抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000529A
報告書区分
総括
研究課題名
抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
相川 正道(学校法人東海大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大友弘士(東京慈恵会医科大学)
  • 金村聖志(東京都立大学)
  • 西野武志(京都薬科大学)
  • 伊藤義博(財団法人生産開発科学研究所)
  • 金子 明(東京女子医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
11,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は作用点の異なる2種類の薬、特にマラリア原虫を直接殺傷することを目的とせずに赤血球侵入を阻止することを目的とする薬と従来の抗マラリア薬を組み合わせ、その相乗効果によるマラリア治療効果の改善ならびに副作用等の患者における負担の軽減をめざすものである。昨年度までの研究により、熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum)の培養において、抗血小板、心筋保護、冠動脈副血行促進、冠循環改善等を目的として使用されているディピリダモール (DP)が原虫の増殖を抑制し、その作用機序は主として赤血球に結合して原虫の赤血球侵入を阻害することが考えられた。また、DPが赤血球膜に結合した結果、荷電分布をも含めた表層構造の変化が生じることが明らかになった。これらの結果を踏まえて、今年度はイン・ビトロおよびイン・ビボにおけるDPとCQを同時投与することによる相乗効果を検討した。また、前年度に引き続き、DPを始めとする赤血球侵入阻止薬の作用機序解明に原子間力顕微鏡システム (AFM)を導入した。一方、複合投与の観点から、抗マラリア薬複合投与による熱帯熱マラリア患者の治療を実際に行い、また他の抗マラリア薬と複合投与されているプログアニル (PG)をより効率的に投与するための基礎実験としてバヌアツでの薬理遺伝学的調査を行った。
研究方法
1)赤血球結合DPの定量: DPはメタノール抽出後、HPLCで分離・定量した。2)熱帯熱マラリア原虫培養実験:ヒト赤血球を用いてCQ感受性株indochina (IC-1) およびCQ耐性株K-1を培養し、72時間目の感染率を指標として感染率を50%押さえるDP濃度(IC50)を算出した。3)ネズミマラリア感染実験:主に感染率に対する効果を調べる目的でICRマウスにP. yoeliiを感染させ、ヒト重症マラリアモデルとしてC57BL/6NマウスにP. berghei ANKAを感染させた。DPは経口、経皮、腹腔、ないし静脈経路で投与した。CQは経口投与した。また、グリコフォリンA・ノックアウトマウスでのP. berghei ANKA感染実験を行い、DPがグリフォリンAをターゲットとするかを検討した。 4) AFM観察:マラリア原虫(IC-1株)の赤血球侵入型細胞であるメロゾイトおよび感染赤血球表層を観測した。5) メフロキンとアーテスネートの併用治療:ヒューマンサイエンス財団「輸入熱帯病寄生虫症に対するオーファンドラッグの臨床評価に関する研究班」から供与されたアーテスネートとメフロキンを用いて国内患者の治療に用いた。6)バヌアツにおける薬理遺伝学的研究:PG治療を受けたマラリア患者の指頭血を濾紙に採取したサンプルを用いて、PG代謝に関与する肝臓チトクロムP450のアイソザイムであるCYP2C19の遺伝子をターゲットとしてPG代謝と抗マラリア効果を検討した。
結果と考察
1) 赤血球結合DP量: ICRマウス赤血球をDP前処理 (12.5-100μg/ml)した場合、赤血球膜湿潤重量当り(/mg wet RBC)のDP量は5.7-32.6pgで処理DP濃度にほぼ比例していた。また、ICRマウスにDPを経口投与(DP7.5mg/day投与を1回-3回)12時間後の赤血球結合DP量は、それぞれ0.6、1.8、2.9pg/mg wet RBCであった。一方、体重1g当り2μgないし20μgのDP腹腔内投与12時間後の 赤血球結合DP量はそれぞれ1.9pg、10.5pg/mg wet RBCであった。また、赤血球に吸着ないし結合したDPは不安定な血漿中DP(半減期30分)と異なり、安定と考えられた。2)熱帯熱マラリア原虫培養系:CQ感受性株 および耐性株ともにDP存在下では、より低い濃度のCQによりマラリア原虫の感染率を押さえた。IC-1およびK-1培養3日目におけるDPのIC50は、それ
