生命科学研究に必須な培養細胞研究資源管理基盤の整備に関する綜合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100438A
報告書区分
総括
研究課題名
生命科学研究に必須な培養細胞研究資源管理基盤の整備に関する綜合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
水沢 博(国立医薬品食品衛生研究所変異遺伝部第三室)
研究分担者(所属機関)
  • 立花章(京都大学放射線生物研究センター)
  • 木村成道(財 東京都老人綜合研究所)
  • 原澤亮(東京大学大学院医学研究科)
  • 安本茂(神奈川県立がんセンター)
  • 難波正義(岡山大学医学部)
  • 竹内昌男(ヒューマンサイエンス研究資源バンク)
  • 田中憲穂(食品薬品安全センター秦野研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国は第二次世界大戦後60年を過ぎて経済的自立を果たし大きく発展した。それにつれて科学技術の分野でも飛躍的に発展したと言われているが、その実態は欧米先進諸国によって様々に整備されてきた研究基盤や研究資源基盤を利用して成し遂げたものであると言われている。今や、経済的に発展したと認知されたわが国は、そうした欧米の研究基盤への依存体質から脱却し、わが国独自の研究基盤を構築してそれに基づく科学研究の発展を模索すると同時に他国への貢献も視野に入れなければならない時期にきていると言われている。本研究班の目的はこうした考え方に基づき、わが国における生命科学研究の基盤となる培養生物研究資源のうち特にヒトを含む高等動物培養細胞を広く収集し、これを研究基盤として整備することを目的に様々な研究を実施するものである。
研究方法
培養細胞研究資源を研究基盤として整備することが本研究班の目的である。そのため、研究課題は培養細胞そのものの性質を調査研究する基礎的な研究分野から、培養細胞に混入する可能性のある微生物の検出や除去、培養細胞の染色体構造に関する研究、ヒト細胞が互いに混入して混乱が発生することを防止するための個別識別調査に関する研究など、生物学、分子生物学、微生物学、生化学、細胞生物学研究の実験的手法を用いた生命科学研究が1つの重要な研究手法の柱となる。同時に、収集した培養細胞の管理技術等については、通常研究者たる我々があまり重要だと感じていない分野を整備することも我々にとっての重要な研究課題と意識的に位置付けて、そのための方法を模索している。多くの場合、こうした課題はコンピュータを駆使することを意味するので、システムオペレーターの派遣を情報管理会社に委託し、それに依存することが多い。しかし、それでは迅速なシステムの構築ならびに、障害発生時の迅速な対応が困難となることが多く金額も莫大なものとなる。こうした弊害を抑制しつつ、透明性の高い管理システムを独自に構築する必要があると我々は考えてきた。そのため、コンピュータシステムとネットワークシステムを自力で構築しつつ、それを活用した培養細胞管理システムの作成を目指している。ここにおける主な方法は、培養細胞の流れという細胞バンク業務の分析と、それをコンピュータ化するためのシステム開発である。さらに、近年大きな問題として浮上してきている倫理問題については、各種資料の収集分析が主な研究方法となる。
結果と考察
本研究班においては、毎年約50種類程度の細胞を収集する目標を持っているが、収集する主力は分担研究者である。分担研究者自らの必要に応じて作成したものや研究の過程で利用した培養細胞のうち多くの研究者にとって役立つと考えられるものから順に寄託する作業を実施している。寄託にあたっては、主に研究に利用した実績に基づいてそれぞれの細胞の有用性を明らかにする作業が分担研究者に課せられている。
一方、主任研究者は、そうした細胞に内包されているかもしれない誤りや各種の汚染などについて調査検討するための実験的手法を開発して、それを細胞バンクの運営に取り入れる作業を実施する。
細胞バンク設立当時重視された課題はマイコプラズマ汚染の監視体制を整備することであった。かつてマイコプラズマ汚染を検出するには蛍光色素によるDNA染色がほぼ唯一のマイコプラズマ汚染を検出する方法であった。しかし、この方法では実験ごとに結果が不安定で汚染と非汚染の区別がつきにくいことが多々出てきた。そこで近年開発されたPCR法を導入して、新旧の方法を併用して安定に検出できるシステムを構築した。どのような実験においても確定的な結果を得るには、原理の異なる複数の方法を併用することが望ましいと思われるのである。
