血液脳関門の機能特性を利用した脳内への薬物及び遺伝子輸送システムの開発

文献情報

文献番号
200100636A
報告書区分
総括
研究課題名
血液脳関門の機能特性を利用した脳内への薬物及び遺伝子輸送システムの開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
杉山 雄一(東京大学・大学院薬学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 広野修一(北里大学・薬学部)
  • 赤池紀生(九州大学・大学院医学系研究科)
  • 油谷浩幸(東京大学・先端科学技術研究センター)
  • 渡辺泰雄(東京医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
31,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
超高齢化、飽食化が重なり、21世紀早期は循環障害や高脂血漿からの脳機能疾患に対して適切な治療法が確立されていない。殊に脳虚血性疾患や脳梗塞誘発の脳機能障害に関しては、早急な対策が必要である。本研究は、(1)血液脳関門(BBB)に存在する薬物トランスポーターに着目し、神経細胞に直接効果を示す化合物の脳送達を図り、(2)更に神経細胞保護機構を脳全体の相関性から考究し、同時にBBB機能特性を利用した新規脳送達システムを開発することにより、今までにない治療法を確立することを主目的とする。(1)に関しては、一連の誘導体の脳移行を、BBB上の薬物排出ポンプとの相互作用とう観点から検証し、三次元構造活性相関から、脳移行性の優れた化合物を合理的に生み出す。(2)に関しては、細胞外マトリックス調整剤が、神経-グリア細胞間のペプチドによる情報伝達を介して神経保護作用を有するという仮説に基づく検討を行う。本研究は脳虚血疾患改善を指標として新規脳送達システムの開発を目指したものであり、提唱された方法論は種々脳疾患治療にも適用可能である。本研究は脳虚血疾患改善を指標として低分子化合物、高分子ペプチドおよび遺伝子の新規脳送達システムの開発を目指したものである。
研究方法
1)血液脳関門に発現される有機アニオントランスポーターの解析
脳内、脳室内投与を行い、脳内あるいは脳脊髄液からのestradiol 17? glucuronide (E217?G)の消失速度をin vivoで測定した。血液脳関門に発現される有機アニオントランスポーターを網羅的に解析するために、分担研究者の油谷の協力を得て、脳毛細血管内皮細胞の発現プロファイルの解析を行った。このとき、Willis動脈輪、下行大動脈、くも膜におけるプロファイルと比較対照として検討した。その結果、Oatp14が脳毛細血管内皮細胞に高発現していることを見出した。Oatp14の遺伝子発現系をHEK293細胞を宿主細胞として作製した。HEK293を用いた輸送実験は、常法に従い実験を行った。
2)血液脳脊髄液関門に発現される有機アニオントランスポーターの解析
脈絡叢に発現するOat3について、免疫染色を行い、脈絡叢における局在を決定した。単離脈絡叢と遺伝子発現系をもちいた輸送実験を行った。研究で用いたモデルリガンドには、?-lactam系抗生物質であるbenzylpenicillinとペプチドトランスポーターの基質であるglycylsarcosineである。glycylsarcosineの脳脊髄液からの排出に対しては、脳室内投与を行い、個体レベルでの検討を行った。
3)cMOAT/MRP2の基質に対して、エネルギー極小配座集団を得、分子動力学による分子の立体配座解析プログラム(CAMDAS)を用いて、重要なエネルギー極小配座集団を自動抽出した。更に薬物分子を官能基特性球により特徴づけを行い、薬物分子間で同一特性球がもっとも重なる重なりを吐き出した。最終的に、全cMOAT/MRP2基質に共通する原子団配置を有する配座を抽出する。
4)単離神経標本を用いて、GABA神経系の自発性miniature inhibitory postsynaptic currents (mIPSC)をnystatin perforated patch recording法で記録した。
5)ラット海馬CA1錐体細胞を機械的に単離し、GABA作動性神経終末部が付着した“シナプスブートン標本"を作製する。次に膜電位固定下で1つの神経終末部を電気刺激し、単一神経終末由来のGABA放出を記録する。神経終末静上のCa2+チャネルサブタイプの同定は各種選択的阻害剤を用いて薬理学的に評価する。
結果と考察
Mdr1aノックアウトマウス、Mrp1ノックアウトマウスを用いた個体レベルでの解析により、両トランスポーターが関門におけるE217?Gの排出輸送に関わっていることを見出した。血液脳関門における有機アニオン系薬物の排出にMrp1が関与していることが示唆された。関門における発現はRT-PCR、Western blotにより確認したものの、局在に関しては不明である。ノックアウトマウスを用いた解析結果に基づくと、血液側膜に局在していることが期待されるが、この点については更なる検討が必要である。Mrp1と基質選択性が類似しているcMOAT/Mrp2について結合配座モデルが、1つに同定できた。重ね合わせにより得られたファーマコフォア情報とCoMFA解析から得られた等高線図の情報を基に、cMOAT/Mrp2のリガンド結合部位の推定を行った結果、リガンド結合部位の物理化学的構造特徴が浮かび上がってきた。更に、今後、このモデルのバリデーションを行うべく、例えばACE阻害剤のように、一群の類似した化学構造を有する化合物の中に、基質となるものならないものが存在するような化合物について予測性を検討することが必要である。
