高分子素材からなる生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析

文献情報

文献番号
200000742A
報告書区分
総括
研究課題名
高分子素材からなる生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
中澤 裕之(星薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 石綿 肇(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 宮﨑 豊(愛知県衛生研究所)
  • 畑山 善行(長野県衛生公害研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
38,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年度厚生科学研究「高分子素材からなる生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析」の研究成果を通じて興味ある知見を得るととともに、検討すべき問題点も浮かび上がってきた。一部の内分泌かく乱作用が疑われる化学物質が分析操作過程において試料の採取や保存に使用されている実験用器具類の高分子素材から溶出していると考えられる可塑剤、原材料のコンタミネーションが分析値のバックグラウンドに影響を及ぼし、再現性のあるデータの取得を困難にしていることが判明した。
本研究では身近な高分子素材を中心にした生活関連製品に由来する内分泌かく乱化学物質について、精度及び感度の高い分析法を構築する。また、高分子素材に由来する化学物質について内分泌かく乱作用という新たな観点からの安全性評価が求められており、これら化学物質や溶出物を中心に様々な視点から生体に及ぼす影響を解析するため、バイオアッセイ系の構築及び本研究への応用を目的とした。
1.ポリ塩化ビニル(PVC)製玩具及び食品用手袋に残存するフタル酸エステル類の分析及びその動態解明
①PVC製手袋に残存するフタル酸2-ジエチルヘキシル(DEHP)の分析精度管理及びその動態に関する研究
DEHPは、食品用ポリPVC製手袋に多く残存し、その使用により食品に移行する結果、ヒトに暴露される可能性が危惧されている。そこで、調理用手袋から食品調理時にどの程度DEHPが移行するか、実際の食品を用いて検討することを目的とする。
②PVC製手袋に残存するDEHPの溶出挙動及び残存状態の解明
PVC製品残存DEHPの存在状態や相互作用等、高分子素材の解析という観点から、複数の高分子分析の手法を適用して分析・評価を実施する。
③PVC製玩具からのフタル酸エステル類の溶出及びその挙動に関する研究
我が国の乳幼児におけるPVC製玩具由来のフタル酸エステル類暴露量を推定すること、使用されている可塑剤に変更があるか否か、溶出したフタル酸エステル類の唾液中での変化について明らかにすることを目的とした。
2.食品用器具・容器包装に関する内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析
①食品用ラップフィルム中の4-ノニルフェノール(NP)の分析及び動態解析
内分泌かく乱化学物質として、代表的な化学物質であるNPに関して、食品用ラップフィルム中での残存や食品への移行等について改良型ラップフィルムを含めて調査するとともに、エストロゲン活性評価も行う。
②食品用飲料缶中ビスフェノールA(BPA)の分析及びその食品移行に関する研究
本研究では液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(LC/MS/MS)を用いて、信頼性の高いBPA分析法を開発することを目的とした。さらに、この方法を用いて全国各地でサンプリングした市販缶ビールについて試験を実施し、BPA含有量を調べる。
③缶詰食品中のBPA及びその関連物質の分析に関する研究
エポキシ樹脂のスターティングモノマーであるBPAおよびBPAを構造中に有するビスフェノールAジグリシジルエーテル(BADGE)等の市販缶詰食品への移行について、モニタリング調査を実施する。
