地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900835A
報告書区分
総括
研究課題名
地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
武村 真治(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
公衆衛生の分野においても、限られた資源のもとで、効率的な地域保健サービスの供給が求められているが、これまでの研究ではサービス供給の効率性に関する知見はほとんど得られていない。ミクロ経済学における企業行動の理論では、資本、労働などの生産要素と生産物との関連から生産関数を、また生産物と費用との関連から費用関数を導出し、生産活動の効率性、特に効率的な生産規模を検討する手法が開発されている。本研究では、ミクロ経済学における企業行動の理論を応用して、地域保健サービスの生産関数・費用関数を推定し、効率的なサービス供給主体の規模を明らかにすることを目的とした。
研究方法
本研究では以下の二つの分析を行った。(1)実証的分析のための基礎的な知見を得るために、①地域保健サービスの公的責任と効率性、②地域保健活動における重要な概念であるヘルスプロモーション、に関して理論経済学的に分析した。(2)地域保健サービスの実施状況のデータを用いて、生産に要する費用(事業費)を生産量(利用者数など)で説明する費用関数を推定した。生産量一単位当たり費用(平均費用)が最も低い生産量の規模(最適規模)が存在する場合(三次関数形)と存在しない場合(一次関数形)、固定費用が存在する場合と存在しない場合の組み合わせで、4つのモデルを設定し、それぞれのパラメータを推定した。生産量が0以上の範囲で総費用と限界費用が0以上であること、モデルの説明力が高いことを条件に、最も適切な費用関数のモデルを採択し、最適規模を算出した。用いたデータは、①平成8年度における全国市町村の老人保健事業(健康相談、健康教育、機能訓練、訪問指導、健康診査(基本健康診査、胃がん検診、子宮がん検診、肺がん検診、乳がん検診、大腸がん検診))、及び母子保健事業(1歳6ヶ月児健康診査、3歳児健康診査、乳幼児健康診査)の利用者数と事業費、②平成11年11月に全国3,182市町村を対象に実施した調査により得られた、平成10年度実績のがん検診(胃がん検診、肺がん検診、大腸がん検診、子宮がん検診、乳がん検診)の受診者数、要精密検査者数、結果別人員、事業費総額、であった。
結果と考察
(1)①公共財である保健サービス(環境保全対策、生活環境衛生対策など)や外部経済性の大きい保健サービス(感染症対策、喫煙対策など)は、市場の失敗とその社会的損失の観点から、公的責任のもとで供給される必要がある。しかし、生活習慣病対策を中心とした、特定個人・集団を対象とする対人保健サービス(健康診査、健康教育など)は公共財的性質、外部経済性が小さく、これらの保健サービスに対する公的責任は大きくない。このようなサービスは、効率性(投入される費用以上の便益の産出)と公平性(費用負担に対する公平な便益、健康状態の不公平の是正)を達成できてはじめて公的供給が容認される。②ヘルスプロモーションに基づく政策は、個人の健康をコントロールできる能力・技術の開発とそれを発揮できるような環境の形成に大別できる。健康的な環境の形成に関しては、公共財的性質、外部経済性の観点から公的関与の必要性が大きいこと、消費者行動に与える影響の観点から、財・サービスに含まれる健康的な要素の増加と健康的な財・サービスの価格の抑制によって健康的な消費者行動を促進できること、が示された。一方、個人の能力・技術の開発に関しては、個人に便益が帰属するため、公的関与の必要性は小さい。しかし健康的な消費者行動を促進するためには、個人が健康的な財・サービスを選択できる能力を付与するような保健サービスを公的に供給する必要がある。(2)①1,150市町村のデータを用いて、老人・母子
保健事業の費用関数を推定した結果、利用者数の最適規模が存在する事業は健康相談、健康教育、子宮がん検診、肺がん検診で、最適規模は健康相談で約21,000人、健康教育で60,000~65,000人、子宮がん検診で約3,200人、肺がん検診で約19,000人であった。基本健康診査、大腸がん検診、1歳6ヶ月児健診では三次関数モデルが採択されたが、利用者数が0以上の範囲で最適規模は存在せず、平均費用は利用者数の増加にしたがって増加していた。機能訓練、訪問指導、胃がん検診、乳がん検診、3歳児健診、乳幼児健診では一次関数モデルが採択され、利用者数と事業費が正比例の関係にあることが示された。健康相談、健康教育、子宮がん検診、肺がん検診では、効率的なサービス供給のためにある程度の利用者規模を確保する必要がある。しかし人口規模の小さい市町村を実施主体とする現在の供給体制では限界がある。したがって利用率の向上を図るとともに、ある程度の人口規模を有する市町村共同体を実施主体とすることによって、効率的なサービス供給が可能になると考えられる。②1,860市町村の回答が得られた(回収率58.5%)。がん検診の費用関数を推定した結果、生産物を受診者とした場合、胃がん検診、肺がん検診、乳がん検診では固定費用が存在しない三次関数モデルが採択された。乳がん検診の最適規模は3,702人で平均費用は2,529円であった。しかし胃がん検診、肺がん検診では受診者数が0以上の範囲で最適規模は存在せず、平均費用は受診者数の増加にしたがって増加していた。また大腸がん検診、子宮がん検診では固定費用が存在しない一次関数モデルが採択された。生産物を要精密検査者とした場合、胃がん検診、大腸がん検診では固定費用が存在しない一次関数モデルが採択され、肺がん検診、子宮がん検診、乳がん検診では一次関数モデルが採択された。生産物をがん発見とした場合、胃がん検診、肺がん検診、大腸がん検診では固定費用が存在する一次関数モデルと固定費用が存在しない三次関数モデルが採択された。胃がん検診では最適規模10.6人で平均費用270.2万円、肺がん検診では10.9人で143.6万円、大腸がん検診では14.1人で104.8万円であった。また子宮がん検診、乳がん検診では一次関数モデルが採択された。したがって、胃がん検診、肺がん検診では受診者数が大きくない範囲で、がん発見数が最適規模に近似する生産規模、大腸がん検診ではがん発見数ができるだけ大きくなる、または最適規模になる生産規模、子宮がん検診ではがん発見数ができるだけ大きくなる生産規模、乳がん検診では受診者数が最適規模になる生産規模が、それぞれ最も効率的であることが示された。しかし実際のがん検診の生産規模は、特に町村や人口規模の小さい市町村では最適規模よりもはるかに小さかった。したがって、がん検診の効率的なサービス供給のための方策として、人口規模の大きい市町村では広報活動や実施場所の改善によって受診者数を増加させること、人口規模の小さい市町村では最適規模の生産が可能な人口規模で構成される市町村共同体を実施主体とすることが考えられる。
結論
生活習慣病対策を中心とした、特定個人・集団を対象とする健康診査、健康教育などの地域保健サービスは公共財的性質、外部経済性が小さいため、効率性と公平性を達成できてはじめて公的供給が容認される。ヘルスプロモーションに基づく政策として、財・サービスに含まれる健康的な要素を増加させること、健康的な財・サービスの価格を抑制すること、健康的な財・サービスを選択できる能力を付与する保健サービスを供給することが必要である。地域保健サービスを効率的に供給するためには、人口規模の大きい市町村では利用者数を増加させること、人口規模の小さい市町村では最適規模における生産が可能な人口規模で構成される市町村共同体を実施主体とすることが必要である。

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