日本におけるEBMのためのデータベース構築および提供利用に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001140A
報告書区分
総括
研究課題名
日本におけるEBMのためのデータベース構築および提供利用に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
丹後 俊郎(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 津谷喜一郎(東京医科歯科大学)
  • 清金公裕(大阪医科大学)
  • 裏田和夫(東京慈恵会医科大学)
  • 野添篤毅(愛知淑徳大学)
  • 山崎茂明(愛知淑徳大学)
  • 山口直比古(東邦大学)
  • 磯野威(国立公衆衛生院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,790,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日、保健・医療・福祉の分野で必要とされる情報(源)は世界に多数散在する。
特に、出版物の増大と値上がり、マスメディアの発展、情報生産の膨張は、医療従事者と受益者にとって的確な情報の入手を著しく阻害する要因ともなっているといえる。米国においてはNLMがMEDLINEを中心に英語圏の医学生物学系のデータベースとして進化しながら普及を図っている。英国においてもEBMの拠点ともいえるコクランライブラリーが政府の財政支援を受けながらシステムマティックレビューに基づくデータベース構築を進めている。つまり、医学医療情報の集積と受益者・従事者にとってアクセスしやすい利用環境の確立は世界の趨勢となってきている。本研究の目的は、その整備が遅れている日本において、保健、医療、福祉の分野で従事者や国民が確かな情報を「だれでも、どこでも、いつでも」入手できることを目標に、そのための情報基盤を研究開発することにある。
研究方法
本年度は研究の初年度として、次の8つの分担研究をおこなった。 1. 臨床医の情報ニーズと医学図書館員の役割(分担者:裏田和夫)本研究では、臨床医のEBMの実践に支援となる医学図書館員の役割を探るための方法として、英国と米国の医学雑誌に掲載された3つの文献を検討する。文献の1つは、1996年10月に British Medical Journal に掲載された「医師はどのような臨床的情報を必要とするか」であり、臨床医の医学知識に対するニーズはどのようなものであるか、つまり、実際の診療においてどのような疑問が発生し、いかなる手段がどの程度答え得ているのかに関して総合的なレビューと分析、今後の展望を行ったものである。2つ目は2000年6月の Annals of Internal Medicine に掲載された「Informationist新しい医療専門か」で、今日におけるEBMの実践のために informationist という専門職の必要を提案した報告である。この論文は診療の場にも、また clinical librarian プログラムを実施してきた医学図書館界にも大きな刺激を与え、議論を巻き起こした。3つ目の文献は、上記の informationist の提案に対し、医学図書館員の立場からの意見であり、医学図書館員の診療現場への進出を強く呼びかけている論説である。2000 年の Bulletin of the Medical Library Association の 10 月号に掲載されたものである。 2. 患者・家族の需要調査(分担者:山口直比古)本研究では、昨年度の臨床医の情報需要調査に引き続き、「患者および家族の情報需要調査」を行った。患者やその家族がどのような情報をどのように得ているかという現状を調査すると同時に、今後どのような情報をどのように提供するのかが望ましいかを調査するためである。全国300床以上の病院の中から特定の地域に偏らないよう48病院を抽出し、調査の許可を申請した。半数にのぼる24病院より許可が得られたが、調査にあたる人員等の関係から19病院での調査を行うこととした。病院は全国にわたり、北は北海道から南は沖縄県に及んだ。調査の方法は、調査員が病院を訪問し外来待合いにいる患者さんにアンケート用紙を手渡しし、後に回収するというものである。アンケート項目は7項目と回答しやすい簡便なものとし、記入用のボールペンと一緒に渡した。 3.  NLM,AHRQの調査(分担者:野添篤毅)本研究では、2000年8月のNLM,AHRQの現地調査とその後のAHRQの資料分析から、とくにEvidence-based Practice Center ( EPC ) の活動概要と、診療ガイドラインのクリアリング・センターであるNational Guideline Clearinghouse ( NGC ) の現状を考察する。 4. システマティックレビュー作成プロセスのモデル化(分担者:野添篤毅)本研究ではAHRQでこれまでに公表された10点のEvidence Report (no.1~no.6, no.8~no.11 ) について、作成機関、作成チームの構成、報告書の構成について検討する。報告書の方法論(methodology)の章について、とくに詳細に検討する。ここではレビューのための文献検索の手順と方法、使用データベース、検索語と検索式、検索結果、文献の採用・不採用のプロセスと結果、文献からのデータ抽出とデータ圧縮の方法などについて、10点の報告書の各々について記述し、比較検討する。 5. ガイドライン作成の手
