特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000646A
報告書区分
総括
研究課題名
特発性大腿骨頭壊死症の予防を目的とした疫学的病態生理学的遺伝学的総合研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高岡 邦夫(信州大学医学部整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 吉川秀樹(大阪大学整形外科)
  • 長沢浩平(佐賀医科大学内科)
  • 居石克夫(九州大学医学部病理学)
  • 松本忠美(金沢医科大学整形外科)
  • 廣田良夫(大阪市立大学医学部公衆衛生学)
  • 野口康男(九州大学医学部整形外科)
  • 久保俊一(京都府立医科大学整形外科)
  • 津田裕士(順天堂大学医学部膠原病内科)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 中島滋郎(大阪大学医学部小児科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特発性大腿骨頭壊死症は壮年期成人に好発し、その罹患によって股関節が破壊され起立歩行障害によりQOLが著しく侵される疾患である。最近の調査によれば、本疾患の年間新規罹患者数は7000人と推計され、年々増加傾向にある。本疾患の病因は必ずしも明らかではないが、背景危険因子として副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)投与歴やアルコール愛飲歴などが知られているが、本疾患の発症に至る病態の詳細はいまだ明らかではない。特にステロイド剤使用後の本疾患患者が次第に増加し、大腿骨頭壊死症患者の半数を占めている現状は問題である。ステロイド剤はその確実な薬効ゆえに膠原病、アレルギー疾患をはじめ、多くの疾患の治療に広く使われているが副作用も多く、大腿骨頭壊死症も重大な副作用とみなされている。しかしステロイド剤が本疾患を誘発する機序は不明であり、したがってその予防措置がとれないのが現状である。骨の微小循環障害に起因する阻血性骨壊死が本疾患の本態とされるが、ステロイド剤が骨微小循環にどのような機序で障害をきたすかがいまだに明解でない。また、血液凝固能の亢進や脂質代謝異常の病態への関与も指摘されているが、本症の発生機序は未だ不明である。また、ステロイド剤が投与された患者の10%前後に本疾患が発症する。これらの患者ではステロイドに対する感受性が亢進しているか、ステロイド剤の代謝機能が低下している可能性がある。すなわちステロイド剤に対する反応の個体差または本疾患罹患素因が存在することが窺がわれる。この素因を決定している遺伝子が同定できれば罹患リスクが高い患者の予知が可能であり、これらの患者へのステロイド剤投与量を減ずることによって本疾患の発生予防が可能かもしれない。この仮定のもとに、ステロイドの対する感受性に関与するステロイド受容体の遺伝子多型、ステロイド剤の不活化反応に関与する11beta-hydroxysteroid dehydrogenase type 2遺伝子の多型、ステロイド剤の代謝酵素であるチトクローム酵素(CYP450)の遺伝子多型に関して検討した。また、特に最近、わが国でも移植医療が注目されるようになったが、臓器移植後に汎用されるステロイド剤による大腿骨頭壊死症の発生も危惧される。臓器移植にともなう本疾患の発生状況の監視と予防法の開発が急務である。そのため本研究班では、すでに普及している腎移植に限らず、骨髄移植、肝移植、心移植患者での本疾患の発生についても調査を要すると考えた。一方で不幸にして本疾患に罹患した患者については、正確に診断し有効かつ能率的に治療を進めるための診断基準、病型・病期分類と適切な治療指針が必要であり、その確立も本研究班の大きな使命である。このような現状認識のもとに、平成11年度からの厚生省特定疾患対策研究事業―骨関節系調査研究班―特発性大腿骨頭壊死症調査研究分科会を新しく組織した。要約すれば本研究班の目的を以下のごとくにである。
A.わが国での特発性大腿骨頭壊死症の発生状況の患者数把握と年次推移の調査監視
B.疫学調査のよる罹患危険因子の同定およびその危険因子回避に向けての啓発
C.診断基準、病型分類、病期分類の確立
D.効果的な治療指針の確立と普及
E.病因病態解明とその結果を基礎とした予防法の開発
F.本疾患罹患素因についての遺伝子解析
G.臓器移植患者での本症合併についての調査
研究方法
