ストレスへの適応破綻の脳内分子機構の解明と予防法の開発

文献情報

文献番号
200100634A
報告書区分
総括
研究課題名
ストレスへの適応破綻の脳内分子機構の解明と予防法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
山脇 成人(広島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 森信繁(広島大学医学部)
  • 加賀谷有行(広島大学医学部)
  • 岡本泰昌(広島大学医学部)
  • 西谷信之(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  • 尾藤晴彦(京都大学医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
適応困難なストレスに暴露されることによって、外傷後ストレス障害や大うつ病といった精神障害が引き起こされる。この現象は脳での一種のストレスに対する、適応破綻状態と考えられる。従ってストレスに対する適応破綻の脳内メカニズムを解明することは、ストレス関連性精神障害の発症機序・治癒過程の解明につながると思われる。このような観点から本研究では、1) ストレスによる細胞内情報伝達機能や遺伝子発現機能の障害のメカニズム・2) ストレスによる神経機能形態変化のメカニズム・3) MEGを用いたストレスによる脳機能変動のメカニズム、の解明を課題としてストレス適応破綻の脳内分子メカニズムに関する研究を行った。 
初年度である平成12年度は、ストレス適応破綻の前段階である急性ストレス負荷による脳内情報機構の変化を検討した。
研究方法
ストレスによる細胞内情報伝達機能及び遺伝子発現機能の障害メカニズムの解明:雄性ラットを対象に、ストレス負荷は急性拘束を行い、以下の計測を行った。Protein phosphatase (PP) 2Aのセリン/スレオニンフォスファターゼ活性は、基質としてPP特異的なphosphopeptideを用いて、遊離するphosphateの量を計測した。Calcium/calmodulin dependent protein kinase (CaMK) II活性測定には、カルシウム・カルモジュリン存在下及び非存在下での[_-32P]ATPの取り込みを、計測した。マクロアレイ・マイクロアレイ法によるストレス脆弱性関連遺伝子の検索には、新生児期分離ストレス及び慢性過密飼育負荷によって脆弱ラットを作製し、正常飼育ラットとの間で急性ストレス負荷に伴って海馬で発現の顕著に異なる遺伝子を探索した。マクロアレイ法Clontech Rat Stress Arrayを用い、マイクロアレイ法はMargen社のRat Express Microarrayを用いた。 
ストレスによる神経機能形態変化のメカニズムの解明:GFP-actin発現アデノウィルスの作成は、COS-TPC法を用いてGFP-actinをCMVプロモータの下流に結合させたものを作成した。GFP-actin発現アデノウィルスを用いた過剰神経興奮状態における海馬初代培養細胞の樹状突起アクチン動態の解析に関しては、Bio-Rad MRC1024レーザー共焦点顕微鏡システムによるreal-time imaging を用い、室温条件下で生きた海馬細胞の種々の細胞外刺激によるタイムラプスGFP蛍光計測を行った。
MEGを用いたストレスによる脳機能変動のメカニズムの解明:脳磁場の測定は、頭部全体をカバーするニューロマグ社製脳磁計を用いて行った。頭皮上脳波記録は、国際10-20システムに従った測定で行った。事象関連磁気共鳴分光法は、1.5 Tesla Proton-MRI で、STEAM法で行った。なお本年度は、健康正常人を対象とした研究である。ストレス負荷は長時間開眼持続・瞬目抑制課題 (20分間) を用い、頭皮上脳波による基礎律動変化の解析と脳磁図による脳磁場の周波数解析を行った。ストレスによるヒト海馬の活動の変化に関しては、快・不快写真による視覚刺激負荷時の、脳磁場計測及び事象関連磁気共鳴分光法による脳活動の変化を計測した。
