HIV第二受容体拮抗剤を基盤分子とする戦略的抗エイズ剤の創製と実用化

文献情報

文献番号
200001036A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV第二受容体拮抗剤を基盤分子とする戦略的抗エイズ剤の創製と実用化
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
藤井 信孝(京都大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 竹本佳司(京都大学大学院薬学研究科)
  • 大高章(京都大学大学院薬学研究科)
  • 玉村啓和(京都大学大学院薬学研究科)
  • 中島秀喜(鹿児島大学歯学部)
  • 西村 紀(武田薬品工業株式会社医薬研究開拓本部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
18,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究事業は、我々が発見した強力かつ特異的なペプチド性HIV第二受容体拮抗剤T22を基盤分子として設定し、ペプチドの“高活性非ペプチド化"に対する理論的かつ実践的な合成化学的アプローチを基盤技術として、多剤耐性株に有効な抗エイズ剤の実用化を目的とする。
本年度は、特に、以下の5点を重点項目とした研究を行った。
(1)特異的HIV第二受容体拮抗剤 T140の立体構造の解析と活性発現機構の解明
(2)有機金属試薬の特性を活用したペプチドの非ペプチド化に関する合成基盤技術の整備
(3)ケモカイン受容体の細胞内シグナル伝達様式の解明を目的とした非水解性リン酸化ペプチド誘導体の合成研究
(4)多剤耐性克服型プロテアーゼ阻害剤の開発
(5)CXCR4拮抗剤T134に対するの耐性HIV株の誘導と抗HIV剤としての再評価
研究方法
1)CXCR4ケモカイン受容体のペプチド性拮抗剤T134、T140を基盤分子とした低分子化および最優先項目としてまずT140の立体構造構造を解析し、さらに一連の誘導体の構造活性相関研究から活性発現に必須なアミノ酸残基の特定を行い、T140の高活性発現機構を精査した。さらにこれを基にして低分子誘導体の分子設計・合成・構造活性相関研究を行った。
2)有機銅試薬による還元的アルキル化および有機亜鉛銅複合試薬によるanti-SN2'型反応を応用した高官能性(E)-アルケン型ジペプチドイソスターの合成法、および有機銅試薬の還元ー酸化的アルキル化反応を応用した(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの合成法を検討した。
3)CXCR4受容体の下流における細胞内シグナル伝達様式を解明するための生化学実験のツールとしてリン酸化セリンの非水解性生物等価体の合成研究を行った。さらに、米国 Louisville大学Brown癌センターS.C.Peiper教授らとの共同研究により、機能性CXCR4発現酵母を用いた一連のCXCR4アンタゴニストのシグナル伝達系への影響について精査した。
4) HIVプロテアーゼ阻害剤の既知の構造情報を基にしたコンビナトリアル合成により、新規阻害剤を探索し、非ペプチド化を計った。また新規P2部位の構築を目的としてビステテトラヒドロフラン骨格の合成法を検討した。
5)T134およびT140に対する耐性HIV株の誘導機構を解析した。
結果と考察
1.HIV第二受容体(CXCR4)拮抗剤の創製
1-1)T140の立体構造の決定と必須Pharmacophoreの同定
NMRにより得られたプロトン間の距離情報をもとに分子動力学計算(CHARMm)によりT140の立体構造を明らかにした。 T140のAla-スキャン、塩基性アミノ酸のCit-スキャンを通じて、活性発現に必須のPharmacophoreとして、 2位Arg、3位Nal、 5位Tyr及び14位Argの4残基を同定した。さらにT140を凌ぐ抗HIV活性プロフィールを有するTC14003、TC14005を見いだした。これら二つの結果を総合すると、T140は分子中央のDLys-Pro を(i+1) , (i+2)位とするtype II' b-turn構造部分で折れ曲がった逆平行b-sheet構造をとることにより、上述の4つの必須Pharmacophoreが相互に極めて近い位置に配置していることが明確になった。
1-2)T140の生体内安定性の向上
マウスおよび猫の血清に対する安定性を精査したところ、T140は約10時間の半減期で活性発現に必須のPharmacophoreの一つであるC-末端14-Arg が除去されて失活することが明らかとなった。そこで、前項の高活性低細胞毒性誘導体、TC14003およびTC14005、をもとに一連のC-末端アミド型誘導体を合成し、血清に対する安定性および抗HIV活性の両面から再評価した。その結果、血清に対する安定性が大幅に向上した高活性誘導体、TN14003およびTC14012、を見いだした。MT-4細胞を用いるin vitro試験において、両化合物はT140の5~8倍(EC50 = -.4-0.5 nM)の抗HIV活性と高い選択係数(SI = CC50/EC50 > 166,667)を示した。
