D-アミノ酸含有蛋白質に起因する疾病の病態解明とその特異的な分解酵素による治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000223A
報告書区分
総括
研究課題名
D-アミノ酸含有蛋白質に起因する疾病の病態解明とその特異的な分解酵素による治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
香川 靖雄(女子栄養大学)
研究分担者(所属機関)
  • 浜本敏郎(自治医科大学)
  • 木野内忠稔(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
私たち哺乳動物において、その生体組織や体液を構成する蛋白質は、従来L型のアミノ酸からのみ構成されると考えられていた。ところが近年、加齢とともに、遊離のD型アスパラギン酸(D-Asp)やD-Asp含有蛋白質が、体内で生じることが明らかになり、D-Asp含有蛋白質は、白内障や動脈硬化、プリオン病などの疾病との関連が指摘されている。特に興味深いのは、アルツハイマー病(AD)の原因蛋白質であるβアミロイド蛋白質(Aβ)においてD-Aspを含むAβ(D-Aβ)が、AD患者脳の老人斑の構成成分として発見されたことである。それらはいずれも自己凝集し、その結果、神経毒性を持つことが、in vitroで確認されており、発症や症状の進行に深く関係しているものと考えられている。しかし一方で、AD患者の脳では、遊離のD-Aspは健常脳に比較し、減少していることも報告されている。これら一見、矛盾する結果に対し、我々は以下のような仮説を立てた。即ち、我々の体内には、防御システムとして、D-Asp含有蛋白質に対する特異的な分解酵素が存在しており、ADでは、その酵素活性が著しく減退した結果、遊離のD-Asp量が減少し、D-Aβがいっそう蓄積して、ADの進行を促進しているのではないか、と言うものである。そこで、D-Asp含有蛋白質分解酵素の探索方法を開発し、分離・同定を行った。その結果、ごく最近、哺乳動物で初めてその精製に成功した。従って、本酵素の性質や作用機序を解明し、その遺伝子をクローニングすることによって、ADを始めD-Asp含有蛋白質に起因する白内障や動脈硬化などの疾病の治療法、予防法を開発し、また、血液検査などで本酵素の活性を調べることによって、D-Asp含有蛋白質に起因する疾病の発症前診断や、症状の経過を予測する方法を開発することが本研究の目的である。
研究方法
DAEP精製法:本研究で用いたDAEPは以下の手順で精製した。まず、ウサギ肝臓に10倍量以上の等張液(0.25Mショ糖、0.2mM EDTA)を加え、ポッター型ホモジナイサーで破砕した。その後、遠心分離(100×g、5分、4℃)し、その上澄みに1/2倍量の高張液(0.35Mショ糖、0.2mMEDTA)を加え、遠心分離(800×g、15分、4℃)し、その上澄みを更に遠心分離(9000×g、10分、4℃)し、その沈殿物に10倍量以上の等張液(0.25Mショ糖、0.2mM EDTA)を加え、遠心分離(9000×g、7分、4℃)し、沈殿物を回収した。この沈殿物に等張液(0.25Mショ糖、0.2mM EDTA)を加え、ホモジナイサーで軽く懸濁し、20mg/mlに調製し、Optiprepを用いた密度勾配遠心分離(1.117-1.185g/ml)を行い、1.130-1.140g/mlを分画し、ミトコンドリア画分を得た。このミトコンドリア画分に超音波処理(50% dutycycIe、2分)を行い、遠心分離(100,000×g、60分、4℃)し、その沈殿物(=ミトコンドリア総膜画分)に抽出緩衝液(1.0% CHAPSを含むT10E1)を加え、チューブローテーター(?1rpm、45分、4℃)で処理し、超遠心分離(100,000×g、60分、4℃)し、その沈殿物を上記抽出緩衝液に懸濁し再抽出を繰り返し、その上澄みに順次100K限外ろ過(MACROSEP)、強陰イオン交換(RESOURCE Q)、強陽イオン交換(RESOURCE S)を行い、ヒドロキシアパタイト(Bio-Scale CHT2-1)カラムにかけて、最終的にゲルろ過し(Superose 6 HR 10/30)、DAEP精製品を得た。
DAEP活性測定法:測定用基質として合成したNma-Phe-Arg-His-D-Asp-Ser-Gly-Tyr-Lys-2,4-Dinitrophenyl-Arg-NH2を用い、以下の手順で活性測定を行った。反応液として1.0M Tris/HCl(pH8.5)、1μl、5M NaCl、4μl及び0.1M MnCl2、3μl、蛍光基質(1mM)10μl、並びに蒸留水72μ1からなる計90μlの反応液を用い、これに酵素液10μ1を加え、総量100μlとして、30℃でDAEPの場合15分間インキュベートした。蛍光強度は、10%SDS、100μ1、さらに0.1M酢酸緩衝液(pH5.0)を加えて総量1.5m1として、蛍光光度計で測定した(測定条件:励起波長380㎜、蛍光波長460㎜)。
