高齢者の疼痛緩和に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000187A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の疼痛緩和に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
外 須美夫(北里大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 奥富俊之(北里大学医学部)
  • 的場元弘(北里大学医学部)
  • 川上 倫(北里大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
慢性疼痛では心理的要因が痛みの発症、重症化、悪化、または持続にとりわけ重要な働きをすることがあり、そのような場合には、心理的なアプローチが診断と治療に必要になる。心理的アプローチにより、痛みの治癒を目標にしてきたこれまでの視点から、慢性疼痛にもかかわらずポジティブな姿勢へ、すなわち、受け身的な立場から、医師の協力のもとに疼痛を自己管理していくという積極性な立場へと推移することができるようになる。そして、自分にはそれができるという自信や新しい視点に立った努力が有用であると確信するようになり、慢性疼痛の治療が進むことが期待される。本研究では、中高齢者の慢性疼痛患者の臨床的特徴、心理的因子の関与度、痛みへのとらわれについて検討した。
また、高齢者のがん疼痛治療では非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAID)が長期投与になることが多く、副作用について充分に注意する必要があるが、NSAIDの選択基準についてはほとんど検討されてこなかった。とくに、高齢者や化学療法などの影響で腎機能が低下している患者では、NSAIDの投与に躊躇することも少なくない。最近開発されたエトドラクは選択的COX-2阻害薬であり、長期投与による胃腸障害や腎機能障害などの副作用が少ないと考えられている。これらの背景を踏まえ、選択的COX2阻害薬であるエトドラクの長期投与が高齢者の進行がん患者の腎機能に与える影響について検討した。
さらに、局所麻酔薬であるリドカインは高齢者に多く見られる帯状疱疹後神経痛などの神経因性疼痛の治療に効果が認められているが、なぜリドカインが神経損傷後に生じる神経因性疼痛に効果があるかについては不明であった。一方、軸索輸送は, 軸索伸展, シナプス形成に必要な物質や伝達物質の輸送も担う神経細胞の基本的機能であり、リドカインは感覚神経の軸索輸送に影響を及ぼす可能性が考えられる。神経因性疼痛の機序として、脊髄後角での感覚神経の発芽が重要視されているため、感覚神経の成長や軸策輸送に抑制作用を持つことが、神経因性疼痛治療に結びつく可能性がある。そこで、本研究ではリドカインの感覚神経の軸索輸送と樹状突起の成長に及ぼす影響について検討した。
研究方法
北里大学病院ペインクリニックを受診した患者のうち器質的要因が明らかな患者は除外して、6カ月以上の疼痛期間を有する患者で45歳以上の計18人を対象として、慢性疼痛における心理的側面の重要度を検討した。調査項目は、病悩期間、心理的因子の関与度、治療内容、治療効果などであった。
また、エトドラクの長期投与に関する研究の対象は、北里大学病院でがん疼痛治療を受けている70歳以上の患者で、エトドラク1日400mg分2回の投与を1ヶ月以上継続した患者とし、エトドラクの投与開始前と投与後1ヶ月ごとに24時間クレアチニン・クリアランス(Ccr)を測定し、腎機能の評価を行った。
さらに、リドカインの軸策輸送に及ぼす研究では、雄性成熟マウスの脊髄後根神経節 (DRG) を摘出し培養液中に移した。これらの神経節から神経細胞を単離し培養し、倒立型微分干渉顕微鏡像をアナログ電気信号に変換した。この像を連続的にリアルタイムでビデオモニター上に表示し、ビデオレコーダー で録画、保存した。軸索輸送の解析は、粒子 の数を計測することによって行った。
結果と考察
