青・壮年者を対象とした生活習慣病予防のための長期介入研究

文献情報

文献番号
200000901A
報告書区分
総括
研究課題名
青・壮年者を対象とした生活習慣病予防のための長期介入研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
上島 弘嗣(滋賀医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 岡村智教(滋賀医科大学)
  • 岡山明(岩手医科大学)
  • 笠置文善((財)放射線影響研究所)
  • 川村孝(京都大学)
  • 日下幸則(福井医科大学)
  • 児玉和紀(広島大学)
  • 坂田清美(和歌山県立医科大学)
  • 島本和明(札幌医科大学)
  • 武林亨(慶應義塾大学)
  • 内藤義彦(大阪府立成人病センター)
  • 中川秀昭(金沢医科大学)
  • 中村正和((財)大阪がん予防検診センター)
  • 中村保幸(滋賀医科大学)
  • 中村好一(自治医科大学)
  • 馬場園明(九州大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
27,750,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)総合目的:高血圧、高脂血症、耐糖能異常、喫煙は、循環器疾患の危険因子として重要である。これらの因子を生活習慣の是正により改善する試みが行われているが、ほとんどが1年以内の短期的な効果を判定したものが多く、より長期の介入の効果に関する報告は少ない。また是正された生活習慣を持続するためには、個人だけでなく個人を取り巻く環境要因にも介入していく必要があるが、研究班として計画的・組織的に取り組んだ事例はない。本研究の目的は、個人のみならず集団全体の循環器疾患危険因子の是正プロトコールを確立すること、及びそのプロトコールを用いた場合の実際の改善効果を明らかにすることである。
(2)研究目的の詳細:本研究では青壮年者を対象として、高血圧、脂質代謝異常、喫煙、耐糖能異常等の危険因子に対して、長期間にわたる生活指導と職場環境の改善の実施を試みてきた。研究レベルでの目標を詳述すると、まず環境改善を含む組織的な生活習慣への介入により、循環器疾患の危険因子の水準およびハイリスク者の割合の低下を明らかにすることである。具体的な目標とする危険因子は、高血圧、脂質代謝異常(高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症)、耐糖能異常、喫煙である。これらは循環器疾患の危険因子として頻度が高く、制御し得た場合の循環器疾患の予防効果も大きい。本研究では1年から5年にわたる長期間の危険因子への介入技法の開発とその介入効果の検証を目指している。また高血圧、脂質代謝異常、耐糖能異常と関連する生活習慣(食品摂取パターン、各栄養素の摂取量、食塩とカリウムの排泄量および摂取量、飲酒量、運動習慣、肥満度)の変化も明らかにし、介入と生活習慣との連鎖を時間的な経過とともに明らかにする。これにより、充分な科学的根拠を有する集団への介入方策が提示できる。本研究で作成した介入方策や統一問診票、精度管理システムは、広く社会に普及させていくことが可能である。
研究方法
初年度には、全国から研究協力事業所を募集し事業所ごとに介入群と対照群を設定し、非無作為化対照試験のデザインを確立した。併せて研究組織づくり、教材作成、スタッフの養成研修、精度管理システムの構築を行った。次年度には、研究班の専門家により実施要綱、統一問診票を作成すると同時に研究対象事業所に環境アセスメント調査を実施した。同時に集団介入(環境改善)の基本方針を策定し、喫煙・分煙対策、栄養改善、身体活動の促進等の集団への対策方針を決定し、一部の介入群事業所で実際に個別介入、全体介入を開始した。本年度は前年度に引き続いて、集団介入プロトコールや精度管理システムの整合性を現場でチェックし、集団介入プロトコールの最終的な形態を完成させると同時に、残りの事業所でも実際に介入を開始した。この際の介入プランは、基本プロトコールを元としながら個々の事業所の実情に合わせて組み込んだものとした。また3年間の研究成果を総括する意味で、両群の全事業所を対象として介入群と対照群の職場環境、健診成績、統一問診票等のベースライン特性の比較を行った。更に介入実施後1年を経過した事業所については、データの推移を対照群と比較することにより介入効果の検証を行った。両群を比較する指標としては、血圧水準、高血圧の有病率、総コレステロール値、高コレステロール血症の有病率、喫煙率、耐糖能異常者の割合、問診によるアルコール摂取量、禁煙のステージ等を用いた。
結果と考察
(1)2000年度に実施したこと
1)集団介入(全体介入、環境改善)の栄養、身体活動(運動)、喫煙・分煙に対するプロトコールが確立した。これを元にして介入群のすべての事業所において個々の実情に合わせて組み込んだ集団介入プランが作成され、実際に集団介入が開始された。
