食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000537A
報告書区分
総括
研究課題名
食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小熊 惠二(岡山大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋元秀(国立感染症研究所細菌・血液製剤部)
  • 中村信一(金沢大学医学部)
  • 小崎俊司(大阪府立大学大学院農学生命科学研究科)
  • 武士甲一(北海道立衛生研究所食品科学部)
  • 松田守弘(甲子園大学栄養学部)
  • 梶龍兒(徳島大学医学部附属病院難聴治療部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
18,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本年度の本研究班の具体的な目的は以下のような点である。
1)ボツリヌス中毒の迅速診断法の開発。
2)E型毒素産生性ブチリカム菌の遺伝子性状を明らかにする(分子疫学)。
3)A、B、E、F型多価トキソイドの効果を明らかにする。
4)ボツリヌス症および破傷風の治療用ヒト型モノクローナル抗体の開発。
5)トリや家畜用ワクチンの開発。
6)乳児突然死とボツリヌス症との関係の検討。
研究方法
1)毒素検出用方法の開発:A、B、F型各特異抗体をラテックスに結合させたものを用い、糞便、食品中の毒素の検出リミットを検討した(逆受身ラテックス凝集反応法、RPLA法)。
2)E型毒素産生ブチリカム菌(E-ブチリカム菌)の分子疫学:イタリアと中国の中毒原因菌2株と6株、中国の微山湖周辺の土壌由来菌5株、毒素非産生菌8株を用いて行った。各菌由来DNAを用い、RAPD、PFGE、PCR、サーザンハイブリダイゼーションで解析した。
3)血中抗体価の変動(減少)について:多価トキソイドで3回以上免疫した5人より、最終免疫後、2週、9ヶ月、12ヶ月目に採血し、血清中の中和抗毒素価の変動を解析し、その減少率を求めた。
4)治療用ヒト型モノクローナル抗体の開発:a)ボツリヌス A型毒素と反応する4クローン、A、B両毒素と反応する2クローンを用い、その認識部位をELISAとウエスタンブロット法により解析した。また、中和抗体価をマウスを用いて測定した。b)抗破傷風毒素 抗体を産生するMAb-G6クローンより、抗体可変部領域の遺伝子VH、Vκをクローン化した。これをリンカーで結合させた後、大腸菌に挿入し、大腸菌で抗体を合成することを試みた。
5)トリ用ワクチンの開発:C型16SトキソイドにLTを加えリポソームに封入したもの、および水酸化アルミニウムを加えたものを作製し、前者はアイガモの眼に、後者は頚部の皮下に3週間隔で計2回接種した。最終免疫後4週目に部分採血し、毒素との反応性をELISAと毒素中和反応試験で測定した。アイガモの最小致死量(0.5ml静注)は1×103マウスMLD/mlであったが、免疫したアイガモをこのMLDの100倍量でチャレンジ(静注)した。
6)C型無毒成分に対するモノクローナル抗体の作製:C型無毒成分、あるいはGST融合蛋白として合成したHAのサブコンポーネントであるHA1、HA3でBACB/cマウスを免疫し、P3U1細胞と融合させ、ハイブリドーマを確立した。ハイブリドーマより抗体を精製し、16S毒素、無毒成分、GST融合各HAサブコンポーネントなどへの反応性や、これら蛋白の赤血球や小腸上皮細胞への結合の阻害、16S毒素の経口毒性の中和活性を検討した。
7)患者の電気生理学的診断法の開発:ボツリヌスA型毒素により治療をうけた片側顔面痙攣患者3名で、針電極を用いて活動電位を、表面電極を用いて、高頻度刺激をした後の筋電位を測定した。
結果と考察
(結果)1)A、B、F型毒素の存在を検査するRPLA法では、いずれの場合も、食品中や糞便中に10MLD(10マウス最小致死量)程の毒素が存在すると検出可能であった。さらに少ない量の毒素をより短い時間で検出するため、各型抗体-proteinA-担体のカラムを用いて毒素を検出する方法も開発中である。
2)E-ブチリカム菌は、無毒のブチリカム菌とは異なる3群に分けられることが判明した。また、広範囲な地域において、E-ブチリカム菌の単クローン的分布が示唆された。
3)A、B、E、F型多価トキソイドワクチンの免疫により、いずれのヒトも最終接種後2週目には抗体は良く上昇していたが、9ヶ月目では約90 %減少していた。12ヶ月後ではA、Eではさらに35~50%減少していたが、BとFは減少しなかった。
