入院中の精神障害者の人権確保に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100327A
報告書区分
総括
研究課題名
入院中の精神障害者の人権確保に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
浅井 邦彦(医療法人静和会浅井病院理事長・院長)
研究分担者(所属機関)
  • 伊藤哲寛(北海道立緑ヶ丘病院院長)
  • 五十嵐良雄(医療法人全和会秩父中央病院理事長・院長)
  • 山﨑敏雄(医療法人雄心会山﨑病院理事長)
  • 八田耕太郎(北里大学医学部精神科学講師)
  • 山本輝之(帝京大学法学部助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1.精神科医療における情報公開と人権擁護に関する研究(分担研究者:伊藤哲寛):精神科医療機関に関する情報が実際に地方自治体によってどの程度公開されているか、精神科医療を利用する側はどのような情報を得たいと考えているか、医療を提供する側が精神科医療機関情報の公開についてどのように考えているか等を調査し、情報公開を推進するための手がかりを得る。2.精神科病院における危機管理と権利擁護のあり方に関する研究(分担研究者:五十嵐良雄):精神科医療においても医療事故に関する同様の課題はあるが、他方で精神科固有の課題として患者とりわけ入院患者に対する不当な扱いをはじめとする不祥事が跡を絶たない。これは患者の立場から考えれば権利擁護(アドボカシー)としてとらえることが出来るが、一方で病院管理の立場からは危機管理(リスクマネジメント)の一部として位置づけられる。権利擁護は特に人権に関して敏感であるべき精神科医療にあっても、これまで触れることがなかなか困難であった問題でもある。しかし、これからの精神科医療に求められる要素として、精神科医療の透明性を保証する重要な要素である権利擁護は是非確立しておかなければならないシステムである。このような状況の中で、患者の権利擁護を行わないことは病院管理の立場からみると、危機(リスク)と考える視点が重要であると考えられる。以上の背景をふまえ、精神科病院における危機管理の在り方を検討する中で、患者の権利擁護をどのように保証するシステムの構築を本研究の目的である。3.人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究(分担研究者:山﨑敏雄):(1)審査会の機能評価項目を選定して各審査会の運営実態を調査すること、(2)その結果に基づいて精神医療審査会を機能評価する方法を考案すること、(3)精神保健福祉センターに移管される審査会事務局の運営マニュアル案を作成すること。4.臨床薬理学的検討に基づく行動制限の適正化と人権確保-薬物治療反応性に基づく治癒過程の類型化と行動制限に関する研究-(分担研究者:八田耕太郎):本研究は、精神分裂病の治癒過程の類型化を試みること、その類型別に患者が保護されるべき期間の特定を試みること、その際に行われる行動制限の適正なモデルの提示を行うことを目的とした。5.精神障害者の隔離・拘束・移送と人権の擁護に関する研究(分担研究者:山本輝之):精神障害者の医療・ケアの実行にあたって身体拘束、治療の強制がどの範囲で可能か、それが許される根拠はどこのあるのかは、困難な問題であり、これまで法的観点からはほとんど議論されたことがなかった。本研究は、1999年の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部改正により、新たに法定化された、精神障害者の移送制度をも含めて、以上の問題について、医学、法学の観点から総合的な考察を加え、説得力のある、実行可能な結論を提示することを目的とするものである。そこで、研究の初年度においては、まず、緊急に入院が必要な精神障害者の移送制度、とりわけ、医療保護入院のための移送制度について、その実施状況を踏まえて、そこに存在する法的、医療的な問題点を洗い出し、精神障害者の人権の擁護という観点から、その解決の必要性について検討した。
研究方法
1.精神科医療における情報公開と人権擁護に関する研究:精神科医療機関に関する情報開示の実情とその必要性、公開情報の範囲、公開の方法などについて、精神
科医療利用者(患者、家族)、精神科医療実務者(地方自治体の精神保健担当課、保健所、精神科医療機関、精神保健福祉士)にアンケート調査を行った。2.この研究成果を一般に公開するとともに、幅広い分野の人々にこの問題の重要性を認識して貰うために公開フォーラム「どこまで公開できる、精神病院情報」を開催し、その成果を小冊子として残した。2.精神科病院における危機管理と権利擁護のあり方に関する研究:(1)人権擁護委員会の院内での試行:研究協力者の属する各病院において人権擁護委員会(以下、委員会と略す)を組織する。研究班で定めるインシデントレポートの書式によってインシデントを委員会で検討し、対策を立てる。患者の権利(大阪府版、資料2)と義務に関するお知らせ(大阪精神病院協会版、資料2)を入手し、各病院に配布し、対象病棟に掲示すると同時に、入院患者からの意見を集めるための意見箱を設置する。