静時の左M1の信号変動はMR信号、NIRSの信号とも0.1Hz以下の低周波数帯に大きなスペクトルを認めた。この所見は全例に認められ、他の生理学的ノイズの原因となる心拍、呼吸、脳脊髄液の流れなどと比較すると低い周波数成分である。また動物実験で報告された神経細胞の自然発火に伴う脳血流変動の周期と一致していた。これらよりMR,NIRS信号の低周波数成分は安静時の自然発火減少により起こる脳循環の変動と考えた。従来、PET、fMRI等の機能画像による脳賦活検査は、局所脳機能のマッピングを主な目的としてきた。しかし、ヒトの脳活動は局在機能をもつ多くの領域が共同して遂行され、機能連結、各領域間の相互作用を観察することは高次脳機能を理解するうえで重要である。特に局在機能障害として説明困難な精神疾患の病態解明には重要であると思われる。
結論
多重画像モダリティにより内因性精神疾患に対する経頭蓋刺激療法に関連した基礎的および臨床的知見が得られた。

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