引き(分担者:津谷喜一郎、磯野威、丹後俊郎)本研究では、日本における厚生労働省が進めている「診療ガイドライン」研究班のための「ガイドライン作成の手順」を「EBMの普及のためのシラバス作成と教育方法およびEBMの有効性評価に関する研究」(主任研究者、福井次矢)と共同で検討する。特に「エビデンステーブル」「アブストラクトフォーム」について提案を行う。 6. メタ・アナリシスのためのデータベースと方法論の研究(分担者:丹後俊郎、緒方裕光)EBMおよびメタアナリシス全般に関して研究するために、2001年1月12日から2月11日までの1ヶ月間、米国ニューイングランド・メディカル・センター(New England Medical Center)を訪問し、同センターのエビデンス・シンセシス・センター(Center for Clinical Evidence Synthesis)のジョセフ・ラウ教授の指導のもと、メタアナリシスの理論、EBMにおけるその役割、応用、さらにエビデンス・レポートの作成方法、データベース化などについて検討した。以下では、これら各検討事項のうち、とくにメタアナリシスに関連するデータベースとの関係に重点をおいて報告する。 7. 問題解決型データベースBioethicsの意義について(分担者:山崎茂明)生命科学や臨床医学を支援するために、MEDLINEや医学中央雑誌などの文献データベースが存在し機能している。しかし、大規模なデータベースがあれば、それで良いということにはならない。例えば、Kennedy Institute of Ethicsは生命倫理を対象にした小規模データベースを米国国立医学図書館との契約により作成している。レコード量は7万でしかないが、MEDLINEがカバーしていない人文社会領域や新聞、一般雑誌、図書など広く収集し、独自のシソーラスを用意している。本研究ではこのデータベースの意義について考察した。 8. 日本における医学情報流通の課題と可能性(分担者:裏田和夫、磯野威)本研究では、主として米国における医学情報流通との対比から、日本における課題と可能性について提言を行う。
結果と考察
医療従事者,医療受益者への信頼できる情報源の確立のための統合的な調査と研究を行い、以下の結果を得た。 <分担研究1>臨床医の診療上の疑問とは何かを分析したレビューを求め、それに対して回答を与える明瞭な手段が今日、存在しないことから、新しい専門職「informationist」をめぐる米国を中心に展開されている文献を元に、情報科学、医学についての知識、基礎的な臨床疫学、生物統計学、批判的評価能力および実践的な情報検索、統合、伝達技術がもとめられていることが明らかとなった。 <分担研究2>アンケート項目は7項目と回答しやすい簡便なものとし、記入用のボールペンと一緒に渡した。手渡しとしたせいか、回収率は非常に高く、97%に達し、回収件数も3000件を超えた。患者および家族の情報需要調査」では自身の健康、病気、薬についての関心の高さ、情報提供者としての医師、看護婦(士)への不満と期待、さらに患者のための情報センターの設置希望などが明らかとなった。 <分担研究3> 米国におけるEBMのための情報提供機能の調査を行い、National Library of Medicine(NLM),Agency for Healthcare Research and Quality(AHRQ)における役割、機能を調査した。患者、消費者(Consumer)へのインターネットによる健康情報サービス(MEDLINEplus),電子メールによる質問回答(Cust Q)、公共図書館、病院図書館、大学医学図書館をベースにした消費者健康情報サービス(Consumer Health Information Service)などがある。また、米国厚生省医療研究・品質局(AHRQ)では270名の職員、年間予算2億ドルを確保し、全米12カ所のEvidence Practice Center(EPC)と5年契約により約40のトピックスをEvidence Reportとしてとりまとめを進めている。 <分担研究4>AHRQにおけるEvidence Report作成の文献収集プロセスについて、システマティックレビュー作成プロセスの参考研究として実施した。 <分担研究5>日本における厚生労働省が進めている「診療ガイドライン」研究班のための「ガイドライン作成の手順」を「EBMの普及のためのシラバス作成と教育方法およびEBMの有効性
