機能画像による高齢者脳高次機能の解析に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000153A
報告書区分
総括
研究課題名
機能画像による高齢者脳高次機能の解析に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 健吾(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 山田孝子(国立療養所中部病院)
  • 米倉義晴(福井医科大学高エネルギー医学研究センター)
  • 福山秀直(京都大学医学部)
  • 松田博史(国立精神神経センター武蔵病院)
  • 福田 寛(東北大学加齢医学研究所)
  • 小嶋祥三(京都大学霊長類研究所)
  • 石垣武男(名古屋大学医学部)
  • 加藤隆司(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は以下のように要約される。
1)認知など脳高次機能が加齢によりどのような変化を受けるか?その変化の神経生理学的メカニズムを脳磁図(MEG)、機能的MRI(fMRI)、ポジトロン断層法(PET)、シングルフォトン断層法(SPECT)などの脳機能画像を用いて明らかにする。
2)高齢者に多い痴呆性疾患、神経変性疾患において生じる脳高次機能の障害とその神経学的な病態生理学的メカニズムをMEG、fMRI、PET、SPECTなどの脳機能画像を用いて明らかにして正常加齢に伴う変化との類似点と相違を明らかにする。
3)MEG、fMRI、PET、SPECTなど脳機能画像による高齢者脳機能を可視化する方法を確立する。
以上の研究により、老化に伴う脳の高次機能の変化を明らかにし、脳の機能低下の予防と改善を通じて高齢者の生活の質的向上に資するとともに、高齢者および高齢者患者の介護、ケアを計画、遂行する上での認知神経学的な基礎知識を提供することを目指している。
研究方法
各分担研究者が以下のような項目を検討した。
1.健常高齢者の聴覚・視覚情報処理および社会的コミュニケーション機能
1)脳磁図を用いた認知機能の解明-聴覚情報処理の加齢変化-
音刺激後約20-60msの頂点潜時で聴覚中間潜時反応(MLR)が得られる。MLR振幅は刺激対側優位の傾向があり、高齢者では若年者に比べ、振幅の増大が報告されている。今回、健常成人10名、高齢者12名を対象にMLRの加齢変化について脳磁図を用い検討した。(山田)
2)機能的MRIを用いた高次脳機能の加齢変化
3 Tesla MR装置による脳賦活検査を健常若年者12名と高齢者12名を対象に施行し、顔の表情認知に関する課題について加齢が脳賦活に与える影響を検討した。(米倉)
3)社会的コミュニケーション機能のPETによる検討
高齢者における他者とのコミュニケーションの障害機序の解明を目的として、8名の健常被験者を対象として機能的MRIを用い、他者の名前の想起に関与する脳の情報処理系を明らかにした。(福田)
4)記憶、注意の加齢に伴う機能低下の神経機序に関するPETを用いた研究
高齢者では、新たに知り合ったヒトの顔がおぼえられない経験をもち、しばしば問題となっている。この顔~名前の連合記憶がどの脳領域のはたらきに基づくものであるのかを明らかにすることを目的とて顔~名前連合記憶課題を遂行中にO-15-H2O PETを用い局所脳血流量を測定した。(小嶋)
2.パーキンソン病患者の認知機能障害
5)パーキンソン病における認知機能速度の低下に関する研究
パーキンソン病(PD)の認知速度低下の病態を明らかにするため、新たに考案した認知課題である言語的心内操作課題(MO-v)と空間的心内操作課題(MO-s)を用いて、PD患者7名、健常高齢者7名を対象にO-15-H2O PETによる脳賦活試験を施行した。(福山)
6)レイヴン色彩マトリックス(RCPM)課題による脳高次機能の評価
痴呆のないパーキンソン病患者において、RCPMの成績が健常高齢者より低く、その成績と後頭葉、頭頂葉における脳血流と相関関係があることを明らかにしてきた。このRCPM課題遂行時の脳の活動部位を調べるために、健常若年成人12名を対象にO-15-H2O PETによる脳賦活試験を行った。(加藤)
7)パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質機能障害の関連に関する検討
パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質の機能障害の関連を検討する目的で、線条体におけるF-18-FDOPA PETのFDOPA取り込み率(Ki値)と運動機能および認知機能との関連を検討した。また、これらの関係をさらに明らかとするため、前年度に引き続いて前部帯状回、尾状核、被殻のFDOPA Ki値とF-18-FDG PETによる全脳の糖代謝分布の相関をSPMを用いて3次元的に解析した。(伊藤)
3.アルツハイマー病患者の認知機能障害
8)アルツハイマー病早期発見のための生理学的手法-dipoleとSPECTの組み合わせ
アルツハイマー病の早期検出を行う目的で、アルツハイマー病患者35名と正常人30名を対象として脳血流SPECTと頭皮上の脳波分布から脳内の活動部位を推定する双極子追跡法を実施し、これらの相関を評価した。(松田)
9)3 Tesla MR装置によるアルツハイマー病患者のMRS
3 TeslaMR装置を用いアルツハイマー病患者の治療前後に経時的に磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)を測定して、治療効果の客観的判定に応用するための基礎的検討として20台から60台の正常人20名において各皮質構造のspectraの再現性と正常patternを検討した。(石垣)
