精神医学における倫理的・社会的問題に関する研究

文献情報

文献番号
200000305A
報告書区分
総括
研究課題名
精神医学における倫理的・社会的問題に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 二郎(東邦大学医学部精神神経医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木二郎(東邦大学医学部精神神経医学講座)
  • 中谷陽二(筑波大学社会医学系精神衛生学)
  • 斉藤正彦(慶成会老年学研究所)
  • 山崎敏雄(医療法人 社団雄心会 山崎病院)
  • 白石弘((財)東京都医学研究機構 東京都精神医学総合研究所)
  • 江畑敬介(東京都立中部総合精神保健福祉センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現代では人々のメンタルヘルスはきわめて重要で、それに関する精神医療保健福祉の役割は増大しつつある。しかしその倫理的側面の研究は国際的にも少なく、国内にはほとんどなく、倫理の確立は急務である。そのため現在緊急に要請されている下記6項目をあげて研究することとした。(1)精神医学における倫理的問題の国際標準化に関する研究(分担研究者:鈴木二郎)(2)精神医学における司法と医療の関与のあり方についての国際比較研究(分担研究者:中谷陽二)(3)老年痴呆者の在宅と施設療養における倫理的問題(分担研究者:斎藤正彦)(4)人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究(分担研究者:山崎敏雄)(5)各国の精神保健法の比較研究(分担研究者:白石弘巳)(6)地域ネットワークの形成と関係に関する研究(分担研究者:江畑敬介)
研究方法
(1)精神医学における倫理的問題の国際標準化に関する研究(分担研究者:鈴木二郎)
本年度から本格的にスタートし、まずその基本的な問題から検討することになった。まず日本側の研究会を2度開催して、この研究をどのように具体化するかを検討し、9月に国際ワークショップをもつことにした。9月27日に、海外の著名な研究者3名の参加を得て、濃密な論議の会合が持つことが出来た。すなわちD.Weisstub教授, J.E.Alboreda-Florez教授,H.Van Marle教授である。日本側の参加者は13名であった。
(2)精神医学における司法と医療の関与のあり方についての国際比較研究(分担研究者:中谷陽二)
精神科医療と司法の関係のあり方について現状の把握に立って制度改革の資料を提供する事を目的とし、本年度は刑事精神鑑定の実態に対するアンケートを実施した。
(3)老年痴呆者の在宅と施設療養における倫理的問題(分担研究者:斎藤正彦)
高齢者の意思能力の評価、老年期の痴呆患者の施設入所手続き、痴呆症終末期医療に関する意思決定のあり方の三つのテーマについて、内外の資料を収集し、精神医学の視点から、これらの資料を分析した(4)人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究 (分担研究者:山崎敏雄)
今年度は、研究目的に沿って、以下3つの研究が実施された。
1)精神医療審査会の機能評価尺度に関するアンケート調査:全国59の審査会委員と事務局併せて889人を対象に、「審査会の機能を評価するにはどのような情報が必要か」という観点から、本研究班が選んだ評価項目の要否を問うアンケート調査(計50項目)を実施した。
2)これまでに実施した審査会活動の実態調査(1999年度)や事務局の業務量調査(2000年度)を参照しながら、2002年度に精神保健福祉センターに移管される審査会事務局の運営マニュアル案を作成した。
3)英仏とわが国の審査会制度を資料により比較検討した。
(5)各国の精神保健法の比較研究 (分担研究者:白石弘巳)
資料及び訪問調査による各国の精神保健法の比較研究を行った。
(6)地域ネットワークの形成と関係に関する研究 (分担研究者:江畑敬介)
地域ネットワークを形成する場合に守秘義務との間に生じる問題の現状を調査するための質問紙を作成した。その質問紙を用いて、精神保健従事者団体懇談会、病院・地域精神医学会、日本作業療法士協会、全国保健・医療・福祉心理職能協会及び全国精神障害者地域生活支援協議会の協力を得て、下記のように多職種の人々からなる1,471名に対して郵送調査を行い467名から回答を得た。
