農村における生活習慣病の臨床疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900807A
報告書区分
総括
研究課題名
農村における生活習慣病の臨床疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
林 雅人(平鹿総合病院)
研究分担者(所属機関)
  • 藤原秀臣(土浦協同病院)
  • 西垣良夫(佐久総合病院)
  • 山根洋右(島根医科大学)
  • 高科成良(廣島総合病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年日本人のライフスタイルは農村部の都市化傾向が徐々に進んでいる。しかし、変貌した農村にスポットをあてた研究報告は少ない。このような背景をふまえて、これからの農村における生活習慣病対策に役立つ生活習慣の実態とその予防方法について昨年より臨床疫学的研究を行ってきた。1)本年は平成11年度の健診成績を平成9年度の成績に加えて地域特性の抽出を重ね、秋田では昨年検討出来なかった農村における生活習慣病が疾病や死亡とどのように関連しているかの検討を始める。2)運動習慣が健康指標に及ぼす影響については秋田・長野・島根・広島の4地区で軽度高血圧、軽度血清総コレステロール高値者、肥満者150人を対象に3か月間の運動習慣によって生じた結果から検討する。3)生活習慣病における運動療法とQOLの関連について検討した報告は少なく、QOL自体の評価法も確立していないのが現状である。そこで、本年は茨城で外来通院中の糖尿病患者に運動療法を施行し、治療効果およびQOLの改善について検討する。
研究方法
①今年も昨年と同様に秋田、長野、島根、広島の農村部において11年度7,113人の集団健(検)診の成績をまとめその地域特性を抽出する。更に可能な限り今までのデータから得られた地域の生活習慣と疾病の因果関係について昨年の成績を補う。②運動習慣が健康指標に与える影響については秋田・長野・島根・広島の4地区で、運動習慣の意義、運動で得られる効果、運動による事故等について説明後、同意を得た上で万歩計を装着し1日8,000歩以上を週4日以上歩くことを3か月間実施した。③今年度の運動療法についての研究は土浦で糖尿病の運動療法とQOLに関して検討したが、一日の歩行数、食事療法の遵守、服薬状況などを患者の記録によって行った。QOL評価はLPC式の調査票を用いて運動療法開始前と終了後に検討した。
結果と考察
本年も昨年と同様に、集団健診成績から地域差の抽出を試み、その要旨を結論の一部として示した。また各地域の生活習慣病の疫学的研究で得られた成績は1)秋田では年齢別健診結果と生活習慣からみた生存率の検討を行った。秋田県南3町村で基本健診の受診者5,673人を40~64歳 4,121人(中年群)と65~74歳 1,552 人(高齢群)に分け、平成元年より10年間の健(検)診データおよび生活習慣と生存率の関連についてKaplan- Meier法で検討した。その結果、a.収縮期血圧:男女、中年群、高齢群ともに血圧高値になる程生存率は低かった。b.拡張期血圧:中年群は男女とも血圧高値になる程生存率が低かった。c.BMI:中年群の男性は軽度肥満群の生存率が最も高く、ついで肥満群(BMI 26.4以上)、正常群、やせ群の順で軽度肥満群とやせ群の間に有意差がみられた。女性も軽度肥満群の生存率が最も高かったが、肥満群、やせ群ともに生存率は有意に低く、肥満群が最も低かった。d.空腹時血糖:中年群では男女とも高血糖群の生存率が低く、男性では有意差を認めた。e.ヘモグロビン:中年、高齢群男女ともヘモグロビン低値者の生存率が低く、中年男性、高齢男女で有意差がみられた。f.GOT:男性で中年、高齢群ともGOT高値者の生存率が低く、中年群では有意差が認められた。g.喫煙:男性の中年、高齢群とも非喫煙群の生存率が高く、高齢群において有意差がみられた。h.飲酒:中年群の男性では少量飲酒群(1合以下)の生存率が最も高く中等度飲酒群、多量飲酒群、非飲酒群の順であり、非飲酒群は少量飲酒、中等度飲酒群より有意に生存率が低かった。i.血清総コレステロール:中年群男性は171~190mg/dl(2群)の生存率が高く、170mg/dl以下(1群)は最も低値を示し1群と2群、1群と3群の間に有意
差がみられた。がん死亡の多いことが原因と考えられる。女性も170mg/dl以下(1群)の生存率が最も低かったが有意差はなかった。j.血清アルブミン濃度:高齢者のアルブミン濃度はアルブミン低値群で生存率が低く男性では有意差を示した。k.死因別異常者頻度:死因別に生存率を検査データ、生活習慣の関連を検討した。有意差の認められたものは収縮期血圧と脳血管疾患、5年以内のがん死亡とヘモグロビン低値、アルブミン低値、GOT高値となっていた。2)長野で行った生活習慣病の一次予防としての運動の効果は、永続的に実施可能な有酸素運動が基本であるが、ウォーキングにおいては、有意に歩数が増加した場合にはLDLコレステロールの減少が有意に認められる。ダンベル体操については、ダンベル体操を中止した群に高血圧・肥満の有病率が高いなどの影響がみられる。直接的効果のみならず、日常生活習慣や生きがい、社会的ネットワークの面などの間接的な影響の重要性も示唆される。