DNAマイクロアレイ技術を応用した有害物質による健康障害発生の種差の評価法および遺伝子毒性の総合評価法の開発

文献情報

文献番号
200000762A
報告書区分
総括
研究課題名
DNAマイクロアレイ技術を応用した有害物質による健康障害発生の種差の評価法および遺伝子毒性の総合評価法の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大前 和幸(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 武林亨(慶應義塾大学医学部)
  • 中島宏(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
化学物質の有害性研究において、外挿は重要であるが、外挿では種差の問題を避けて通れない。また、変異原性は発がんや次世代への影響から重要である。本研究では、種差や変異原性の評価法としてのDNAチップから得られた発現プロファイルの有用性を検討するため、既知の化学物質、物理要因を用いて知見を集積する。DNAチップで得られた発現プロファイルの有用性が証明されれば、実験動物データのヒトへの外挿の際の危険性を大幅に小さくすることができ、健康リスクアセスメント、マネージメントに貢献できることが期待される。また、変異原では、変異原性の有無やタイプについての情報が得られることが期待される。
研究方法
平成12年度は、種差については、DNAチップにハイブリダイゼーションさせる最初の物質としてはトリクロロエチレン(TCE)を選択した。TCEを選択した生物学的理由としては、①TCEの曝露による、マウス、ラット、及びヒトでの発癌に対する種差が明らかであること、②ペルオキシソームの増殖がマウスの肝癌の発症に関与しているといった、発癌のメカニズムに対する研究が進められていること、③発癌のメカニズムに強く関与していると思われる遺伝子のノックアウトマウスが存在していることが挙げられる。TCEを曝露物質とした実験では、DNAチップにハイブリダイゼーションさせるサンプルはin vivoでは、①マウスとラットの肝臓のRNA、②マウス、ラット、ヒトのリンパ球のRNAとした。in vitroではマウス、ラット、ヒトの初代培養肝細胞から抽出したRNAとした。初代培養肝細胞及び、リンパ球はヒト検体を用いる観点から選んだ。初代培養肝細胞は今後最も多用していく予定の実験系であるが、in vivoの実験系の代替になりうるかの検証をDNAチップを用いて行なう必要がある。又、リンパ球では数種類の薬物関連酵素遺伝子が肝臓と同様の発現を示したという報告がある。現在我々はin vivoでマウスの肝臓を用いた実験を主に進行させている。マウスにTCEを3段階の曝露濃度で腹腔内投与し、24時間後にTCEの代謝産物であるトリクロロ酢酸(TCA)の血中及び、尿中濃度をガスクロマトグラフィーを用いて測定した。このマウスの肝臓から抽出したRNAを、現在までに同定されている全てのマウスの遺伝子が基板上に配列しているAffymetrix社のChipにハイブリダイゼーションさせ、各TCE曝露前後のマウス遺伝子発現のプロファイルを比較検討する実験が進行中である。まず、TCEによって発現の誘導が既に確認されている数種類の遺伝子に対して、定量PCR法を用いて曝露前後でのRNAの発現レベルの変化を半定量し、曝露濃度の適正化とDNAチップで得られる情報の裏付け実験を行なった。
変異原については紫外線、ブレオマイシン(以下、BLM)についてヒトリンパ球を使って検討している。BLMは2本鎖DNAの断裂を引き起こし、UVAでは酸化ストレスによるグアニン残基の水酸化がおこり、UVBではピリミジンダイマーが形成される。リンパ球を7.5μg/mlと30μg/mlの濃度のBLM存在下で1時間培養し、24時間後に細胞を回収し、total RNAを抽出した。さらに、cDNAからcRNAを合成し、12,000のプローブ(遺伝子)が収載されているAffimetrix社GeneChipのHumanGenome95Aにハイブリダイズさせ、コントロール群との遺伝子発現の差異を解析し、4倍以上の差異のあるものに注目した。紫外線の実験の波長と強度はUVA(λ=365nm、3KJ/m2、30KJ/m2)、UVB(λ=310nm、36J/m2、360J/m2)およびUVC(λ=254nm、30J/m2)である。細胞の回収は24時間後である。