3.医療用高分子素材及び製品に残存する内分泌かく乱化学物質の動態解析
①血液バッグ保存血液に存在する揮発性有機化合物の分析に関する研究
今年度の研究では、溶出すると考えられる当該化学物質の溶出挙動及び溶出原因についても検討する。また、血液バッグ中で冷蔵保存した濃厚赤血球液を分析することにより、実際の輸血用の血液に含まれている揮発性有機化合物の実態について予備的調査を実施する。
②高分子素材からなる医療用プラスチック製品の内分泌かく乱化学物質等に関する動態解析
本研究は、通常の輸液に使用されている医療用具を集め、それらの溶出測定結果を基にそのリスクを検討し、ヒトへの影響を評価する。
③医療用高分子素材中重金属類の分析及びその残存量調査
医療用具及び食品の容器包装材料等の高分子素材中に内分泌かく乱化学物質として疑いのあるCd、Pbなどの金属の有無及び存在量について検討する。
④歯科用ポリカーボネート中内分泌かく乱化学物質に関する分析及び動態解明
ヒト唾液に浸漬した矯正用ブラケットからのBPA、t-ブチルフェノール溶出量並びに唾液に浸漬した矯正用ブラケットに残留しているそれら物質の量をHPLC-蛍光検出器で検討する。
4.生活環境中内分泌かく乱化学物質の分析精度の向上とヒト暴露に関する研究
①内分泌かく乱化学物質のヒト暴露調査に関する基礎的検討
BPA、NP、オクチルフェノール等のフェノール性内分泌かく乱化学物質をターゲットとし、尿中グルクロン酸抱合体を含めた測定法をGC/MS-NCIにより構築する。
②環境大気中のプラスチック可塑剤の実態調査
プラスチック可塑剤に加えて、ベンゼン等の揮発性有機化合物について、室内、屋外大気中や特殊環境としての自動車内空気中の濃度測定を行う。
③内分泌かく乱化学物質の微量分析及び分析精度向上の基礎的検討
内分泌かく乱化学物質の中でも特に注目度の高いフタル酸エステル類、BPA について、分析の注意点やブランクの扱いなどGC/MS分析上のノウハウに関する知見を報告する。
5.生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質に関する作用機構の解明及び生体影響評価
① 酵母 Two-Hybrid 法を用いた高分子素材由来化学物質の内分泌かく乱作用の評価
エストロジェン受容体 (ER)、アンドロジェン受容体 (AR) または甲状腺ホルモン受容体 (TR) を各々導入した酵母を用いるTwo-Hybrid 法を行い、化学物質及びその代謝産物等について内分泌かく乱作用を多面的に評価する。
②ヒト副腎由来の培養細胞を用いたステロイドホルモン産生に及ぼす内分泌かく乱化学物質の影響
本研究では、化学物質の生体内ステロイドホルモン合成に及ぼす影響を解明することに視点をおき、ヒト副腎由来のH295R細胞を用いてin vitro で、ステロイドホルモン合成阻害を指標にした評価系を確立し、スチレンモノマー、ダイマー、トリマー、フタル酸エステル及びアルキルフェノール類のステロイドホルモン産生に及ぼす影響を検討することとした。
③BADGE関連化学物質の妊娠期及び授乳期暴露による次世代への影響
エポキシ樹脂であるBADGEは、缶の内面コーティング、接着剤等に用いられており、食品用缶に用いられた場合は食品へ移行することが報告されている。低用量暴露による次世代への影響を、経口摂取させた妊娠マウスを用いて評価する。
研究方法
1.PVC製玩具及び食品用手袋に残存するフタル酸エステル類の分析及びその動態解明
①PVC製手袋に残存するDEHPの分析精度管理及びその動態に関する研究
手袋試料に残存するDEHPの材質試験はn-ヘキサンで抽出し、HPLC-UV及びGCを用いて、5機関による測定を実施した。また、食品への移行に関しては、各種条件下、切り干しダイコン、コロッケ及びおにぎり試料へのDEHP測定をGC/MSにより実施した。
②PVC製手袋に残存するDEHPの溶出挙動及び残存状態の解明
PVCとDEHPの存在状態を可視化して直接観察する目的で、透過型顕微鏡による観察を実施した。また、固体状態での運動性や相互作用について情報を得る目的で、固体NMR分析を実施した。更に手袋表面部分のDEHPの濃度分布を調べる目的で角度変化ATR測定とスペクトルシミュレーションを実施した。
③PVC製玩具からのフタル酸エステル類の溶出及びその挙動に関する研究
