鶏肉に起因するカンピロバクター食中毒の予防対策に関する調査研究

文献情報

文献番号
200000052A
報告書区分
総括
研究課題名
鶏肉に起因するカンピロバクター食中毒の予防対策に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
品川 邦汎(岩手大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小沼博隆(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 佐藤静夫(全農家畜衛生研究所)
  • 伊藤喜久治(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国ではカンピロバクター(Campylobacter jejuni/coli)食中毒が多発し、しかも増加傾向が見られる。これらの多くの事例は、鶏肉または鶏肉調理・加工品に起因するものが多いと推定されている。本食中毒の予防法を確立するためには、鶏肉のカンピロバクターの危害評価(鶏肉の汚染率および汚染菌の実態把握)を行い、さらに農場の鶏生産段階から処理加工、流通、販売、消費までにおいて本菌の制御方法を明らかにすることが必要である。そこで、本研究では以下に示す各項目について調査・研究を行った。
1) 農場の生産段階におけるカンピロバクター汚染実態とその防除対策-文献学的調査-
2) 食鳥処理場における汚染実態調査
3) 市販の食鳥肉の汚染実態(汚染菌量の調査)
4) 殺菌剤(塩素、二酸化塩素)処理による鶏肉への影響に関する研究
5) 食鳥処理場でのC. jejuni低減のための消毒効果に関する研究
6) 食肉中でのカンピロバクター増殖・生存性に関する研究
7) 食鳥・食肉より分離したカンピロバクターの薬剤感受性に関する研究
研究方法
1) 食鳥の生産段階におけるカンピロバクター汚染実態とその防除対策 -文献学的調査-
生産現場における本菌の汚染実態・防除対策を把握するため、過去10~15年間に発行された95編の関連文献を収集・整理し、その内容を各項目ごとに要約した。
2) 処理場における汚染実態調査
食鳥処理工程におけるカンピロバクターの定量的汚染状況について、岩手、鹿児島および兵庫の大規模食鳥処理場を対象に調査した。各処理工程で汚染菌数を調査するために、脱羽後、中抜き後、および冷却後に食鳥と体を採取した。各工程ごとにと体1羽を1検体として、と体の胸部10x10 cm (100cm2)を携帯用ガスバーナーで加熱殺菌した金属枠(内径10x10 cm)で焼印をした後、メスを用いて皮膚を切り取り、ストマック袋に入れて冷却条件下で検査所に搬送した。さらに、と体腸管内容物についても検査を行った。カンピロバクター汚染菌数の測定はMPN法(3本法)を用いて行った。
3) 市販鶏肉のカンピロバクター汚染実態調査
静岡県、埼玉県、秋田県衛生研究所および新潟食肉衛生検査センターの4施設において、平成12年7~9月にかけて市販の鶏肉130検体(むね肉50検体、もも肉60検体、手羽先38検体および鶏皮2検体)についてカンピロバクター汚染実態(汚染率・汚染菌数)調査を行った。汚染菌数はMPN(3本)法により測定した。
4) 殺菌剤(塩素、二酸化塩素)処理による鶏肉質影響に関する研究
薬剤によるカンピロバクターの消毒効果について検討する際の基礎データとするために、殺菌剤の肉質への影響について調査した。次亜塩素酸ナトリウムおよび二酸化塩素の20および50 ppm溶液に鶏肉を30分間浸漬し、肉表面の色調の変化を肉眼的に調べた。
5) 食鳥処理場でのC. jejuni低減のための消毒効果に関する研究
市販の食鳥肉(手羽先)をカンピロバクター菌液(10E4 cfu/ml)に浸漬し、もみ洗うようにして菌を付着後、各濃度の殺菌剤(2リットル)に30分間浸漬し、菌数の低減を調べた。使用薬剤は以下の通りである。
・次亜塩素酸ナトリウム溶液 20 ppmと50 ppm、pH 3~4に調整。
・二酸化塩素溶液    20 ppmと50 ppm、pH無調整。
各濃度の薬剤で処理した手羽先の皮膚 (約10 g) を採取し、検査に供した。薬剤の効果については、菌数測定(MPN 3本法)を行い比較した。
6) 食肉中でのカンピロバクター増殖・生存性に関する研究
市販の鶏肉、牛肉、豚肉にカンピロバクターを接種後、増殖性試験では30℃で保存し、生存性試験では4℃で保存を行い、経時(日)的に菌数の増減を調べた。
7) カンピロバクターの薬剤感受性に関する研究
