宿主応答を指標とした類人猿などを用いた遺伝子治療法の評価系の確立

文献情報

文献番号
200100439A
報告書区分
総括
研究課題名
宿主応答を指標とした類人猿などを用いた遺伝子治療法の評価系の確立
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 寺尾恵冶(感染研)
  • 早坂郁夫(三和科学霊長類パーク)
  • 山海直(感染研)
  • 中山裕之(東京大学)
  • 久和茂(東京大学)
  • 辻本元(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の先進国である米国では、時に非臨床試験なしにヒトで臨床応用がなされ、遺伝子治療の有効性に関する疑義や高用量使用による死亡例のような問題が生じている。本研究班は非臨床試験のためのサル類及び類人猿を用いたex vivo, in vivoの遺伝子治療法の安全性、有効性、安定性等に関する評価システムを確立すること、サル類のES細胞を用いた再生医療の安全性、有効性評価のための実験手技の開発、伴侶動物モデルを用いた遺伝子治療法の有効性評価の検討を目的としている。非臨床試験による安全性、有効性評価はヒトに近縁な霊長類が最も適している。しかし動物福祉や生命倫理から齧歯類に比べ制約が多い。他方、伴侶動物は寿命の延長からヒトと同様に老人病や癌の発生が高くなり、従来の治療法以外に遺伝子治療のような先端医療の試みが開始されつつある。本研究班はでex vivo評価のためのツール開発、評価マニュアル作成、in vivoでの遺伝子デリバリー評価基準の作成を試みてきた。またサル類ES細胞の作成、伴侶動物を用いた遺伝子治療の有効性評価を進めている。
研究方法
研究方法と結果:①欠損型センダイウイルスベクターの安全性評価の基礎研究として、若齢雄カニクイザル6頭を用い、非増殖型ウイルスベクターをイソフルレン吸入麻酔下で4頭に接種した。接種部位は左右前頭葉・眼球・鼻腔内である。また開腹し肝・脾・腎にも接種した。一般状態観察・体重測定・体温測定・尿検査、血液生化学的検査等をおこなった。行動観察では全頭において投与後一過性に旋回運動と過敏反応が観察された。体重の変動、尿検査の異常は認められなかった。血液学的検査では接種後5日目より赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値の減少が認められた。白血球数は著しい変動は認められなかった。また血液生化学検査所見では1例を除き顕著な変動はなかった。 ②欠損型センダイウイルスベクター接種個体の病変を検索した。大脳髄膜、延髄、眼、鼻粘膜、腎で、ウイルスの増殖によると思われる炎症病変が観察された。この病変はウイルスの増殖を示唆するものであるが、病変はいずれも軽度で、接種後10日には回復傾向が認められた。③ウイルスベクター接種にともなう宿主応答の解析を目的としてa)レトロウイルスベクターにより骨髄造血幹細胞と末梢リンパ球にGFP遺伝子を導入したカニクイザルについて、GFP特異的免疫応答を比較した。末梢リンパ球に遺伝子導入した場合は抗原特異的幼若化反応と細胞障害性T細胞活性が認められたが、造血幹細胞に導入した場合は両反応とも陰性であり、造血幹細胞への遺伝子導入では免疫寛容が成立することが確認された。 b)ベクター接種と宿主反応との関連を明らかにするため、Fタンパク欠損センダイウイルスベクターを筋肉内に接種し、カニクイザルで炎症性サイトカインの上昇を検討した。IL6とINFγの軽度上昇が認められたが、TNFαは検出されなかった。血中抗体レベルはウイルス接種量に対応して上昇した。c)ベクター構造と宿主免疫応答との関連を、野生型及び欠損型センダイウイルスベクターを接種したマウスで比較した。欠損型を接種したマウスではCTL 活性は野生型接種マウスより有意に低く、細胞性免疫応答回避という点で欠損型は野生型より優れていると思われた。また野生型、欠損型をそれぞれ感染させた標的細胞では欠損型感染標的の方が細胞障害を受けにくいことから、標的細胞上への抗原提示に関しても欠損型は野生型より優っていると推測された。d)カニクイザルで
ウイルスベクターに対するCTL活性を測定する方法として、自己骨髄ストローマ細胞を標的とするアッセイ法を開発した。この方法を用いて欠損型センダイベクターを多臓器に接種した例で検索した結果、接種後5日目に比較的高いDirectCTL活性が検出された。④サル類の胚・配偶子の保存法開発、再生医療評価システムの開発を目的として発生工学的基盤技術の開発研究を進めた。a)カニクイザルにおける体外受精-胚移植による双児と思われる妊娠例を得た。霊長類センター2例目の成功例であったが、妊娠途中で発育を停止したものと思われ産児を得ることはできなかった。b)カニクイザルの月経初日に GnRHアゴニストを投与した場合、10から14日目で下垂体のLH分泌がなくなることが明らかとなった。