ぞれおよそ50μM、70μMであった(ハイポキサンチンの取込みによる24時間アッセイではIC-1におけるDPのIC50は12μMであった)。また、DP500μM処理(37℃、30分)した赤血球を用いた培養でも、強い抗マラリア効果が認められ、CQを添加することによりさらに生育を押さえた。3)マウス感染実験:ICRマウスおよびC57BL/6Nマウスを用いたイン・ビボ実験においては、DPによる強い抗マラリア効果、CQとの同時投与による明確な相乗作用が認められなかった。イン・ビトロの実験結果がイン・ビボの実験結果に反映しなかったので、赤血球表層に結合したと考えられるDP量を定量した。イン・ビトロにおけるDP500μM処理赤血球のDP量は1mlの血液に含まれる赤血球あたり (/ml blood RBC)、200ngであった。一方、C57BL/6NマウスにDP4mg腹腔内投与後1時間で採血した場合は7.1ng/ml blood RBC、1mg DP静脈注射投与後1時間で採血した場合では1500ng/ml blood RBCであった。従って、腹腔内投与の効率が極めて悪いことが判明した(予備的実験ではC57BL/6NマウスにDP静脈注射投与(1mg/mouse day x3days) で感染率の低下と存命率の上昇が認められた)。4) AFM観察:メロゾイト侵入部位である頭頂部は陽性に荷電しているが、DP500μM処理(37℃、30分)した結果、陽性電位の局在が認められなくなった。また、同様にDP処理したマラリア感染赤血球を観察した結果、以下の二点が明確となった。第一点は、感染赤血球表面上に存在していた電位分布(感染赤血球の特異的突起構造物 (knob)では陽性荷電それ以外では陰性荷電)が均一化されていることである。第二点は、赤血球表面のナノオーダーの構造が大きく変化し、DP分子が赤血球表面に均一に吸着していることが明らかになった。従って、赤血球表面の物理化学的な状態(薬剤との親和性や膜を介した物質移動など)を変化させる結果、抗マラリア効果を発揮すると考えられた。5) グリコフォリンA・ノックアウトマウスでのP. berghei ANKA感染実験行った結果、野生型と共に感染し、感染率の経過もほぼ同じであったことから、同原虫の感染にグリコフォリンAが関与していないことが判明し、またDPがグリコフォリンAをターゲットとしている可能性は示されなかった。6)メフロキンとアーテスネートの併用治療:メフロキンとアーテスネートの併用治療を行った結果、患者の臨床症状の改善がメフロキン単独に比べて早かった。7)PG代謝能に関する薬理遺伝学的研究:PG代謝能の低い患者 (PM)が極めて高頻度(70%)で存在するバヌアツにおいて、PG治療を受けたマラリア患者のCYP2C19に関する遺伝子型はPG代謝の程度と強く相関したが抗マラリア効果には関与しなかった。更にバヌアツ16島24地域の住民5538名についてのCYP2C19に関する遺伝子型解析より、PM遺伝子型は太平洋島嶼に広く分布することが予測された。また、バヌアツにおけるケーススタディーから、孤立した島嶼におけるマラリア伝播は、期間を限定した集団薬剤投与、殺虫剤処理蚊帳および幼虫嗜好魚の組み合わせ戦略で、住民参加を効果的に組織し実施することにより継続的に抑制されることが示された。
結論
マウス感染実験においてDPによる強い抗マラリア効果、CQとの同時投与による明確な相乗作用が認められなかったのは、腹腔投与では非常に効率が悪いことが原因であることが判明したので、効率の良いDP静脈注射とCQ経口投与の組み合わせ実験を行う必要がある。熱帯熱マラリア患者の治療にメフロキンとアーテスネートの複合投与治療が有効であることが再確認された。また、PG自体が未知の抗マラリア作用を示すことが示唆され、複合投与の新たな可能性が示された。

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