アシネトバクター等多剤耐性グラム陰性桿菌に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100119A
報告書区分
総括
研究課題名
アシネトバクター等多剤耐性グラム陰性桿菌に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 飯沼由嗣(名古屋大学医学部附属病院)
  • 長沢光章(防衛医科大学校病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
院内感染症は、これまでメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などのグラム陽性の多剤耐性菌によるものが多く、医療現場では専らそれらに注意が払われて来た。しかし、最近では、Serratia属菌、Enterobacter属菌、緑膿菌などによる同時多発性血流感染症が国内各地の医療機関で発生し死亡者も出るなど、これらのグラム陰性桿菌による院内感染症は社会的に重大な関心事となっており、厚生労働省より注意と対策を喚起する通知等がしばしば発出されてきた。
これまで、緑膿菌やSerratia属菌、Enterobacter属菌、肺炎桿菌、大腸菌などのグラム陰性桿菌に対しては、カルバペネムなど幾つかの抗菌薬が有効であったため、院内感染対策上はあまり警戒されて来なかった経緯がある。しかし、近年、これらの菌種における多剤耐性化が進んでおり、その動向が警戒されている。近年、A. baumanniiによる院内感染症や術後感染症の発生が、海外で集中治療室(ICU)など易感染者を治療する施設における院内感染症の起因菌として警戒されている。一方、最近、国内で臨床分離されたAcinetobacter属菌の中に、本菌に有効な抗菌活性が期待できるイミペネム(IPM)などのカルバペネム薬に耐性を獲得した株が発見され、国内でもAcinetobacter属菌に対する関心が高まっている。しかし、国内におけるAcinetobacter属菌などグラム陰性桿菌における多剤耐性の獲得状況については、不明な点が多い。そこで、Acinetobacter属菌とその近縁のグラム陰性桿菌であるP. aeruginosa、B. cepacia、さらにSerratia属菌などを国内の医療施設より収集し、カルバペネム系薬、アミノグリコシド系薬等に対する耐性の獲得状況を調査した。また、同時に、国内の医療施設における細菌検査や薬剤感受性試験の実態などを把握するためのアンケート調査を並行して実施した。さらに、「グラム陰性桿菌による院内感染症の防止のための留意点(案)」としてとりまとめた。
研究方法
国内286施設の病院長と検査部門の責任者に事前に許可を得た上で調査研究を実施した。調査の期間は平成14年2月25日から3月10日とした。調査の対象は、Acinetobacter属菌, B. cepacia、P. aeruginosa(緑膿菌)、Serratia 属菌の4菌種とした。薬剤感受性試験は、約1,100株について12種類の抗グラム陰性桿菌用抗菌薬に対し実施した。試験方法は、NCCLS(米国臨床検査標準化委員会)の推奨する方法に従った。得られた試験結果をもとにMIC(最小発育阻止濃度)値の累積度数分布表などを作成した。
セフタジジム(CAZ)やIPMに耐性を示しメタロ-β-ラクタマーゼの産生が疑われる株については、SMA(メルカプト酢酸ナトリウム:sodium mercaptoacetic acid)disk法とPCR解析(IMP-1, IMP-2, VIM-2型)を実施した。
193施設より回答のあったアンケートの集計を行った。
結果と考察
Acinetobacter属菌とその近縁の緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、Burkholderia cepacia、およびSerratia属菌などのグラム陰性桿菌の臨床分離株を国内の135施設から収集し薬剤感受性試験を実施するとともに、193施設についてアンケ-ト調査を行った。調査研究に協力が得られた医療施設の内訳は、地方自治体設置施設34%、団体立施設21%、国立大学附属病院14%、私立大学附属病院13%、私立医療法人4%、国立療養所・病院6%、省庁附属病院3%の順であった。施設規模別では、500~1000床が45%、200~500床が42%、1000床以上が11%、200床以下が2%の順であった。
