化学兵器に関するデータ・ベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究

文献情報

文献番号
200001127A
報告書区分
総括
研究課題名
化学兵器に関するデータ・ベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 侃(財団法人日本中毒情報センター理事長)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡 敏治(大阪府立病院救急診療科部長)
  • 池内 尚司(大阪府立病院救急診療科医長)
  • 黒木由美子(財団法人日本中毒情報センター課長)
  • 石沢 淳子(財団法人日本中毒情報センター科長)
  • 辻川 明子(財団法人日本中毒情報センター係長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は化学兵器の基本的な毒性情報を網羅した独自のデータ・ベースを整備することと、わが国で最も対策の遅れている化学兵器による緊急事態に対応するための危機管理マニュアルをを策定することである。
研究方法
研究目的にそって、初年度はまず基本となる化学兵器データベースのフォーマットを策定し、種々の観点から整備すべき化学兵器の種類を決定する。次に不幸にして化学兵器によるテロリズムが発生した時、被災者の除染から治療の終了までに、どんな資器材が必要でどのような知識・情報が必要であるかを検討し、わが国の実状にあった危機管理マニュアルの構成要素と表現形式を検討する。初年度中に、現存する化学兵器のうち、テロ等に使用される可能性の高い化学剤から順に収集した資料を合意されたフォーマットで整理する。さらに除染や個人防御装備の基本、鑑別診断や治療指針を化学兵器の類型別にまとめ、化学兵器によるテロリズムの際の危機管理マニュアルの基本骨格を作成して、テロ等に備える。収集した主たる資料は、インターネットを介して得た米軍のMedical Aspects of Chemical and Biological Warfare、FEMA、CDCの危機管理に関する情報と、1999年に米国で開催されたシンポジウム、Poison Cernters and Nuclear, Biological and Chemical Terrorist Event Preparation and Response で紹介された「中毒センターが参考にすべき文献:Journal Articles References on Nuclear, Biological and Chemical Agents of Terrorism」、さらにはPOISINDEXRや既存の単行本である。
結果と考察
1.化学兵器の危機管理データベースの構成とそれらのフォーマットの検討:基本となる個々の化学兵器のデータベースは、他の薬毒物と同様に15項目の基本骨格を維持するが、治療法の項目に化学剤特有の除染、セルフエイド等を加え、さらに緊急時に治療指針として単独で使用できる概要版を作成することになった。概要版の構成は、①箇条書きによる化学兵器の特徴をまとめた概要、②毒性、③中毒学的薬理作用、④中毒症状、⑤検査、⑥治療、⑦観察期間または治療終了時期でとし、見開き2頁とする。次に化学兵器によるテロリズム発生時に、事件発生の第一報を受けてから資器材の準備、除染、鑑別診断、重症度判定(トリアージ)、治療へと進展する課程で必要な知識・情報・資器材等については、時間軸で、事件の第一報から除染、鑑別診断や治療など診療行為に至るまでの必要な事項をまとめ、この時間軸対応マニュアルの内容を実行するために、発災現場での鑑別診断と対応、医療機関での早期鑑別チェックリスト、検知紙の使用法、トリアージカード、治療法等々を、類型別に作成することになり、フォーマットに沿ったモデル原稿を作成した。
2.化学兵器の毒性情報に関する調査とデータ・ベースの作成:策定したフォーマットにしたがって、5類型、8種類の化学兵器についてデータ・ベースを作成した。なお、概要版の特徴は軽症から重症まで数千人規模で発生する化学剤の治療上重要な「観察期間または治療終了時期」を別項に項目立てしたことである。
3.化学兵器テロリズムに対する時間軸対応マニュアル、および鑑別診断、トリアージ基準の作成等:時間軸対応マニュアルは、事故発生の第一報を受けてからどのように対応するか、病院における患者受け入れ準備、患者到着後の処置、除染や臨床的鑑別診断、応急処置、トリアージ、検体採取への配慮、および対策本部、中毒派遣医との連携を簡潔にまとめ、代表的な化学剤であるサリン、シアン、ホスゲン、マスタードの4種類について作成した。詳細は分担研究報告書に譲るが、さらに発災現場での鑑別診断と対応、医療機関での早期鑑別チェックリスト、検知紙の使用法、トリアージカード、治療法について、類型別に作成した。