4)上記の多価トキソイドで免疫したヒト由来リンパ球をRF-S1株と融合して得た、A型毒素と反応し毒素を中和する3クローン(Mo-4D8、Ih-3H5、To-2H3)と、中和しない1クローン(To-12B10)、A、B両毒素と反応するが中和しない2クローン(Mu-2G3、To-2F6)の詳細を解析した。中和活性を有さない3クローンは全て毒素の重鎖を認識していたが、中和能を有する3クローンはimmunoblottingにおいて重鎖、軽鎖いずれに対しても反応せず、高次構造を認識していることが示唆された。中和能を有する3クローンの内、To-2H3が最も中和能が高かったが、これを他の2クローンと混合しても中和能の増加は認められなかった。
5)大腸菌で高力価の抗破傷風毒素抗体を得るためには、VH-L-Vκの順に直結し、かつ、Lは短い方が良いことが判明した。また、抗体は大腸菌より分泌されにくく、細胞質分画に多く存在することが判明した。
6)アイガモを点眼あるいは頚部の皮下接種により免疫した。残念ながら、前者の群では、接種後、アイガモは自分で眼を洗浄したため充分な効果が認められなかったが、後者の群では、血中にアイガモの最小致死量の100倍量の毒素でチャレンジしても発症しなかった。
7)C型のHA1、HA2、HA3bに反応するモノクローナル抗体がそれぞれ7、1、3個得られた。これら抗体の、16S毒素の赤血球や小腸粘膜上皮への結合性の阻止能や経口毒性の中和能などを解析したところ、HA1に対する多くの抗体が結合を阻止し、低力価の毒素の致死活性を中和した。
8)ボツリヌス中毒患者を診断する時には、針電極を用いた筋電図所見と、表面電極を用いた筋電図でpost-tetanic facilitationを認めることが重要であることを確認した。
9)岡山県下で発生した突然死2例の便や腸内容物を検査したが、ボツリヌス毒素は検出されなかった。
(考察)
1)糞便や食品中の毒素を検出するRPLA法を確立させ、現在、抗体カラム法の有効性を検討中であるが、実際にはこの両者を組み合わせて用いると、より確実な診断が出来ると思われる。
2)E型毒素産生ブチリカム菌は、遺伝子的には少なくとも3群に分かれた。世界的にみると、異なる単一の菌による地域的汚染分布が示唆された。我が国でも詳細に汚染度を調べることが重要と思われた。
3)多価トキソイドは有効であったが、3回の免疫では1年もすると著明な血中抗体価の減少が認められた。研究者の実験室内感染を予防するためには、数年おきにワクチン接種する必要があると推察された。
4)ヒト型治療用抗毒素モノクローナル抗体の開発は、破傷風の場合は、大腸菌を用いて中和抗体の可変部領域のみを大量に作製することに成功したので、展望は明るい。ボツリヌスの場合はA型毒素に対する中和抗体を産生するクローンが得られたが、その中和値はあまり高くなく、実際に使用するためには、抗原カラム等を用いて濃縮・精製することが必要と思われた。
5)家畜やトリ用の、局所免疫と血中抗体価の両方を亢進させる新しいワクチン開発を試みたが、アイガモの場合は点眼接種は失敗に終わった。今後、経口投与も考えられるが、従来の皮下接種で充分な血中抗体価の上昇が認められたので、これで十分と思われる。新しいワクチンの接種方法は、食肉の品質保持のため、皮下接種を嫌う家畜などの場合に応用する方が良いように思われた。
6)電気生理学的診断法方は、患者の診断にも十分に応用できることが確実になったので、臨床医への啓蒙が重要に思われる。
結論
1. 実際の中毒の際に、A、B、E型毒素検出用として応用可能なRPLA方を開発した。
2. これまでのE型毒素産生ブチリカム菌は、遺伝子的に無毒のブチリカム菌とは異なる3群に分類された。
3. ボツリヌス多価トキソイドをヒトに3回免疫した時には、2週目には著明な血中抗体価の上昇が認められるが、1年もすると90%程減弱した。
4. A型毒素の高次構造を認識することにより毒性を中和すると思われる、ヒト型モノクローナル抗体のクローンを確立した。
5. 破傷風毒素を中和するヒト型モノクローナル抗体を、大腸菌を用いてリコンビナント蛋白として合成する方法を確立した。
6. アイガモは、C型16Sトキソイド/水酸化アルミニウムの2回の皮下接種で、充分な免疫効果が得られた。
7. C型16S毒素の赤血球や腸上皮細胞への結合に際してはHA1が重要であるが、赤血球と上皮細胞では全く同一でないことが示唆された。
8. ボツリヌス中毒の患者の診断には筋電図所見が有用であることが示された。

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