結果と考察
(1)精神医学における倫理的問題の国際標準化に関する研究(分担研究者:鈴木二郎)
ワークショップでは、日本側から全日本断酒連盟小林副理事長(竹島研究員推薦)と、菅原教授、熊倉教授がそれぞれ意見あるいは症例を提示した。後半それについて3教授の意見発表と相互討論を行った。詳細は添付のワークショップ記録に記載されている。簡単にまとめると、日本側の考え方は、倫理は個人に属する問題であると同時に、日常的な人と人の間の関係でもあり、また精神医療では医師の態度でもある。これに対し、3教授の考え方は必ずしも、一様ではなかったが、倫理は、宗教からくる個人の哲学でもある一方で、制度や施設にも関わることが述べられた。最後にWeisstub 教授が、倫理は個人
個人のモラル・アイデンテイテイが基本にあるというようなことを言われた。こうした視点から、今後一致して研究が進められる可能性を見出せると思われた。
このワークショップをうけて、3度目の研究会を開き今後の予定を決定した。すなわち次年度に具体的なアンケートを実施する。さらにその結果を含めて、国際的なシンポジウムを開催して今回の討論を深める。そこで明年2002年のWPA横浜大会へシンポジウムを提案して、発表する。その結果を踏まえて、国際的な倫理の標準化を試み、出版する予定に決定した。 
(2)精神医学における司法と医療の関与のあり方についての国際比較研究(分担研究者:中谷陽二)
アンケートに対して38%の回答が得られた。回答者の大多数が鑑定に関心を示し、44%があり方を改善すべきであると答えた。鑑定を行うべき人については45%が司法精神医学の専門家と答えた。鑑定依頼への対応として45%が引き受けると答えたのに対し、43%は引き受けないと答えた。引き受けない理由としては「手間がかかる」など技術的な理由が多くあげられた。60%が鑑定の未経験者である一方、少数の頻回経験者が存在した。鑑定助手経験をもたない人が58%、卒後研修でまったく学習する機会のなかった人が42%を占めた。鑑定助手経験をもつ群はもたない群に較べ、その後の鑑定経験数が有意に多かった。鑑定依頼を引き受けると答えた人は、大学>国公立病院>民間病院>その他>診療所、の順に多かった。簡易鑑定経験は、関東>近畿>中部>九州>中国・四国>北海道・東北の順に多かった。以上から、鑑定への関心は高く、何らかの改善の必要性が認識されているが、みずから携わることについては消極的な傾向が見出された。これは卒後研修での学習機会の乏しさと関連し、研修に系統的に組み入れる必要性を示す。地域差の要因について検討の必要があると考えられた。
(3)老年痴呆者の在宅と施設療養における倫理的問題(分担研究者:斎藤正彦)
わが国における、高齢者の意思能力評価は、現在でも、基本的には精神発達遅滞モデルに基づくもので、高齢者の多様な能力障害を評価する技術が確立していない。居所指定を伴う施設入居については、全く法的手続きがなく、その必要性に関する認知も低い。痴呆症終末期の医療的関与については、生命倫理に関する基本的なフィロソフィーを欠いていて、未だに、分析すべき資料もないことを明らかにした。
(4)人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関する研究 (分担研究者:山崎敏雄)
1)精神医療審査会の機能評価尺度に関するアンケート調査ではの676名(76.0%)から回答を得た。その結果、回答者は、合議体委員構成のバランス、書類審査のあり方、意見聴取を中心とした退院請求審査のあり方を重要視していることが示された。
2)審査会事務局運営マニュアル案には書類審査の上限設定、電話受け付け体制の充実、請求受理から2週間以内の意見聴取、審査結果の迅速な通知とフォローアップ体制、年次報告書の作成、実地審査・実地指導の情報提示、患者の権利告知の強化など、審査会機能を強化するための工夫が盛り込まれている。
