脳卒中の危険因子としての糖尿病の疫学研究

文献情報

文献番号
199900845A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中の危険因子としての糖尿病の疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
藤島 正敏(九州大学大学院医学系研究科病態機能内科学)
研究分担者(所属機関)
  • 島本和明(札幌医科大学医学部第二内科)
  • 鈴木一夫(秋田県立脳血管研究センター疫学研究部)
  • 加藤丈夫(山形大学医学部第三内科)
  • 嶋本喬(筑波大学社会医学系地域医療学)
  • 田中平三(東京医科歯科大学難治疾患研究所社会医学研究部門(疫学))
  • 岡山明(岩手医科大学衛生学公衆衛生学)
  • 日高秀樹(三洋電機連合健康保険組合保健医療センター)
  • 佐々木陽(大阪府立成人病センター)
  • 伊藤千賀子(広島原爆障害対策協議会健康管理センター)
  • 柊山幸志郎(琉球大学医学部第三内科)
  • 林邦彦(群馬大学医学部保健学科医療基礎学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,350,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国では、脳卒中(ST)のリスクが欧米諸国に比べて高く、寝たきりや痴呆の最大の原因となっている。一方、近年日本人の生活習慣が欧米化したことによって、糖尿病(DM)の患者数が全国レベルで急速に増加しており、今後高血圧に代わる脳卒中の重要な危険因子として注目される。そこで本研究では、全国を網羅する形で選出された地域・職域の集団において、DMとSTの関係を疫学的手法により検討する。
研究方法
1.個別研究:①藤島は、福岡県久山町の60歳以上の高齢者を追跡した成績より、高インスリン血症/インスリン抵抗性と脳梗塞(CI)・虚血性心疾患(IHD)発症との関係を検討した。②島本は、経口糖負荷試験(OGTT)を受けた60歳以上の北海道端野町・壮瞥町の住民で降圧薬・DM治療薬を服用していない者を追跡し、インスリン抵抗性と生命予後の関係を分析した。③岡山は、1980年の循環器疾患基礎調査の受診者を追跡した成績より、随時血糖値がST死亡に及ぼす影響を検討した。④嶋本は、OGTTを受けた東北2農村の住民を追跡し、耐糖能とST発症の関係を検討した。⑤伊藤は、OGTTを受けた広島市在住の原爆被爆者の追跡調査より、耐糖能異常がSTおよびIHD死亡に与える影響を分析した。⑥佐々木は、2型DM患者の追跡調査より、STおよびIHD死亡の危険因子について検討した。⑦日高は、滋賀県愛東町の住民を追跡し、OGTT後尿糖陽性者の生命予後を調査した。⑧鈴木は、秋田県のST発症者と健常者(健診受診者)の間で、DMとSTの症例対照研究を行った。⑨田中は、新潟県S市のモデル地区において、ST患者と健常者(人間ドック受診者)の間で症例対照研究を行った。⑩柊山は、沖縄県の人間ドック受診者の断面調査で、DMの関連因子を分析した。⑪加藤は、ST既往歴のない山形県舟形町住民を対象に、脳MRI検査で診断した無症候性CIと耐糖能異常の関連を検討した。
2.共同研究:OGTTを受けて追跡中の全国5つの地域コホート(端野・壮瞥町、舟形町、新潟、広島市、久山町)計16,374名について、追跡開始時のOGTT前後の血糖値およびヘモグロビンA1c、他の動脈硬化の危険因子、追跡期間中の死亡例とその死因の情報を登録した(DMとSTの多施設大規模前向き追跡研究、Diabetes Stroke Collaboration Study; DISC study)。⑫林は、DISC Studyのデータを集計し、それらをコホート間で比較して統合可能か否か検討した。
結果と考察
