糖尿病に関連した代謝栄養障害の遺伝素因の同定と高齢者の栄養指導への応用研究

文献情報

文献番号
200000238A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病に関連した代謝栄養障害の遺伝素因の同定と高齢者の栄養指導への応用研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
清野 裕(京都大学医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 武田 純(群馬大学生体調節研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小腸は、食物の消化吸収の主たる場であるとともにインスリン分泌促進シグナルを膵β細胞に伝える機能を持ち、糖代謝・血糖調節システムの重要な構成組織である。そこで、高齢者の糖尿病における栄養摂取と血糖コントロールの関連を明らかにし、将来のオーダーメイド栄養処方の確立を目的とし、初年度分として3種の実験を行った。
研究方法
①(1)我々が作成したGIP受容体ホモ欠損変異マウスを用い、栄養成分を変えた餌にて飼育した。(2)血糖値、血中インスリン値を測定し、GIPを介した脂質代謝と糖代謝の関係を検討した。(3)消化管シグナルが消失した状態(GIP受容体ホモ欠損変異マウス)での代謝状態と正常コントロールを比較検討した。
②(1)SIの5'上流およびエクソン1にプライマーを設定し、2型糖尿病患者40名を対象にPCR-SSCP法により遺伝子変異を検索した。(2)(1)によって得られた各泳動パターンについて塩基配列を決定した。(3)2型糖尿病患者100名および正常コントロール群100名を対象にPCR-SSCP法によって変異保有頻度を検討した。(4)SI遺伝子上流を含むルシフェラーゼ発現ベクターを各遺伝子型について作製し、CHO細胞にトランジェントに遺伝子導入し、その細胞溶解液をルミノメーターを用いて転写活性を測定した。(5)HNF-1αの正常型と13種の変異型およびHNF-1βの正常型と2種の変異型の翻訳領域全長をpCMV6bベクターに組み込んだ発現プラスミドを作成しCHO細胞またはCaco-2細胞にリポフェクション法を用いてトランジェントに遺伝子導入し、その細胞溶解液をルミノメーターを用いて転写活性を測定した。
③ESTクローンの大規模収集
ヒト小腸マウスMIN6 mRNAを用いてそれぞれプラスミドcDNAライブラリーを作成した。ラット正常膵ラ氏島およびRIN細胞のmRNAに関しては、ラムダZAPII XRベクターを用いて一方向性ライブラリーを作成した。ラムダファージライブラリーに関しては、in vivo excision法によりphagemidに変換した後、LB-Ampアガロースプレート上にクローンを生育させた。プレートから無作為にクローンを選択し、cycle sequencing法により両端から部分塩基配列(EST)を決定した。得られたESTmはNCBIのデータベースに電送し、BLAST(BLASTXとBLASTN)プログラムを用いてホモロジーサーチを行った。
(倫理面への配慮)
本研究は本学の倫理委員会に内容を報告し承認されたものであり、検体提供者に十分な説明を行い承諾を得られた者のみより検体の採取を行った、また検体の採取法は静脈よりの少量の採血のみであり危険性の極めて少ない方法であると考えられる。さらに匿名化ののち検体を保存しており、研究目的以外の用途での利用は行わない。
実験動物への配慮に関しても「実験動物の飼育および保管に関する基準」(総理府告示第6号)の用件を満たすよう動物実験を実施した。
結果と考察
