薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療      に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000535A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療      に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
阿部 千代治(結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小野嵜菊夫(名古屋市立大学薬学部)
  • 鈴木定彦(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 高橋光良(結核予防会結核研究所)
  • 谷口初美(産業医科大学医学部)
  • 螺良英郎(結核予防会大阪府支部大阪病院)
  • 中島由槻(結核予防会複十字病院)
  • 水口康雄(千葉県衛生研究所)
  • 毛利昌史(国立療養所東京病院)
  • 安岡 彰(国立国際医療センター)
  • 和田雅子(結核予防会結核研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
米国初めヨーロッパ諸国でエイズ患者の間で多剤耐性結核菌(MDR-TB)による集団感染が多発している。これらは主要な抗結核薬すべてに耐性を獲得している結核菌による感染であり,死亡率は高くしかも診断から死亡までのメジアンも4週間と極端に短くなっている。わが国においてもここ数年の間にMDR-TBによる職場内や病院内の集団感染が報告されており,迅速な臨床細菌検査と検査結果に基づいた適切な患者管理が今求められている。この研究の目的は,薬剤に対する耐性の分子機構を解明することにより耐性菌の早期検出の道を開き,その結果適切な治療と耐性菌発生の防止を可能にすることである。また耐性菌の病原性の確認,耐性菌のサーベイランスおよび薬剤耐性患者の効果的な治療は耐性菌のさらなる伝播の防止にも役立つと考える。この研究の成果は臨床への還元はもとより,国の結核対策にも生かされよう。
研究方法
全国的規模で薬剤耐性結核のサーベイランスを行った。全国78病院に調査期間の間に入院した結核患者で菌が分離された例を対象とした。耐性菌感染の状況を調べるために,上記の研究で集められた菌,千葉県で集められた菌,集団感染あるいは小規模感染から分離された結核菌について薬剤感受性試験とRFLP分析を行った。
KM耐性の分子機構を調べる目的でKM耐性分離株の16Sおよび23S rRNA遺伝子の変異を調べた。またtap遺伝子の変異も調べた。ピラジナミダーゼ活性の有無を迅速に検出するために,PCRを基盤とした試験管内転写・翻訳系を利用した測定系を開発した。
結核菌感染細胞にサイトカインを添加したときにみられる細胞死の作用機構を調べるために,ヒト線維芽細胞株を用い薬剤感受性結核菌,薬剤耐性菌,M. avium complexの間で比較した。
現在多剤耐性結核に対する有効な治療法はない。免疫細胞刺激効果が確認されているロムルチド,補中益気湯またはアンサー20と抗結核薬の併用療法を試みた。効果判定は患者の経過観察,細菌学的検査,生化学的検査,画像診断を定期的に行い,対照と比較した。副作用,副現象についても記録した。厳重な隔離病棟の効果的な運営のために,治療経過と排菌状態および画像の変化について研究した。
結果と考察
全国的レベルで薬剤耐性結核のサーベイランスを行った。5年前の調査と比べ耐性頻度が上昇していること,既治療例で耐性頻度はWHO/IUATLDから報告された世界の中央値と比べても明らかに高いことは昨年報告した。今年は,共同研究に参加したそれぞれの施設で行なわれた薬剤感受性試験の成績を結核研究所(結研)の成績と比較した。各施設では種々の方法で薬剤感受性試験を行っており,結研との一致率をみたとき施設間に差がみられた。特にマイクロタイター法を用い試験した施設の一致率が低かった。またいずれの試験法を用い試験した施設にも90%以下の低い一致率を示した施設がみられた。さらに試験株数が少ない施設の一致率が低い傾向にあった。これらのことは,結核菌検査の精度管理が重要であること,特に薬剤感受性試験の精度が問題であることを示している。