本法を応用すれば内因性ホルモンの影響をうけずに卵巣機能をコントロールできる可能性が示唆された。c)2細胞期の分離割球の超急速凍結保存が可能であることがマウス卵を用いて示された。凍結融解後の生存率および発生率をさらに向上させることでサル類の卵への応用も可能であると考えられた。d)hFSHとIGF-Iの培地への添加、フィーダー細胞との共培養がカニクイザル円形精子細胞の体外成熟に有効であることが示された。e)カニクイザルの受精卵からES様細胞の樹立に成功した。⑤チンパンジーを用いた遺伝子治療用ベクターの評価技術開発の一環として、in vitroによる評価方法を進めている。本年度は器官培養したチンパンジー気管支上皮にアデノウイルスベクターが発現するか否かを検討した。またES細胞の利用による評価法開発を目指し、チンパンジーの卵採取方法を検討した。バイオプシーで採取した気管支上皮を3日間器官培養した後、Ad5-CMV-lacZを1時間暴露し、24時間後にLacZ遺伝子の発現を観察した。同様な方法により18日間培養した気管支上皮におけるAd5-CMV-lacZの導入効果を検討した。培養3日目の気管上皮ではLaZ遺伝子の発現は観察されなかった。一方、培養18日の再分化した上皮ではLaZ遺伝子の発現が認められた。ES細胞の樹立では、チンパンジーの月経周期と性ホルモン動向の基礎データをとり、採卵技術の検討を行った。チンパンジーにとって侵襲性の少ない超音波診断装置による経膣採卵の技術に目処が立ち、過排卵処理に見通しがついた。⑥伴侶動物を用いたモデル研究では、イヌp53遺伝子発現アデノウイルスベクターのin vitro における抗腫瘍効果の検討を行うとともに、腫瘍症例に対する試験的臨床応用を試みた。a)AxCA-cp53がイヌの腫瘍細胞株に対し増殖抑制効果を持つことが示され、腫瘍症例に対する遺伝子治療への臨床応用が期待された。またp53遺伝子の変異を持たない腫瘍細胞株に対してもAxCA-cp53が増殖抑制効果を示したことから、AxCA-cp53がp53遺伝子に変異を持たない腫瘍症例に対して有効性を示す可能性があるものと考えられた。b)肺癌症例においては超音波検査下でベクターを注射した。本症例は投与時点でDICを併発しており、投与2週後に斃死した。剖検では腫瘤の中心に組織の溶解がみられたが、ウイルスの投与によるものかどうかは不明であった。また斃死1日後にしか剖検を行えなかったため、p53mRNAの発現を検討することはできなかった。乳腺腫瘍症例では、ベクターを乳腺腫瘍内に1回投与した。投与による副反応は認められなかった。血中にはAxCA-cp53がPCR法により少なくとも3日目までは陽性を示した。6日後には検出限界以下であった。尿中へのAxCA-cp53の排出は検出されなかった。腫瘤は投与3日後の時点でやや縮小し色調も改善したが、7日後には投与時点と同程度の大きさであった。投与7日後に右側乳腺の全摘出を行い、AxCA-cp53ゲノムの検出、ウイルス由来p53mRNAの検出、およびP53蛋白の免疫染色を行った。AxCA-cp53ゲノムは投与部位とともに他の乳腺腫瘤からも検出された。
結果と考察
考察:本年度は欠損型センダイウイルスベクターの安全性について、多臓器同時接種法により検索した。臨床的には急性の障害はみられなかった。病理変化は神経系、感覚器系、腎臓でベクターに由来すると思われる炎症反応がみられたが軽度なものであり、接種後10日
では回復傾向がみられた。ヒトでの応用にはまだ改変の余地があるが、齧歯類に対する病原性に比較すればサル類では比較的安全であると思われる。臨床研究までには高容量試験等が必要である。ウイルスベクターに対する宿主応答として液性・細胞性免疫反応、リンフォカイン等が測定可能になったことは非常な前進である。サル類の発生工学基盤研究では条件検討のデータが蓄積されるにつれ体外受精、胚移植技術の安定性が増した。また新しくES様細胞が得られたことは再生医療モデル研究を進めるにあたり、重要なツールになる。チンパンジーではバイオプシーと器官培養法を駆使したex vivoでの評価系が確立されつつある。動物福祉上、不可逆的侵襲実験が出来ないチンパンジーでこの様なアッセイ系を確立することは、ヒトへの外挿を考える上で強力なツールである。本年度から伴侶動物を対象とした遺伝子治療研究をスタートした、臨床例を増やすことによりヒトへの応用のブレークスルーが得られることが期待される。
結論
マカカ属サル類、チンパンジー、伴侶動物を用いて遺伝子治療法の有効性、安全性に関する基盤研究を進めた。また発生工学的手法を応用してカニクイザルで新たにES様細胞の確立に成功し、チンパンジーでもES細胞作成の基盤研究が開始された。今後は遺伝子治療及び再生医療の有効性、安全性に関して動物モデルを用いて基盤研究を進めて行く予定である。

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