本研究で行われたすべての動物実験及び臨床研究は、各研究者の所属機関の倫理委員会による審査を経て、研究の実施に関する許可を得たものである。 
結果と考察
ストレスによる細胞内情報伝達機能及び遺伝子発現機能の障害メカニズムの解明: 急性拘束ストレス負荷にて大脳皮質前頭部・海馬で、有意なPP2A活性の亢進がみられた。急性拘束ストレス負荷にて大脳皮質前頭部でCaMKII活性の亢進傾向を、海馬で有意な亢進をみた。マクロアレイ法では、新生児期分離によってC-Jun N-terminal kinase 2 の発現が顕著に亢進し、慢性過密飼育によってheat shock 90-kDa protein Aの発現が顕著に低下していた。マイクロアレイ法では、新生児期分離によって17個の遺伝子の発現が、慢性過密飼育では19個の遺伝子の発現が顕著に変化していた。
これまでの本研究者らのストレスによるcalcineurin活性やCREBのリン酸化の変化などの結果と合わせて考察すると、ストレス負荷で細胞内のカルシウム/カルモジュリン依存性のキナーゼ・フォスファターゼ活性は双方亢進しているが、ストレス時はキナーゼ系がストレス終了後はファオスファターゼ系が有意となってCREBを介した遺伝子発現を調節することを示している。本年度の研究で得られたキナーゼ系-フォスファターゼ系の亢進が交代性に起こる現象は、ストレスに対する適応反応ではないかと考えられる。
ストレスによる神経機能形態変化のメカニズムの解明:Adex-CMV-GFP-actinは神経細胞のみならず、グリア細胞にも非常に高い発現量を認めた。内在性神経活動負荷時において、シナプス形成後の海馬神経細胞では、樹状突起上のGFP-actinの点状構造は部位によって異なった動きを示した。過剰なNMDA受容体刺激を介したCa2+流入によって、一部の樹状突起スパイン内アクチン集積が増強され、形態変化も伴う可能性が示唆された。
本年度の結果は、カルシウム流入の過剰負荷の経路が異なると、アクチン動態に対して全く異なる作用を及ぼすことが明らかになった。これらの実験データは、ストレス等にみられる過剰神経活動などに伴って発生するカルシウム流入源の組み合わせによって、細胞骨格再構築の分布が制御されている可能性を示唆している。
MEGを用いたストレスによる脳機能変動のメカニズムの解明:安静閉眼時にみられた10 Hz 前後のα波(後頭部)や10 Hz 前後のμリズム(両側頭部)が、持続する開眼状態では周波数帯域の抑制傾向を示した。再度安静閉眼に戻しても、α波は抑制状態が持続していたが、μリズムは検査開始時程度にまで回復していた。脳磁図を用いたストレスによる海馬機能の検討では快・不快写真呈示の結果、左側海馬を主に両側海馬に活動源が認められた。事象関連磁気共鳴分光法による研究では、不快刺激によって両側海馬(特に左側海馬)で神経律動の抑制とエネルギー代謝の亢進の引き起こされることが明らかとなった。
本年度の結果は、大脳皮質で基礎律動の抑制がストレス中及び終了後にもみられたことを明らかにしているため、強度または急性ストレス負荷時の脳機能破綻のメカニズムに関連していると考えられる。ストレス負荷による海馬機能変化の研究結果は、ストレス負荷によって海馬神経細胞内のミトコンドリアを中心としたエネルギー代謝が亢進することを示唆している。
結論
本年度はストレス適応破綻の脳内メカニズムの解明を目的に、急性ストレスを主に用いてストレス負荷に伴う脳機能の変化を検討した。1) 急性ストレス負荷によって細胞内カルシウム依存性の酵素機能は亢進し、ストレス時にはキナーゼ系の、終了後にはフォスファターゼ系の機能亢進が有意となる。2) 細胞内カルシウム濃度亢進に伴って、actinが細胞内を移動する。3) 急性ストレス負荷によって、大脳の基礎律動が抑制され、同時に海馬の神経細胞律動の抑制やエネルギー代謝の亢進の引き起こされることが示された。このような結果は急性ストレスに伴う脳内の反応であり、慢性ストレス負荷やストレス性精神障害で同様の情報伝達機能の変化を検討することが、ストレス適応破綻の脳内メカニズム解明につながると思われる。 

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