高齢者の生活障害の要因と評価に関する研究

文献情報

文献番号
200000247A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の生活障害の要因と評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
古池 保雄(名古屋大学医学部保健学科)
研究分担者(所属機関)
  • 平山正昭(名古屋大学医学部附属病院検査部)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部神経内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A)低血圧について:a.食事性低血圧と老年者の文献レビュー 食事性低血圧(postprandial hypotension:PPH)は、食事後静止状態にあっても異常に血圧が低下する現象である。老年者におけるPPHについて、その臨床的意義を指摘したのはLipsitzら(1983)が最初と思われる。今回、老年者におけるPPHについて、その頻度や意義などについて検討した。 b.自律神経機能不全症におけるPPH発現の機序-特に静脈系の関与について-
PPHの病態生理を検討した。これまでの検討では食事後脈拍の増加は7-8%しかないが、心拍出量は40-50%に増加している。これはβ1作用が顕著で心筋収縮力だけが増加したと考えることも可能であるが、軽作業では脈拍の増加と心拍出量の増加はパラレルであるとされていることから考えにくい。したがって、食後に循環体液量を増加させる何らかの要因を検討する必要がある。体液量を調節する機序として容量血管である静脈系の影響は大きい。そこで、食後の静脈 compliance の変化を検討した。
B)皮膚交感神経活動について:睡眠時の自律神経活動-効果器反応よりみた皮膚交感神経活動 睡眠中の皮膚交感神経活動についての研究は限られており、睡眠段階と皮膚交感神経活動の関連には一定の見解が得られていない。睡眠時の皮膚交感神経活動についてGSR、発汗量、皮膚血流量を指標として効果器活動の面から検討を行った。
C)自律神経不全症/パ-キンソン病(PD)関連:PDの起立性低血圧(OH)―L-dopa静注の影響- PDの自律神経障害に関しては、OHを呈することもあり、その頻度は経過とともに増加する。しかし、PD治療薬でも副作用としてOHがみられることもあり、PDそのものの症状と区別がつきにくい。今回の研究では、未治療・軽症PD患者と治療歴のあるPD患者について検討した。
研究方法
A)低血圧について:a.食事性低血圧と老年者の文献レビュー 電子媒体情報を利用して、"老年者" で制限した"PPH"について文献検索した結果、104件の論文を見いだすことができた。 b.自律神経機能不全症におけるPPH発現の機序-特に静脈系の関与について-
対象:PPHを有しない小脳変性症患者6名(61±13歳)、PPHを有する多系統萎縮症患者6名(66±9歳)とした。方法:被験者は15分以上の安静仰臥位を保った後に75gブドウ糖を服用した。そのまま仰臥位を保ち、静脈 compliance は下腿で計測した。
B)皮膚交感神経活動について:睡眠時の自律神経活動-効果器反応よりみた皮膚交感神経活動 対象は健常成人男性8名(20-40歳、平均28歳)である。夜間睡眠ポリグラフィーを記録した。同時に自律神経活動の指標として、手掌・手背の皮膚電位変動、発汗量および皮膚血流量を測定した。経時的変化、睡眠段階による変化について検討した。
C)自律神経不全症/パ-キンソン病関連:PDのOH―L-dopa静注の影響-:対象:PD患者(未治療群)、L-dopaを含む内服治療を受けているPD患者(治療群)の2群に分けて検討した。方法:① 他動的head-up tiltをL-dopa静注前と後の2回おこなった。② ノルアドレナリン(NA)静注試験。測定は、心電図、連続血圧、microneurographyによる脛骨神経からの筋交感神経活動を同時記録した。
結果と考察
A)低血圧について:a.食事性低血圧と老年者の文献レビュー 老年者におけるPPHの頻度は比較的高く、失神、転倒、脳・心血管障害などの一因となっており、予後に関わっている。治療は長期的に確実に有効なものはない。老年者のQOLを高めるためにも、PPHの機序の解明と一層有用な治療法が求められる。 b.自律神経機能不全症におけるPPH発現の機序-特に静脈系の関与について- 静脈 compliance はPPH(+)群では0.058±0.013 %/mmHgから0.07±0.021%/mmHgへ軽度増加があり、control群では0.054±0.021 %/mmHgから0.041±0.013 %/mmHgと有意な減少を示した。今回下腿の静脈 compliance に変化が生じたことは、その他の静脈系でも同様の現象が起こっている可能性がある。すなわち、健常人では有効循環血液量が増加している可能性があり、静脈還流の増加は前負荷の増加、心拍出量の増加をもたらす。この結果、脈拍増加が少なくても、心拍出量を増加させることが可能である。これに対し、PPH(+)群では compliance は軽度に上昇しており、むしろ容量血管に有効な循環血液がpoolingされ、少なくとも食後に有効な循環血液量を増やす方向には働いていないことが分かった。これは、疾患群で心拍出量に変化がないことに一致している。
B)皮膚交感神経活動について:睡眠時の自律神経活動-効果器反応よりみた皮膚交感神経活動 1分間の手背GSR出現回数、手背発汗量平均値はともに睡眠第2段階(S2)、徐波睡眠段階(SWS)よりREM段階で少なかった。一方、皮膚血管収縮反応の回数はS2、SWSよりREM段階で多く、皮膚血流量はS2、SWSよりREM段階で少なかった。SWSでは発汗活動により熱放散が促進され、REM段階では発汗は減少し血管収縮活動により熱放散が抑制されていることを示す。これは、異なる睡眠段階でそれぞれ固有に働いている温度調節機能のあらわれであると考えられる。
C)自律神経不全症/パ-キンソン病関連:PDのOH―L-dopa静注の影響- PD未治療群ではOHはほとんど見られないが、NA静注試験での過剰昇圧反応やMSNA導出不能症例が多く、潜在的自律神経障害が存在した。治療群では高率にOHが存在し、L-dopa静注で増悪した。今回の結果からは、L-dopa静注により、MSNAが抑制されてOHが増悪しており、L-dopa静注が中枢からの交感神経出力を抑制したと考えられた。
結論
PPHの頻度は、健常老年者において比較的高く、高血圧、起立性低血圧、失神、自律神経障害のある例や薬物服用者ではさらに高くなる。PPHは、老年者の失神、転倒などの一因となっており、また高死亡率とも関連していることから、QOLを高め、予後を改善するために、その認識、対策が必要である。 食後には食事に伴う門脈系を中心とした血管抵抗が低下するが、これに対して交感神経系の亢進により抵抗血管の収縮をもたらし、容量血管の compliance 低下により有効循環血流を増加させ心拍出量増加を起こすと考えられる。この機序が生体の食後の血圧維持に重要な反応であると考えられる。PPHは、これらの機序の障害のため生じる。 睡眠時の皮膚交感神経活動について効果器反応の面から検討した。徐波睡眠段階では放熱促進し、REM段階では放熱抑制する対照的な反応が観察され、自律神経系によるそれぞれ固有の温度調節が行われていることが示唆された。 PD未治療例でも潜在的に自律神経障害が存在すること、治療例では臨床症状の有無に拘らず高頻度にOHが存在し、さらに、L-dopaが中枢からの交感神経出力を抑制し自律神経障害を増悪させる因子であることも明らかとなった。

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