結果と考察
TCEの投与量とこのTCA値は曝露濃度群間では相関していることが確認された。まず、TCEによって発現の誘導が既に確認されている数種類の遺伝子に対して、定量PCR法を用いて曝露前後でのRNAの発現レベルの変化を半定量し、曝露濃度の適正化とDNAチップで得られる情報の裏付け実験を行なった。ペルオキシゾーム酵素(catalase, Aox遺伝子)及び、細胞増殖の際に発現が増加するCdc25A遺伝子は2000mg/kg 体重のTCE曝露で明らかなmRNAの発現増加を示し、ペルオキシゾーム増殖活性化受容体遺伝子(Pparα遺伝子) 、TCEの肝臓内の代謝経路で重要な役割を果たすチトクローム2E1(Cyp2e1遺伝子)、及び細胞増殖、アポトーシスに関与し、protooncogeneであるc-myc遺伝子は1000、2000mg/kg体重の曝露でmRNAの発現増加が観察された。よって、マウスに1000、2000mg/kg体重のTCEを腹腔内に単回曝露させ、24時間後にそのmRNAの発現を観察するという実験系はDNAチップにハイブリさせる実験系として妥当であることが確認された。更に我々は、in vitroの実験系で使用する初代培養肝細胞の分離、及び培養方法の確立も進行させている。
変異原については、BLM7.5μg/ml処理群と30μg/ml処理群で、それぞれ102と16のプローブ(遺伝子)に生物学的にも意味があると考えられる変化がみられた。全てについて解釈することは難しいが、共通にup regulateされたものには、インターフェロンの細胞増殖抑制作用を媒介するinterferon-inducible RNA-dependent protein kinase (Pkr)、アポトーシス関連のWSL-LR、WSL-S1、WSL-S2、抗がん剤の投与で誘導され、細胞の異物への反応と考えられた90-kDa heat-shock proteinがあり、とくにPkrは200~300倍のup regulationであった。7.5μg/ml処理群でup regulateされたものには2本鎖DNA断裂を修復する因子の一つであるKu80、酸化ストレスによって水酸化されたグアニン残基をDNAから切り離すOGG1などがある。なお、BLMも酸化ストレスを与えることが報告されている。30μg/ml処理群ではアポトーシスを誘導するTRAILの 受容体であるTRAIL receptor 2がup regulateされたほか、PHAなどでT-cellを刺激した時にCDKファミリーのなかで最も初期に誘導されるcdk6がdown regulateされた。ゲノムへの損傷があった場合には、細胞周期が止まり、この間に損傷の修復が行われる。損傷が大きく修復不能である場合にはアポトーシスが誘導される。BLMは10μg/ml以上の濃度ではcytotoxicであるとされおり、これを挟んだ7.5μg/ml処理群と30μg/ml処理群の2濃度を設定した。BLM投与によりcell-cycleが抑えられ、低濃度では主として修復関連遺伝子のup regulationがみられ、高濃度ではapoptosis関連遺伝子のup regulationがみられるという仮説を立てた。一部に矛盾する点も残るものの、DNAチップによる結果は、細胞増殖を抑制する遺伝子のup regulationがみられるなど、仮説に近いものと考えられた。なお、PCRを利用して遺伝子のcDNA中のコピー数を推定する方法ではDNAチップと同様の結果が得られなかったが、理由の一つに補正法の違いが考えられた。 
紫外線については、UVB、UVC曝露群のRNAがDNAチップの規定量の5μgに満たなかったため、追加で曝露を計画中である。cDNA中のコピー数を推定する方法についても、リンパ球の紫外線への曝露を行い、準備中である。
結論
マウス用のDNAチップMurine35Aは製造メーカーの都合により使用できない状態であるが、間もなくマウス用のDNAチップが使用可能になると思われるので、可能になり次第、ハイブリダイゼーションを実施したい。BLMについては、PCR法による確認が得られていないものの、GeneChipによる遺伝子の発現の変動の検討では、作業仮説に近い結果が得られた。紫外線につていもGeneChipによる遺伝子の発現を早急に行いたい。

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