高齢化社会における循環器未病対策と医療経済に関する疫学的基礎研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000210A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢化社会における循環器未病対策と医療経済に関する疫学的基礎研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
都島 基夫(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 丸山太郎(埼玉社会保険病院)
  • 村田 満(慶応義塾大学)
  • 丸山千寿子(日本女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生活の質(quality of life:QOL)を損なう前の、循環器病の準備状態で沈黙の病態である未病を定義し、未病の診断とその管理をすることにより循環器病を発症させないで、健康で長寿を保ち、究極的には循環器病の制圧と長寿を幸福と感じる社会作りが目的である。「未病」の西洋医学的な立場からの定義と診断としては、(1) QOL を保持している、(2)循環器病未病には、生活習慣病とよばれる合併症がない糖尿病、高血圧、高脂血症、喫煙習慣などの古典的メジャーリスクファクターの存在、循環器病の家族歴のあるもの、遺伝子多型性、遺伝子欠損症、高齢(老化)などの疾病準備状態、さらにホモシステイン、種々の炎症マーカー、凝固線溶能の異常などの新しいリスクファクター、リスクファクター集積症候群などが含まれる。(3) 発症前の早期動脈硬化の診断法により、循環器病の発症の危険性がある不安定プラークが存在する硬化などの早期動脈硬化症が含まれる。多因子遺伝病である冠動脈疾患のような common disease に一つ一つの遺伝子の phenotype は大きな影響を与えないが、複数の多型遺伝子が環境因子と複雑に絡み合って易罹病性を決定する。一つのリスクとしての遺伝子が環境因子との相互作用でどのようなインパクトをもつかを予防医学的見地から解明することにより、循環器未病対策における遺伝子多型検査の意義を明確にすることも本研究の目的である。また、動脈硬化診断による予防効果を明らかにして、動脈硬化症をevidence based medicineの一環として臨床体系化する必要がある。
研究方法
疫学的検討については三重県紀勢町の住民224人を対象とした。冠動脈疾患死亡率は農村7.6%、漁村12.3%(全国8.4%)で、頚動脈エコーなどを計測し、新しいリスクファクターであるホモシステインや遺伝子解析項目として、CETP, MTHFR, ApoA-I M1遺伝子, M2遺伝子など について検討した。臨床研究として、脳梗塞遺伝子診断については慶応大学病院受診の脳梗塞患者200 人と健康人281人、腹部大動脈硬化診断、HDL-TG解析については国立循環器病センター内科受診患者について検討した。超遠心法によるHDL-TGなど各リポ蛋白脂質、アポ蛋白の測定やコレステロールエステル転送蛋白(CETP )、リポ蛋白リパーゼ蛋白量(LPL, HTGL)などの測定を行い、動脈硬化との関わりを検討した。腹部大動脈のCT像の解析により、安定・不安定プラークの鑑別診断の可能性と長期観察による循環器病発症への影響について考察した。さらに未病対策とコストパーフォーマンスについて考察した。(倫理面への配慮)遺伝子解析にあたっては、個別に検査の内容と意義を説明し、文書にて同意を取得した。その他の検査については、臨床的な有用性などについて内容を説明し、同意を得た。
結果と考察
住民でのCETP遺伝子とapoAI遺伝子多型については、B1B1 29%, B1B2 51.3%, B2B2 19.6%と他の報告とも同様であった。HDL-C濃度はCETP-B1B1がもっとも低値、B2B2がもっとも高値であり、CETP濃度はこの逆でB1B1でもっとも高値、B2B2でもっとも低値でいずれも有意差を認めた。また、ApoAI遺伝子多型M1 の分布はM1+/+ 69.2%, M1+/- 29.5%, M1-/- 1.3%であった。HDL-C、ApoA-I濃度はApoAI-M1+/+ で有意に低値でM1-/- で高値を示した、ApoAI遺伝子多型M2の分布はM2+/+ 94.2%, M2+/- 5.8%, M2-/- 0%でApoAI-M2+/+群で低値の傾向を示した。CETP Taq1B遺伝子とApoAI M1遺伝子の組み合わせでみると、B2B2とM1+/+の組み合わせでHDL-Cはもっとも低かった。HDL-Cに影響するTG 150mg/dL以上群では、HDL-CとCETP 遺伝子とApoAI 遺伝子と