研究方法、結果および考察=これらの目的達成にむかって、当面の具体的な問題点を効果的に解決するために多くの専門家の協力を得て班構成を試みた。具体的な研究課題に取り組むために、班に以下の5作業グループ(遺伝子解析、病態解析、疫学調査、診断治療ガイドライン、臓器移植の骨頭壊死調査)を組織し共同研究を開始した。各グループが分担する課題、達成目標と本年度の活動状況を以下に概略する。各研究グループの研究内容の詳細は本報告書の以下に掲載されている。
A.疫学調査(1):本症の発生状況調査監視:
班員が属する13医療施設での定点モニタリングを1997年より継続して行った。1994年に本研究班でおこなった全国アンケ-ト調査の回答で得られた患者実数の1/4がこの定点モニタリングで得られた。約半数の患者は、膠原病などでステロイド剤による治療が行われていた。それらの患者の股関節に対する治療法についても情報が得られた。(担当:廣田)
B.疫学調査(2):罹患危険因子の同定:
その未知の要因解明とステロイドの真のリスク(ステロイド非投与に対するステロイドのリスク)を算出することを目的に,定点モニタリング新患症例を用いた症例・対照研究に着手した。(担当:廣田)
C.診断基準、病型分類、病期分類の確立:
本疾患の診断基準、病型分類、病期分類についてその妥当性を専任グループで検討した。平成7年度に病理標本での骨壊死像をgold standard とした後ろ向き調査によって改訂簡略化した。昨年度から、診断基準の妥当性(高い信頼性)の検討を行っている。病型分類、病期分類は、検討の結果、改訂を行った(冊子呈の報告書巻末に添付する)。病型分類の予後予測精度、病期分類の治療法選択への有用性について多施設の患者をもちいて前向き調査を行っている。現在、患者登録中であり、来年度には結果を出せる見込みである。(担当:吉川、大園)
D.診断治療ガイドラインの確立:
本疾患に特異的な手術法としてわが国で開発された大腿骨頭回転骨切り術がある。しかしこの術式の対象となる患者は限られているだけでなく手術手技に習熟を要する。この手術をより標準化し成功率を高める努力が行われている。大腿骨頭壊死症の治療は大腿骨頭回転骨切り術、人工骨頭置換術、人工関節置換術などの外科的治療が一般におこなわれている。それらの治療についてのcritical path の作成も試みた。さらに、従来本研究班で作成しきた本疾患の診断基準、病型分類、病期分類の有用性を検証するための予見的調査を開始した。それを基に本疾患の適切な治療ガイドラインを作成する予定である。(担当:吉川、大園、渥美、佛淵、野口、高岡)
E.病態解析
病因病態解明のための研究は以下のE1~E3に細分される。
E1.微小循環に対するステロイド剤の作用についての基礎および臨床研究:
ステロイドによる本疾患の発生を合理的に予防する為には骨微小循環に対する障害作用機序を明らかにすることが必須である。従来は主として病理組織学的血管形態の観察を行ってきたが充分な研究結果が得られなかった。そこで血管の運動機能(収縮、弛緩)へのステロイド剤の影響を動的に観察するために、実験動物の骨内微小血管の運動をex vivoで直接観察できる実験系を開発した。骨内に分布する微小血管の収縮、弛緩に対するステロイド剤の効果を直接的に観察することを目的として,骨内血管を採取しステロイド剤を作用させた変化をビデオ撮影によって観察した。ステロイド高負荷状態では、高脂血症刺激などによって骨髄内に炎症性充血、水分透過性亢進、浮腫、骨髄内静水圧上昇、骨髄内細静脈圧平現象などの誘起される可能性が示された。(担当:大橋)
また、血管内皮依存性弛緩反応を観察できる臨床検査法pletysmography でのステロイド効果の検索を行った。その結果、ステロイド投与によって血管内皮依存性弛緩反応が抑制されることが明らかになった。この反応には血管内皮細胞でのステロイドによる活性酸素の産生亢進が関与していることを示唆する結果が得られた。さらに、ヒト臍帯静脈内皮細胞培養系にステロイドを添加することにより、活性酸素とperoxynitriteの産生が増加し,NO産生は減少することを観察した.ステロイド過剰は血管内皮細胞において活性酸素によるNOの消去を亢進させ,血管内皮障害をきたす可能性が示された。(担当:松本俊夫)
また、虚血状態の組織での血管内皮の防御反応(血管弛緩反応)とその反応に対するステロイドの作用、特にHypoxia に反応して血管内皮で発現される転写因子であるHIF-1の発現に対するステロイドの作用についての検討した。(担当:田中良哉)
E2.血液凝固能抑制による大腿骨頭壊死症の予防効果についての臨床研究:
従来からステロイド剤による血液凝固能亢進が本疾患の病因ではないかとする仮説があった。この仮説の信憑性を確認する為に、血液凝固異常による動物骨壊死モデルを作成し検討するとともに、ステロイド投与が必要なSLE患者にワーファリンを同時に投与し、非投与の対照群と本疾患の発生および発症頻度を比較した。その結果では、ワーファリン投与群での本疾患のMRIで同定した発生率には有意差が見られなかったが、ワーファリン使用群で発症率が低く、大腿骨頭内骨壊死巣が小さい傾向が見られ、壊死の広がりの抑制に一定の役割がある可能性が示された。従って、血液凝固能の亢進は本疾患の主な病因ではないと考えられるが、その発症や重症度に部分的に関与しているものと考えられる。(担当:野口、長沢)
E3.脂質代謝異常の本症発生への関与に関する研究:
SLE患者に大量のステロイドを投与した後に、大腿骨頭壊死症を合併する原因の一つにステロイドによる高脂血症が考えられている。ステロイド投与後のどのような脂質の変化が大腿骨頭壊死症合併と関連があるのか、また薬物療法、血漿交換療法を組み合わせた治療法で高脂血症を防ぐことにより、大腿骨頭壊死症の発症が抑制可能かを検討する目的で、ステロイド大量投与(パルス療法を含む)SLE患者を対象とし、各脂質の動向、及びMRIにより大腿骨頭の変化を追跡調査している。(担当:津田、長沢)
F.大腿骨頭壊死症発症素因の遺伝子解析
ステロイド剤が投与された患者の10%前後に本疾患が発症する。これらの患者ではステロイドに対する感受
性が亢進している可能性がある。すなわちステロイド剤に対する反応の個体差または本疾患罹患素因が存在することが窺がわれる。この素因を決定している遺伝子が同定できれば罹患リスクが高い患者の予知が可能であり、これらの患者へのステロイド剤投与量を減ずることによって本疾患の発生予防が可能かもしれない。この仮定のもとにステロイドの対する感受性を高めるとされるステロイド受容体の遺伝子多型について本疾患との相関検索を開始した。遺伝子多型の一つである点変位(N363S)について検索したが、この遺伝子多型は日本人には極めて稀であることが明らかになり、本疾患との関連性が否定された。次にステロイド感受性を高める別の遺伝子多型であるBcl-1消化断片の多型について検索した。また、ステロイドホルモン薬の不活化反応に関与する11 beta-hydroxy-steroid dehydrogenase type 2遺伝子の日本人での多型について検討を行った。
さらに、ステロイド投与後大腿骨頭壊死症の発生について、ステロイドの薬物代謝の個人差に注目し、薬物代謝の key enzymeであるチトクローム酵素(CYP450)の各分子種の遺伝子多型と本症発生との関連をGene Chipを用いて解析している。(担当:高岡、中島、久保)
G.臓器移植後の特発性大腿骨頭壊死症
腎移植に見られるように大腿骨頭壊死症は各種臓器移植の骨関節に関する主な合併症である。腎移植後患者では、5%前後に術後数ヶ月以内に大腿骨頭壊死症が発生した。腎移植後の免疫抑制剤と本疾患発症との関連性について検索した。新しい免疫抑制剤であるFK506とステロイドの併用によってステロイド投与量を減らすことで本疾患の発生率が低下するとの結果を得た。
骨髄移植後大腿骨頭壊死についてprospective studyを行った。10%に壊死が発生していたが、壊死発生群では非発生群と比べて血清脂質(総コレステロール、TG)が有意に高値であった。
今回新たに肝移植後の特発性大腿骨頭壊死症発生について調べた。100例を超える信州大学医学部第一外科で施行された肝移植症例で、現在まで臨床的に問題となった症例は大腿骨頚部骨折を起こした2例である。
さらに、心移植(海外渡航による)患者での本疾患発症に関する調査を主治医の協力を呼びかけて開始した。
結果と考察
結論
本年度の成果は以下のとおりである。本症の発生状況を把握し罹患危険因子を同定するために行った疫学的調査では、近年、ステロイド剤の使用に関連して本症を生じる症例が増加傾向にあり、本症の約半数を占めていることが明らかになった。本疾患の診断基準、病型分類、病期分類についてその妥当性を検討し、病型分類と病期分類の改訂を行った。本疾患の病因病態は未だ不明であるが、その解明のために、多岐に渡る研究を行った。その主なものは、骨内微小循環に対するステロイド剤の作用の研究、血液凝固能亢進に関する研究、脂質代謝異常の本症への関連についての研究などである。さらに、本疾患への罹患素因についての遺伝子解析を行った。また、近年、注目を浴びている臓器移植に合併する本症の実態調査と、危険因子に関する研究を行った。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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