生活環境中の化学物質が胎児脳と出生後の発達に及ぼす影響の疫学研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000763A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中の化学物質が胎児脳と出生後の発達に及ぼす影響の疫学研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 洋(東北大学医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 細川徹(東北大学教育学研究科)
  • 岡村州博(東北大学医学系研究科)
  • 堺武男(東北大学医学部付属病院周産母子センター)
  • 助野典義(宮城県保健環境センター)
  • 仲井邦彦(東北大学医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、子宮内膜症や乳ガンの増加、新生児クレチン症陽性率の急増、妊娠12週以後の流産胎児の性比(男子/女子比)の上昇、尿道下裂児の増加などの現象が観察され、環境由来化学物質、特に内分泌攪乱化学物質との関連性が危惧されている。しかし、未だ実証的なデータはなく、疫学研究による検証が待たれる。人への曝露については、成人よりも胎児または新生児への曝露が重要である。第一に、この時期は脳の発生、発達時期に相当し、成長過程にある神経系は環境の変化に極めて感受性が高い。内分泌攪乱化学物質の多くは脂溶性であり、血液-脳関門を越えて中枢神経系に作用しうる。母体から経胎盤または経母乳に化学物質が移行した場合、児の脳がその標的となることが危惧される。第二に、成人におけるこのような化学物質の主な摂取経路は食事であり、ダイオキシン類耐容一日摂取量(TDI)についてみれば多くの成人が基準以下とされている。しかしながら、児は母体に長年に渡って蓄積した化学物質を胎盤または母乳を通して短期間に受け取ることとなり、例えば新生児が母乳を通して摂取する量はTDIの40-100倍にも達することが判明している。従って、内分泌攪乱物質の最大の標的集団は胎児または新生児と考えるべきであろう。そこで本研究では、このような児の脳への影響の有無を検証することを目的に、環境由来化学物質の曝露を把握し、生まれた児の健康影響、特に心理行動および知能の発達を前向きに追跡するコホート研究を計画した。本年度は初年度に当たり、分担研究員が各分野の専門性を生かし作業分担し、主任研究者の佐藤が統括し研究システムと具体的プロトコールとして策定するとともに、倫理委員会への申請を経て調査を開始した。
研究方法
疫学調査を進めるためのシステムと具体的なプロトコールについて、以下のように分担して作成に当たった。産科外来における事前説明とインフォームド・コンセント:岡村、対象者除外項目の決定:岡村、超音波による胎児発育モニタリング:岡村、妊娠28週における母体血採取:岡村、分娩時における臍帯血採取と臍帯、胎盤確保:岡村、堺、新生児の健診:堺、新生児行動評価法の確立:細川、新生児行動評価の実施:堺、母親毛髪採取と事後説明:岡村、堺、出生後30日目における母乳収集:堺、岡村、食事摂取頻度調査の準備と実施:佐藤、生体試料の採取と保存のプロトコール作成:助野、仲井、対象者データベース管理:佐藤。その後に全体を通した調整を佐藤が行い、その上で東北大学医学部倫理委員会に申請した。各分担研究で得られたデータは佐藤が一元管理しデータベースに保管した。
初年度の疫学研究では、対象病院を拡大する前に検討すべき点もあると考え、東北大学医学部附属病院を対象とし開始し、その教訓を得て市内拠点病院へのフィールド拡大を行うこととした。
結果と考察
東北大学医学部倫理委員会の承認を取得したのち、要員の訓練を経て本調査を2000年12月に開始した。2001年2月末における到達点であるが、事前説明を行った対象者は186名、その中から参加の同意を得られたのは73名であり、参加率は約40%であった。疫学研究では標本数が重要な鍵を握る。当初の研究計画では年間採取目標を120程度と見込んだ。しかしながら、2000年12月からの実績から考察するに2001年に市内の病院にフィールドを拡大され、全体の対象病院における総分娩数は1300となる。そのうち除外項目に該当しない90%の妊婦に事前説明を行い、その40%から同意が得られると仮定すると、年間登録者数は468名となる。転勤や不参加などにより追跡過程で対象者数が次第に減少するとしても、疫学研究として十分な標本数を確保できるものと期待された。疫学としてはより大集団であることが望ましく、今後とも登録者数の確保を目指す。
研究システムとプロトコール作成の上で、疫学研究であることを考慮し、以下の通りとした。まず登録者数の確保を優先し、そのため、生体試料の採取と保存に関して必要な範囲内にとどめることとした。従って、末梢血50 mLが必要なダイオキシン類分析は無理と判断した。ただし、分子生物学の進歩に伴って近い将来にダイオキシンの鋭敏な分析法の確立も期待されることから、生体試料の半分を予備にストックした。さらに、参加者の権利と倫理問題について細心の注意を払った。事前説明とインフォームド・コンセントを産科外来における実施としたため、患者である母親に対して、何らの強制力が働かないよう配慮し、そのために専従の看護婦または保健婦を雇用し、必要な教育訓練を継続した。告知の問題であるが、本研究計画を倫理委員会に申請する段階では、将来において疫学研究の規模に適したカウンセリング体制を整えることに見通しがなく、「告知せず」を基本とし、告知する際にはあらためて倫理委員会に諮ること、そのためには必要なカウンセリング体制を提案することとした。本研究は児の心理行動を追跡する疫学研究である。昨今、小児科領域で学習不能児や注意欠損多動障害児などの症例が増加しており、当然ながら対象児の中からそのような児童が出る可能性もある。その原因の一つの候補は環境由来の化学物質である。将来、母親から数値などの告知を求める要望があることを念頭に置き、カウンセリング体制を含め今後も継続して検討する必要があると考えられた。
最後に、生体試料から分析する化学物質の候補として、母体血や臍帯血ではダイオキシン類の化学分析は行わず、総PCBと甲状腺機能攪乱作用を有すPCB化学種の化学分析を予定することとした。さらに、全てを化学分析によるのではなく、分子生物学などの技術を応用した代替法の採用が有望であり、そのような可能性をも模索することとした。従って、本研究で採取する生体試料に関しては、当面ダイオキシン類の分析を予定しないものの、ダイオキシン分析も可能な最高度の汚染防止策を講じることとした。この際にエスアールエル社・医科学分析センターの技術協力を得た。さらに、本研究では内分泌攪乱化学物質のみならず、重金属や微量元素を含む多様な化学物質をモニタリングすることとし、特に周産期曝露で児に行動奇形を起こし得る鉛やメチル水銀といった物質の分析を行うこととした。我が国におけるこのような重金属類のモニタリング、特にハイリスク集団である妊婦における調査は少なく、曝露実態の解明が求められている。
結論
生活環境由来の化学物質と児の健康影響、特に心理行動および知能の成長との関連性を検証する前向きコホート研究を開始した。そのための研究システムと具体的なプロトコールを各分担研究員が具体化し、主任研究員が統合した。疫学研究として必要な標本数を確保する展望も現実的となり、当初の目標に照らしても十分な体制で開始されたものと結論された。

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