新規抗トリパノソーマ薬アスコフラノンの実用化(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000530A
報告書区分
総括
研究課題名
新規抗トリパノソーマ薬アスコフラノンの実用化(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
北 潔(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 永井和夫(東京工業大学)
  • 薮義貞(名古屋市立大学)
  • 皆川信子(新潟薬科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
43,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
感染症、特に細菌感染に対する抗生物質を含む化学療法剤が人類に及ぼした医療上の恩恵は計り知れないものがある。しかし寄生虫感染についてはそれらが宿主と同じ真核生物である事から、選択毒性の対象となる作用点が少なく、特に原虫感染では増殖が早い点から感染が致死的になる場合が多い。これまでの研究で申請者らはアフリカ睡眠病の病原体であるトリパノソ-マ科原虫Trypanosoma brucei brucei の血流型に対して極めて低濃度で特異的に作用する薬剤として糸状菌の産生するアスコフラノンを見い出した。この成果は国際的に高い評価を受け、WHOも含め多くの欧米諸国の研究機関から共同研究の申し込みを受けている。平成11年度の本研究によってアスコフラノンの標的が血流型トリパノソーマのミトコンドリア電子伝達系酵素であるシアン耐性酸化酵素である事が判明したが、その実用化についての全てはこれからの研究の進展にかかっている。本研究はアスコフラノンの作用機構を解明し、さらに高度産生変異株の作成および一層効果の高い誘導体の探索を行う事による現実的な実用化を目的として計画されたものであり、わが国からの真の国際貢献をめざす試みである。
アフリカ睡眠病はアフリカの北緯15度から南緯15度に分布し、ツェツェバエにより媒介される。毎年20~30万人の新たな患者が発生し、2万人以上の死者がでている。また地方に流行するため多くの感染者が治療も受ける事なく死亡し、この数字はほとんど無視されているのが現状である。さらに家畜類の被害はそれ以上に甚大であり、人々のタンパク源となるべき年間数十万頭のウシが死んでいる。この様にアフリカ睡眠病は再興感染症としてアフリカの人々の健康および経済的発展を著しく妨げており、これがWHOが制圧すべき感染症の一つに掲げている理由である。本研究は地球的展望に立った共通課題の解決を目的とするわが国の厚生科学研究の一翼を担うものである。アスコフラノンは化学的に安定であり、経口投与も可能である事、哺乳動物における吸収、排泄、代謝、組織分布も良好で、毒性も低い事がすでに判っている。本剤によってヒトや家畜におけるトリパノソ-マ症を制圧する事により、単に感染症対策としての意義ばかりでなくアフリカ諸国の社会的・経済的諸問題の解決にも影響を与え、わが国が内外から強く期待されている基礎生命科学の国際的貢献の中核をなすと考えられる。
研究方法
寄生原虫の電子伝達系は特有の構成成分を持ち、これが化学療法剤の作用部位となっている例は、アメーバやトリコモナスの特効薬であるメトロニダゾールでよく知られている。本研究で実用化をめざすアスコフラノンはこの様な電子伝達系の特殊性を標的とする新しいタイプの抗トリパノソーマ剤である。これまでもin vitroで有効な抗トリパノソーマ薬は多く報告されているが、in vivoで実際に効果を示す例は非常に少ない。しかしアスコフラノンはすでにマウスを用いた実験でもその有効性が明確になっており、実際に臨床で利用する事を目的として
1)アスコフラノンの標的と考えられるシアン耐性酸化酵素に対する分子機構の解明
2)アスコフラノンの高度産生条件の確立とその誘導体を用いた構造活性相関の解析
3)培養系および実験動物を用いた薬効評価系による実用化の検討
の3点に焦点を絞り以下の計画に従って研究を進めている。
結果と考察
平成12年度の成果に関して項目別に考察を含めてまとめる。
1)アスコフラノンによるシアン耐性酸化酵素(TAO)阻害の分子機構の解明 
今年度の大きな成果のひとつとして組み換えTAOの可溶化、精製法の確立があげられる。これまでシアン耐性末端酸化酵素の精製に成功した研究グループは皆無であり、これが本酵素のタンパク質としての実体が不明な原因であった。今回、組み換えTAOを大量発現した大腸菌細胞膜から高純度でしかも比活性の高い標品の精製法を確立できた事によって、補欠分子族の同定や基質の酸化還元部位の特定が可能となり、アスコフラノンによるTAOの阻害の分子機構を明らかにできると考えられる。また、組み換えTAOの発現系を確立する研究の途上でこれまで米国のHillによって報告されていたTAOcDNAの塩基配列がわれわれの原虫株の配列と異なっている事が判明した。Hillらによる配列との違いが株間の差異によるものである可能性は否定できないが、Hillらの塩基配列の解読が不正確である可能性が強い。特に機能上重要と考えられる予想上の第4ヘリックスが大きく異なっており、この領域の研究者に可能な限り早く公表する予定である。
