老化に伴うゲノム構造変化の分子機構に関する研究―早老症をモデルとして (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000228A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴うゲノム構造変化の分子機構に関する研究―早老症をモデルとして (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松浦 彰(国立療養所中部病院 長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 本山昇(国立療養所中部病院 長寿医療研究センター)
  • 小林武彦(岡崎国立共同研究機構 基礎生物学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝的に早発老化症状を呈するいわゆる早老症の原因遺伝子の分子レベルでの解析が進み、ゲノムに対する種々のストレスの監視および修復機構の機能低下がヒトの老化過程の抑制において重要な役割を果たしていることが明らかになっている。老化、老年病に対する予防・治療薬の開発のためには、ゲノムストレスに対する生体応答機構、その破綻がもたらすゲノムレベルのグローバルな変化を詳細に解析することが必要であり、このため老化過程におけるゲノムレベルの変化を解析するためのモデルシステムの構築が重要であると考えられる。本研究課題においては、早老症であるWerner症候群、毛細血管拡張性運動失調症(AT)の原因遺伝子WRN、ATMに注目し、それらの遺伝子産物およびそのホモログが真核細胞中でどのような機能を持ち、その異常がゲノムインテグリティーの破綻をどのように誘起するか、について解明することを目標として酵母、培養細胞を用いた解析を行った。さらに、モデル生物酵母において、反復配列rDNAのインテグリティーを維持するメカニズムをDNA配列の面から解析し、ゲノム維持に関与するシス因子の機能に関する研究を推進した。
研究方法
分裂酵母のATMホモログrad3+をプラスミド上にクローン化し、error-prone PCRにより導入したランダム突然変異のなかから、温度感受性かつseparation-of-function表現型を示す突然変異を探索した。rqh1+遺伝子に関しては、プラスミド中でnmt1プロモーター下に連結し、さまざまな欠失型遺伝子、DNAヘリカーゼ活性を失わせる変異を導入した遺伝子を構築した。Phenix-Aパッケージ細胞にpMX hTERTを導入してhTERTレトロウイルスを産生した。得られたウイルスをAT細胞および健常人由来皮膚繊維芽細胞の培養上清に加え、puromycin耐性細胞を選択した。hTERTの発現はRT-PCRおよびTRAP法により検出した。また、Terminal restriction fragment (TRF)法によりテロメア長を測定した。rDNAのように多コピーで存在する遺伝子のcisに機能する配列の決定は、すべてのコピーからある特定の配列のみを欠損させることは不可能なことから非常に困難である。この問題を解決するために、遺伝学的手法を用いて約150コピーあるrDNAを2コピーまで減らした出芽酵母株を作成した。この株を用い、rDNAの組み換えに関与が予想される非転写領域に対して変異を導入し、rDNAの増幅に影響を及ぼす領域を特定した。
結果と考察
ATMホモログである分裂酵母Rad3のテロメア制御機能を解析するためにrad3の温度感受性変異を単離し、その表現型を解析した。単離した変異の一つであるrad3-h4は、DNA損傷に対して正常に細胞応答を行うことができることから、チェックポイント機能は正常であることが示された。一方、この株はテロメア長に関してはrad3の欠損株と同程度に短縮したことから、テロメア機能のみに欠損をもつことが明らかとなった。Rad3、Tel1の両タンパク質の欠損により見いだされるゲノムインテグリティーの低下および生存率の低下は、rad3-h4 tel1の二重変異株では観察されないが、この株にさらにチェックポイント変異cds1 chk1を導入したところ、rad3 tel1完全二重欠損株と同様なテロメアの消失、生存率の低下が観察された。以上の結果により、Rad3にはチェックポイントを制御する機能、それとは独立の、テロメア長を正常に維持する機能、の二つの機能があること、さらに両機能がテロメア構造維持を介したゲノムインテグリティー制御に協調的に関与していることを証明した。
分裂酵母におけるWRNホモログRqh1が関与するDNA修復経路を明らかにする目的で、Rqh1タンパク質の持つ機能ドメインの検索を行った。Rqh1の全長をnmt1プロモーターにより過剰発現した場合に細胞増殖が阻害され、Rqh1のDNAヘリカーゼ活性を消失させる変異タンパク質(Rqh1-HD)によっても同様な表現型が観察されることから、Rqh1にはDNAヘリカーゼ活性自体が必要とされない機能が存在することが示唆された。HUに対する抵抗性に関しては、Rqh1、Rqh1-HDのいずれの発現によりrqh1欠損による表現型の回復がみられた。この結果は、DNA複製の阻害に対する抵抗性に関しても、Rqh1のDNAヘリカーゼ活性が必要でないことを示している。また、UVに対する抵抗性の獲得には、ヘリカーゼドメインに加えN末端ドメインが関わっていることを示した。このように、さまざまなDNA損傷におけるRqh1の多面的機能は、複数の機能ドメインにより担われている可能性があることが示唆された。
ATM遺伝子を欠損したヒト細胞(AT細胞)における細胞老化機構の解析のため、テロメラーゼ触媒サブユニットをコードするhTERT遺伝子をレトロウイルスベクターにより導入した。hTERT導入細胞ではテロメラーゼの活性が検出され、テロメア長の伸張が観察された。これらAT親株とテロメラーゼ陽性AT細胞との細胞増殖を比較した結果、親株は24 population doublings (PDs)で増殖を停止し、細胞老化に陥った一方、テロメラーゼを導入した株では親株で認められた細胞増殖の停止(Replicative Senescence)を超え、70 PDs以上の増殖を続けている。テロメラーゼ陽性AT細胞では、親株と同様に細胞周期チェックポイント異常が観察されることから、ATMの細胞周期チェックポイント機構とは独立に、ゲノム末端のテロメアの絶対長、あるいはそれによる末端の高次構造維持が、細胞分裂寿命において決定的な役割を担っていることが考えられる。
出芽酵母を用いてゲノムの安定性維持のメカニズムの解明を目的とし、反復配列rDNA内での組み換え制御配列の解析を行った。今年度は複製阻害活性に依存したrDNAの組み換え機構解明の第一段階として、組み換えに関係していると予想される非転写領域に連続的に変異を導入し、組み換えに必須な領域の決定を試みた。その結果、組み換えに必須なDNA配列(EXPと命名)をrDNAリピートの非転写領域内に同定した。EXPは連続した約500 bpからなる配列で、予想通りDNA複製フォーク阻害点を含んでいたが、EXPの約70%はそれとは無関係な配列であった。
結論
本研究において、トランス因子・シス配列の両面からゲノムインテグリティー維持の分子メカニズムを解析した。トランス因子である早老症原因遺伝子産物が複数の機能ドメインを有し、それらが協調的にゲノムの維持に関わること、さらにその破綻による細胞老化の昂進はテロメアにおける構造異常が原因であること、を示した。また、ゲノム構造維持に関わるシス因子として、反復配列rDNA領域に新規のシス配列EXPを同定した。近年、早老症関連タンパク質がゲノム上に散在する反復配列の維持に関わっている可能性が示唆されている。早老症関連因子をはじめとするトランス因子とゲノム構造維持に関わるシス配列との相互作用の解析をさらに推進することにより、老化過程におけるゲノム構造変化の寄与、およびその分子メカニズムを解明したいと考えている。

公開日・更新日

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