少子化に関する家族・労働政策の影響と少子化の見通しに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100008A
報告書区分
総括
研究課題名
少子化に関する家族・労働政策の影響と少子化の見通しに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 重郷(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口美雄(慶応義塾大学)
  • 大淵 寛(中央大学)
  • 西岡八郎(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 佐藤龍三郎(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、出生率の社会経済的規定要因と家族・労働政策と出生率の関係を明らかにし、公的人口推計の出生率仮定について学問的見地から、その根拠と妥当性を検証することを目的とする。具体的には、(1)女子の労働供給(時間配分)の視点から結婚と出産・子育てを規定する経済モデルを構築し、実際の我が国の出生力モデルとして構築し、これを将来の出生率予測モデルとして応用発展を図る。(2)出生動向基本調査等の個票データを用い、結婚・出生のミクロ経済・社会モデルとして構築し、具体的な将来の生涯未婚率、年齢別初婚率、出生率の変動を明らかにする。さらに、平成13年度は研究の3カ年目として新たに(3)出生率の将来動向把握のための有識者調査を実施し、モデル研究から導かれた研究結果との整合性と有識者が有する結婚と出生行動に対する見通しを明らかにする。さらに、政策的観点から(4)1990年代以降に発表された結婚と出生率をめぐる諸研究の整理を行い、要因と関連政策からなる文献サーベィを行った。
研究方法
出生率に影響を及ぼす様々な要因のうち、本研究プロジェクトでは、(1)結婚・出生行動の社会経済モデルに基づく出生率の見通しに関する研究、(2)女性の就業と結婚・出生力に関する研究、(3)少子化の見通しに関する専門家調査研究、および(4)厚生労働政策と結婚・出生変動に関する文献情報の動向に関する研究、の4つの研究班を組織し、班毎に研究事業を実施した。
したがって、各班により研究方法は異なるが、(1)結婚・出生行動の社会経済モデルに基づく出生率の見通しに関する研究班では、主としてマクロ経済学モデル、人口学的シミュレーションモデル分析手法を用い研究を進めた。
(2)女性の就業と結婚・出生力に関する研究班では、指定統計の目的外利用等によって、女性の就業と出生にかかわる個票調査データの多変量解析によって研究が行われた。なお、目的外のデータ利用については、総務省実施の「就業構造基本調査」、「社会生活基本調査」利用申請を行い、就業構造基本調査は官報第2810号、社会生活基本調査は第2832号に告示され使用許可がおり、これらのデータを用い、研究が進められた。
さらに、(3)少子化の見通しに関する専門家調査研究班では、質問紙による専門家に対する郵送調査を実施、調査票の分析によって研究を進めた。(4)厚生労働政策と結婚・出生変動に関する文献情報の動向に関する研究班では、文献サーベィと文献解題を中心に研究が実施された。
結果と考察
1.結婚・出生行動の社会経済モデルに基づく出生率の見通しに関する研究    
結婚・出生行動の社会経済モデル研究では、結婚や出生行動を経済社会要因から説明するためのモデル開発を行い、結婚と出生行動に影響を及ぼす社会経済的変数の関係を「連立方程式体系」として表現し、シミュレーションを行った。
将来の合計特殊出生率の推移を予測すると、2000年の合計特殊出生率は1.36であったが、当分の間1.3~1.35の水準を維持しつつ推移し、2007年頃に1.32と最低水準を記録した後、2010年以降やや回復に向かう。しかし、2015年の合計特殊出生率の水準は1.42程度とみられ、人口置換水準からみてはるかに低い水準に留まっている。なお、このベースケースの将来予測は、将来の国内総生産の成長率が2001~2005年までが年率1%成長、2006年以降は年率2%成長すると仮定している。
結婚・出生行動にかかわる様々な要因関して、いくつかのシナリオを想定し、モデルの動きを検証した。①高成長ケースでは、経済成長率は2001~2005年までに急速に回復して年率2.5%になり、2006年以降は年率4%にまで上昇して以降一定になるとする。その結果、失業率は2005年に4.9%まで低下し、2015年には2.0%程度に達する。この失業率の仮定はベースケースと比較すると2005年で1.4%ポイント、2015年では3.3%ポイントも低い水準となる。この高成長・低失業率ケースをシミュレーション1とする。