Acinetobacter属菌に関する全国的な調査は今回が最初である。収集した264株の中で、抗グラム陰性桿菌用の抗菌薬として賞用されているカルバペネム、アミノグリコシド、フルオロキノロンの三系統に関する薬剤感受性試験結果では、LVFX(L)耐性株は、23株(8.7%)、IPM(I)耐性株は9株(3.4%)、AMK(A)耐性株は8株(3.0%)であり、それらの何れかの二剤に耐性を獲得した株は、IA耐性株2株(0.76%)、IL耐性株2株(0.76%)LA耐性株1株(0.38%)、また、三剤 (ILA)耐性株は1株(0.38%)確認された。既に、カルバペネムなどに耐性を獲得したAcinetobacter属菌の地域的な施設内流行が内外の医療施設において報告されている。今回の135施設の参加協力による全国的な調査では、幸いにもIPM耐性株の分離率は、3.4%程度との値が得られており、メタロ-β-ラクタマーゼ産生株も8株(3.0%)であり、この種の耐性菌は、国内では、現時点では「比較的稀な耐性菌」である事が確認された。しかし、三系統全てに耐性を獲得した多剤耐性のAcinetobacter属菌株も1株確認されており、今後の状況の如何によっては、これらの耐性株の増加、蔓延を警戒する必要がある。特にICUなど感染防御能力の低下した患者を多く扱う治療ユニットでの警戒を強める必要がある。多剤耐性を獲得したAcinetobacter属の増加や蔓延を避ける為、抗菌薬の適正使用に一層留意すると共に、そのような耐性株が出現した場合は、施設内や施設間での伝播・拡散を防止するため、MRSAやVREと同様に、実効ある標準予防策や接触感染予防策の実施が必要不可欠と考えられる。 
Acinetobacter属菌246株、B. cepacia 45株、緑膿菌494株、Serratia属菌299株について薬剤感受性試験を実施した結果、イミペネム、レボフロキサシン、アミカシンの何れか二系統以上に同時に多剤耐性を獲得した株の株数と分離頻度は、Acinetobacter属菌で6株(2.3%)、B. cepacia で10株(22%)、緑膿菌で42株(8.5%)、Serratia属菌で4株(1.3%)であり緑膿菌とB. cepaciaで多剤耐性の進行が顕著であった。特にこれら三系統全てに耐性を獲得した三剤耐性株は、緑膿菌で13株(2.6%)、B. cepaciaで1株(2.2%)、Acinetobacter属菌で1株(0.38%)確認された。また、SMA法によるスクリーニングとPCR解析によりメタロ-β-ラクタマーゼ産生株は、少なくともB. cepacia 4株(8.9%)、Acinetobacter属菌で8株(2.9%)、緑膿菌で13株(2.6%)、Serratia属菌で6株(2.0)%が確認された。
多剤耐性株は、呼吸器系材料から分離される件数と率が共に高かったが、Acinetobacter属菌、緑膿菌、Serratia属菌では、同時に尿路系由来材料からも多く分離され、特にSerratia属菌では、尿からの分離株は77株で全体の299株の23.6%に過ぎなかったのに対し、1 剤以上の耐性を獲得した27株のうちの19株(70%)が、尿から分離されていた。これらの事実は、尿や喀痰には耐性株が多く含まれている可能性を示しており、それらの処置や処理などの際には、接触感染や飛沫感染により周囲の患者に拡散しない為の配慮や対策が必要となっている事を示している。緑膿菌では、IPMとLVFXに同時に耐性を獲得した株が36株(7.3%)を占めており、今後の動向に注意する必要がある。Acinetobacter属では、LVFX耐性株が23株(8.7%)確認され、緑膿菌と同様にフルオロキノロン耐性株の今後の増加を警戒する必要がある。
IPM、LVFX、AMKの三系統全てに耐性を獲得した耐性株も、緑膿菌で13株(2.6%)、B. cepaciaで1株(2.2%)、Acinetobacter属菌で1株(0.38%)確認され、それらは尿から多く分離される傾向が見られた。尿中には様々な抗菌薬が排出され、濃度も数百μg/ml以上の高濃度になる事が多く、そのような中で耐えて生き延びるには多剤耐性と高度耐性をともに獲得しなければならない。尿から分離された多剤耐性の緑膿菌では、三系統の薬剤の最小発育阻止濃度(MIC)値が128μg/ml以上を示す高度多剤耐性株が多く見られ、今後、緑膿菌における高度多剤耐性化の進行に留意する必要がある事があらためて確認された。この種の多剤耐性株による感染症が発生した場合、治療に用いる抗菌薬の選択範囲が非常に限定され、化学療法を実施する上で大きな障害となる事が懸念される。感染症法では、定点施設でニューキノロン、カルバペネム、抗緑膿菌用アミノ配糖体に同時に多剤耐性を獲得した「薬剤耐性緑膿菌」による感染症が発生した場合に届け出が求められているが、その報告数は年間数十件(2001年は75件)となっている。今回の調査では、135施設から分離された494株の緑膿菌のうち、13株が多剤耐性の「薬剤耐性緑膿菌」に相当し、その率は2.6%となっているが、感染症法に基づく定点施設からの報告状況を考えると、この種の多剤耐性緑膿菌を増加、蔓延させない為に、今後も引き続き医療現場における抗菌薬の適正使用と感染予防策の徹底が強く求められていると言えよう。