一人一日当たりの推定摂取量は、mouthing時間とchewing時の溶出濃度それぞれの平均値及び変動係数から試算した。chewingは、2機関(機関A:25名、機関B:12名)で行った。これらの結果を基に、(1) 点推定法、(2) 積の誤差法による95パーセンタイル、(3) Monte Carlo法 により一日推定摂取量を算出した。材質中の含有量はGC/MSで行った。
2.食品用器具・容器包装に関する内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析
①食品用ラップフィルム中のNPの分析及び動態解析
ラップフィルムに残存するNPを明らかにする目的で材質試験及び各種衛生試験法に準じた溶媒で溶出試験を実施した。また、食品移行試験として、おむすびをラップでくるみ、室温及び電子レンジ条件下による移行試験を行った。
②食品用飲料缶中BPAの分析及びその食品移行に関する研究
試料ビール中BPA分析においては、固相抽出法及びLC/MS/MSを用いて定性・定量を行った。塗料のBPA含量測定では、缶内面塗料を量りとり、内標準溶液(BPA-d16)を加えた後、ヘキサンによる抽出を行った。その後、上記の方法を利用して測定を実施した。缶体の溶出試験に関しては、5%アルコール溶液により、インキュベータ120℃(または100、80、60、40℃の各温度)で30分間加温した。
③缶詰食品中のBPAおよびその関連物質の分析に関する研究
各缶詰食品は、固形試料、液状試料及び油試料に分類し、各種前処理条件を検討し、精製及び濃縮を行った。得られた試料溶液をGC/MSやHPLCにより、定性及び定量確認を実施した。
3.医療用高分子素材及び製品に残存する内分泌かく乱化学物質の動態解析
①血液バッグ保存血液に存在する揮発性有機化合物の分析に関する研究
血液バッグからの各種化学物質の溶出に関しては、と殺された豚から採取した血液を利用して、血液バッグに充填した後、チューブを2カ所結さくしてバッグを密封したものを用いた。試料を解凍し、精製飽和食塩水および内部標準液が入ったヘッドスペースバイアルに加えた後、ヘッドスペース-GC/MS分析に供した。濃厚赤血球液については、その0.5mLを上述の操作と同じようにヘッドスペースバイアルに封入した後、ヘッドスペース-GC/MSにて分析した。
②高分子素材からなる医療用プラスチック製品の内分泌かく乱化学物質等に関する動態解析
フタル酸エステル類は、生理食塩水試料ではヘッドスペース-SPME抽出し、GC/MSで測定し、サロゲート化合物との面積比で定量した。界面活性剤含有試料では、サロゲート添加後、アセトンで希釈し、直接GC/MSに注入し、サロゲートとの面積比で定量した。NP、アジピン酸ジエチルヘキシルは、生理食塩水試料として、固相抽出法による精製及び濃縮後、誘導体化-GC/MSで定量した。
③医療用高分子素材中重金属類の分析及びその残存量調査
測定対象試料は、手術用縫合糸、ドレーンチューブ、カテーテル、静脈留置針、エクステンションチューブ、手術用手袋等である。細切した試料を灰化後、硝酸を加えて試験用溶液とした。測定には、高周波プラズマ発光分析装置を用いた。
④歯科用ポリカーボネート中の内分泌かく乱化学物質に関する分析及び動態解明
材質試験は衛生試験法に準じたが、矯正用ブラケットは小さいためブラケット重量に対しての試薬量として使用した。また、溶出試験及び添加回収においては、矯正用ブラケットを無菌的に唾液中に浸漬させ、37℃の恒温槽で遮光下静置した。
4.生活環境中に存在する内分泌かく乱化学物質の分析精度の向上とヒト暴露に関する研究
①内分泌かく乱化学物質のヒト暴露調査に関する基礎的検討
ヒト尿中に関するフェノール性内分泌かく乱化学物質の測定には、NCIのイオン化による誘導体化(PFBBr)-GC/MSにより行った。また、前処理にはグルクロニダーゼによる酵素処理後、固相抽出法により、精製・濃縮を行い、試験溶液とした。
②環境大気中のプラスチック可塑剤の実態調査
大気中可塑剤測定に関しては、テフロン製のろ紙ホルダーにQFとCFを重ねて装着し、10l/minで室内の場合は24時間、自動車の場合は日中6時間空気を捕集した。捕集ろ紙をジクロロメタンで超音波抽出した。その後、内部標準液を加え、エバポレーターを用いて窒素ガス吹き付けにより溶媒を留去した後、アセトンに転溶し、GC/MS分析試料とした。