全国の食肉衛生検査所および地方衛生研究所において分離されたCampylobacter (C.) jejuni 287株(鶏由来254株、牛由来42株)、C. coli 16株(鶏由来9株、牛由来6株、豚由来1株)およびC. fetus 29株(牛由来)、合計332株について、テトラサイクリン(TC)、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサン(CPFX)、ゲンタマイシン(GM)、イミペネム(IPM)、アンピシリン(ABPC)、エリスロマイシン(EM)およびクロラムフェニコール(CP)の各薬剤に対し、感受性試験を行った。試験方法はNational Committee for Laboratory Standards (NCCLS)に準じて、微量液体希釈法により各薬剤に対する最小発育阻止濃度 (MIC)を測定した。
結果と考察
1) 農場の生産段階におけるカンピロバクター汚染実態とその防除対策 -文献学的調査-
文献95編の調査により、下記の項目別に要約した。 
1.カンピロバクター検査方法
2.分離成績
1)養鶏場における分離
2)種鶏場における分離と垂直感染
3)食鳥処理場における分離と処理鶏・処置施設への汚染
4)市販鶏肉からの分離
3.カンピロバクター型別法(血清型、遺伝子型、生物型など)
4.ヒト食中毒との関連性
5.防除対策
1)養鶏場における防除対策
2)食鳥処理場における防除対策
3)処理場から搬出後および市販後の汚染対策
本調査により、生産現場におけるカンピロバクターの検査法、汚染実態、ヒト食中毒との関連性、および防除対策に関してこれまでの研究状況を把握することができた。また、これらの成果については鶏肉のカンピロバクター食中毒予防対策を検討する上に役立つものと考えられる。
2) 処理場における汚染実態調査
処理工程中の脱羽後、中抜き後および冷却後のと体、各77検体およびカット工場(部分肉処理場)での鶏肉(胸肉)33検体について調査した。胸部(皮膚100 cm2)のカンピロバクター汚染菌数は、農場によりばらつきが見られ、15cfu/100cm2以下から5,500 cfu/100cm2以上まで見られた。処理工程別では中抜き後で増加し、冷却後で減少する傾向が見られた。カンピロバクター汚染菌数を24 cfu/100cm2以下,25~99 cfu/100cm2、100~999 cfu/100cm2、および1,000 cfu/100cm2以上に区分し、それぞれの陽性検体数を調べた結果、多くの検体は24 cfu/100cm2以下であったが、100~999 cfu/100cm2のものも多く認められた。工程別では、脱羽後では24 cfu/100cm2以下のものが58.4%であったが、1,000 cfu/100cm2も14.3%認められた。中抜き後と体では、1,000 cfu/100cm2以上が19.5%認められ、冷却後と体では1,000 cfu/100cm2以上が3.9%と減少した。製品(胸肉)では、1,000 cfu/100cm2以上が18.2%認められ、製品の加工段階で再び上昇することが認められた。腸管内容物(1g)中のカンピロバクター菌数は10~10E4cfu/gと農場および個体間でばらつきが認められた。
処理工程におけるカンピロバクターの汚染防止法としては、腸管破損による糞便汚染を防ぐことが最も重要であり、処理場の衛生作業マニュアルを作成することが重要である。
3) 市販の食鳥肉の汚染実態(汚染菌量の調査)
食鳥肉製品101/130検体(77.7%)からカンピロバクターが検出された。その内訳は、胸肉42/50検体(84.0%)、もも肉28/40検体(70.0%)、手羽先30/38検体(78.9%)、とり皮1/2検体(50.0%)で、いずれの製品においても汚染率には大差は認められなかった。また、これらの汚染菌数は、12~92 cfu/100gのものが42/101検体(41.6%)と最も多く、1,160cfu/100g以上の菌数を示すものも19.8%認められた。鶏肉のカンピロバクター汚染は高率であるが、多くはその汚染菌数10E2 cfu/100 g以下であることが明らかになった。
4) 殺菌剤(塩素、二酸化塩素)処理による鶏肉質影響に関する研究
次亜塩素酸ナトリウムおよび二酸化塩素薬剤液(20 ppmおよび50 ppm)に鶏肉を30分間浸漬した結果、いずれの薬剤液においても鶏肉の表面が白色に変化した。また、いずれの薬剤も、50 ppm溶液のほうがより肉質の変化が大きい傾向を示した。次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌力はアルカリ域では効果が減少するため、塩酸およびクエン酸でpHを調整した。これらのpH調整剤では、肉の浸漬前後でpHの変化は見られなかった。食鳥処理場で使用する場合には、食品添加物として認定されているクエン酸を用いてpH調整を行うほうが望ましいと考えられる。
4) 食鳥処理場でのC. jejuni低減のための消毒効果に関する研究
各薬剤で処理した手羽先の皮膚(約10 g) を採取してMPN(3本)法により菌数を測定し、薬剤の殺菌効果を比較した。二酸化塩素は次亜塩素酸ナトリウムに比べて消費が少なく、検体を浸漬した前後で濃度はあまり変わらなかった。また、陽性コントロール(菌を付着した後、薬剤液に浸漬しないもの)と比べて、次亜塩素酸ナトリウム処理では菌数の減少は見られなかったが、二酸化塩素ではわずかな菌数の減少が認められた。さらに、検体をカンピロバクター10E2 cfu/ml菌液に浸漬し、薬剤液をそれぞれ50 ppmと100 ppmに変更した実験でも、次亜塩素酸ナトリウムよりも二酸化塩素のほうが有効である傾向が見られた。