これまでに,日本およびアジア諸国で分離した株を用い,リファンピシン(RFP),イソニアジド(INH),ピラジナミド(PZA)およびストレプトマイシン(SM)耐性の分子機構を調べ報告した。今年はカナマイシン(KM)耐性の分子機構を調べた。KM耐性分離株の70%は16S rRNAのA部位に変異がみられた。このA部位に変異のみられないKM耐性株では,高頻度にputative efflux pumpをコードするtap遺伝子に変異がみられた。しかし感受性株でも変異のみられる株が存在することより,遺伝子を大腸菌にクローニングし確認を進めている。PZA耐性菌にピラジナミダーゼ活性の消失がみられることに着目し,PCRを基盤とした試験管内転写・翻訳系を応用したピラジナミダーゼ活性測定系を構築した。この系で試験したときPZA耐性40株のうち39株は低い活性であった。将来臨床検査への応用が期待される。
ヒト線維芽細胞株に結核菌を感染させると細胞死が起こる。この系にサイトカインを加えると細胞傷害が増強される。細胞死は死菌添加では起こらないこと,さらに実験動物に対する病原性の強い結核菌H37Rv株が病原性の弱いH37Raより強い細胞死を誘導することを見つけた。このモデルでMDR-TBは薬剤感受性菌と同等の細胞傷害活性(病原性)を持つことが分かった。これに対し,M. avium complexは結核菌に比べて明らかに弱い病原性であった。マレーシアで分離された結核菌は本邦分離株と同等の病原性であった。
結核菌の挿入配列(IS6110)を用いたRFLP分析により結核菌の亜分類が可能となった。この分析法は結核の感染様式を研究する上で強力な手段となる。千葉県下で発生したMDR-TBによる集団感染を2件RFLP分析で証明した。またRFLP分析とコンピューター患者管理システムを用いることにより,患者情報と結核菌のタイピングを迅速に比較することが可能となり,患者管理に有効であることが分かった。
MDR-TB患者では,治癒傾向に向かっている患者やほぼ治癒した患者と比べ血清中のIFN-γ値は有意に低く,TGF-β値は高いことが分かった。一方Th1とTh2比に差はみられなかった。すなわち,MDR-TB患者ではTh1細胞の機能減弱が推測される。
MDR-TBのために確立された治療法はない。薬剤感受性試験の結果から効果的な薬を組み合わせて使っているのが現状である。免疫刺激効果が確認されているロムルチド,補中益気湯あるいはアンサー20注と抗結核薬との併用治療を試みた。ロムルチドまたはアンサー20注はMDR-TBに対して有効である可能性を示した。今後投与量および投与期間の検討が必要である。
病院内感染が問題になっている。MDR-TB患者および感染性肺結核患者の隔離は頭の痛いところである。MGIT培地を導入することにより感受性試験の結果が早期に得られることから,感受性患者では早期の隔離緩和(陰圧病棟から比較的緩い隔離病棟への転出)が可能であることが分かった。このことは,患者の人権確保とストレスの解消,入院期間の短縮に寄与するものと考える。
HIV感染者にみられる抗酸菌症についてレトロスペクティブに調べた。HIV治療法の改善に伴い,合併するM. avium complex症が減少していることが分かった。一方結核は横這い状態であった。
結論
①各施設の薬剤感受性試験の成績と結研の成績を比較した。試験法の如何を問わず一致率の低い施設がみられたことは精度管理研究の必要性を示唆している。②RFLP分析により耐性菌による集団感染が証明された。コンピューター患者管理システムを用いることにより迅速な患者管理が可能となる。③KM耐性菌に16S rRNAおよび23S rRNAの変異に加えtap遺伝子の変異が検出された。④迅速ピラジナミダーゼ試験法を開発した。⑤結核菌の病原性を試験するインビトロモデルを開発した。⑥MDR-TB患者ではTh1細胞の機能減弱が推測された。⑦化学療法のみでは排菌の停止しないMDR-TB患者にロムルチドまたはアンサー20注と化学療法の併用療法が有用と考えられた。⑧MDR-TB患者および感染性肺結核患者の隔離について研究した。⑨強力なHIV療法により合併する非結核性抗酸菌症は減少したが結核は横這いであった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-