ゲノム情報に基づいた移植免疫機構の解明と免疫抑制療法

文献情報

文献番号
200001012A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノム情報に基づいた移植免疫機構の解明と免疫抑制療法
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
梨井 康
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
臓器移植の基礎ならびに臨床の分野では、移植後一定期間免疫抑制剤を使用した後、宿主に移植免疫寛容が成立する例があることを認めている。臨床症例及び動物実験で免疫寛容状態を誘導し、維持する機序を細胞免疫学の観点から解明するとともに、近年飛躍的な発展を見せている分子生物学の手法を取り入れ、寛容状態を作り出す関連遺伝子の発現を解明することをこの研究の目的としている。そのために、最近さまざまな分野で応用されているPCRを用いたmRNAのDifferential Display法(DD法)と急速に発展してきたDNAチップ法などの最先端技術を用いて移植免疫寛容関連遺伝子を解明していく。
動物実験で得られた寛容動物と生体肝移植後の臨床症例から、新しい移植免疫寛容誘導又は維持に関連した遺伝子の発現を探索することは極めて重要である。最終的には免疫反応を抑制したり、免疫寛容を成立させる遺伝子のDNAチップを作成することを目標としている。これにより、移植患者の個々の遺伝子発現の状況に応じて、免疫抑制剤を減量したり、中止したりすることが的確にできるようになり、また薬剤の再投与、増量なども安全にできるようになる。すなわち、個々の患者ニーズに合わせた遺伝子薬物療法が行えるようになるわけである。
研究方法
本研究では実験動物ならびに臨床症例からの材料を用い、細胞生物学的な検討すると同時にDD法、DNAチップ法をなどにより拒絶反応を抑制する関係遺伝子の発現を解析をする。
(a)臓器移植免疫寛容動物の作製及び解析
同種異系ラットの肝臓移植を行い、一定期間の免疫抑制療法によって免疫寛容動物を作成し、従来の細胞免疫学の方法を用いてそれらを解析する。同時に寛容動物から経時的に末梢血液、リンパ節およびグラフトなどからリンパ球を分離し、それからRNAを抽出後、市販のDNAチップを用い、既知遺伝子の発現プロファイルを明らかにする。また、DD法、DNAチップにて、新規遺伝子配列決定に至る実験プロセスを確立する。配列決定された遺伝子については、発現の再現性を確認し、cDNAライブラリから全長遺伝子の解明を行う。
(b)臨床生体肝移植後の免疫抑制剤離脱症例での解析
京都大学移植外科においての生体肝移植の症例数は600例となり、生存率は約80%で、本邦のみならず世界的にも単一の施設として最多の経験と良好な成績を蓄積しつつある。それらの症例の中には免疫抑制剤を完全離脱して免疫寛容状態に至った重要な症例を現在まで20数例有している。当施設の協力の基に、移植後免疫抑制剤離脱症例に関して、合併症などのやむを得ない理由で免疫抑制剤をやめたケースと計画的に免疫抑制剤を離脱したケースを分け、末梢血液の提供を受ける。さらに臨床上必要な時に施行された肝生検組織の一部の提供も受ける。得られた試料を用いてRNAを抽出後、DD法、DNAチップによる遺伝子発現の解析を行う。以上より、臓器移植後に拒絶反応を抑制する関連遺伝子の情報データベースの設計開発、及びデータ解析システムの作成を行なう。
(c)倫理委員会への申請
人からの試料の採取に関しては、申請者が所属する国立小児病院及び研究協力機関である京都大学医学部の倫理委員会への申請手続きを行う。また、患者の臨床所見、治療歴、検査データなどの全ての情報は匿名化した上で、プライバシーに十分配慮しながら管理する。
結果と考察
ヒトゲノムプロジェクトの成果は、遺伝病や一部の癌に関する遺伝子治療として応用されつつある。しかしながら、臓器移植分野においては免疫寛容遺伝子の発見が他の分野に比べ遅れている。また発見された遺伝子そのものも未だ直接治療に利用しようという試みは現在ほとんど行われていない。臓器移植後は免疫抑制剤を原則として一生飲み続けなければならない。一方、京都大学移植外科において、生体肝移植症例600例のうち生存率は約80%で、さらに20例以上もの症例で免疫抑制剤を離脱できた。この実績は本邦のみならず世界的にも単一の施設として最多の経験と良好な成績である。
