副腎白質ジストロフィーの治療法開発のための臨床的及び基礎的研究 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000665A
報告書区分
総括
研究課題名
副腎白質ジストロフィーの治療法開発のための臨床的及び基礎的研究 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(新潟大学脳研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木康之(岐阜大学医学部)
  • 山田猛(九州大学医学部附属脳神経病研究施設)
  • 加藤俊一(東海大学医学部)
  • 今中常雄(富山医科薬科大学薬学部)
  • 加藤剛二(名古屋第一赤十字病院)
  • 加我牧子(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 橋本有弘(三菱化学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
副腎白質ジストロフィー(adrenoleukodystrophy,ALD)は進行性の脱髄と副腎皮質機能障害を主徴とするX染色体連鎖劣性遺伝性疾患で、白質ジストロフィーの中では最も頻度の高い疾患である。臨床的には、学童期の男児が学習障害・視力聴力障害などで発症し数年の経過で進行し植物状態に至る小児型、成人になってから発症し多彩な神経症状を示す成人型、副腎不全を主徴とするAddison病型、女性保因者、などの多彩な病像を呈する。ALDは白質ジストロフィーの中では最も頻度の高い遺伝性神経疾患であり、小児から成人にいたる幅広い年齢層で発病する予後不良の難病である。ALDの生化学的異常については、1976年に極長鎖脂肪酸を有するコレステロールエステルの蓄積が、副腎皮質、大脳脱随巣で発見され、引き続いて、血漿、赤血球、白血球などにおける極長鎖脂肪酸の増加が見いだされ、生化学的診断法も確立された。極長鎖脂肪酸の増加については、極長鎖脂肪酸に対するアシルCoA活性の低下が指摘されているものの、分子遺伝学的手法によって発見されたALD遺伝子は、ペルオキシソーム膜に存在し何らかの物質輸送に関わる分子であると予測されるが、その生理的機能は解明されていない。従って、ALDにおける病態機序、すなわち、極長鎖脂肪酸の増加の機序、脱髄の生じる病態機序については、未解明の部分が多く残されている。ALDの治療については、1998年に、Singhらによって、lovastatinが培養皮膚線維芽細胞で、極長鎖脂肪酸を速やかに低下させることが発見された。引き続いて7例のALD発症者、発症前ALD男児、あるいは女性キャリアーに投与され、投与後1ヶ月以内に極長鎖脂肪酸が正常化することが報告された。一方、1990年にAubourgらにより、骨髄移植が発症早期のALD男児に対して行われ、臨床効果があったという報告がされて以来、骨髄移植が試みられてきており、発症早期実施において有効性が示唆されているものの、ALDに対する骨髄移植の治療効果についても未だに確立されたといえる段階にはない。このような背景から、本研究班においては、難治性疾患であるALDについて、ベストと考えられる治療法をevidence-based medicineの立場から明らかにすることにある。最近になり、極長鎖飽和脂肪酸の代謝を改善しうる薬物 (lovastatin) が提案されたこと、骨髄移植が治療法で有用とする経験が蓄積しつつあることなどの状況から、本研究においては、ALDに対する有効な治療法を確立することを目的として次の課題を設定して研究を行った。すなわち、1.ALDの疫学・自然歴に関する調査を行う、2.lovastatinを用いた国際共同治験を実施する、3.骨髄移植の有効性についての評価を行う、4.ALD 蛋白の機能と病態機序の解析を行う、というものである。
研究方法
ALDの自然歴に関する研究 全国の医療機関(内科、神経内科、小児科、精神科など4802診療科)に対して、一次調査、二次調査を実施した。ALD例のMRI画像のcentral reviewについての研究 ALD症例の治療効果を客観的に判定するために、MRI画像のcentral reviewが必須である。ALDのMRI画像の客観的評価法としてLoes scoreが提唱されており、このLoes scoreを用いてcentral reviewを実施する上での問題点を検討した。具体的には、独立した2人のreviewerによる評価を実施し、その問題点を検討した。3テスラ磁気共鳴画像による神経軸索機能解析 拡散強調画像における拡散