結果と考察
まずDAEPの酵素としての性質決定を行うことを目的として、以下の研究を実施した。
(1)DAEP精製法の改良:これまで、DAEPのミトコンドリア膜における局在が判明していなかったため、その精製の際には、ミトコンドリアの総膜画分を精製材料として用いていた。そのため、夾雑蛋白質の多さにより比活性が上昇せず、このことがDAEPの最終的な精製収率を低下させる原因であると考えられた。そこで、ミトコンドリア外膜のマーカー酵素であるモノアミンオキシダーゼの分布をもとに、内・外膜をスクロース密度勾配遠心法により分画し、DAEPの局在を検討した。その結果、DAEPはミトコンドリア内膜に存在していることが判明し、ミトコンドリア内膜を精製の初期材料とすることで、その収率の向上が見込まれた。
(2)至適温度等の酵素的性質の検討:次に、DAEPの基本的な酵素的性質の検討を行った。その結果、至適温度は37℃、至適pHは8.5であり、2価のカチオンにより、比活性が2倍に上昇することが明らかになったが、亜鉛イオンによってその活性は阻害された。また、DAEPは、肝臓、腎臓、脾臓、小腸などでは核とミトコンドリアにおいて、その総活性比がほぼ1:1で存在していることが明らかになっていたが、脳や精巣/卵巣では、ミトコンドリアに全体の80%程度のDAEPが存在していることが分かり、臓器の特異性とDAEP活性の関係が示唆された。
(3)DAEPに対する阻害剤の探索と特異的阻害剤の合成:DAEPの生理機能に関して、より多くを知るために、DAEP活性を阻害する物質の探索を行った。すでにプロテアソーム阻害剤のラクタシスチンが、DAEPに対しても作用することがわかっていた。しかしながら、ラクタシスチン、亜鉛イオンともに、その特異性はDAEPだけに限定できない。従って、より特異的な阻害剤の開発が急務であると考えられた。そこでDAEPがD-Asp特異的な分解酵素であることを考慮し、基質アナログとしてその阻害剤を設計・合成した。こうして完成したのがi-DAEPである(特許申請中のため、i-DAEPについての構造や合成法などについては、特許取得後、公開する)。i-DAEPは、ラクタシスチンに比べ10倍以上のDAEP阻害効果をもつことが明らかになった。
(4)DAEP阻害剤の生理機能への影響:i-DAEPの特性が明らかになったので、我々はDAEPが局在するミトコンドリアに対してi-DAEPを投与し、ミトコンドリアの機能にどのような影響が出るか観察した。その結果、ミトコンドリアにおけるADP→ATP変換反応において、酸素の消費速度を促進することが観察された。また、同様にしてi-DAEPを投与すると、ミトコンドリアからのチトクロームc放出の促進効果も観察され、DAEPは単にD-Asp含有蛋白質の分解酵素としてのみ存在するのではなく、それが局在するミトコンドリアの機能にも深く関与していることが示唆された。
考察:今回、DAEPの酵素的な性質については、多くの知見を得ることができ、新たに開発したDAEP阻害剤、i-DAEPは、非常に高い特異性を持つことが分かった。従って、これまで全く不明だった哺乳類におけるD-Asp含有蛋白質の代謝機構について、分解酵素の視点から検討可能になったことは、D-Asp含有蛋白質の蓄積機序の解明に大きく寄与するものと考えている。さらに、マウスなどにi-DAEPを投与することによって、D-Asp含有蛋白質の蓄積を再現するモデル動物の開発を現在検討している。
また、i-DAEPが、図らずもアポトーシスを引き起こすことが示唆されたことは、i-DAEPと既存の抗ガン剤との組み合わせで、よりガン細胞に特異的な抗腫瘍効果をもつ薬剤の開発の可能性を示唆するものである。
結論
従来、非脊椎動物にのみ存在が知られていた、D-アミノ酸含有蛋白質に対する代謝機構が、哺乳類に存在し、各臓器においてDAEPは、肝臓、腎臓、脾臓、卵巣/精巣、脳などの順に比活性が高く、細胞内においては、ミトコンドリア内膜に局在する分子量70万の高分子複合体であることが明らかになった。その酵素的性質は、至適温度37℃、至適pH8.5であり、2価のカチオンにより、比活性が2倍に上昇するが、亜鉛イオンによってその活性は阻害される。さらに、DAEP活性を阻害する特異的な阻害剤であるi-DAEPは、不可逆的にDAEPに結合し、そのIC50は、3μMであり、ミトコンドリアに処理すると、チトクトームcの放出を誘導することが明らかになった。従って、DAEPは単にD-Asp含有蛋白質の分解酵素としてのみ存在するのではなく、それが局在するミトコンドリアの機能にも深く関与していると考えられる。

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