結果と考察
研究項目毎に以下のようにまとめられる。
1.健常高齢者の聴覚・視覚情報処理および社会的コミュニケーション機能
1)脳磁図を用いた認知機能の解明-聴覚情報処理の加齢変化-
MLRの加齢変化について脳磁図を用い検討した。若年者ではMLR振幅の左右差はなく、ともに反応は小さかった。高齢者ではMLR振幅の左右差が著明で、刺激対側では若年者に比べ有意に振幅が増大した。以上からMLRの加齢変化の機序として反復性聴覚刺激に対する抑制機構の低下が推察された。(山田)
2)機能的MRIを用いた高次脳機能の加齢変化
顔の表情認知に関する課題を行わせた結果、左扁桃体と右海馬傍回で若年者と高齢者で有意に賦活の程度が異なっていた。また高齢者では年齢と右海馬の活性に正の相関があり、神経心理学テスト得点と右海馬傍回の活性には正の相関があった。これらの結果は健常高齢者においても加齢が海馬・扁桃体領域の活動に影響を及ぼしている可能性を示している。(米倉)
3)社会的コミュニケーション機能のPETによる検討
機能的MRIを用いて、他者の名前の想起に関与する脳の情報処理系を検討した結果、前頭連合野や頭頂側頭連合野が名前の長期記憶の想起と関連することがわかった。これらの領域はアルツハイマー病などで脳血流の低下する部位である。(福田)
4)記憶、注意の加齢に伴う機能低下の神経機序に関するPETを用いた研究
顔~名前連合記憶課題を遂行中にO-15-H2Oを用い局所脳血流量を測定したところ、左半球の側頭葉腹側部と右大脳半球の前頭前野に強い血流増加が見られた。顔~名前連合記憶にはこれらの領域の働きが重要であることが示唆された。(小嶋)
2.パーキンソン病患者の認知機能障害
5)パーキンソン病における認知機能速度の低下に関する研究
言語的心内操作課題(MO-v)と空間的心内操作課題(MO-s)を用いて、脳賦活試験を施行した結果、行動学的評価で認知速度の低下が示されたMO-vでのみ、健常者に比べてPDで尾状核頭部の賦活が障害されていた。したがって、尾状核頭部の機能障害とPDの認知速度低下の関わりが示唆された。(福山)
6)レイヴン色彩マトリックス(RCPM)課題による脳高次機能の評価
RCPM課題では、視覚認知のventral pathway、 dorsal pathwayである後頭葉、頭頂葉、側頭葉で血流増加した。課題の種類によりpathwayの使い分けが見られた。各課題で共通に賦活される右後頭頭頂葉の機能低下がRCPMスコア低下の原因になりうると考えられるた。(加藤)
7)パーキンソン病におけるドーパミン神経系の障害と大脳皮質機能障害の関連に関する検討
MMSE は線条体における全領域の FDOPA Ki値と相関関係を認めたが、RCPM、Kohs 立方体テスト、WAIS-R (PIQのみ) は尾状核の FDOPA Ki値とのみ相関関係を認めた。SPMによる解析では前部帯状回のFDOPA Ki値と前部帯状回から前頭葉皮質領域の糖代謝の間に相関部位がみられ、一方、尾状核のFDOPA Ki値は後部帯状回より頭頂ー側頭連合野の糖代謝の間に相関部位が検出された。これらの結果は、パーキンソン病においてドーパミン系の機能障害部位と大脳皮質機能障害部位およびそれに伴う認知機能障害が密接に関連している可能性を示すものと考えられた。(伊藤)
3.アルツハイマー病患者の認知機能障害
8)アルツハイマー病早期発見のための生理学的手法-dipoleとSPECTの組み合わせ
脳血流SPECTと双極子追跡法を組み合わせて評価した結果、双極子度と正の相関を示す領域はアルツハイマー病群では側頭-頭頂部と前頭葉皮質の一部であり、MMSEにて相関する部位とほぼ一致した。このことは、アルツハイマー病の高次脳機能障害の評価に双極子度が有用であることを示唆するものと考えられた。(松田)
9)3 Tesla MR装置によるアルツハイマー病患者のMRS
正常人の皮質の各代謝物の存在濃度比は従来1.5Tesla装置での報告とほぼ同様であり、NAA/Cre比は前頭葉、後頭葉では2.0前後と高いのに対し、海馬では1.2前後と低く、部位による差異を示した。加齢によりNAAは低下傾向に、mIとChoは増加傾向を示したが、明らかな有意差は検出できなかった。今回少数例の測定であったが、比較的再現性のある結果が得られた。今回の結果はアルツハイマー病症例の対照データとして使用可能と思われた。(石垣)
結論
加齢および痴呆性疾患によって生じる脳の機能変化がどのような神経システムを基盤として生じているかをMEG、 fMRI、PET、 SPECTなどの脳機能画像、心理テストなどを用いて明らかにした。特に顔の表情認知、名前の想起、顔~名前連合記憶課題などの脳機能について得た新知見は、正常加齢のみならず高齢者神経疾患の病態生理を説明することにも貢献するものであった。また、パーキンソン病における認知機能障害の検討では、ドーパミン系の機能障害と大脳皮質の機能障害を介した脳高次機能障害が密接に関連していることを示しており、高齢者神経疾患に伴う神経伝達機能系の障害のみならず、神経伝達機能系の加齢性変化が脳高次機能に与える影響を明かににする上でも重要と考えられる。本研究では今後とも正常加齢および高齢者神経疾患の両者を研究対象とすることにより、脳高次機能に関わる脳内機序を総合的に明らかにしていく予定である。

公開日・更新日

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