不等方性の定量的解析を行い、軸索機能の解析を行った。ALD例の神経心理学的評価に関する研究 ALD症例の治療効果を客観的に判定するために、神経心理学的評価が必須である。神経心理学的評価方法について、国際的にも共通性、普遍性が高く、かつ、本邦において実施可能であるような神経心理学的評価方法についての検討を行った。ALDに対する造血幹細胞移植における前処置に関する検討 ALDでは、造血幹細胞移植が有効な治療法と考えられているが、前処置中に急速な神経症状の悪化や生着不全などの重大な問題点を包含しており、どのような前処置が有効であるかについての検討を行った。ALDにおける極長鎖脂肪酸代謝障害の研究 ALD細胞とミクログリアの混合培養を行い、極長鎖脂肪酸代謝についての検討を行った。ALD患者線維芽細胞を用いて、lovastatin存在下に極長鎖脂肪酸の変化についての検討を行った。ALD遺伝子産物(ALD protein, ALDP)の過剰発現系、単離精製により、ALDPの機能について検討を加えた。極長鎖脂肪酸代謝に関与する可能性のある新規長鎖脂肪酸アシルCoA合成酵素を同定し、その機能について検討を加えた。またオリゴデンドロサイト特異的に発現する新しいABC蛋白について秋田大学の稲垣暢也教授を招聘しご講演をいただいた。ワークショップ「Therapeutic Approaches For X-adrenoleukodystrophy」の開催 lovastatinによる極長鎖脂肪酸低下作用を発見したDr. Inderjit Singhを招聘してワークショップを行い、lovastatinの作用機序、ALDの病態機序についての検討を行った。
結果と考察
ALDの自然歴に関する研究 全国の医療機関(内科、神経内科、小児科、精神科など4802診療科)に対して、一次調査、二次調査を実施した。その結果、1990-1999年のALD患者数は286名、99年1年間では113名で、推定患者数は185名であった。二次調査において143名の患者が把握され、小児型41名、成人大脳型34名、AMN 27名、思春期型14名、小脳脳幹型8名、発症前男児8名で、患者頻度は男子3-4万人に1名と推定された。また、従来の調査に比べて小児より成人患者が多いことが判明した。ALD例のMRI画像のcentral review についての研究 Loes scoreを用いてcentral reviewを実施する上での問題点を検討した。具体的には、独立した2人のreviewerによる評価を実施し、その問題点を検討した。その結果、判定にばらつきのでやすい箇所は、visual pathway、pyramidal system、atrophyの判定であることが判明した。また、Meyer's loop、trapezoid body、anterior thalamusの判定において問題点が見いだされた。これらの問題点は、海外で同法を用いている施設と連携して、標準化を図る必要がある。次年度は、造血幹細胞移植実施例について、MRI画像のcentral reviewを実施する予定である。3テスラ磁気共鳴画像による神経軸索機能解析 拡散強調画像における拡散不等方性の定量的解析を行い、軸索機能の解析を行った。正常群、ALD群4例(Adrenomyeloneuropathy 2例、成人大脳型1例、小児型1例)について拡散強調画像を撮像し、内包後脚部・脳梁膨大部を関心領域として拡散テンソルの楕円体表記およびラムダチャート解析を行った。成人大脳型ALD患者の内包後脚部および小児型ALD患者の大脳膨大部において正常群で認められる不等方性が失われ、ラムダチャート上ではisotrace lineに沿って、isotropic lineに近づく方向への変移が認められた。一方、AMN患者では2例とも変移は認められず、ALDの神経軸索機能異常を視覚的かつ定量的に把握できることが示された。ALD例の神経心理学的評価に関する研究 Moserらの提案を参考にして、小児神経心理学の検査バッテリーを考案した。このバッテリーを用いて、骨髄移植実施例2例について、実施可能性と有用性、妥当性について検討を行った。臨床場面では時間の制約や、被検者の疲労など問題点に配慮しながら工夫を重ね、多項目の検査を実施することができた。2症例は、中枢性聴覚障害など特徴的な検査結果を示し、神経生理学的指標、画像診断学的指標との照合も重要であると考えられた。小児が対象であること、疾患の性質上、長期的・継続的な観察が