臓器移植の分野では、移植後一定期間免疫抑制剤を使用した後、宿主に移植免疫寛容が成立する例が確認されている。今回は臨床症例及び動物実験で免疫寛容状態を誘導し、維持する機序を細胞免疫学の観点から解析することを目的とした。免疫抑制剤FK506の投与により、同種異系ラット肝移植モデルにおいて免疫寛容ラットを作製した。寛容ラットの末梢血からリンパ球を分離し解析を行った。その結果、CD4+、CD25+の細胞集団がNaiveのラットに比べて有意に増加していることを明らかにした。この細胞集団は、最近文献で報告された免疫反応を調節するリンパ球集団と一致した。また、このリンパ球集団の養子移植実験を行ったところ、免疫調節機能を持つリンパ球の存在が確認された。これらの細胞生物学的解析から得られた結果を踏まえ、近年飛躍的な発展を見せている分子生物学の手法を取り入れ、寛容状態に関与のある遺伝子集団の発現を解明した。
DD法とは発現の見られるmRNAをポリアクリルアミドゲル上のバンドとして表示する方法である。この方法は、異なった細胞間、あるいは異なった条件下の細胞間で発現している遺伝子の違い (differentially expressed gene) を同定する事ができる。このように異なった細胞間で直接mRNAを比較する事によって、細胞集団間のmRNAの発現の差を明らかにすることができる。DD法の特徴は、安価かつ簡便に少量のsampleからmRNAを増幅することにより、多数のmRNAを比較できるところである。よって、細胞のmRNA発現の変化を全体的に観察したいとき、また免疫寛容マーカーなど変化の指標になるマーカー探索には特に有用と思われる。今回の研究では DD法による遺伝子発現の解析を行った結果、174の有意に変動が見られたバンドが見つかった。それらのクローニングを実施し、そのうちの16バンドから108クーロンの塩基配列決定を行った。NCBIにてBLAST検索を行った結果、既知遺伝子11、EST3、未知遺伝子2であった。現在、それらの遺伝子配列をもとに、プライマー及びプローブを作製し、定量RT-PCRによる遺伝子発現の再確認を進めている。
一方、高密度オリゴヌクレオチドアレイによる遺伝子発現解析は細胞あるいは組織における網羅的な発現プロファイルの探索を可能とし、その定量性についてはSAGE法との比較などから実証されている。移植後宿主が寛容状態になるには、リンパ球による調整機構が働いていることが予測される。免疫寛容個体から分離したリンパ球の遺伝子発現プロファイルを解析し、特徴的な遺伝子発現パターンを同定する事により、診断や個別の治療計画を選択することが可能となる。今回の研究では、DNAチップを用いて遺伝子発現の解析を行うと共に、FACS の解析結果及びリンパ球養子移植実験の結果との関連について検討した。既知の免疫抑制、または免疫調整遺伝子の高い発現が寛容ラットの末梢血リンパ球で認められた。また、これまで免疫寛容との関連が示されていない遺伝子が多数見つかった。その遺伝子の免疫抑制に及
ぼす機能および発現の再確認について検討を進めている。さらに、未だ同定されていない遺伝子を新たに同定する作業を進めている。
今回、動物実験で得られた寛容ラットの移植免疫寛容誘導および維持に関連した遺伝子の解析から得られた研究結果は、生体肝移植後の臨床症例から得られる関連遺伝子の発現解析の基礎的データとして極めて重要である。倫理委員会の許可が得られていないため、生体肝移植後寛容誘導できた患者からの解析ができなかった。しかし、本研究計画では最終的に寛容動物と生体肝移植後の臨床症例から関連遺伝子を探索し、その結果から移植免疫反応の抑制、あるいは免疫寛容を成立させる遺伝子を簡便に診断することができうるDNAチップを作成を目標としている。臨床及び基礎的研究から得られた結果を用い、臨床的には移植患者の遺伝子発現情報の解析と整理を行うことにより、病態及び拒絶反応の診断、また基礎的には新しい免疫抑制遺伝子の発見が期待できる。そのような遺伝子を解明することにより、移植患者において免疫抑制剤を中止あるいは減量することが可能になり、さらには免疫寛容を誘導する遺伝子を導入することにより免疫寛容状態を成立させることも可能になると考えられる。さらにこれにより、移植患者の遺伝子発現の状況に応じた、免疫抑制剤の増減、中止や再投与が的確かつ安全にできるようになり、個々の患者ニーズに合わせた遺伝子薬物療法が行えると考えられる。
結論
臓器移植分野における移植免疫寛容状態を作り出す一連の遺伝子の発現について、寛容ラットの末梢血リンパ球を用い、細胞免疫学及び分子生物学的手法により解析した。研究結果から移植後寛容に関わる細胞集団及び関連遺伝子の同定を行った。今後新たな免疫抑制遺伝子の発見が期待される。

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