社会経済変化に対応する公的年金制度のあり方に関する実証研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100028A
報告書区分
総括
研究課題名
社会経済変化に対応する公的年金制度のあり方に関する実証研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
府川 哲夫(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 大石亜希子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 白波瀬佐和子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
9,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
就労形態の変化や家族構造の変化といった社会経済環境の変化が公的年金制度にもたらしている影響の実態把握を行うとともに、その要因を分析し、今後の政策対応のための基盤となることを目的とする。具体的には、ライフスタイルや就労形態の選択により女性の年金額がどのように異なるのか、支給開始年齢の引き上げや給付水準の切り下げといった制度改革により高齢者の就労率がどのように変化するのか、またそれらの制度改革が年金財政やマクロ経済にどのような影響を及ぼすのか、そして未納や未加入が増加している背景にある社会経済的要因を明らかにする。
研究方法
本研究は2年計画で4つの課題を研究する。全課題に共通して1年目は先行研究サーベイを行うため研究会を組織し、公的年金について網羅的な文献収集を行うとともに、年金研究の現状と課題を一般読者にわかりやすい形で提供することを目的として座談会形式での論評を行う。各課題と研究方法は以下の通りである。①「公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究」:既存統計を利用してパネル的データを整備し、支給開始年齢の引き上げや給付切り下げが高齢者の引退率や年金財政に及ぼす影響をマイクロシミュレーションする。②「就労形態の変化に対応した社会保険制度設計のための実情把握と分析」:パート・アルバイト・派遣・社内請負といった就労形態の多様化や、年俸制・成功報酬など報酬形態の変化の実態を各種統計から把握するとともに、それらの変化が公的年金制度に与える影響を分析する。③「未納・未加入と無年金との関係に関する研究」:既存統計や個人に対するアンケート調査等を用いて国民年金への未加入や未納・免除の実態を把握するとともに、これらの現象の背景にある経済的要因について詳細な実証研究を行う。④ 「女性のライフスタイルの変化に対応した社会保険制度のあり方に関する研究」:女性の年金を巡る議論を整理するとともに『国民生活基礎調査』『パートタイム労働者就業実態調査』等の既存統計や個人に対するアンケート調査を実施して晩婚化・非婚化に対応した社会保障給付の設計を考察する。なお、本研究では承認統計等の個票データを用いるため、個人情報については個人が特定化されないように使用時においてもマスクをかける等その保護には万全を期する。その他、研究にあたっては倫理的側面に最大限に配慮する。
結果と考察
全ての課題との関連で、公的年金に関する先行研究サーベイをとりまとめ、『季刊社会保障研究』の特集として刊行した。既存研究サーベイからは、公的年金制度改革の方向性については議論に共通点が多いものの、給付削減をどの部分から実施するかという問題については議論が一致していないことが明らかになった。①「公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究」:社会保障資産は60歳でピークに達し、それ以降、急速に減少する。このため60歳以降の継続就業に強いディスインセンティブを与えている。また、60歳直前の賃金にリンクしている失業給付は、65歳以降の就業にとくに強いディスインセンティブをもっている。このように公的年金や失業給付が高齢者の就業に強い抑制効果を持つことが明らかになった。シミュレーションの結果では、2000年の年金制度改革が完全に実施された場合、厚生年金被保険者に関しては、低所得層における年金額の減額が一層厳しい。支給開始年齢の引き上げによって高齢者の就業を促進することは可能とみら