2) 全12事業所を対象として、スポット尿による食塩、カリウムの排泄量の推定精度を24時間蓄尿と比較検討し、本研究においてスポット尿で集団の1日当たりのNa、K排泄量が把握できることを明らかにした。
3) 全12事業所についてベースライン健診成績の比較を行った。男性では介入群と教材群の間で収縮期血圧値、拡張期血圧値、BMIに有意差を認めなかったが、介入群は教材群に比し、総コレステロールが 3.3mg/dl有意に高く、HDLコレステロール値が 2.1mg/dl有意に低かった。女性では両群の間で拡張期血圧値、総コレステロール値、BMIに有意差を認めなかったが、介入群は教材群に比し、収縮期血圧値が 2.6mmHg有意に高く、HDLコレステロール値が 3.1mg/dl有意に低かった。全体のN(人数)が多いため僅かの差でも有意差が検出されてしまうことを考慮すると、全体的にみて介入群と教材群の差はあまり大きくなく、両群での比較が可能と考えられた。
4) ベースラインの飲酒者割合、大量飲酒者の割合、喫煙状況、禁煙のステージ等は両群で差を認めなかった。食生活習慣については、介入群は教材群に比し、男性では、漬け物、コーヒーに入れる砂糖、マヨネーズ等の摂取量が、女性では、コーヒーに入れるクリーム、アイスなどの甘いものの摂取量が多い傾向を示した。またスポット尿による塩分摂取量の推計では、介入群は対照群より0.4g/日ほど多く算出された。
5) 介入1年後の有所見者割合の推移を比較した。男性では、高血圧のみ介入群で増加率が高かったが、脂質代謝異常、高血糖については介入群の増加率は対照群より低く、低HDLコレステロール血症に関しては有所見者割合の減少を認めた。女性では対照群の例数が少なく正確な比較はできないが、介入群の有所見者割合の増加率は対照群に比べて低い傾向を示した。喫煙率は両群とも変化を認めなかった。
6) 同一個人での推移をみると、重点群は介入群に比べて総コレステロール値が10mg/dl以上低下した者、HDLコレステロール値が5mg/dl以上増加した者の割合が有意に多かった。
(2)倫理面への配慮
研究計画は、滋賀医科大学の倫理委員会の審査を受けて承認を得た。研究に参加する対象事業所と守秘契約を締結することとした。個人の保健指導については、事前に書面によるインフォームド・コンセントを得た者のみを対象にした。プライバシー保護のため全ての成績はIDを用いて処理することとした。
(3)考察
本研究では、デザインを非無作為化対照試験とした上で、ワークショップや研修会を企画して研究者、実務担当者、被験者相互の理解が得られるようにし、最終的に介入群6箇所,対照群6箇所、総計7,361名の参加を得て介入研究をスタートさせることができた。これらの事業所従業員を対象として、個人への保健指導と集団介入(環境改善)の二つの方法により、循環器疾患の危険因子の低減対策に取り組んだ。集団介入(環境改善)は所謂、Population strategyであり、わが国では、現在まで、科学的評価を目的とした介入研究は例がなく、その具体的なプロトコールを本邦で始めて提示することができた。介入の実務と平行してのプロトコール作成であったため、実務の進捗がやや遅れ気味であったが、1年間の介入を実施した介入群は対照群に比べて有意な血清脂質プロフィールの改善をみたが、高血圧、耐糖能、喫煙率のより明確な改善には当初の計画通りに更に長期の介入が必要と思われた。個人ごとの無作為化試験ではなく、集団ごとの比較対照試験という特性上、ベースラインデータは両群で必ずしも同じにはならず、介入効果の判定には慎重な解釈が必要であるが、両群の比較可能性は得られたと考えている。また長期介入という特性上、被験者の高齢化に伴う検査所見の変化(特に血圧値と血糖値の上昇)という問題もあり、職場全体の断面比較と同一個人の比較という2つの方法で介入効果の検討を行った。
結論
本研究は個人への働きかけに加えて、個人が属する集団にも焦点をあてた介入研究であり、ここで作成されたプロトコールにより、環境要因の制御による個人の行動変容の長期持続が期待される。本研究は、介入群、対照群合わせて総計7,361名の参加を得た大規模な比較対照試験であり、職場環境対策として社内食堂の改善、身体活動増進、喫煙対策、分煙の推進等を実施した。その結果、介入群では対照群と比べて脂質代謝異常を中心とした健診成績の有意な改善が見られ、また断面の比較で介入群の高血圧や耐糖能異常の増加頻度は対照群より抑制されている傾向が認められた。これらはこのプロトコールの有用性を示唆している。本研究により、広く一般集団で応用可能な集団介入方法を開発できたと考える。しかしながら、より明確に介入効果を検証するためには、更に長期の介入が必要と考えられた。

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