また、同時に研究対象の病棟職員に対するアンケート調査を開始前と終了時に実施し、職員の意識の変化に対する効果を判定する。(2)病院の部外者からの意見聴取:平成13年10月11日の第2回班会議において大阪人権センター事務局長の山本深雪氏を迎え、入院患者からの電話相談や、精神科病院への訪問時の患者や職員殻の相談を通じての外部からみた精神科病院の問題点を語ってもらった。(3)海外の研究者の招聘:Harvard大学精神科のSchouten教授を平成14年3月6日から23日まで日本に招聘し、日本の精神科病院の視察を通して米国における病院内の人権擁護からみて、本研究会の意図するところを検証するための会議を開催した。秩父中央病院、木島病院 を訪問し、木島病院において開催された第3回班会議において本研究への助言を行った。3.人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究:(1)全国の審査会事務局を対象として、審査会の委員構成、全体会および合議体の開催頻度、書類審査状況、退院請求等の審査状況、年次報告書作成状況、事務局体制についてアンケート調査を実施した。(2)その集計結果に基づいて、各審査会の活動性を評価するレーダーチャートを考案した。(3)昨年度作成した審査会事務局運営マニュアル案を関係者間で検討し、最終案を作成した。4.臨床薬理学的検討に基づく行動制限の適正化と人権確保:後ろ向きに初発急性分裂病患者の8週間の治療経過をPANSSなどで評価して、抗精神病薬に対する治療反応良好群と不良群との間で症例対照研究のデザインによって上記目的に沿った検証を試みた。5.精神障害者の隔離・拘束・移送と人権の擁護に関する研究:文献調査により、医療保護入院のための移送制度法定化の経緯、手続などについて、検討、考察するとともに、主任研究者、分担研究者、研究協力者が参加した研究会を開き、これまで、精神障害者の移送制度の運用について、アンケート調査、事例調査などを行われてきた医療関係者に、問題点を具体的に指摘していただき、相互に意見交換を行い、その解決に必要性について考察した。
結果と考察
1.精神科医療における情報公開と人権擁護に関する研究:アンケート調査の結果、患者と家族では公開を望む情報の優先度に大きな違いがあり、患者がより身近な自分たちの切実な問題として情報公開を願っていた。精神科医療実務者は利用者に比べ情報開示に比較的消極的であり、どのような情報を優先的に公開するかに関して両者に大きな乖離が認められた。また、実務者群の間でも情報公開に対する態度に違いがあり、精神保健福祉行政担当者、医療機関、保健所、精神保健福祉士の順に公開に対して消極的であった。今後の見通しについて、患者や家族においては悲観的な予測傾向が見られたが、全体としては情報公開の流れが進展するとの見方がされていた。2.精神科病院における危機管理と権利擁護のあり方に関する研究:(1)人権擁護委員会の院内での試行の結果:平成13年1月から3月までの3ヶ月間において各病院で1病棟を選択しそこでの事例を判定する人権擁護委員会を試行した。本報告書執筆中にはまだ予備的試行の結果は全てが得られていないが、3月19日に行った第3回班会議においては、各病院からの
人権擁護委員会についての意見が提出された。(2)職員の人権に関する意識調査:本年1月における委員会開始前の対象とした病棟職員に対する人権意識に関するアンケート調査の結果いくつかの点にまとめられた。(3)病院の部外者からの意見聴取:論旨としては、人権センターとして入院患者から受ける相談は電話によるものが最も多く、とくに退院に関するものが多い。そして、相談の延長として病院を訪問することもあるが、病院側の対応も様々であり、最近は処遇を改善しようと前向きの病院も多いが、拒否的な病院もある。また、訪問先の病院職員にも悩みを持つ人も多い。退院請求制度はあまり利用されていないが、それは病院の側の体制の問題もおおいにあると考える。(4)海外研究者の招聘の成果:第22回社会精神医学会総会(千葉市)において「障害者の権利擁護:法律・規則・訴訟に訴える米国型アプローチ」と題する特別講演を3月8日に行った。また、3月12日には報道関係者を対象としたリリーメンタルヘルスフォーラム(東京)において「インフォームド・コンセントと同意能力のない患者」について講演した。また、3月19日には大阪精神病院協会の学術講演会において「精神医療サービスにおける当事者の権利擁護-米国の医療現場と司法の視点から-」と題する講演を行った。第3回班会議(平成14年3月19日開催)では3月12日と同じ講演を行い、また、人権擁護委員会に関する意見を述べた。考察:なお研究途上であるが、いくつかの検討課題が指摘された。第1点目は入院患者の権利擁護とは何かということである。法律家としては法的に規定された権利を強く意識するが、医療関係者はより広く権利を考える傾向にあることが判明した。狭い意味での法的な権利擁護を押しすすめることも必要であるが、広く精神科病院に受け入れられるあり方を考えていきたい。第2点目は病院の危機管理と患者個人の権利擁護とは背反する事項であることが多いが、医療の質を向上させて権利擁護を実現すると同時に危機管理に寄与するということになろう。