厚生経済学の新パラダイムに基づく福祉国家システム像の再構築(総括研究報告書) 

文献情報

文献番号
200100005A
報告書区分
総括
研究課題名
厚生経済学の新パラダイムに基づく福祉国家システム像の再構築(総括研究報告書) 
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
鈴村 興太郎(一橋大学経済研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩野谷祐一(国際医療福祉総合研究所副所長)
  • 今田高俊(東京工業大学教授)
  • 盛山和夫(東京大学文学部教授)
  • 山脇直司(東京大学大学院教授)
  • 長谷川晃(北海道大学法学部教授)
  • 後藤玲子(総合企画部室長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
13,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、近年めざましい発展を遂げている厚生経済学をベースに、福祉国家システム像を再構築することを目的とする。厚生経済学の特色は、個人の<厚生>に視点をあてて経済システムを評価する点にある。だが従来は、その個人の<厚生>が、専ら自己利益の最大化を目的とする個人の効用(均衡で得られる帰結的効用)で捉えられてきた。そのような枠組みは、既存のシステムのもたらす効果や影響を分析するうえでは一定の有効性をもつとしても、システムのあり方を規範的に検討し、新しいシステム像を構想するには明らかに限界がある。このような関心に基づいて、本研究は、厚生経済学のパラダイムの転換を図り、システムやルールの形成に関するより総合的な枠組みをもとに福祉国家システム像の骨格を描くことを目的とした。
研究方法
本研究は、次のような手順で厚生経済学のパラダイムの転換を図った。1)個人的利害の調整問題と公共的判断の集計問題との区別、2)個人の評価構造の二層化(私的選好と公共的判断)、3)【ゲーム論的福祉実現システム】と【福祉実現システムの社会的選択プロセス】の定式化。その要諦は次のようなモデルで示される。「諸個人は、福祉の獲得ゲームを統制する公共的ルール(ゲーム形式)のあり方について熟議し、公共的ルールの選択肢に関する公共判断を形成する。それらは公共的ルールの形成手続きによって社会的な公共判断へとまとめられる。その社会的公共判断のもとで環境的諸条件(諸個人の主観的選好など)が特定化されると社会的に最善なゲーム形式が定まる」。各人は所与のゲーム形式と他者の選択のもとで福祉の獲得に向けて自己の戦略を主体的に選択する。このようなモデルのもとで個人は、社会的選択プロセスへの参加の自由、戦略の選択の自由ならびに、配分された資源のもとで実現する自己の潜在能力への自由なアクセスが保障されることにな
る。ただしここでいう福祉とは、従来の効用概念ではなく、A.センの提案した潜在能力(社会的に配分された財と本人の身体的・精神的能力で実現可能となる機能、行い(doings)やあり様(beings)の集合)概念で捉えられる。それは、各々の社会的文脈において、社会構成員たちの多様な自立的活動を支える最も基本的な能力であり、それを参照機能ベクトルもまた社会構成員たちの公共的討議と社会的選択によって発見され、決定される。
結果と考察
上述したモデルは、1つの集合体の中で一定のルールのもとで集合的に選択するというきわめて抽象的なものであり、そこでいう<社会>の概念はいまだ実体のないものだった。厚生経済学の新パラダイムを現実の福祉国家システム像へとつなげるためには、各集合体の集まりとしての<社会>ならびに各組織原理の高次原理としての<社会の基本原理>(憲法・立法)という構図のもとで、モデルを描き直す必要がある。その際に参照されたのがJ.ロールズやA.センに代表される政治的リベラリズムの考え方である。その特徴は、各集合体が、各々の目的や課題・個別的特性に適した内的原理・ルールを自律的に形成し改訂することを尊重しつつも、すべての個人や集合体に共通するポリティカルな問題に関して最小限の共通原理(手続き的・内容的な普遍的諸条件)を形成しようとする点にある。共通するポリティカルな問題としては、①各個人や集合体間の関係を整合的なものにするための方法、②各集合体に属する諸個人の基本的人権を各集合体のしきりを越えて守るための方法という2点が挙げられる。
結論
このような政治的リベラリズムの視点から描き直した福祉国家システム像の基本的構想は、次のような3つの柱から構成される。1)共通原理の制定手続きを規定する条件、2)各集合体のシステムのあり方を内容的に規定する条件(個人の私的領域の尊重、潜在能力と基本的機能の達成の保障、機能に関するパレート効率性条件、すべての個人に等しい関心と尊重を寄せるという不偏性の観点と個々人の異質性を豊かに捉えるという個別性の観点とのバランス、3)集合体間の関係性及びルール間の関係性を規定する条件(高次原理の優位性と手続き性、各集団・組織からの参入・退出の自由、また、内的原理の改訂可能性の自由、さらに、目的の改訂・変更の自由などの保証)の3つである。これらの3つの柱から構成される福祉国家システム像は、いまだ骨子の叙述に留まるものである。具体的な社会保障制度や福祉政策によって肉付けをする作業は今後に開かれた研究テーマである。

公開日・更新日

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