1996~1997年にかけての日本における予備調査(H. Kurokawa, et al., Lancet 353(9170):2162, 1999)では、メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌(P. aeruginosa)は1.3%、セラチアは、4.4%程度と報告されている。1996~1997年の予備調査は、500床未満の施設が中心であったが、今回は主に500床以上の施設を中心とした調査であり、1996~1997年の結果と単純には比較できないが、少なくとも今回の調査結果では、メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌とセラチアは、各々2.6%と2.0%であった。この結果からは、緑膿菌では、メタロ-β-ラクタマーゼ産生株は倍増、Serratia属菌では漸減傾向にある事が示唆されるが、1996~1997の調査対象であった小規模施設では、さらに高い分離率となっている可能性も懸念される。国内の大規模施設では抗菌薬の適正使用が推進されつつあり、その効果がある程度反映し、多剤耐性株の発生や増加がこの程度に抑制されているのかも知れない。しかし、感染症や微生物関連の学会発表などによれば、メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌やSerratia属菌が、引き続き各地の医療施設から分離・報告されている事も事実である。小規模の医療施設では、水面下でこれらの耐性株が漸増している可能性もあり、引き続いての調査と十分な警戒、監視が必要と考えられる。
アンケートの回収率は193/286=67.5%であった。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を院内感染対策の対象としている医療施設は100%であったが、緑膿菌は77%、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)は71%、ESBL産生菌は54%の施設でのみ対策の対象となっていた。薬剤感受性試験は89%の施設で微量液体希釈法が実施され、連鎖球菌、嫌気性菌、Helicobacter pylori等では、disk拡散法等が代替法として採用されていた。検出がやや難しいESBL(基質拡張型β-ラクタマーゼ)産生菌では77%、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌では65%の施設において分離検出の為の配慮がなされていた。
細菌検査担当の技師数は、3名が最も多く24%の施設を占めていた。特に10年以上の経験を有する検査技師は1名のみの施設が45%を占めており、0名の施設も20%見られた。細菌検査や耐性菌の検査は、院内感染対策を実施する上で重要な位置を占めていると考えられるが、近年、病院経営の効率化などの視点から臨床検査を外部の検査機関等に依託・外注する動きが強くなっており、細菌検査もその例外では無くなっている。したがって、細菌検査室の規模や人員の削減が計画されている施設も少なくない。しかし、生化学検査と異なり、細菌検査の領域ではESBL産生菌、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌、β-ラクタマーゼ非産生のペニシリン耐性インフルエンザ菌など、次々と新しい耐性菌が出現しつつある中で専門的な知識や技術の更新が常に必要となっており、しかも、最終的には人手による確認試験が必要な場合も多いため、細菌検査は自動検査装置に完全に置き換える事が困難な業務となっている。つまり、細菌検査に十分習熟し、自動検査装置が出した結果を点検、吟味できる経験や知識を蓄積した熟練した細菌検査担当者を配置する事が必要となっている。しかし、ベッド数が500床以上の大規模医療施設が大半を占める今回の調査でも、細菌検査に3名の職員しか配置されていない施設が24%を占め、次いで2名の施設が19%、4名の施設が16%の順となっており、しかも、10年以上の細菌検査の経験のある職員が1名のみという施設が45%存在した。この事実は、院内感染対策の方針や感染症の診断と治療計画の決定に重要かつ不可欠な情報を提供する細菌検査に従事する職員数を最低限に抑えつつ日常の医療行為がかろうじて行われている現実をものがたっている。そこで、院内感染対策の強化の視点からも、細菌検査の体制の充実が図られる必要があり、それを可能とする保険診療体制の整備と充実が必要不可欠となっている。
