急性砒素中毒の生体影響と発癌性リスク評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000759A
報告書区分
総括
研究課題名
急性砒素中毒の生体影響と発癌性リスク評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
山内 博(聖マリアンナ医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田貴彦(旭川医科大学)
  • 坂部 貢(北里研究所病院)
  • 相川浩幸(東海大学)
  • 中井 泉(東京理科大学)
  • 安藤正典(国立医薬品食品研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本年度は、急性砒素中毒の妊婦から出産される子供の脳障害に関して動物実験にて
1)中枢神経障害および2)行動学の検証、3)胎児への砒素曝露の評価法、4)急性砒素中毒に影響する砒素代謝、5)慢性砒素中毒患者の砒素代謝、6)砒素曝露によるDNA障害の発生と回復などについて検討した。
研究方法
妊娠ラットに三酸化二砒素(LD50; 5mg/kg)を一回投与し、胎仔の脳組織を検査した。また、同一の実験条件において自然出産させたラットを用い、生後4週齢目にOpen-field test、5週齢目にAnimexによる自発行動量について測定した。一方、和歌山市で発生した63名の急性砒素中毒患者の尿中砒素を化学形態別に測定し、ヒ素中毒における症度の違いに関与するメチル化能を解析した。さらに、急性砒素中毒患者の母親と新生児の頭髪を用い、胎児期におけるヒ素曝露のレベルと体内動態を放射光蛍光X線分析装置で測定した。他方、中国の慢性砒素中毒患者に対して一日の砒素曝露量を100mg以下に制限し、砒素曝露によるDNA障害の発生と回復について尿中8-OhdG濃度を求めて解析した。ついで、インド・ベンガル地方の慢性ヒ素中毒患者の尿中砒素濃度を化学形態別に測定し、無機の3価ヒ素による慢性ヒ素中毒患者のヒ素代謝を解析した。
結果と考察
妊娠ラットに三酸化二砒素を一回投与し、胎仔の脳組織を検査した結果、ヒ素曝露はMAPキナーゼやCキナーゼ等の細胞内シグナルカスケードの遂行に極めて重要な役割を持つ14-3-3の発現に影響を及ぼし、胎生期の神経の発生・分化・成熟に重大なダメージが生じた。さらに、同一の実験条件において、自然出産させ生後4週齢目のOpen-field testから歩行量の減少と潜伏時間の延長、そして、出生後5週齢目にAnimexによる自発行動量を検査した結果、行動抑制の傾向が認められた。
急性ヒ素中毒患者の母親と新生児の頭髪1本用い放射光蛍光X線分析装置でヒ素を測定すると、母体と胎児間におけるヒ素の体内動態が明確に評価でき、新たな有効な手法になることが明らかとなった。
和歌山市で発生した63名の急性ヒ素中毒患者において、小児と成人では症状の出現に違いがあり、その原因は肝臓中での三酸化二砒素に対するメチル化能(特に、2nd methylation)の違いで、小児のメチル化能は成人に比較して高率であり、その結果として症状は軽度で回復も速やかであった。
中国の慢性ヒ素中毒患者に対して一日のヒ素曝露量を100mg以下に制限し、一年間継続した結果、体内でヒ素曝露により多量のDNA損傷が生じていたが、それらは正常範囲に回復した。DNA損傷の評価は尿中8-OhdG濃度の測定が有効であり、発ガン性のリスク評価法に期待が持たれた。
無機の3価ヒ素による慢性ヒ素中毒患者のヒ素代謝を検討した結果、無機の5価ヒ素が原因で発生している中国の慢性ヒ素中毒患者の結果に類似しており、ヒトにおける最終代謝物もジメチル化ヒ素で、トリメチルヒ素化合物の生成は認められなかった。
結論
これまでの研究により、胎仔期に過剰な無機砒素に曝露された場合、脳細胞への気質的な障害が発生し、その後、自然出産された仔は、ヒトにおける小児の年齢に相当する時期に行動学的な検査を実施した結果、脳障害を示唆する知見が得られ、過去の、新生児における亜急性砒素中毒(森永砒素ミルク事件)の後遺症で認められている中枢神経障害の所見と類似することが明らかとなった。妊婦が急性砒素中毒になった場合、その子供に対しては長期的な対策が必要であると判断される。さらに、現在、地球規模で発生している慢性砒素中毒患者に関して、相当数の妊婦が存在することから、今後、慢性砒素中毒の妊婦から生まれる子供の脳障害に関する研究に、これらの研究成果は貢献するものと期待する。
毒物中毒において胎児への曝露評価は困難であることが一般的であるが、この研究により、母体と胎児間の毒物動態は、頭髪1本により高精度の情報が得られることが明らかとなり、この分野の研究のさらなる発展が期待された。従来、子供や老人は成人に比較して毒物に対して弱いとする考えがあるが、この研究により急性砒素中毒においては子供の砒素代謝に対するメチル化能は高く、すなわち、毒物の対外排泄が速やかなことから症状の出現が軽症ですむ事が明らかとなり、国際的にもこの知見は意義が高いと考える。さらに、中国の慢性砒素中毒の疫学調査においても小児の症状は成人に比較して軽度であった。また、砒素曝露からの発ガン性のリスク評価に、尿中8-OhdG濃度の測定が有効であり、地球規模で発生している慢性砒素中毒患者への応用が極めて高く期待された。

公開日・更新日

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