3)英仏とわが国の審査会制度の比較検討の結果、イギリスでは精神保健審査機構(Mental Health Review Tribunals)による強制入院の適否審査機能と、精神保健法委員会(Mental Health Act Commission)による医療内容への介入機能とが分離独立しており、委員会は、強制入院中の患者に対する薬物療法継続の適否にまで介入している。フランスでは、精神科医師、司法関係者、家族代表から成る県委員会(commission departementale)が、随時、病院を訪問し、ケースよっては退院を命ずる権限をもっている。このほか、県知事や裁判所長による抜き打ちの病院訪問もある。わが国の精神医療審査会は、イギリスのTribunalsとCommissionの機能を併せ持つが、実地審査や実地指導に機能の一部が分担されており、英仏に比べると、審査会の権限は弱いといわざるをえない。この点を反映してか、1999年に京都大学公衆衛生学教室が行った日仏比較調査では、審査会制度の現状に満足するフランスの精神科医が46.2%であったのに対して、わが国では18.0%にすぎなかった。
(5)各国の精神保健法の比較研究 (分担研究者:白石弘巳)
本年度の成果は以下の通りである。1)1999年に改正された精神保健福祉法の英文翻訳を作成した。今後さらに関係者の意見を聴取して定訳を完成させる作業を行う予定である。この翻訳により、海外の臨床家や研究者の日本の制度への理解を促進し、また相互交流する上で非常に有益な必須資料となると考えられる。2)カナダ ブリティシュ・コロンビア州の精神保健関連法制度について訪問調査を行った。ブリティシュ・コロンビア.州では、精神疾患治療を含む成年者の保護のあり方について、1960年代以来約40年ぶりの大きな改革が進行中であり、訪問調査によって精神保健法を含む関連諸制度の整備状況に関する概況を明らかにした。特に、今回の改正で行われた、強制入院制度の改正や強制外来治療の創設について調査した。こうした情報を日本における精神保健法制度改革や精神医療システムの改革の論議に生かすことが期待できる。
(6)地域ネットワークの形成と関係に関する研究 (分担研究者:江畑敬介)
1)同一施設内の専門職の間だけで患者情報を共有化する場合に患者の同意を得ているのは小規模作業所職員などが最も多く31.1%であった。
2)他施設の専門職と患者情報を共有化する場合に患者の同意を得ている者は精神保健福祉士で最も多く54.4%であった。
3)同一職場内での専門職で事例検討会を行った場合に、その終了後に事例記録回収していないのは作業療法士で最も多く77.8%であった。
4)他施設の専門職と一緒に事例検討会を行った場合に、その終了後に事例記録を回収していないのは作業療法士が最も多く71.4%あった。
5)患者の世話をしている家族から患者情報の提供を求められた時に求められたことには答えている者は小規模作業所職員などで最も多く42.4%であった。
6)ボランテイアと仕事をする場合に事前に守秘義務の誓約を文書で得ているのは心理職で最も多く19%であった。
7)ボランテイアとの患者情報の共有化を専門職と区別しないとする者はどの職種においても少なく5%以下であった。
以上、守秘義務についての認識は明らかに職種別に異なっていた。その認識には、それぞれの職種の置かれた職場の違い、年齢層の違い、持っている情報の違いなどが影響していた。 
結論
本研究班は極めて重要、かつ広範囲の問題を対象にしているが、具体的には現在喫緊の6課題を取り上げている。各個別の課題間には一見直接の関係がないように見えるが、実は共通する基本的な軸があることがあらためて浮き彫りになった。すなわち、1は精神障害者の人権とその擁護であり、分担研究(2中谷班)の司法鑑定や、(4山崎班)の精神医療審査会の活性化、さらに(6江畑班)の地域医療における守秘義務などの問題がそれである。その2は、精神障害者のうち、見過ごされがちな個別の問題、分担研究(3斉藤班)の老年痴呆や、(2中谷班)犯罪に関わった場合の判断などにおける精神医療従事者の職業的態度の問題である。その3,最後の軸は、こうした各個の問題の基盤になる精神医療における倫理観とその実践であり、我が国のみの認識だけでなく、国際的な倫理の基準がもとめられる時代であることで、分担研究(1鈴木班)の倫理の国際共同研究と、その基礎になる(5白石班)の精神保健法の国際比較研究である。
また各分担研究はそれぞれ、成果を様々な形で公表しつつあり、本研究の最終年にはそれを総合的に検討する班会議を開催して、より高次の有機的な成果を得ることを目指している。

公開日・更新日

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