また、今回の調査では、欧米や我が国で増加しつつあるESBL産生菌とメタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の分離や検出について日常の検査業務の中でどの程度の配慮が行なわれているかを調べた。その結果、前者に対しては約8割の施設では、何らかの配慮や対応がとられていたが、残りの2割の施設ではESBL産生菌の検出の為の対応や配慮が未実施となっている。同様に、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌に対しては、35%の施設において、検出のための配慮が未実施となっている。院内感染対策の対象菌種としてはMRSAがほぼ全ての施設で対象に上がっているものの、以前から院内感染の起因菌として問題となっている緑膿菌では77%の施設でしか対象菌種になっておらず、さらにESBL産生菌では、54%の施設でしか院内感染対策の対象とされてない。したがって、Acinetobacter属菌やSerratia属菌などその他のグラム陰性桿菌の多剤耐性株などへの配慮は、ほとんどなされていないのが現状である。そこで、Serratia属菌などによる同時多発的な院内感染事故としての血流感染症を減らすためにも、それらの菌種に対し警戒を促し、検出技術の向上のための技術講習会など様々な方策が微生物関連学会関係者や行政により推進される必要がある。
Serratia属菌や緑膿菌、Enterobacter属菌、Acinetobacter属菌などによる血流感染症が発生した場合、検査結果は迅速に病棟や主治医に報告され、遅滞ない治療の開始と原因究明が行われる必要がある。しかし、医療経営の「効率化」などのため、細菌検査を医療施設外へ委託する傾向が特に中小規模の医療施設で進んでおり、しかもそれを可能とする最近の法改正も行われている。しかし、これは院内感染対策を充実し、医療事故的な院内感染症を減少させようとする視点からは逆行したものと考えられる。事実、東京都内で発生した、Serratia marcescensの同時多発事例の場合、検査センターで結果が出てから、担当医師に情報が届くのに数日を要していた事が指摘されている。休日や土日を挟んだ場合でも、医療施設内に細菌検査室が整備されておれば、少なくとも検査結果が出た段階で、病棟の看護婦や担当医師に緊急報告する事が可能である。つまり、血流感染症など患者の生命予後に強い影響を与える細菌検査体制は、緊急検査として実施できるよう、少なくとも各医療施設内で充実・整備される必要がある。つまり、一般生化学検査と同じ視点からの、無原則的な「効率化」を前提とした細菌検査部門の外部委託化の推進には慎重でなければならない。
結論
Acinetobacter属菌246株、B. cepacia 45株、緑膿菌(P. aeruginosa)494株、Serratia属菌299株について薬剤感受性試験が実施された結果、IPM、LVFX、AMKの何れか二系統以上に同時に多剤耐性を獲得した株の分離頻度は、B. cepaciaで10株(22%)、緑膿菌で42株(8.5%)、Acinetobacter属菌で5株(2.9%)、Serratia属菌で4株(1.3%)であり緑膿菌とB. cepaciaでの多剤耐性化の進行が顕著であった。特にこれら三系統全てに耐性を獲得した三剤耐性株は、緑膿菌で13株(2.6%)、B. cepaciaで1株(2.2%)、Acinetobacter属菌で1株(0.38%)確認された。また、メタロ-β-ラクタマーゼ産生株はB. cepaciaで4株(8.9%)、Acinetobacter属菌で8株(2.9%)、緑膿菌で13株(2.6%)、Serratia属菌で6株(2.0)%で確認され各菌種で漸増傾向が見られた。
MRSAを院内感染対策の対象としている医療施設は100%であったが、緑膿菌は77%、VREは71%、ESBL産生菌は54%の施設で対策の対象となっていた。検出がやや難しいESBL産生菌では77%、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌では65%の施設で分離検出の為の配慮がなされていた。
細菌検査を担当する検査技師の数は、一施設あたり3名が最も多く全体の24%の施設を占めていた。特に10年以上の経験を有する検査技師は1名のみと言う施設が45%を占めており、0名の施設も20%見られた。
また、海外の資料や発表論文、今回の調査結果等を参考に、「グラム陰性桿菌による院内感染症の防止のための留意点(案)」をとりまとめた。

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