1-3) T140 の低分子化
T140の立体構造および活性Pharmacophoreに関する情報をもとに一連の低分子誘導体を分子設計・合成し、抗HIV活性を評価した。T140に匹敵する高活性物質の発見には至っていないが、環状decapeptide(TD1404)および環状pentapeptide(R-Penta)にサブmMオーダーの活性を有する低分子新規リード化合物を見いだした。
2.T140の非ペプチド化を目的とした合成基盤技術の整備研究
"高活性非ペプチド化"に関する合成化学的インフラストラクチャーの整備を目的として、有機銅試薬の特性を活用した1)αー位に側鎖官能基を有する(E)-アルケン型ジペプチドイソスターの合成法、2)(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの合成法を新たに開発した。
3.機能性CXCR4発現酵母の調製とシグナル伝達様式の解明研究
有機銅試薬による還元反応を応用した非水解性モノフルオロメチレン置換リン酸化セリン誘導体の合成法を開発した。一方、MAP-Kを介するシグナル伝達系と共役した機能性CXCR4発現酵母(Saccaromyces cerevisiae)を用いてSDF-1刺激に対する 一連のCXCR4-antagonist (T22, T140, AMD3100, vMIP II)の効果を評価した結果、 His欠失培地中での 細胞増殖およびb-Galアッセイの2種のアッセイ系においてT140が最も高い阻害効果を示し、抗HIV活性と高い相関を示した。
4. 多剤耐性克服型プロテアーゼ阻害剤の合成研究
コンビナトリアル合成により強力なペプチド性プロテアーゼ阻害剤を見出した。さらに、P1-P2部位の(E)-アルケンによる非ペプチド化は活性の低下させることを確認した。またP2部位としてのビステトラヒドロフラン骨格のPd(0)およびIn(I)を活用した新規合成法を開発した。
5.T134、T140 に対する耐性ウイルスの誘導実験ー遺伝子解析研究
Bicyclam等の低分子CXCR4拮抗剤に比して、T134、T140 の耐性株の誘導が極めて困難であり、低濃度T134存在下、1.5年145回の培地交換を経て得られた耐性株はgp120のV3ループのみならずV1、V2、V4 ループにも数多くの変異が起こっていることを明らかにした。 
以上の研究成果から、T22の低分子化、細胞毒性の軽減、特異性および安定性の向上の観点からは極めて優れた活性プロフィールを示す一連の化合物を見いだしたが、医薬品としての適合化を図るためには、更なる低分子化、非ペプチド化が必要であると考えている。今後はこれらの基礎研究を基に、作用機序の異なる他剤との併用効果に対しても精査し、多剤耐性HIV株にも有効な新規化学療法剤の開発と実用化を目指したい。
また、多剤耐性克服型HIV-protease阻害剤の合成研究において、既知情報を基に強力な抗HIV活性を有するペプチド性阻害剤を見出し、P1-P2部位への(E)-アルケンユニットの導入による非ペプチド化を試みたが、予期に反して活性低下したことにより、この部位のペプチド結合の酵素との相互作用の重要性を確認する結果となった。今後はビステトラヒドロフラン骨格を有する新たなP2を導入することにより、当初の目的に従って、多剤耐性型阻害剤を開発するとともにT140を宿主細胞への特異的薬物送達ベクターとして用いる二価官能性抗HIV剤への応用を検討する。
結論
1)T140の水溶液中の立体構造を決定し必須Pharmacophoreの同定を行った。さらにこれを基に生体内安定性を大幅に向上した高活性低細胞毒性開発候補品TN14003およびTC14012 を見いだした。
2)T140の"高活性非ペプチド化"を目的として、αー位に側鎖官能基を有する(E)ーアルケン型ジペプチドイソスター及び(Z)フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの合成法を新たに開発した。
3)非水解性リン酸化セリン誘導体の合成法を開発した。またMAP-Kを介するシグナル伝達系と共役した機能性CXCR4発現酵母アッセイ系において一連のCXCR4拮抗剤の中でT140が最も高い阻害効果を示すことを明らかにした。
4)コンビナトリアル合成により強力なペプチド性プロテアーゼ阻害剤を見出した。さらに、P2部位として、ビステトラヒドロフラン骨格の新規合成法を開発した。
5)T134、T140 の耐性株の誘導が極めて困難であり、耐性の獲得にはgp120の数多くの変異が必要なことを明らかにした。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-