中高齢者の慢性疼痛患者の臨床的特徴、心理的因子の関与度、痛みへのとらわれについて検討した結果、平均年齢は58ア13歳。疼痛期間は3.4ア2.4年。痛みの部位は上肢8人、下肢5人、頚部、胸部、腹部、背部が各1人づつであった。そのうち、身体的因子がほとんど関与しないと考えられたのは2人(11%)で、あとは外傷や手術などの身体的要因を有していた。痛みへのとらわれと心理的要因の寄与度は0、1、2、3の4段階でそれぞれ、1.9ア0.9と1.7ア1.0だった。5人(28%)が痛みへのとらわれで評価3でだった。また、5人(28%)が心理的要因の関与度が評価3であった。13人(72%)の患者で抗うつ薬を使用したが、明らかな改善効果が認められたのは3人(17%)で、中程度の痛み軽減効果が9人(50%)に認められた。しかし痛みが抗うつ薬で完全に消失した患者はいなかった。他の薬物の併用や硬膜外刺激電極の挿入、神経ブロック、痛みへの共感や認知療法を組み合わせ、6人(33%)が日常生活を支障なく送ることができ、8人(44%)が外来治療の継続で疼痛コントロール可であった。しかし、4人(22%)が難治性であった。本研究の結果から、中高齢者の慢性疼痛は多くが身体的要因を有していることがわかった。治療は、抗うつ薬が効果を有するが、他の薬物の併用や神経ブロックに加え、認知療法など心理的アプローチが必要であると思われた。それでも22%が難治性であり、中高齢者の慢性疼痛の治療の困難な点が浮き彫りにされた。痛みが外傷や手術などによる神経因性疼痛であるとともに、平均3.4年にもわたって痛みが持続していることから、心理的要因も加わり、痛みが増幅していると思われる。慢性疼痛における心理的側面は以前から強調されていたが、心理的要因のみが重要な役割を果たしているわけではない。しかし、痛みが難治性であり、長期間苦痛に悩まされている患者では、心理的アプローチも必要と思われる。その第1歩は、「現在の痛みの症状は医学的治療によっては完治できないので、治療を目標にしてきたこれまでとは視点を変えて、現在の症状がしばらく続くという前提で将来を考える必要があること」を共有することである。そのさい重要なことは、この諦めが希望の放棄ではなく、現実をあきらかにみることであり、「慢性疼痛にもかかわらず」というポジティブな姿勢であることをなんらかの形で伝えることである。このように、治癒を期待し、治療してもらうという受け身的な立場から、医師の協力のもとに疼痛を自己管理していくという積極性を求められる立場へと推移することが必要である。そして、自分にはそれができるという自信や新しい視点に立った努力がこれまで以上に有用であると確信することが重要である。
また、エトドラクの長期投与に関する研究ではエトドラクを1ヶ月以上投与されたのは18症例で、男性12例、女性6例、年齢は平均77±8歳であった。エトドラクの投与期間は平均3.7ヶ月。投与前後でのCcrはそれぞれ51±25、50±21ml/minであり、腎機能の有意な変化は認めなかった。また、エトドラクによる胃腸障害や、肝機能障害を疑われた症例はなかった。エトドラクの長期投与は高齢者における進行がん患者の腎機能への影響は少ないことが明らかになった。腎機能が低下した進行がん患者では、NSAIDsの長期投与によって更に腎機能が低下する可能性があり、モルヒネの代謝物であるM6Gの蓄積を介して傾眠を助長することが予想されている。エトドラクは胃腸障害が少ない薬剤でもあり、副作用対策の薬剤を少なくすることも可能であり、がん疼痛治療におけるNSAIDsとして長期投与が可能な薬剤である。
さらに、リドカインの軸策輸送に及ぼす研究では、低濃度(30μM)のリドカインをマウス培養感覚神経に投与すると順行性, 逆行性の軸索輸送をともに抑制した。この抑制反応はリドカインの濃度依存性に認められた。,無Ca2+細胞外液下やCAMIIキナーゼ阻害薬投与下ではリドカインの軸策輸送抑制反応は認められなかった。さらにリドカインは神経細胞の樹状突起の成長も抑制した。神経の軸索輸送は神経細胞の生存,機能維持の基盤となる重要な機能であるが最近の研究では,神経因性疼痛のような慢性の痛みの伝達には, 一次感覚神経と脊髄神経間のシナプス形成や, シナプス伝達の増強が関与していることが明らかとなった。これらの事実から類推すると, リドカインが感覚神経のシナプス形成や伝達を修飾している可能性がある。われわれの結果からリドカインはCAMIIキナーゼの活性化を介して感覚神経の軸索輸送と樹状突起の成長を抑制することが明らかになった。
これらの機序を介して、リドカインは低濃度で神経因性疼痛の発生を防止する可能性が示唆される。 
結論
ペインクリニックにおける中高齢者の慢性疼痛患者の検討から、慢性疼痛の治療は、抗うつ薬が効果を有するが、他の薬物の併用や神経ブロックに加え、認知療法など心理的アプローチが必要であると思われた。
また、エトドラクの長期投与に関する研究では、高齢者のがん患者のおける非ステロイド性消炎鎮痛薬の使用に際して、選択的COX2阻害薬であるエトドラクを長期投与をしても、腎機能に影響が少なく副作用も生じにくいことが示された。
さらに、リドカインの軸策輸送に及ぼす研究では、高齢者の神経因性疼痛の治療薬として使用されるリドカインは、低濃度でCAMIIキナーゼの活性化を介して感覚神経の軸索輸送と樹状突起の成長を抑制することが明らかになった。 

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