2)新規TAO阻害剤の探索
前年度に確立した組み換えTAOを発現させた大腸菌を用いたTAOの特異的阻害剤のスクリーニング系によって、微生物代謝産物を検体としてランダムスクリーニングを行った結果、約一万検体の中にTAO組換え大腸菌の生育を選択的に阻害するものが2検体見い出された。アスコフラノン以外の新しい阻害剤を見い出した事は、薬剤耐性株の出現頻度が非常に高いアフリカトリパノソーマの化学療法にとって極めて有意義な成果であると考えられる。
3)培養系および実験動物を用いた薬効評価系による実用化の検討
我々のこれまでの研究結果からアスコフラノンのT. b. brucei に対する抗トリパノソーマ効果はグリセロールとの併用投与が必要とされていた。しかし、その血中濃度をある一定のレベル以上に保てば単独投与でも治療効果が認められることからアスコフラノン単独かつ連続投与によるトリパノソーマ症マウスモデルを用いた治療効果を検討した。その結果、経口投与において100 mg/kg 3時間間隔で1日4回8日連続投与することでトリパノソーマ感染マウスが 100 % 治癒することを見い出した。さらに家畜に甚大な被害をもたらしているT. vivax では腹腔内投与群において12 mg/kg、経口投与群において50 mg/kg を一回投与するのみで全ての感染マウスに治癒がみられた。この家畜トリパノソーマT. vivaxの実験的治療ではT. b. brucei に見られるようなグリセロールとの相乗効果は必要でなく、アスコフラノン単独にて治癒効果が確認された。さらにWHOとの共同研究によりヒトに感染するT. b. rhodesiense にも有効である事が明らかになったが、これはアスコフラノンの抗トリパノソーマ薬としてのスペクトルの広さを示すものである。また実用化をめざす上で最も重要な問題点であるアスコフラノンの体内動態と副作用についての実験よりトリパノソーマの生息する血流中でのアスコフラノンの濃度が経口投与によっても充分な高さを長時間にわたって維持されている事が判明した。さらにヒトに対する安全性確認の第一歩として行ったヒト培養細胞を用いた増殖阻害試験の結果、試験法に関わらずアスコフラノンは高濃度でもヒト細胞の増殖にほとんど影響を与えず、極めて安全性の高い薬剤である事が確認された。
4)T. b. brucei 原虫におけるTAOの発現プロファイル解析
今までlong slender特異的発現を行っていると考えられてきたTAOがmRNAレベルでは、全てのフォームで同様に発現が行われていることが明らかになった。これはアスコフラノンがより広い発育ステージで効果を発揮している事を示しており、その有効性の基盤を明確にする事ができた。
結論
今年度は植物ミトコンドリアなど他の生物種のシアン耐性末端酸化酵素でも報告のなかった組み換えTAOの可溶化、精製法を確立し、アスコフラノンによる阻害の分子機構解明へと大きく進展した。また組み換えTAOを発現させた大腸菌のスクリーニング系を用いて新たに2種の阻害剤候補を見い出した。さらにアスコフラノン単独投与でも有効な条件を決定し、またアスコフラノンがT. b. brucei ばかりでなく、ヒトに感染するT. b. rhodesienseや家畜に大きな被害を与えているT. vivax にも有効である事が明らかになった。この事からアスコフラノンの実用化がアフリカ諸国の医療問題ばかりでなく、食糧、経済問題の解決にも大きな役割を果たす事ができると期待される。また、これまでその実用化をめざす中で最も問題となっていたアスコフラノンの体内動態を解析し、トリパノソーマが生息する血中濃度が十分に維持される事を明らかにした。一方、宿主への副作用についてヒト培養細胞を用いて調べた結果、アスコフラノンが極めて安全性の高い薬剤である点を確認する事ができた。構造類似体で哺乳類ミトコンドリアの呼吸を強く阻害するアスコクロリンを用いた解析から、側鎖の違いによってアスコフラノンは哺乳類呼吸鎖の標的であるシトクロムbc1複合体に結合できず、これが副作用がほとんど見られない理由である事が明らかになった。さらにアスコフラノンの標的としてのTAOの発現プロファイルについて調べたところ、今までlong slender型特異的発現を行っていると考えられてきたTAOがmRNAレベルでは、全てのフォームで同様に発現が行われている事が明らかになった。これはアスコフラノンがより広い発育ステージで効果を示す事を表わしており、その有効性の基盤を明確にする事ができた。

公開日・更新日

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