③内分泌かく乱化学物質の微量分析及び分析精度向上の基礎的検討
今回、内分泌かく乱化学物質の微量分析に関する精度向上及びその技術に関して、使用する装置は通常の四重極タイプGC/MS及び大気圧イオン化法(APCI)によるLC/MSを用いて実施した。
5.生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質に関する作用機構の解明及び生体影響評価
① 酵母 Two-Hybrid 法を用いた高分子素材由来化学物質の内分泌かく乱作用評価
酵母 Two-Hybrid 法によるエストロジェン様作用の検出方法は、ER-GAL4DBD 及び TIFII-GAL4AD を発現させた酵母を常法に従い、前培養した。また、これと前述の S-9 mix 処理溶液とを容量比 1 : 1 で混和し、30 ℃で4 時間のインキュベーションを行った。以下、前述の方法によって酵母内の ?-ガラクトシダーゼ活性を調べた。
②ヒト副腎由来の培養細胞を用いたステロイドホルモン産生に及ぼす内分泌かく乱化学物質の影響
測定対象試料は、スチレン類、フタル酸エステル類、アルキルフェノール類等である。本試験系に利用した培養細胞は、ヒト副腎皮質由来H295R細胞である。試験項目として、H295R細胞のステロイド誘導、ミトコンドリア及びミクロソーム酵素活性等である。
③BADGE関連化学物質の妊娠期及び授乳期暴露による次世代への影響
BADGE加水分解体の投与方法は、粉末飼料中に3.3μg/kg/day及び50×103?g/kg/day になるように与えた。試験投与期間は、妊娠3.5日目から仔の離乳(生後21日目)までとした。試験項目は、胎仔生殖分化の影響、胎仔骨形成に対する影響、仔の体重及び各種臓器重量を検討した。
結果と考察
1.PVC製玩具及び食品用手袋に残存するフタル酸エステル類の分析及びその動態解明
①PVC製手袋に残存するDEHPの分析精度管理及びその動態に関する研究
5研究機関によるDEHP測定法の室間再現精度について検討した結果、2種類の手袋中ではいずれも5%以内と良好であった。切り干し大根を使用した移行実験の結果から、PVC製手袋から食品へ移行するDEHP量は、手袋のDEHP含有率及び手袋の接触時間に比例してその移行量が増加した。また脂溶性の液体である媒体を経由して極めて短時間のうちに移行が起こることが判明した。
②PVC製手袋に残存するDEHPの溶出挙動及び残存状態の解明
PVCとDEHPの存在状態を観察する方法として、電子顕微鏡観察の有効性を確認した。特にPVCの1次粒子を観察する目的ではPMMA包埋超薄切片法による断面TEM観察が有効であり、今回の試料では大きさ0.1~3.3μmのPVC一次粒子が、表面と内部で同様に分布していると考えられた。またDEHPを観察する目的ではエポキシ包埋RuO4染色超薄切片法による断面TEM観察が有効であり、今回の試料では大きさ5~10nmのDEHPがPVCの1次粒子の内部に分散していると推定された。
③PVC製玩具からのフタル酸エステル類の溶出及びその挙動に関する研究
37名による一日推定摂取量は、点推定による平均値では14.3μg/kg、積の誤差法による95パーセンタイル値では36.0μg/kg,Monte Carlo法による95パーセンタイル値では38.6μg/kgであった。また、平成13年1月に購入した玩具中残存可塑剤の分析に関して、28検体の玩具から、フタル酸エステル類はDINP、DEHP及びDBPが検出された。フタル酸エステル以外の可塑剤では、クエン酸アセチルトリブチル等が検出された。フタル酸ジエステル類の唾液中での変化に関しては、ヒト唾液にフタル酸ジエステル類を添加し、インキュベートしたところ、対応するモノエステル体を確認した。モノエステル体の生成反応はアルキル基の種類に影響され、直鎖のアルキル基、特にブチルエステルに特異的に反応した。
2.食品用器具・容器包装に関する内分泌かく乱化学物質の分析及び動態解析
①食品用ラップフィルム中のNPの分析及び動態解析