①(藤島)高インスリン血症は、女性においてIHD発症の有意な危険因子となった。また、インスリン抵抗性症候群の構成因子(高インスリン血症、肥満、耐糖能異常、脂質代謝異常、高血圧)の合併数が増加するにしたがい、IHD発症率は有意に上昇した。一方、高インスリン血症/インスリン抵抗性とCI発症の間には明らかな関係は認めなかった。人種、動脈硬化の部位によってインスリン抵抗性の影響が異なる可能性がある。②(島本)インスリン抵抗性がある者はない者に比べ、他の危険因子で補正しても総死亡率が4.02倍有意に高かった。インスリン抵抗性も動脈硬化危険因子の1つとして管理することが望ましい。③(岡山)男性では、血糖レベルの上昇とともにCIのリスクは有意に上昇した。女性では150mg/dl以上の最高値群でそのリスクが有意に高かった。最高値群では脳出血のリスクも男女で有意に高かった。多変量解析でも、この関係に変わりはなかった。わが国では血圧が低下傾向にあることから、STに及ぼす耐糖能異常の影響は今後更に強くなる可能性がある。④(嶋本)DMは、CIおよび脳出血の有意な危険因子とならなかった。その要因として、この集団はDM治療例を除いていること、都市化の影響が比較的少ないことがあげられる。⑤(伊藤)他の危険因子を調整しても、DMは女性でIHDの有意な危険因子となったが、STとの間には有意な関連はなかった。耐糖能異常は、STよりIHDとの関連が強いことが示唆される。⑥(佐々木)血糖値が高いほどSTおよびIHD死亡率は上昇したが、IHDのみ統計学的に有意であった。多変量解析では、IHD死亡には収縮期血圧、心電図虚血性変化、血清コレステロール、糖尿病網膜症が、ST死亡には高血圧が有意な危険因子となった。DM群だけに限ると、耐糖能の循環器疾患に対する影響は大きくないと考えられる。⑦(日高)耐糖能異常群では死亡率が約2倍有意に高かった。多変量解析でも、耐糖能異常は死亡の独立した有意な危険因子となった。⑧(鈴木)CIに対するDMの影響は加齢とともに減少し、男性では70歳未満で、女性では80歳未満で有意なリスクとなった。また、DMはラクナ梗塞と粥状硬化による梗塞と有意に関連したが、脳塞栓症とは関連しなかった。DMの影響は、CIの病型によって異なることが示唆される。⑨(田中)耐糖能異常は、CI、なかでもCT分類では皮質枝型CI、病型分類では脳血栓、ラクナ梗塞の有意な危険因子となった。この関係は女性でのみに認められた。⑩(柊山)DMの関連因子は男性、年齢、肥満、高脂血症、高血圧、喫煙であった。ST発症者の登録を進めていく計画である。⑪(加藤)MRI画像所見より求めた脳虚血スコアに対し、年齢と高血圧が有意な関連因子となったが、耐糖能異常には関連がなかった。その要因として、住民検診から選んだ対象者であるため代謝異常が軽いこと、耐糖能異常は高血圧に比べ無症候性CIに与える影響が小さい可能性が挙げられる。⑫(林)コホート間でデータにばらつきがみられた。しかし、死亡例に占める循環器疾患の割合は均一であった。広島市のコホートは尿糖陽性者を母集団にしていることから、血糖値および他の危険因子のレベルが高かった。集団によって、対象者の設定が若干違うものの、データを統合して解析することは可能と考えられた。
結論
①(藤島)久山町の高齢者では、インスリン抵抗性はIHDの危険因子となったが、CIとは関連がなかった。②(島本)高齢者では、インスリン抵抗性は生命予後の有意な危険因子となった。③(岡山)随時血糖値の上昇は、脳出血およびCIの危険因子となった。④(嶋本)DMはSTおよびIHDの有意な危険因子とならなかった。⑤(伊藤)耐糖脳異常はIHD
死亡の有意な危険因子となったが、ST死亡と関連しなかった。⑥(佐々木)DM患者では、血糖値とSTおよびIHDとの間に明らかな関連は認めなかった。⑦(日高)OGTT後に尿糖陽性を示す者は、死亡率が2倍高かった。⑧(鈴木)DMはCIの危険因子となるが、ラクナ梗塞と粥状硬化による梗塞においてその傾向が強かった。しかし、高齢者ではその関係は認めなかった。⑨(田中)耐糖能異常は脳血栓、ラクナ梗塞の有意な危険因子であった。この関係は女性でのみ認められた。⑩(柊山)沖縄県の人間ドック受診者では、肥満、高血圧、高脂血症、喫煙がDMの有意な関連因子であった。⑪(加藤)脳MRIで診断した無症候性CIに対し、年齢と高血圧が有意な危険因子となったが、耐糖能異常は関連しなかった。⑫(林)各地域のコホートのデータにはそれぞれ特徴的な点があるものの、年齢などについて層化や選択的な統合を行うことにより、メタ解析/メタ回帰分析が可能と考えられた。

公開日・更新日

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