アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究

文献情報

文献番号
200000750A
報告書区分
総括
研究課題名
アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 中村 祐(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 飯塚舜介(鳥取大学医学部)
  • 遠山正彌(大阪大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルミニウムとアルツハイマー病発症との因果関係を示唆する研究報告には、実験的神経原線維変化やアルツハイマー病脳組織での高アルミニウム濃度、痴呆症状を呈する人工透析治療患者(透析脳症)と透析液中のアルミニウム濃度が高いことの相関、透析脳症患者が高リン血症予防目的で水酸化アルミニウムゲルを内服しているため高アルミニウム血症となっていること、水道水中のアルミニウム濃度とアルツハイマー病の因果関係が疫学的調査から示唆されたこと、などがある。しかしながら、その毒性機序については未だ解明されていない。本研究では、アルミニウムのヒト体内における動態と脳内移行の調節機構を明らかにし、さらに神経細胞内のアルミニウムの作用機序を分子細胞生物学的に明らかにすることを目的としている。
研究方法
中村は、初代培養神経細胞の培地中にアルミニウム塩を添加し、軸索細胞骨格蛋白の分布異常、軸索輸送障害、神経細胞死について検討した。武田は、アルツハイマー病の原因遺伝子変異導入動物の妊娠母体腹腔内に妊娠9日目アルミニウムを投与し、軸索細胞骨格蛋白の分布異常、大脳皮質形成異常、神経機能発達障害、遺伝子変異による脆弱性などに対するアルミニウムの影響について検討した。飯塚はアストロサイトの培養を行い、アルミニウムによる代謝障害についてNMRを用いて検討した。遠山はヒト神経芽細胞腫SK-N-SH細胞での小胞体ストレス応答性に与えるアルミニウムの影響を、細胞死、ストレス応答蛋白のmRNA発現量やリン酸化状態の程度から検討した。
結果と考察
1)妊娠母体腹腔内に妊娠9日目アルミニウムを投与した。組織内のアルミニウム量は、マウスにおいては胎児脳(P<0.05)、ラットでは胎児脳・母体の肝臓(P<0.05)および胎盤(P<0.001)で有意差が得られ、ラットで胎児脳・胎盤および母体の肝臓、マウスでは胎児脳へ移行することが判明した。この結果に関してはマルトールというアルミニウムリガンドと共に投与したことと、妊娠9日目という投与時期がアルミニウムの移行にしやすい時期であったためではないかと考えられる。次にプレセニリン1遺伝子変異導入マウス (PS1 knock-in mice) の妊娠母体腹腔内に妊娠9日目アルミニウムを投与した。ヘテロ型及びホモ型において生直後と生後7日目においてニューロフィラメント陽性の線維構造の形成がコンロール群比べ遅延し、中枢神経系の発達遅延が生じていると考えられた。グリア線維の免疫染色ではアルミニウム投与により反応性アストロサイトの増加が見られた。PS1遺伝子変異導入マウスにおいて生後初期の発達を比較したが、体重及び神経機能発達検査においては明らかな有意差は得られていない。また、出生するマウスの遺伝子型を検討したところ、昨年度とは異なり遺伝子型の比率はアルミニウムを母体の腹腔内に投与することでホモ型の比率が増加していた。妊娠9日目におけるアルミニウムに対する感受性が各遺伝子型により異なることも考えられる。 2)培養神経細胞にアルミニウムのパルス曝露を行なった。軸索形成初期(培養開始後6時間目)にアルミニウム・マルトールをパルス曝露したところ、ニューロフィラメントと速い軸策輸送成分の輸送障害が認められた。さらにアミロイド前駆体蛋白(APP)の軸策輸送について検討を加えた。APPは速い軸策輸送成分であると考えられているが、アルミニウム・パルス投与群では核周囲に分布が限局し、その輸送は障害されていた。アルミニウム・パルス投与により軸索輸送障害に遅れて神経細胞死が生じていた。そこでHoechst 33342 を用い
て検討したところ、アポト?シスによる細胞死が時間とともに増加し、アルミニウム濃度依存性にアポト?シスによる神経細胞死が増加していた。さらにアルミニウムをパルス投与した神経細胞に種々のカスパーゼ阻害剤を投与した。培養12日目において凡カスパーゼ阻害剤z-VAD-fmk, カスパーゼ3群阻害剤Ac-DEVD-CHOにおいて明らかに細胞死の抑制作用がみられた。しかし、カスパーゼ1群及びカスパーゼ8群を阻害する薬剤ではアポトーシスの進行を阻止できず、ミトコンドリアの障害やFASリガンドによるアポトーシスではないことが示唆され、アルミニウム・パルス暴露によるアポトーシスは通常にみられるアポトーシスと異なるメカニズムであることが示唆された。また抗APP caspase-3-cleavaage-site 抗体を用いてアルミニウムをパルス投与した神経細胞を染色したところ、核周囲に分布が限局しているAPPが染色され、蓄積しているAPPの一部がカスパーゼ3により分解を受けていることが示された。カスパーゼ3によるAPPの分解は神経細胞死に関連している可能性があると考えられる。 