4.化学兵器テロリズムに対する初期活動指針の確立:化学兵器対策が充実している米国陸軍の資料を中心に検討した結果、発災現場での非医療従事者が日常会話で使用する症状で、神経剤・びらん剤・窒息剤・催涙剤に分類が可能で、かつ現場トリアージも行い得ることが判明した。
5.除染、個人防御装備に関する調査研究:除染ならびに個人防護装備の先進諸外国の現状が把握できた。しかし、資料のほとんどは軍隊のものであり、医療機関向けの確立した化学兵器テロ対応マニュアルはなかった。そこで初年度は、化学剤によるテロリズム発生時の初期対応について、基本理念のみをマニュアル化した。なお、わが国の医療機関の現状調査では除染システムや個人防御装備を備えている施設は極めて限られていた。
本年度は九州・沖縄サミットがわが国で行われ、年度末には補正予算で決定された毒劇物テロ対策セミナーが開催された。前者については化学兵器等毒劇物によるテロ対策が(財)日本中毒情報センターに委託され、後者は全面委託で(財)日本中毒情報センターが災害拠点病院の医師と薬毒物検査技師を対象にセミナーを主催した。いずれも本研究班の分担研究者や協力研究者が企画・実行した。それ故、九州・沖縄サミットまでに、個人防御装備も含め、除染に必要な資器材を入手しなければならず、除染手順のマニュアル化も緊急の課題であった。化学兵器に関するデータ・ベースの作成も同様である。このことは本研究班の研究目的と一致するが、一部異なった対応も行わなければならなかった。その相違点は、例えばサミットでは現場医療機関に化学物質によるテロ対策のための医師(中毒派遣医)を常駐させたことである。そのため、今回の分担研究で策定した時間軸対応マニュアルは、対策本部、中毒派遣医、治療にあたる医療機関、分析に関する対応について、それぞれの業務内容を明記した一種のクリニカルパスを作成した。しかし、実際には中毒派遣医は存在せず、分析に関してはおおよそ不能である。この相違点は、化学物質によるテロ・事件等の危機管理対策を構築するとき、極めて重要である。
集団食中毒の際、通報を受けた保健所は、現場や医療機関から情報を収集し、発生現場に残された検体や患者検体を収集して、公衆衛生研究所等で培養同定が行われる。集団食中毒の際の保健所の役割は詳細な省略するが、もちろんこれらのみではなく、他にも多くの重要な役割がある。集団化学災害の際にも、食中毒と同様のfield workが極めて重要で、事故情報の収集に始まり、現場処理、患者対応の指導(治療情報の提供)、さらにはフォローアップ調査や予防活動まで、数え上げれば無数にある。しかし、現状では保健所にこれらを期待することは無理があり、また人的被害が軽微な事故を含めても全国で年間に数十件程度の集団化学災害に全国の保健所が対応できるように整備することは無駄であろう。むしろ中毒情報センター内に化学災害部門を設け、保健所員と現場で行動を共にする中毒情報センターの化学災害専任医師の養成が実現すれば、化学物質による事件・事故に対する危機管理は飛躍的に向上すると思われる。全国を対象にして、記録の保存だけでもきちんと実施できれば、このfield workを主とする危害部門の新設は極めて有用である。サミット時に計画した中毒派遣医は、まさしくこの危害部門専任医師の役割を期待したものである。
結論
これまでに蓄積してきた化学兵器に関する詳細な毒性情報をどのようなフォーマットで整理するかを検討し、フォーマットを定めてデータ・ベースを作成した。さらに、事故発生の第一報を受けてからどのように対応するか、病院における患者受け入れ準備、患者到着後の処置、除染や臨床的鑑別診断、応急処置、トリアージ、検体採取への配慮、および対策本部、中毒派遣医との連携を簡潔にまとめ、時間軸対応マニュアルを作成した。また、この時間軸対応マニュアルを実行するための情報(知識・技術)、すなわち、発災現場での鑑別診断と対応、医療機関での早期鑑別チェックリスト、検知紙の使用法、トリアージカード、治療法について、類型別に作成した。除染システムと個人防御装備については、先進諸外国の現状を把握し、現状での対応の理念と準備すべき資器材をマニュアル化したが、治療と除染の優先順位、除染効果の検知法、プライバシーの保護、廃液処理の問題等については、さらなる検討が必要である。
以上の結果、わが国独自の化学兵器に関する危機管理マニュアルの骨格が基本的には完成できたと自負している。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-