また、培養細胞は互いに混入しやすいという性質を持っていることが近年多くの研究者によって明らかにされてきた。そこで、個々の細胞の確かさについて何らかの実験的な指標を定めて、一つ一つの細胞を迅速に区別する実験手法を確立することが重視されるようになってきた。我々も、それを模索してきたが、1985年に英国のJeffreysらがDNAフィンガープリント法を発表して以降、ヒトにおける遺伝子多様性に注目することとなり、DNAプロファイリング法を確立して収集した培養細胞の相互混入(クロスコンタミネーション)を排除するシステムを確立した。さらにその後、STR-PCR法が開発されたことを受けて、それを積極的に取り入れ、2000年前半よりヒト細胞のデータの蓄積を果たしてきた。年間およそ100種類の細胞について毎年実験を実施してきた結果、今年度には累積で約300種の細胞についてデータを蓄積した。これらのデータを使って相互混入の有無を調査するために、我々はデータをデータベース化すると共に、蓄積されたデータの相互比較を実施するプログラムの作成を行い、迅速な検査体制を昨年度確立した。今年度は、このシステムを使用して新規に入手したヒト培養細胞を培養するたびにSTR-PCRデータをデータベースに蓄積すると共に、その場で他の細胞との類似性を検索して、相互混入の有無について調査をしながら細胞の登録作業を進めるという体制を確立するに至った。
その結果、約300種のヒト細胞のうち、16種類の細胞について相互混入の事実が判明することとなった。この中には、これまで相互混入が生じていると疑われておらず、重要な研究に広く使用されていた細胞もあり、こうした調査検討を継続的に実施することの重要性を改めて知らされることとなった。
STR-PCR実験によるデータを利用して相互混入している細胞を検出するプログラムの開発は独自に実施した。言語にはPerlを利用し、WWW上から運用するCGIプログラムとして開発した。但し、WWWによる運用では、データのセキュリティー上の問題が残るので、より高度なセキュリティーを導入したシステムに改善することが今後の課題である。
これまでの細胞バンクにおける研究により、①マイコプラズマ汚染を染色法とPCR法の2つの方法で確認すること、②由来する動物の種類を確認するためのアイソザイム分析法を実施すること、③ヒト細胞の場合は個々の細胞の識別データをSTR-PCR法によって得てデータベース化して相互混入の有無を確認すること、④染色体検査によって染色体構造を確定することなどを日常的な細胞バンク運営の中に取り込むよう整備を進めてきた。こうした方法を駆使して本年度の細胞登録は、昨年度収集ぶんの残りも含めて49種の細胞を新たに分譲可能な細胞として登録した。
結論
細胞バンクにおける研究の進展は必ずしも早いとは言えない。その理由は、一つ一つの実験方法についてはそれほど難しい実験では無いとしても、保存している全ての細胞についてデータを得なければならないという作業を伴うことによる。汚染の有無、細胞の混入等の疑問は、最初に入手した際には当然ありうることとして自ら確認するまでは信用しないという態度で接するのが当細胞バンクの姿勢である。しかし、自らの技術の過信もまた危機管理上問題を引き起こす可能性が高い。そこで、こうした培養細胞の検査項目については、いかなる細胞についても培養を実施するたびに実験者自身の手で直接誤りや汚染が無いことを確認をすることが重要であると考えている。
そのため、年間およそ200回程度実施している培養の都度に、上記4つの点についての確認作業を実施することを標準的手法と定めた。また、そこで確認したデータは、細胞の形態や染色体の野形態、STR-PCR実験結果のチャート等、画像で得られる様々なデータと共に培養管理データベースに記録し、それをさらにインターネットのホームページを使用して利用者たる研究者や一般の市民に対して公開している(http://cellbank.nihs.go.jp/)。
なお、当細胞バンクで収集した細胞については、HS財団によるHS研究資源バンクを通じて有償で入手することができる。

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