3)アストロサイトは神経細胞の機能維持に重要な役割を果たしており、培養液中に乳酸,L-アラニン,L-グルタミンを多量に放出し、加えてクエン酸、グリシン、L-セリンなどを分泌している。1mMのアルミニウム塩を添加した培養液中にはL-セリンが観測されなかった.これによりアルミニウムがL-セリンの生成を特異的に阻害していることがわかった。これに対して,乳酸およびL-グルタミンの生成はアルミニウムによってほとんど影響を受けていなかった。このことは解糖系およびTCA回路の酵素は1mMのアルミニウムの存在条件でも活性を保持していることを示している.また、クエン酸のシグナルはアルミニウム0.1mM添加時には観測されていたが、1mM添加時には観測されなかった。アルミニウムが特異的にL-セリンの合成を阻害していることは,アルミニウムの神経毒性はアストロサイトの代謝を阻害することを介して神経細胞に現れている可能性があることが示唆された。また、クエン酸はアルミニウムと安定な錯体を形成することから、細胞内でアルミニウムと錯体を形成し培養液中に出てこないものと考えられる。中枢神経系に入ったアルミニウムに対して,アストロサイトがアルミニウムを取り込みクエン酸塩として保持することにより,神経細胞に影響を及ぼさないように防御作用をしていることが示唆された。 4)PERKはIre1同様一回膜貫通蛋白質でER内腔にセンサー部位を、細胞質側にセリン・スレオニンキナーゼ・ドメインを持ちERストレスが負荷されるとリン酸化され活性化する。アルミニウム-マルトールを用いてERストレス時のPERKおよびIre1αのリン酸化をそれぞれの抗体を用いて検討した。1μM thpsigargin処理した細胞でPERKおよびIre1αは、刺激直後からリン酸化型が出現する。それに対し、アルミニウム添加群では非添加群に比べそれぞれのリン酸化がアルミニウムの用量依存的に阻害されていた。この結果はアルミニウムがIre1αを介するunfolded protein responseのシグナル伝達を障害させているだけでなく、PERKを介するタンパク質翻訳抑制のシグナル伝達にも影響を与えている可能性を示唆する。さらにtunicamycin(Tm)刺激によってATF6の切断と核移行を観察した。ATF6-50kDa断片は経時的に上昇したがアルミニウム-マルトール前処置によって刺激によるATF6-50kDa断片の出現が用量依存的に遅延する傾向にあった。また、Tm刺激によってATF6は刺激後30分には核移行がはじり、1時間後にはほぼ完全に核へ移行していた。これに対し、アルミニウム-マルトール前処置群ではこの核移行が遅延する傾向にあった。Ire1α、PERKのリン酸化がアルミニウムによって障害されており、更には異なる機序で活性化することの知られているATF6の活性化をも障害することが明らかになったことから、アルミニウムが直接これらストレストランスデューサー群の活性化を障害するよりもむしろアルミニウムによって誘導され産生されてくる二次的なタンパク質がPS1変異体様の作用を示す可能性も考えられる。
結論
1)アルミニウムは、植
物性有機リガンドであるマルトールと結合させ妊娠9日目に腹腔内投与すると、ラットでは胎児脳・胎盤および母体の肝臓、マウスでは胎児脳へ移行することが判明した。2)プレセニリン1遺伝子変異導入マウス (PS1 knock-in mice) の妊娠母体腹腔内に妊娠9日目アルミニウムを投与した。ヘテロ型及びホモ型において生直後と生後7日目においてニューロフィラメント陽性の線維構造の形成がコンロール群比べ遅延し、中枢神経系の発達遅延が考えられた。3)PS1 knock-in miceにおいて、ヘテロ型同士を交配させて出生した個体の遺伝子型構成比を検討したところ、昨年度の結果と異なりアルミニウム投与群ではホモ型の占める比率が増加する傾向がみられた。 4)神経細胞の培養初期にアルミニウムをパルス曝露することにより、軸索輸送障害が生じ、次いで神経細胞がアポト?シスに至る現象がみられた。これらのアポト?シスにおいてカスパーゼ3が活性化していることが示され、アポト?シスの過程にカスパーゼ3の活性化が関与していることが示された。軸索輸送障害によりアミロイド前駆体蛋白 の細胞体内の蓄積が見られ、アポト?シスの過程に関与している可能性が考えられた。アルミニウムによる軸索輸送障害と神経細胞のアポト?シスに関連のあることが示された。5)アストロサイトからのL-セリンの供給が受けられないと中枢神経系のニューロンは重大な影響を受けることになると考えられる。アストロサイトにおけるL-セリンの合成阻害がアルミニウムの神経毒性の重要な要因となりうることが示唆された。
6)アルミニウムが小胞体ストレストランスデューサーの活性化機構を障害していることが明らかになった。この小胞体ストレス応答機構の障害は家族性アルツハイマー病におけるPS1変異体、弧発性アルツハイマー病におけるPS2バリアントによる障害と同様の傾向であることからアルミニウムによる神経細胞死はこのストレス応答機構の抑制に基づいて起こる可能性が強く示唆された。

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