れるが、それが年金財政に及ぼすプラス効果は限定的であり、給付水準の切り下げのほうが直接的な効果を期待しうることが明らかになった。高齢期の就業・引退行動は公的年金給付など社会保障給付からの経済的インセンティブに影響されている。各種の年金制度改革によってこうした高齢者就業を促進することは可能であるが、それらの改革の分配面への影響も考慮する必要がある。②「就労形態の変化に対応した社会保険制度設計のための実情把握と分析」所得階層間の再分配効果が測定可能な年金数理モデルを作成し、これにマクロデータである人口データ、学歴別(所得階層の代理変数)就業率や賃金等を用いて所得の再分配効果を測定した。分析からは、a)所得階層の低い者が加入すると制度全体の報酬比例部分の保険料率は低下する、b)所得階層間の格差が大きい場合、低所得層の保険料率の上昇を招く、c)昇給のない非正規雇用の労働者の加入は、制度全体の保険料負担を引き下げる、d)非正規雇用の労働者の年金制度加入は、逆進的な負担をこれらの者に課すことになる--といったことが明らかになった。年金制度の世代間の公平性を論じる際によく用いられている、ネット収益率は所得階層と逆に推移する。すなわち、実際の年金給付額は低くとも、"みかけ"上は年金制度からの"受け"が"払い"より大きく見えてしまうという欠陥をもっていることはこれまであまり指摘されてこなかったことである。社会経済環境の変化は、高齢者世代の労働参加、女性の労働参加を要求している。このこと自体、経済的な意味だけではなく豊かな生活を送る上で不可欠なことである。しかし、年金というフィルターを通じてみた場合、単純に年金財政の改善に資するということだけでこのような労働参加を推進すべきではない。特に女性の場合、非正規雇用という形態が多く、またこれを容認していこうとする傾向がある。しかし、非正規雇用の労働者の待遇を年金制度まで考慮に入れた形で緊急に考察する必要がある。③「未納・未加入と無年金との関係に関する研究」『ライフスタイルと年金に関するアンケート調査』を行い、その結果を用いて、女性がライフサイクルを通じてどのように公的年金と関わっているかを特に公的年金未加入・加入に着目して初期的な分析を行った。初期的な分析の結果では、女性の未加入・加入行動については、主に年齢効果は検証されるものの世代効果は検証されなかった。現在の公的年金未加入の現状については、サンプル内において、女性の未加入者は、あらゆる年齢階層に散見された。これは、未加入が特に多いとされる20歳代の女性がサンプルに含まれていないことから、1時点でみると未加入の年齢効果がはっきりとみられないためといえる。これを、過去の加入歴と照らし合わせてみると、未加入歴が1年以上ある人はサンプルの約1割であった。(現在の)年齢階層別にみると、その分布も平均未加入年数も、全年齢階層にまたがっており、未加入の世代効果は検証されなかった。過去に1年以上未加入歴がある人の未加入であった時期を調べると、明らかに20代前半から50代後半にかけて減少しており、これは年齢効果と呼ぶことができる。また、加入者が未加入に転じる直前の加入状況は、第二号被保険者と第三号被保険者である時が多く、離職・失業、または離婚などの理由で、第二号、第三号被保険者の資格を喪失する要因が大きいことが示唆される。たり、その逆に未加入から加入に転じた直後の年金状況は、第二号被保険者であることが多く、就職と大きく関係していると考えられる。④「女性のライフスタイルの変化に対応した社会保険制度のあり方に関する研究」女性のライフスタイルによって将来の年金受給額にどのような格差が生じるかを、個人および世帯間で比較・把握するため、アンケート調査を実施した。全体としては育児中とみられる30代に就業率が低下し、その後上昇する傾向が観察される。女性の年金に関する意識としては、結婚年数に応じた年金分割を支持しており、結婚期間中に稼得された夫の所得(あるいは年金)について、妻の家事労働の貢献に応じた分配がなされるべき
だという意識があるのだと考えられる。有配偶者(特に年収が130万円以下の妻)においては、「夫の給料から妻の分の国民年金保険料を天引きして徴収する」という選択肢を支持する者が約半数を占めた。
結論
本年度の研究からは、年金制度がもつ分配的な効果の重要性が明らかになった。女性のライフスタイルの多様化や非正規雇用者の増加など、家族構造や就労形態の変化は、当初の制度が想定していなかった分配的な影響を及ぼしつつある。年金財政を改善させるためには様々な方策が考えられるが、制度改革に当たっては、個別制度がどのような所得階層に最も強い影響を及ぼすのかを考慮する必要がある。

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