ジーンチップを用いて、脳毛細血管内皮細胞、下行大動脈、Willis輪の動脈、くも膜における約25000個のラット遺伝子あるいはESTの発現プロファイルを行い、Oatp14を含む脳毛細血管に高発現する遺伝子を見出した。これらの発現遺伝子との比較によるデータマイニングの有効性を示している。しかし、現在ラットのゲノム情報はヒト、マウスに比較して不十分であり、アレイを用いて解析されたトランスポーター遺伝子は22遺伝子にすぎず、これまでにヒトで同定されている遺伝子の半数にも及ばない。ラットとヒトの相同遺伝子の対応はラットの遺伝子配列情報がまだ不十分であるために不明な点が多いが、今後データを収集し、ヒト、マウス、ラットの間の比較データベースを構築していくことが必要である。Oatp14の遺伝子発現系を作製し、基質の探索を行ったところ、E217?が基質となることが明らかと成った。免疫染色を行い、脳毛細血管内皮細胞の脳側膜にOatp3、Oat3、Oatp14が発現していることを明らかにした。各トランスポーターの基質選択性を考慮すると、脂溶性の高い有機アニオンは、Oatp14、Oatp3により、水溶性のアニオン系薬物はOat3により脳内より排出されるものと考えている。
Oat3の脈絡叢での発現をRT-PCR、Western blot法により明らかにした。免疫染色を行った結果、Oat3が脈絡叢刷子縁膜に局在していることを明らかにした。単離脈絡叢へのbenzylpenicillinの取り込みに対する阻害剤のプロファイルと遺伝子発現系を用いたプロファイルは一致した。また、速度論パラメーターも一致した。PEPT2の典型的な基質であるglycyrsarcosineを用いた輸送実験を行った。脳室内投与後、glycyrsarcosineも非常に速く消失する。glycyrsarcosineの消失は飽和性であるが、benzylpenicillinによる阻害を受けない。反対に、benzylpenicillinの消失に対してglycyrsarcosineは阻害をかけないことを見出した。Oat3は?-lactam系抗生物質の脳脊髄液からのくみ出しに働いているトランスポーターであり、その基質になるかどうかが脳脊髄液中の滞留性を決定する。しかも、Oat3は?-lactam系抗生物質の消失臓器である腎臓の側底膜に発現しており、腎臓内への取り込みにも関与している。つまり、脳脊髄液中と血漿中の両方の滞留性を決定するトランスポーターである。cMOAT/Mrp2の結合配座モデルを確立したのと同様の手法をOat3に適用することで、体内・脳内の滞留性をコントロールしたより安全で効果的な抗生物質の開発に貢献できるのではないかと考えている。
脳内で神経終末に存在するL型Ca2+チャネルはGABAやDAの自発的放出に関与し、神経調節失調時には、伝達物質の異常放出を誘発させ重篤な脳疾患を誘発させる。L型Ca2+チャネル刺激薬であるBAYK8644はmIPSCの発火頻度を反復性に増強させた。N/P/Q-型Ca2+チャネルブロッカーはBAYK8644による弧束核GABA神経系の自発性mIPSCの発火頻度を部分的に抑制するが完全には抑制しなかった。L型Ca2+チャネルブロッカーのうちnicardipineとnimodipineは著名に抑制したが、nifedipineやnilvadipineは何ら影響を与えなかった。しかも、この自発的放出に関与するL型Ca2+チャネルは、いわゆる抹消型と異なり、Ca2+チャネルブロッカーの親和性に相違を有することが明らかとなった。単一GABA作動性神経終末部を電気刺激することで、GABA作動性evoked inhibitory postsynaptic current (eIPSC)が記録できた。このeIPSCの振幅はL型Ca2+チャネルブロッカー、あるいはP/Q型L型Ca2+チャネルブロッカーより完全に抑制された。一方で、N型Ca2+チャネルブロッカーは無効であった。本標本およびフォーカル刺激法の開発により、わずか1?m以下の微小シナプス前神経終末部からの伝達物質の放出機構やこれに対する各種中枢性刺激薬物の薬効の解明ができるようになった。フォーカル刺激時のCa2+チャネルサブタイプの活性動態と低頻度刺激時の活性動態を総括すると、本フォーカル刺激法によるGABA放出は放出増強モデルとして有用であることが示唆された。
結論
血液脳関門を介したアニオン系薬物のくみ出しに、Oatp3、Oatp14、Oat3、Mdr1a, Mrp1が関与していることが示唆された。Oatp3、Oatp14、Oat3が脳内から内皮細胞へ、Mdr1a, Mrp1が内皮細胞から血液中への排出を行っているものと考えている。血液脳脊髄液関門では、Oat3がアニオン系薬物の脳脊髄液中から脈絡叢内への取り込み過程に関与していることが示唆された。
脳毛細血管の発現プロファイルにより、脳毛細血管内皮細胞に高発現している遺伝子群を見出した。
cMOAT/MRP2の基質の3次元ファーマコフォアをかなり解明することができた。本研究成果に基づいて、種々薬物のin silico screeningが可能になるものと考えている。
「脳型」L型Ca2+チャネルに対する親和性は、「抹消型」と異なる。低頻度刺激によるGABA放出はN、P/Q型Ca2+チャネルであるのに対して、高頻度刺激による放出増強にはL、P/Q型Ca2+チャネルが重要である。

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