の関係はみられなくなった。脳血管障害群の検討では発症頻度に喫煙、糖尿病、高脂血症、高血圧で補正しても有意差をみたのはplatelet GPIbα(Thr145Met) とNADPH oxidase p22 phox(His73Thr)で、他の遺伝子多型では発症と有意の関係はみられなかった。これら2つの遺伝子の危険型を持つものの脳血管発症年齢は53.3歳、二つとも持たないもので58.6歳であった。MTHFR遺伝子変異とホモシステインに与える影響はVV型で高値を示し、血清葉酸濃度がホモシステイン濃度を規定していた。以上より要因としての遺伝子多型の影響は、GPIbα(Thr145Met) のように強いものから弱いものまでさまざまであるが、生活要因が加担するとその表現型を発現しやすく、逆にその発現に強く影響する他の生活習慣要因があれば、遺伝子多型による発現は隠れてしまうことが多い。遺伝子診断は生活習慣で修飾されやすいだけに未病の診断としては重要で、その生活習慣対策での対処する方法を確立する必要がある。脂肪摂取量が比較的少ない日本人では高TGが虚血性心疾患に強く関与するが、HDLの作用が重要であることが認識されている。高TG血症でHDL-TG比が高く、これにはCETPやHTGLの影響を受けており、血管壁マクロファージや泡沫細胞からのコレステロール抜き取り機構に障害を来す可能性、小粒子高密度LDLやIDL の生成活性の指標となることが確認された。腹部大動脈X線CTによる動脈硬化の診断の有効性についてはすでに報告してきたが、長期観察例において、石灰化、すなわち不安定プラークの安定化がみられない例に、冠動脈疾患の発症や動脈瘤の形成がみられた。今後その成因について遺伝子学的に検討する必要性が示された。未病対策とコストパーフォーマンスについては、検診などで使う費用が循環器病予防効果にどの程度寄与するか、未病対策の内容、健康増進費用には検査のみでなく予防対策に用いる費用の加算を考慮する、調査対象疾患以外の検査費用や無用の人に行った際の機会費用を除く、QOL低下に要する費用も計上する、費用対効果は分析する期間により変わってくる、若年者の血液検査の効用と、個別フォローなど未病対策のコストパーフォーマンス計上にあたっての問題点と今後の方向性について、医療や社会の現状を基礎に分析した。
結論
脳血管障害、冠動脈疾患などのcommon diseaseは多因子遺伝病であり、一つの遺伝子が与える影響は大きくないが、環境因子や複数の遺伝子多型と複雑に絡み合って易罹病性を決定する。遺伝子多型が環境因子との相互作用のもとにいかなるインパクトをもつかを医学的に解明し、わが国の循環器病未病対策、老化未病対策において、各遺伝子多型毎に影響力を明確にすることにより予防治療法を確立できる。CETPTaq1B遺伝子とApoAI M1遺伝子はHDL-Cの値に影響を与えたが、この2遺伝子を組み合わせると、より明確な結果が得られた。脳梗塞発症に寄与する遺伝子多型として、他のメジャー危険因子と独立した因子として有意であったのは、血小板GPIbα とNADPH oxidase p22 phoxであり、これらの遺伝子診断は脳梗塞発症の予知に有用であり、予防における抗血小板療法の位置づけに重みを与える成績が得られた。MTHFR遺伝子変異がホモシステイン濃度を規定し、VV型では高値となり、血中葉酸濃度がホモシステイン濃度に影響を及ぼした。HDL-TGの測定は、動脈硬化の活動性の指標となることが確認できた。大動脈CTで不安定・安定プラークの性状診断が可能性が確認され、経過観察により動脈硬化の安定化の診断や疾患発症の予知ができる可能性がある。未病対策とコストパーフォーマンスに関しては、その問題点と今後の方向性について、医療や社会の現状を基礎に分析した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-