必須であり、適切に実施できる小児神経心理学・生理検査システムの早急な確率が必要であると考えられた。ALDに対する造血幹細胞移植における前処置に関する検討 ALDに対する造血幹細胞移植における前処置について検討を行い、無症状期の血縁者間移植時はBusulfan (BU) + CY (cyclophosphamide) + ATG、非血縁者間移植時は上記に加えてTLI (total lymphoid irradiation)またはTAI (thoraco-abdominal irradiation) を、神経症状発症後の血縁者間移植ではCY + L-PAM (melphalan)/Fludarabine/Thiotepa + ATG + TLI/TAI、非血縁者間移植ではL-PAN/Fludarabine/Thiotepa + ATG + TBI (Brainsparing) を実施することが望ましいと考えられた。ALDにおける極長鎖脂肪酸代謝障害の研究 ALD細胞とミクログリアの混合培養を行ったところ、極長鎖脂肪酸の減少が認められた。この効果の発現には、細胞同士の直接接触が必要であった。混合培養後のALD細胞ではALDタンパクの発現や、極長鎖脂肪酸のβ酸化活性の上昇も認められず、正常細胞による極長鎖脂肪酸の除去あるいはALD細胞における極長鎖脂肪酸の合成抑制の可能性が考えられた。ALD患者線維芽細胞を用いて、lovastatin存在下(5μM)に極長鎖脂肪酸の変化についての検討を行ったところ、極長鎖脂肪酸の低下は観察されなかった。lovastatinの作用機序についてはさらに検討が必要である。ALD遺伝子産物(ALD protein, ALDP)の過剰発現系を確立した。野生型ALDP過剰発現細胞では極長鎖脂肪酸β酸化が亢進したが、EAA-like motifに変異を持つ過剰発現細胞ではそのβ酸化が抑制された、一方C末端にHis-tagを付加したALDPを単離精製し、ALDPがATPase活性を持つことを明らかにした。極長鎖脂肪酸代謝に関与する可能性のある新規長鎖脂肪酸アシルCoA合成酵素(lipidosin、Lpd)を同定し、その機能について検討を加えた。LpdはヒトおよびマウスにおいてALD標的器官特異的な発現パターンを示すことが明らかになった。ショウジョウバエにおけるLpdホモログの欠損は神経変性および極長鎖脂肪酸の蓄積というALDに類似した表現型を示すことが報告されており、LpdはALDにおける、組織特異的障害発症機序に関わる介在因子である可能性が示された。また特別講演いただいた秋田大学の稲垣先生のオリゴデンドロサイト特異的な新しいABC蛋白は、本症の発症機序を考えるうえで、新たな可能性を示唆するものとして注目された。ワークショップ「Therapeutic Approaches For X-adrenoleukodystrophy」の開催 lovastatinによる極長鎖脂肪酸低下作用を発見したDr. Inderjit Singhを招聘してワークショップを行い、lovastatinの作用機序、ALDの病態機序についての検討を行った。lovastatinの体内動態、脳への移行などに問題点があることが指摘された。また、lovastatinの持つ抗炎症作用なども治療効果発現の上で重要ではないかと指摘された。
結論
ALDの自然歴については、二次調査が実施され、143名のALD症例を把握することができた。平成13年度にさらに詳細な検討を加え、ALDの自然歴に関する詳細な解析を行う予定である。ALDの国際共同治験(Multicenter Therapeutic Trials of X-linked Adrenoleukodystrophy) 実施に向けての問題点についての検討を行った。今年度はその中でも、神経心理学的検査、MRI画像のcentral reviewについて検討を行った。その結果、小児神経心理学のバッテリーが作成され、十分に実施可能であること、ALDに特徴的な中枢性聴覚障害の存在が見いだされた。MRI画像のcentral reviewについては、評価の標準化の上で問題点の存在が指摘されたが、これらの問題点についての標準化作業を行うことにより実施可能であることが示された。平成13年度は、このcentral reviewのシステムを用いて、これまでに行われた造血幹細胞移植実施例についてのMRI画像のcentral review を実施する予定である。ALDにおける極長鎖脂肪酸代謝異常について、詳細な生化学的検討を行い、ALDPの生理機能についての重要な知見が得られた。lovastatinの作用機序については、極長鎖脂肪酸の代謝改善作用についてはさらに検討を加える必要性が指摘さ
れ、平成13年度にさらに検討を加える予定である。

公開日・更新日

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