食品用ラップフィルム材質試験の結果、試料中の残存量が2000 ?g/g以上であったのが1検体、1900~1500 ?g/gの範囲であったのが1検体、1400~1000 ?g/gの範囲であったのが6検体、900~500 ?g/gの範囲であったのが3検体の検出であった。材質による違いは、PVC製のみからNPの残存が確認された。n-ヘプタンでの溶出試験では、1.6~ND(<0.1) ?g/cm2の溶出量であった。
②食品用飲料缶中BPAの分析及びその食品移行に関する研究
9都市でサンプリングした主要4社製缶ビール(350 mL缶)計36試料及び東京都並びに茨城県内でサンプリングした缶ビール(500 mL缶等)10試料を試験に供した。その結果、試験した全ての試料缶ビールから、BPAは検出されなかった。各塗料試料からBPAを検出し、その量は約0.1~0.9 μg/mL程度であった。新旧処方の塗料でBPA含量を比較すると、旧処方が約0.4 μg/mLである製品の場合、新処方では約0.1 μg/mLと低減した。BPA量が1/2~1/4程度に減少していることが確認された。
③缶詰食品中のBPA及びその関連物質の分析に関する研究
食品缶詰中のBPA濃度測定の結果、試料30検体中22検体(果実缶0/2、野菜缶13/17、魚介缶9/11)からBPAを検出した。缶詰食品中の濃度は、1缶当り0.3~12.8μg(HPLC‐蛍光検出器)であった。
すべての缶詰から、BADGE加水分解体(1缶当り、1.0~27.4μg )を検出した。特に果実缶では、19.2~24.5μg/缶と胴体部が未塗装にもかかわらず高かった。野菜缶では固形分に液相の約2~6倍移行していた。また油相からは検出されなかった。BADGE塩化水素付加体の濃度においては、BADGE・2HClは30検体中7検体から検出された(0.7~4.8μg/缶)。
3.医療用高分子素材及び製品に残存する内分泌かく乱化学物質の動態解析
①血液バッグ保存血液に存在する揮発性有機化合物の分析に関する研究
血液保管庫において血液バッグ中に21日間冷蔵保存された濃厚赤血球液に含まれる揮発性有機化合物を分析した。トルエンが平均濃度で4.6ppb、スチレンモノマーが1.7ppb、エチルベンゼンが1.3ppb、キシレンが1.0ppb、p-ジクロロベンゼンが1.0ppb、また、THFが3.7ppm、2-エチル-1-ヘキサノールが11.3ppm検出された。今回調査した膜ユニットおよび血液回路からは、膜の材質や型式により違いはあるが、ジクロロメタン、メチルエチルケトン、THF、シクロヘキサン、エチルベンゼン、キシレンなどの溶出(10ppb以上)が認められた。
②高分子素材からなる医療用プラスチック製品の内分泌かく乱化学物質等に関する動態解析
DEHPの溶出量に関して、薬剤に生理食塩水のみで塩化ビニル樹脂製の輸液セットを組んだ系では、輸液セット使用時で4ppbを示したが、その他の系では1ppb前後を示した。塩化ビニル樹脂製製品を組み合わせない系ではほとんど検出限界付近であった。一方、模擬界面活性剤薬剤と塩化ビニル樹脂製の輸液セットを組んだ系では、1370ppb~2460ppbという高濃度で検出された。
③医療用高分子素材中重金属類の分析及びその残存量調査
Pbは経皮胆道カテーテル1検体から24.6ppm検出された。静脈留置針(カテーテル部分)すべてからBaが検出された。Baが873~32200ppmと高濃度、検出されたX線不透過型静脈留置針4検体のすべてからSrが38.3~754ppm検出された。また、4検体中3検体からAl、Cu、Mg、K、Ca、Mn、Fe、Naが検出されており、Alは4550~28400ppmと高濃度であった。4検体中2検体からCr(1.66~2.47ppm)も検出された。
④歯科用ポリカーボネート中内分泌かく乱化学物質に関する分析及び動態解明
残留BPAとt-BuP量は矯正用ブラケットAより、矯正用ブラケットBで顕著に高かった。また、保存条件では残留BPAとt-BuPに関しては顕著な差は認められなかった。しかし、12週間唾液に浸漬した試料は何れのブラケットでも残留BPA量が顕著に増加し、残留t-BuP量も増加した。唾液浸漬矯正用ブラケットAとBでは室温保存と比較すると残留BPA量はそれぞれ3.5倍と2.3倍増加していた。
4.生活環境中内分泌かく乱化学物質の分析精度の向上とヒト暴露に関する研究
①内分泌かく乱化学物質のヒト暴露調査に関する基礎的検討