②第二の低成長ケースは、経済成長率を2001~2005年までは年率0%、2006~2010年が年率0.5%、2010年以降は年率1%で以降一定とするケースである。この場合の失業率は2005年で7.3%、2010年で8.4%、2015年では9.4%にまで達する。この低成長・高失業率ケースをシミュレーション2とする。
シミュレーション1ではベースケースと比較すると、合計特殊出生率は、2000年の1.36から2010年では1.25に、また2015年では1.19と1.2をも下回る低い水準となる。2015年の1.19はベースケースの1.42と比べても0.23ポイントも低い。
低成長・高失業率であるシミュレーション2は、逆に低成長のため労働市場への参入が厳しくなり、過去の労働参加と結婚との構造的な負の関係を考慮すると結婚が促され、その結果出生率も回復するという結果になっている。合計特殊出生率は2010年では1.47、2015年では1.60まで回復することになる。
2.女性の就業と結婚・出生力に関する研究
就業と結婚に関した分析結果から、①非正規就業は同居するという条件付けを行うことで、結婚に対して負の影響を持っていると考えられる。②労働市場における就業形態は、一様に結婚選択や、それと関係の深い居住形態に対して影響をもっておらず、本人の年齢が「24~26歳」と比較的若く、居住地域が「町村」、「父親の年齢55歳以下」などのケースで限定的に、その関係性が見られることがわかった。
女性の就業と出生関連意識について、フルタイム被用者も専門管理職も少子化に対して否定的意識をもつ傾向があるが、両者が重なった場合には肯定的意識をもつ傾向があることも示された。①そのような属性と意識をもつ女性が増えているとすれば少子化が加速される可能性がある。② 専門管理職、サービス職、現業職の被用者、特にフルタイムで所得が高い層といった少子化に対して肯定的意識をもつ女性が増加している可能性があり、そのような女性が子育て支援を求めている可能性が強いことが示された。③少子化対策はそのような女性を対象として進められるべきだという示唆が得られた。④事務職、販売職の被用者と専門管理職、サービス職、現業職の被用者の間で差あり、後者の方が少子志向が強いようである。そのような属性と意識をもつ女性が増えているとすれば少子化が加速される可能性が考えられる。
労働時間制度が女性の就業行動と出生行動に与えた影響については、女性の就業行動と出生行動の間にあるトレードオフ関係があり、それには男女の高学歴化、家族構成、あるいは就業条件が影響しているといえる。
女子労働供給における保育施設と家族の育児分担については、① 未就学児を持つ女性のフルタイム就業率は、子どもを保育所(園)に預けている場合は高いが、幼稚園に在園させている場合は高くないという結果が得られている。その理由の一つは、幼稚園が低年齢児を預からないことにあると考えられる。「平成8年 社会生活基本調査」のデータによると、0~2歳の子どもを幼稚園に在園させている世帯は皆無である(幼稚園に関するデータはないが、0~2歳児を受け入れていないのかもしれない)。
ダグラス=有沢法則があてはまらない要因は、大企業に勤めている人同士、または小企業に勤める人同士の結婚が増えているからである。さらに、夫が短時間雇用者であれば妻も短時間雇用者という傾向が出てきている。小企業に勤める夫婦や短時間雇用者の夫婦の年収は、大企業に勤める夫婦のそれと比べて著しく低い。
妻の職種別にみた子どもを持つことの経済的コストの違いについては、妻の職種によって夫婦が子どもを持つことの経済的コストが異なり、それが夫婦の出生行動に影響しているのではないかと考えられる。
専門職と事務職の勤続メリットを比較すると専門職の勤続メリットのほうが大きい。それにもかかわらず子どものいる割合に差がみられないのはなぜだろうか。そこで、次に、第1子が1歳になるまでの期間の育児の主な担い手を妻の結婚直後の妻の職種別にみた。専門職は夫の親、認可保育所、企業内保育所、その他の保育施設 (無認可、ベビーホテル)、個人家庭内保育やベビーシッター、育児休業など、本人以外の育児資源をほかの職種より多く利用している。事務職は妻の親、認可保育所、その他の保育施設 (無認可、ベビーホテル)をほかの職種より多く利用している。このように専門職と事務職は本人以外の育児資源を利用する工夫をしており、特に専門職でその傾向が強い。言葉をかえれば、専門職は事務職に比べて本人以外の育児資源を多く利用することができている。それにもかかわらず、専門職のほうが子どものいる割合が特に高いわけではない。
3.『少子化の見通しに関する専門家調査』