また、この点に関しては弁護士などの第3者の人権擁護委員会への参加が望ましいと考えられた。3.人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究:(1)アンケート調査の対象は全国の精神医療審査会事務局59。回答率は100%であった。①審査会委員830人(女性154人)の平均年齢は54.4歳、平均在任期間は6.7年。18ヶ所の審査会では、予備委員を置くなど、変則的な運営を採っていた。②2000年度における合議体の開催数は1審査会平均20.6回。書類審査の件数は1回の合議体当たり平均156.8件、変則的な審査形態をとっている審査会が22ヶ所に上った。③退院請求等の受理件数は1,861件であったが、請求取り下げや要件消失などにより、審査に付されなかった請求が514件(27.6%)あった。その最大要因は、請求受理から審査までの日数(平均35.7日)が長いことにあると推測された。④年次報告書を作成している審査会は49.2%、全体会での資料を報告書に代えている審査会が11.9%、39.0%の審査会では、いずれの資料も作成していなかった。⑤審査会運営費用(2000年度決算)は平均8,326千円であったが、その大半は書類作成の謝礼と委員への報償に費やされていた。(2)これらの調査結果から、①書類審査件数に対する合議体開催頻度、②書類審査案件のうちの保留・報告徴収・審問件数の比率、③書類審査件数に対する退院請求等の審査頻度、④請求受理から審査結果通知までの日数、⑤年次報告書の有無、という5項目を抽出し、各審査会の活動度を3ないし5段階評価して、その得点配分状況を各審査会ごとにレーダーチャートに示した。(3)昨年度作成の事務局運営マニュアル案を再検討し、専門性、迅速性、透明性、公平性を高める方向で最終案を提示した。4.臨床薬理学的検討に基づく行動制限の適正化と人権確保:治療開始時における治療反応性の予測因子は、特異性と選択性の両者を考慮すると、概念の統合障害、および陰性尺度合計が最も価値が高く、改善経過からみた治療反応性の予測因子は、選択性の視点から、興奮および総合精神病理評価尺度合計が他の項目より有用と考えら
れた。治療反応性の予測は、治療開始後2週間以内に行いうる可能性が示唆された。さらに、治療反応良好群において判断力と病識の欠如の改善経過から、臨床薬理学的に、必要なら5週間程度の入院期間が保証されるべきであると思われた。また、治療反応良好群は、隔離の開放観察や身体拘束の時間的中断といった制限の弱い状況を含めても、最長で入院第11病日までであったが、治療反応不良群では長期化する例が少なからず存在した。5.精神障害者の隔離・拘束・移送と人権の擁護に関する研究:医療保護入院のための移送制度について、その位置づけ、要件、実際の運用面などについて検討を要する問題点を洗い出し、医学、法学的な観点から総合的に考察を行った結果、将来の法改正に向けて検討しなければならない点が明らかになった。
結論
1.精神科医療における情報公開と人権擁護に関する研究:今後の情報公開の進め方については、特に人権擁護の観点から、医療提供側からの自主的公開を待つだけでは不十分であり、精神病院情報公開法を策定するなど国の政策が必要であるとの見方が多かった。しかし、開示する情報内容や開示方法についてみると、その考え方に精神科医療利用者群と精神科医療実務者群で、群間・群内ともに、大きな乖離があり、その乖離をどのように埋めながら情報公開を進めるかが今後の課題である。2.精神科病院における危機管理と権利擁護のあり方に関する研究:研究の1年度目として概ねの今後の方向性が見出された。すなわち、今後の検討課題として、人権擁護委員会でどのような課題を扱いうるのか、また、委員として第3者を入れる必要性が出てくるのか、の2点が重要であろうと考えられた。3.人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究:審査会活動を賦活するために、①審査会事務局の強化、②審査会活動の評価機構の創設、③問題事例の集積と検討の場の設定、④弁護士活動など関連NPO活動育成、という4つの対策を提言した。4.臨床薬理学的検討に基づく行動制限の適正化と人権確保:この結果は、治療反応性という臨床薬理学的な尺度を用いた隔離・身体拘束の必要期間の予測可能性を示唆している。次年度は、本結果を前向きに検証する必要がある。5.精神障害者の隔離・拘束・移送と人権の擁護に関する研究:医療保護入院のための移送制度を法定化した今回の法改正は、行政機関の責任において、人権を配慮しつつ、治療が必要な精神障害者の精神医療へのアクセスを容易にするというものであり、高く評価すべきものである。しかし、実際の運用上において多くの問題点が存在することが、それに携わっておられる医療関係者から指摘されている。そこで、このような問題状況を踏まえて、諸外国の制度の調査も含めて一層の総合的な考察を行い、研究の最終年度において、必要な法改正に向けての具体的な提言を行うこととする。

公開日・更新日

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