6) 食肉中でのカンピロバクター増殖・生存性に関する研究
30℃保存ではカンピロバクターの顕著な増加も減少も見られず、また、4℃保存でも顕著な菌数の減少は見られなかった。さらに、カンピロバクターの増殖性・生存性に関しては、食肉の種類による差は見られなかった。これらの結果より、4℃保存でカンピロバクターは良好な生存性を示すこと、また、30℃保存では、鶏肉中においてカンピロバクターは増殖しないことが明らかになった。鶏肉がカンピロバクターの感染源として重要視される要因としては、その汚染率が高いことにあると考えられる。 
7) 食鳥・食肉より分離したカンピロバクターの薬剤感受性に関する研究
今回供試したC. jejuni、C. coli、およびC. fetus 3菌種とも耐性出現率が高かった抗生物質はTC (27.6~75.0 %)、NA (26.5~100 )およびCPFX (24.7~62.5 %)であり、逆にGM、IPMおよびCPに対する耐性出現率 (0~1.0 %) は極めて低かった。ABPCに対しては、C. jejuni (17.4 %)とC. coli (18.8 %)がほぼ同等の耐性出現率であったが、C. fetusは供試株全てが感受性を示した。EMでは、C. jejuni (5.2%)とC. fetus (3.4 %)は低かったが、C. coliでは効率 (43.8 %)であった。カンピロバクター感染症の治療薬として重要なEMと、耐性株の増加が問題になっているCPFX等のフルオロキノロン剤については、今後も継続的に耐性出現率を監視して行く必要があると思われる。
結論
1) 農場の生産段階におけるカンピロバクター汚染実態とその防除対策 -文献学的調査-
本研究では、生産現場におけるカンピロバクター汚染実態について、キーワード検索により過去10~15年間で95文献を選出した。これらを要約することにより、鶏生産農場・食鳥処理場からのカンピロバクター分離と汚染実態、検出方法、型別、防除対策、ヒトとの関連性について、現在までの知見を把握することができた。
2) 食鳥処理場における汚染実態調査
食鳥処理工程別のカンピロバクターについて定量的汚染調査を行った結果、処理と体では高率に汚染していることを認めた。汚染率は農場での格差が大きく、腸内容物のカンピロバクター分離頻度は個体差が認められた。処理工程別では中抜き工程で汚染率が上昇、冷却後に下降する傾向が認められた。
3) 市販の食鳥肉の汚染実態(汚染菌量の調査)
国内4施設において独立に市販鶏肉のカンピロバクター汚染実態調査を行ったところ、全検体数の77.7%にカンピロバクター汚染が認められた。その汚染菌数は、12~92 cfu/100gのものが41.6%と最も多かったが、1,160 cfu/100g以上のものも19.8%認められた。
4) 殺菌剤(塩素、二酸化塩素)処理による鶏肉質影響に関する研究
20 ppmおよび50 ppmの次亜塩素酸ナトリウムおよび二酸化塩素液処理の肉質への影響については、いずれの薬剤でも肉表面は白変し、さらにこれらは50 ppm溶液の方が、色調の変化が大きいことが明らかになった。
5) 食鳥処理場でのC. jejuni低減のための消毒効果に関する研究
手羽先をカンピロバクター菌液に入れ菌を付着させた後、次亜塩素酸ナトリウムおよび二酸化塩素溶液(20 ppmおよび50 ppm)に30 分間浸漬し、菌数の減少を調べた。次亜塩素酸ナトリウムでは、菌数の減少はほとんど見られなかったが、二酸化塩素では菌数の減少が認められた。
6) 食肉中でのカンピロバクター増殖・生存性に関する研究
市販食肉にC. jejuni一定菌数を接種し、4℃ならびに30℃で保存して生存性ならびに増殖性を検討した。4C保存した場合、経時的に緩やかな減少が見られたが、7日後まで顕著な減少は認められず、4℃における本菌の生存性は良好であることが明らかになった。また、30℃保存では食肉に接種されたC. jejuniの菌数は24時間後までにほとんど増減することなく推移した。食肉の種類による差異も認められず、食肉中のC. jejuniは4℃および30℃保存では初期汚染時の菌数が持続すると推察された。
7) 食鳥・食肉より分離したカンピロバクターの薬剤感受性に関する研究
鶏、牛および豚由来のカンピロバクター属菌332株について8種類の抗生物質に対する感受性を調べた。公衆衛生上特に問題になるエリスロマイシンとシプロフロキサンに対する耐性菌の出現頻度はそれぞれ5.2%と24.7%にとどまったが、海外の状況も踏まえ、今後も家畜ならびに食肉由来のカンピロバクター属菌の薬剤感受性サーベイランスを継続して行く必要がある。

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