評価に関する研究」(主任研究者、福井次矢)と共同で提案した。特に「エビデンステーブル」「アブストラクトフォーム」について提案を行った。 <分担研究6>EBMの一連のプロセスにおいて、メタアナリシスは、複数のエビデンスを統合するための定量的方法としてきわめて重要な意義を持っている。メタアナリシスについては、統計学的方法論としてなお多くの問題があるものの、質の高いデータを利用することによってその信頼性や妥当性を高めることができる。そのためには、メタアナリシスに用いやすいデータベースの構築が不可欠である。さらに意思決定などユーザー側にとっては、メタアナリシスの結果をエビデンス・レポートの形で必要に応じて参照できるデータベースが有用である。 <分担研究7> 医療や医学研究の変化、社会からのニーズの変化などに、機敏に対応した問題指向型の小規模データベースは今後とも必要であることが確認された。EBMの要請のなかで形成されたThe Cochrane Libraryもこの代表的な例となる。 <分担研究8> 主として米国における医学情報流通との対比から、日本における課題と可能性について以下の5項目の課題を指摘した。 1)国立医学図書館(仮称)の創設 2)情報流通ネットワーク体制の確立 3)日本語による質の高いデータベースの永続的な構築 4)患者・家族および一般市民への情報サービス 5)情報専門職の確保と継続的な研修体制の確立
結論
本年度は研究開始年度であり、継続して研究を続ける予定の分担研究が多いが、すでに多くの成果が見られている分担研究もある。米国におけるNLM、AHRQの調査において得られた知見、資料は今後のわれわれの研究に多大な情報を与えてくれている。また、「患者および家族の情報需要調査」においても興味深い結果が得られた。95%の患者さんが自分の健康なり病気なりについての情報に関心を示し、特に病気についてが65%、薬についてが46%と高い値を示した。また、現状では68%の患者さんが医師や看護婦さんなどの病院関係者から情報を得ており、ついで本や雑誌、新聞テレビ、家族や友人という順になっている。得られている情報への満足度は非常に低く、満足しているのは19%にすぎなかった。ではどのような方法で情報を得たいかという質問には、77%が医師や看護婦などの病院関係者と答えており、図書館と回答したのは9%にすぎなかった。また、図書館などの情報機関への期待については、患者のための情報センターがあるよいとした回答が最も多く、ついで病院に患者さんの利用できる図書室があるとよい、という回答であった。現状では大学医学図書館への期待は高くなく、より利用しやすい図書館への期待が高いということであろう。自分の健康や病気についての関心は高いが、医師や看護婦から得られている情報では十分とはいえず、さらに医師や看護婦などが適切でわかりやすい情報を提供することが望まれていることがわかった。図書館については、利用しやすい専門の情報センターや病院図書室への期待が高く、より専門的な情報提供が可能と思われる大学図書館への期待度は現状では高くなかった。 一方、厚生労働省が進めている「診療ガイドライン」研究班のための「ガイドライン作成の手順」を「EBMの普及のためのシラバス作成と教育方法およびEBMの有効性評価に関する研究」(主任研究者、福井次矢)と共同で提案した事は特筆すべき成果である。あくまで案であるものの、現実のガイドライン作成のガイドラインとして活用されることが期待される。 また、EBMにおいて、複数のエビデンスを統合するための基本的方法には、システマティック・レビュー、メタアナリシス、意思決定分析、コストベネフィット解析などがあるが、そのうち、メタアナリシスは統計的解析を含む方法として最近注目を浴びている。データの統合にメタアナリシスを用いる主な目的は、複数の研究から全体的な効果を知ること、不確実性を評価すること、データを厳密に利用すること、などである。同一テーマの研究間に統計的異質性(statistical heterogeneity)がある場合、それらのデータを統合するには、変量効果モデル(rando
m effects model)などを用いる。また、異質性の原因が説明できる場合にはサブグループに分けた解析やメタ・リグレッションなどの方法がある。メタアナリシスは、統合しようとする研究間に異質性が存在する場合、有力な科学的アプローチとなりうる。しかし、効果指標の選択、エンドポイントの定義、多数の小標本研究と少数の大標本研究との違い、出版バイアスの影響、などの課題が現在も議論されている。現実問題を柔軟に解析できる新しいメタアナリシスの手法の研究は本研究斑の今後の研究課題のひとつである。 最後に、「日本における医学情報流通の課題と可能性」においては、米国における医学情報流通との対比から、日本における課題と可能性について以下の5項目の提言をまとめた。 1)国立医学図書館(仮称)の創設 2)情報流通ネットワーク体制の確立 3)日本語による質の高いデータベースの永続的な構築 4)患者・家族および一般市民への情報サービス 5)情報専門職の確保と継続的な研修体制の確立

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