出生率と、それを取り巻く社会経済環境等の諸要因との関係について、人口学、経済学、家族社会学、公衆衛生学を中心とした専門家を対象とする『少子化の見通しに関する専門家調査』を計画・実施した。調査の概要は、①調査時期:平成13年7月16日(月)~8月24日(金)、②調査方法:郵送による配布・回収、③調査対象:人口学、経済学、家族社会学、公衆衛生学を中心とした専門家748名を対象として調査を実施した。④調査票の回収状況:アンケート発送数 748票、有効回答数 329票(有効回収率 44.0%)である。
①専門分野別に結婚・出生・寿命に関する将来予測平均値を算出し、それぞれの平均が専門分野ごとに有意に差があるといえるのかどうか検証した。1%水準で有意だったのが2005年と2010年の合計(特殊)出生率で、10%水準で有意だったのが夫婦の完結出生児数と2025年合計(特殊)出生率であった。
②経済等の将来見通しの違いごとに結婚・出生に関する数値予測の平均が有意に異なるかどうかを検証した。平均初婚年齢・生涯未婚率・完結出生児数については、経済項目では労働時間、性・生殖項目では日本人男女の生殖能力、家族規範項目では3歳神話規範や性別役割分業、家族形成項目では親元で暮らす者の割合(パラサイト・シングル)、第1子出産年齢が35歳以上の割合(晩産化)、30~34歳の女性の未婚率(晩婚化)の見通しの違いによって平均値が有意に異なる。
③合計(特殊)出生率については、経済項目では経済成長率、性・生殖項目では日本人女性の生殖能力、家族規範項目では3歳神話規範、家族形成項目では30~34歳の女性の未婚率(晩婚化)、子どもを持たない夫婦の割合、未婚者のうち親元で暮らす者の割合の見通しごとに平均値が有意に異なることが明らかになった。
4.厚生労働政策と結婚・出生変動に関する文献情報の動向に関する研究
少子化関連の文献情報すなわち結婚・出生変動に関する文献情報を収集し、体系的に整理した。基本的に全国レベルのものに限定し年表を作成し、これを、法令、施策、提言等といった区分すなわち政策情報の発生源によって種類分けすると、この間、①法令の施行・改正を伴うものとしては、育児休業法(1991, 1992導入,1995改正)、児童手当改正(1991,94,2000,01)、男女共同参画基本法(1999)、介護休業制度(1995)、育児休業給付の実施(1996)、優生保護法から母体保護法への改正(1996)、介護保険法(1997)、改正児童福祉法(1998)などがあり、②政府内における計画・方針等の策定としては、「健やかに子どもを産み育てる環境づくりに関する関係省庁連絡会議」設置(1990)、エンゼルプラン(1994)、緊急保育対策5カ年計画(1994)、新エンゼルプラン(1999)などがあった。また「少子化対策関係閣僚会議」開催(1999)、「少子化対策推進基本方針」閣議決定、(1999)などの動きがあった。③審議会答申、提言等としては、男女共同参画審議会答申「男女共同参画ビジョン」(1996)、男女共同参画審議会設置(1997)、人口問題審議会報告「少子化に関する基本的考え方について:人口減少社会、未来への責任と選択」(1997)、総理府主催「少子化への対応を考える有識者会議」提言(1998)などがあり、また④保健医療行政関連では、優生保護法にいう「胎児が母体外において生命を保続することのできない時期」(人工妊娠中絶が可能な時期)の妊娠満24週未満から22週未満への短縮(厚生事務次官通知,1990)、経口避妊薬(低用量ピル)・銅付加子宮内避妊具認可・女性用コンド-ムの認可(いずれも1999)などがあった。
近年における少子化研究の特徴として、「出生」および関連語を含む文献数がこの10年間あまり増減がないのとは対照的に、「少子」および関連語を含む文献数は1990年代後半に急増している。主題の多様化とともに、少子化対策との関連についての関心の高まりが挙げられる。これは「少子化対策」が唱えられるようになってから約10年経過し、その一方で期間出生率の低下が続いていることから、既存の政策の評価とともに、政策のあり方を含めた政策論全般に対する関心の高まりの反映と考えられる。
結論
(1)結婚・出生行動の社会経済モデルに基づく出生率の見通しに関する研究
社会経済モデルから予測された今後の合計特殊出生率の推移は、国立社会保障・人口問題研究所の平成14年1月推計の仮定値と比較し、おおむね将来動向については整合性がみられた。ただし、経済成長率の動きによっては、出生率の動きにいくつかの相違点もあきらかとなった。すなわち、経済成長率が今後上昇した場合、晩婚化傾向が一層進み、出生率は相当低い水準となることが示唆され、女性就業と出生率のトレードオフの関係が、高い経済成長により強く表れることになる。一方、低成長下では、出生率の上昇がみられた。