単なるリスク・ファクターの減少効果のみならず、地域住民一人一人のQOLの向上の視点から取り組むべきものと考えられる。3)島根では a.出雲市をモデルに生活習慣と健康度について断面調査を行った。1998年度出雲市基本検診を受診した40歳以上15,000人を対象に検査データと自記式アンケートによる喫煙、飲酒、運動、食習慣を調査した。地域特性としては市街地で女性の飲酒、喫煙率、運動習慣が高く、農山村では農山村では男性の飲酒率が高く、牛乳、魚の摂取率は低かった。総合化した生活習慣指標として「運動しない」「毎日飲酒する」「喫煙する」ものを「悪い生活習慣群」とし「週3回以上運動する」「飲酒しない」「喫煙しない」ものを「良い生活習慣群」、それ以外を「中間の生活習慣群」とし、検査データとの関連を検討した。「悪い生活習慣群」でBMI、総コレステロール、HbA1C が有意に低く血色素は高かった。また、運動していない集団が、BMI、HbA1C、総コレステロール、拡張期血圧が良好であった。生活習慣病と診断された集団が、健康な集団よりも生活習慣が良いことが示唆された。このことは、断面調査では、生活習慣による健康指標への影響よりも、健康状態への注意が生活習慣に影響していることを示唆している。断面調査では、悪い生活習慣と検査データの因果関係の推定には限界があり、今後前向き研究が必要である。b.LDLコレステロールサイズと健康習慣、健康度、遺伝要因について検討した。出雲市内の工場労働者135名(男性51、女性84)を対象に、血中LDLを分子サイズによって小、中、大の3類型に分けた。118名についてβ3アドレナリン受容体遺伝子およびアポリポ蛋白E遺伝子を測定した。血液性化学検査と自記式アンケートによる生活習慣調査を行った。LDLの小さいものでHDLコレステロール低下がみられ、禁煙率が高く、運動習慣も高かった。LDLとアポリポ蛋白E遺伝子、β3アドレナリン受容体遺伝子との関連は明らかではなかった。断面調査では、良い生活習慣とLDLが小さいことの因果関係すなわちインターベンションの影響かの推定には限界があり、今後の前向き研究が望まれる。4)広島で行った継続健診受診者の検討では観察開始時点で肥満、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症がみられたもののうち、5年後には約20~50%が改善しており、ある程度教育・指導の効果があったものと推測された。また、BMI 24.0、血圧 130/85mmHg、空腹時血糖 110mg/dl 、コレステロール200mg/dl を危険指標とするとBMI 、血圧、空腹時血糖、コレステロールhigh risk 群より肥満、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症発症率は高率であり、これらの危険指標の信頼性が確認できた。また、健診においてこれらのhigh risk がみられたものに対する教育・指導を充分に実施することによって生活習慣病をかなり予防し得ると考えた。
結論
農村部で都市性の強い地域、農村性が多く残っている地域2か所、その中間の地域の4か所で9年度に11年度を加えた集団健診成績から地域差を抽出した。本年は昨年の成績精度をより確かなものとするため、11年度の集団健(検)診成績を加えて検討した。昨年と異な
り本年の広島は5年連続受診している優良生活習慣者が抽出されている。島根、広島の対象者が少ないという特殊性を加味して補正してまとめたが、その点を考慮すると地域特性については本質的な変化はみられなかった。その主なものをまとめると、1)BMIについての比較で男性は都市性の高い広島が高いが、女性では農村性の強い秋田、長野が高く、その差異が特徴的であった。2)収縮期血圧は男女とも秋田が最も高く、次いで長野と農村性の強い地域が高値。しかもその傾向は高齢になる程明確であった。3)拡張期血圧も長野、秋田が高いが70代になると差がなくなっている。4)血清総コレステロールは都市性の高い広島が男女とも高く(昨年)、秋田は低値傾向だが差は小さくなっている。5)空腹時血糖は男女とも秋田、長野の60代、70代で昨年と同様に高く、農村性の強い地域で高血糖をきたす背景の抽出が必要と考えている(現在検討中)。6)ヘモグロビンは昨年の成績と合わせて考えると男女とも広島、長野が高かった。広島は都市特性、長野は集団特性によるものが考えられる。運動習慣が健康指標に及ぼす影響について、秋田、長野、島根、広島の4地区で1日8,000歩以上の運動前後の平均値を比較した。その結果3か月間という短期間でもHDLコレステロールは各地域毎でも全体としても有意に上昇した。また、非運動群のコントロールのとれた地区では体脂肪率の増加を運動が制御していることが裏付けられた。上記各地域の健診成績の他に、得られた生活習慣病の臨床疫学的研究要旨は各研究者毎にまとめた。尚、運動療法について茨城県で糖尿病に対する臨床上の有効性とQOLに対する効果をLPC式調査票を用いて検討した。その結果糖尿病における運動療法は糖尿病の耐糖能の改善のみならず、QOLを向上させることが示唆された。

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