①食事における栄養の構成は環境因子として糖尿病の成因のひとつとなる。消化管より分泌されるGIPはインスリン分泌に重要な役割を果たし、GIP分泌は脂肪や糖質など栄養素の経口摂取によって調節される。そこで我々はGIP受容体ホモ欠損変異マウスを用い、GIPを介した脂質代謝と糖代謝の関係を検討した。GIP受容体ホモ欠損変異マウスでは耐糖能の悪化と共に経口ブドウ糖負荷時のインスリン分泌は低下した。さらに高脂肪食を3週間負荷した。野生型マウスでは、通常食群、高脂肪食群ともに耐糖能に差はなく、インスリン分泌は高脂肪食群において亢進していた。GIP受容体ホモ欠損変異マウスでは、高脂肪食群で耐糖能は低下するも増悪は示さず、インスリン分泌の亢進も見られなかった。インスリン抵抗性は代償され糖の恒常性が保たれている。GIPシグナルの破綻は糖尿病の病因に一役を担っていることが示唆された。しかし、このシグナルの破綻は高脂肪食によるインスリン分泌の亢進を防止するため、GIPは2面の働きが存在することが明かとなった。
②糖尿病と糖質の消化に注目し、糖質の最終消化を演じるα-グルコシダーゼの遺伝子異常とその発現調節につき検討した。日本人200名についてα-グルコシダーゼの主要なコンポーネントであるスクラーゼ・イソマルターゼ(SI)遺伝子の変異の有無を検討した。PCR-SSCPによるSI遺伝子変異の検討にて200名中30名に異なった泳動像がみられ、直接シークエンス法にて転写開始部より59塩基上流のGがAに置換したアリルであることが明らかになった。この変異型では正常型に比べてSI転写活性が約1.5倍の高値を示した。さらに若年発症型家族性糖尿病(MODY)の原因遺伝子であるHNF-1の正常型および15種の変異型がSI遺伝子の発現に与える影響について検討した。CHO細胞においてL12H, T539fsdelを除く13種の変異型は正常型と比較してSI転写活性抑制効果が有意に減弱した。Caco-2細胞においてL12Hを除く14種の変異型は正常型と比較してSI転写活性促進効果は有意に減弱した。これらの遺伝子変異はα-グルコシダーゼ発現調節の異常を介して、糖尿病の病態に重要な役割を果たしている可能性がある。
これらの遺伝子異常を持つものに対する適正な糖質・脂質摂取の指導法の確立は、高齢者の肥満や食後高血糖の是正をもたらし自律障害の除去の一つの手段となる可能生を示した。
③インクレチン作用とその病態を理解するためには、インクレチン信号の受信に関与する膵β細胞遺伝子群と、その信号の受信に関与する膵β細胞遺伝子群を先ず網羅することが重要であるが、その段階は完了した。共通発現遺伝子をこれらのプールから選別することは、候補遺伝子を濃縮する上で重要である。現在進行中である実験動物ESTが完了すれば、既に作成された遺伝子発現動物および遺伝子欠失動物を用いて、さらに高次の候補を獲得することが可能となる。この段階は次年度の前半で達成される。ヒトゲノム計画が終了したことから、診断に有用なSNPを得ることは困難なことではないので、次年度以降のSNPマーカーによる遺伝子診断法の確立が期待される。
結論
生体では脂肪や炭水化物がGIP分泌を促進し、このGIPが付加的なインスリン分泌を亢進するが、過度のGIP分泌は高インスリン血症や肥満を招く。従ってGIPシグナルは糖尿病や肥満の病因に一役を担っておりGIP分泌を規定する適切な糖質や脂質量の決定が重要であることが明かとなった。
日本人に比較的高頻度に存在するSNPをSI遺伝子の転写調節領域に発見した。この変異によりαGの発現が亢進し、糖代謝に影響を与えている可能性が示唆された。 さらにHNF-1変異遺伝子は、正常型に比しその機能が減弱しておりこれがαGの転写調節異常を介して糖尿病の進展に役割を果たしている可能性が示唆された。これらの遺伝子異常を持つものに対する適正な糖質摂取の指導が重要であることが明かとなった。
ヒト小腸ESTのパネルは完成した。実験動物(ラットとマウス)のESTも近く完了予定であり、DNAマイクロアレイを作成するための分子資源の準備は順調に進んでいる。
これらの遺伝子マーカーをもちいてオーダーメイドの栄養処方を行うことは効率的に高齢者の肥満や食後高血糖の是正をもたらし自立障害の除去の一つの手段となる可能生を示した。

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