(2)女性の就業と結婚・出生力に関する研究
①保育サービスの拡大を目指すのであれば、今後は幼稚園も保育士を雇用し、0~2歳児の保育にあたるのが良いのではないだろうか。
また、日本では、女性の就業・育児の両立に対し、高齢者の果たす役割が非常に大きいことがわかる。高齢者は孫の育児に貢献しているのであれば、地域の低年齢児を預かることができないだろうか?保育サービスに高齢者を活用することを提案したい。
企業は女性の雇用管理と男性の労働時間との関係について、あまり意識していないのであろうが、夫のサービス残業が妻の就業を抑制するという関係が見て取れる。企業にとっては、まず労働時間に関する法律を守ることが重要であり、次いで雇用者全員の労働時間の短縮に取り組むことが課題である。
②所得格差が拡大していくと、年収の低い世帯にとって、育児の負担はますます重くなるであろう。このことを考えると、年収の低い世帯に対しては、現在より手厚い児童手当を支給することが必要なのではないだろうか。これまでの日本では、高齢者福祉が重視され、子育て期の若い世代に対する所得保障は考えられてこなかった。しかし、高齢者の中には高い地位についてから引退し、高い収入を得ている人も少なくない。それに対し、若い世代には失業者や短時間雇用者など、所得の低い人が多くなっている。このような現状を考え、自治体が高齢者に対する現金給付を抑え、子育て期の世帯に対する手当てを高くするよう、提案したい。
③妻の職種別にみた子どもを持つことの経済的コストの違いについては、事務職と専門職では専門職のほうが勤続メリットが高いが、利用可能な育児資源は専門職のほうが多いために、結果として事務職と専門職で子どものいる割合に大きな差がみられないのではないかと考えられる。
育児資源の利用可能性が職種により異なることが明らかになった。職種によって保育所や育児休業制度などの公的な育児資源の利用可能性が異なる点は問題である。事務職においては、公的な育児資源の利用可能性が低いことが子どもを持たない選択と結びついている可能性もある。職種別に育児サポートの利用促進をサポートしたり、育児サポートの効果を測定したりしていく必要があるだろう。
女性の出産と就業継続の両立支援策については、①出産と女性の継続就業に負の相関の関係があることが分かった。女性がいまでも出産と継続就業を両立することが困難な場面に直面していることを示している。また、②勤め先で育児休業制度が規定された場合、出産確率を高めることができ、女性の継続就業をも促進していることが分かった。このことは、対象は既婚で仕事を持っている人に限られるが、育児休業制度などの支援策が出産・育児の機会費用を低下させることにより、女性の出産・育児との継続就業を両立させることができることを示している。
女性の就業行動と出生行動の間にあるトレードオフ関係は、高齢社会の進展が見込まれる我が国において女性労働の一層の活用が望まれているが、このままでは更なる少子化を招いてしまうと予想される。このトレードオフ問題を解決するためには、企業と社会における労働時間の短縮やファミリーフレンドリーな雇用管理政策の更なる充実が必要だと思われる。
(3)少子化の見通しに関する専門家調査研究
社会経済状況、性・生殖に関する状況、家族規範に関する状況、家族形成に関する状況について今後25年間の変化の見通しの違いによって、将来の結婚・出生の見通しが異なることが明らかにされた。
合計(特殊)出生率の見通しに関して、「専門家予測シナリオ」として将来人口推計を行い、社人研による平成14年1月推計と比較を行った。その結果、④社人研の推計結果とほぼ同じ数値を得た。専門家調査の予測のほうが若干低めの出生率のため、総人口も2050年の時点で若干少なくなっている。また、⑤平均初婚年齢と生涯未婚率については、専門家の予測は平均初婚年齢について社人研仮定値よりも晩婚化するとの予測であった。⑥平均寿命については、社人研予測よりも伸びが低いと予測されているという結論を得た。
(4)厚生労働政策と結婚・出生変動に関する文献情報の動向に関する研究
質的側面を見ると、正確・最新の人口情報および知識、形式人口学的成果などが必ずしも論者の間で共有されておらず、議論のすれ違いも一部で見られている。また検討対象となる政策が狭く限定される傾向もみられる。多分野における研究者の少子化研究を実りあるものとするには、今後の課題として、政策評価に資する情報デ-タベ-スの整備と既存研究の総合的レビュ-をおこなうに際しての客観的手法の発展が重要といえよう。

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