フェノール性内分泌かく乱化学物質の代表としてBPA、NP、オクチルフェノールの一括分析法を誘導体化GC/MS-NCIにより、基礎的検討を実施した。その結果、いずれの化合物も高感度かつ選択的な微量分析法を構築することができた。
②環境大気中のプラスチック可塑剤の実態調査
今回住宅14戸、延べ20件で測定した。室内と屋外の中央値を比較したI/O値では、ベンゼンを除く芳香族炭化水素、アクリロニトリル、1,3-ブタジエン、塩化エチル及び塩化ビニルモノマーが高い値を示し、発生源が住宅にある可能性が示唆された。中でも芳香族炭化水素のm,p-キシレン、o-キシレン及びスチレンではI/O値が9を越え、発生源が住宅にあることが分かった。
③内分泌かく乱化学物質の微量分析及び分析精度向上の基礎的検討
GC/MS法によるフタル酸エステル類に関して、スプリットベントラインの汚染やセプタム、ライナー、ゴールドシール、カラム等の汚染に注意が必要である。その対処法として、大量のキャリアガス(200ml/分)でパージすることやゴールドシール及びセプタムの交換等詳細な情報を提供する。
5.生活関連製品由来の内分泌かく乱化学物質に関する作用機構の解明及び生体影響評価
① 酵母 Two-Hybrid 法を用いた高分子素材由来化学物質の内分泌かく乱作用評価
TR を導入した酵母 Two-Hybrid 法によりフェノール残基を有するアルキルフェノールに重点を置いての甲状腺ホルモン様作用を評価した。その結果、o-イソプロピルフェノール及びo-t-ブチルフェノールに甲状腺ホルモン様作用が認められた。一方、p-アルキルフェノール及びm-アルキルフェノールに甲状腺ホルモン様作用は認められかったことから、o 位にアルキル基を有することが作用を示す条件の一つと考えられた。
②ヒト副腎由来の培養細胞を用いたステロイドホルモン産生に及ぼす内分泌かく乱化学物質の影響
スチレンダイマー及びスチレントリマーのH295R細胞のcortisol産生に及ぼす影響を検討したが、有意な影響は認められなかった。DCHP、 4-t-PP、 4-t-OP および 4-NPが副腎由来のH295R細胞の産生するcortisol分泌を阻害することを確認した。その作用機序を検討したところ、DCHP はcortisol産生に関与する酵素であるP450c21を、4-t-PP、 4-t-OP および4-NPはP450scc、 P450c17 および P450c21を阻害することを明らかにした。
③BADGE関連化学物質の妊娠期及び授乳期暴露による次世代への影響
high dose BADGE加水分解体投与群仔マウスでの死産及び外皮の奇形は観察されなかった。妊娠期及び授乳期に母親を通してBADGE加水分解体に暴露された仔マウスの胸腺、脾臓、子宮及び左右精巣の重量を、離乳時(生後21日目)に測定した。雌に関しては、胸腺、脾臓及び子宮重量は、コントロールとほぼ同様であった。しかし、雄に関しては、胸腺及び左右精巣においてlow dose及びhigh dose投与群ともにコントロールと比較し、有意な重量の減少が観察された。
結論
本研究では身近な高分子素材を中心にした生活関連製品(玩具、食品用容器包装材料、理化学器材、医療用具等)に由来する内分泌かく乱化学物質(フタル酸エステル類、アジピン酸エステル類、BPA等のフェノール性化合物、重金属類、その他未解明の物質)について、初段階として精度及び感度の高い分析法を構築した。この目的のためにはGC/MSやLC/MS、ICP等のハイブリッドな最新機器分析装置を駆使した分析法を構築し、高分子素材を中心にした生活関連製品からの溶出挙動を究明した。素材からの溶出が認められる化学物質については血液中等での存在量を明らかにした。また、人体暴露が判明した化学物質に関しては優先的に、細胞や実験動物を用い、細胞・分子レベルで生体にどのような影響を与えているかを明らかにした。
本研究でこれまでに得られた成果から、ヒト健康影響に対する影響や社会的影響を視野において優先的に検討すべき高分子素材製品及び当該内分泌かく乱化学物質が明かになりつつあり、今後は焦点を絞り込んで取り組むことが重要である。

公開日・更新日

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