文献情報
文献番号
199900765A
報告書区分
総括
研究課題名
経鼻麻しんワクチンの開発に関する研究(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
斉加 志津子(千葉県血清研究所)
研究分担者(所属機関)
- 鈴木一義(千葉県血清研究所)
- 木所稔(千葉県血清研究所)
- 大川時忠(千葉県血清研究所)
- 小船富美夫(国立感染症研究所)
- 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
子供ワクチン構想の趣旨に従い麻しん感染症を予防するため、現行の皮下注射に用いられている弱毒生麻しんワクチンの接種経路を変更して経鼻麻しんワクチンを開発する。この経粘膜免疫製剤は、従来の注射による予防接種よりもより接種が容易で、安全性が高く、かつ幅広い免疫を付与することが期待できる。
研究方法
麻しんウイルスの中枢神経系(CNS)への侵入性と残留性を検討するために、強毒ウイルスHL株とワクチンウイルスTD97をそれぞれ2頭ずつのカニクザルに経鼻接種し、血液、咽頭拭い液中のウイルスRNA(MV-RNA)を経時的に調べ、前者は6週目に後者は4週目に解剖し病理学的検索を行った。経鼻接種法と皮下接種法での抗体産生能の比較を行うため、カニクザルにTD97株を両接種経路で接種し、血中抗体価と唾液中の分泌性(SC)-IgA抗体価の産生を比較した。この経鼻接種サルに接種後10ヶ月目にHL株を経鼻的に攻撃接種し、1週目に解剖して感染防御能を調べた。今まで実施してきたカニクザルを用いた安全性試験の成績を参考にし、カニクザルを用いた単回投与毒性試験を実施した。乾燥弱毒生麻しんワクチン0.5 mL/bodyを雌雄各2匹のカニクザルに、また、経鼻投与の苛酷条件として0.3 mL/bodyを雌雄各2頭に気管内投与し、毒性の発現の有無を調べた。 なお、本試験は、「単回及び反復投与毒性試験ガイドラインの改正について」(平成5年8月10日薬新薬第88号厚生省薬務局新医薬品課長及び審査課長通知)を遵守して、株式会社新日本科学安全性研究所において実施された。
結果と考察
サルへの経鼻接種麻しんウイルスのCNSにおける残留性は、昨年度の試験でTD97株については否定されたが、HL株接種サルではウイルスRNA血症が4週の解剖時まで続いて、有効な成績が得られなかった。今年度はHL株接種サルの観察期間を6週まで延ばして、ウイルスのCNS侵入性について検討した。HL株接種サルにおいて、髄液中の細胞増多症が#4197サルでは4週から起こり5週と6週に強く起きている。このサルの4週目髄液からはMV-RNAが検出された。他の1頭の#3962サルでは髄液からMV-RNAは検出されなかったが,同様の髄液細胞増多症が5週から6週に惹起されており,この2頭は末梢からCNSへのウイルス侵入が起こり、これにより髄液細胞増多症が惹起されたことが強く示唆された。また病理組織学的検索で、この2頭の6週目のCNS全般にウイルス性と考えられる軽度の病変が起こっており、この成績もCNSへのウイルス侵入を示唆するものである。ウイルスのCNSへの侵入時期について考察すると、2頭の末梢血からは5週或いは6週までMV-RNAが検出されており、この長期に続くウイルスRNA血症により、脳血管関門(BBB)からウイルスがCNSに侵入したものと推定されるが、侵入時期は、髄液4週目検体からのMV-RNAの検出、髄液細胞増多症の4週以後での惹起及びCNSの組織病変が6週でも認められたことから、接種後3~4週頃の比較的遅い時期とするのが考えやすい。しかし、HL株を含む強毒株を皮下接種されたサルにおいて、接種後6日の早期に脳から感染性ウイルスが分離されたという報告がある。また、ヒトにおいて発しん出現後2~5日の麻しん急性期に、髄液から高率にウイルスが分離されたという報告がある。CNSへのウイルスの侵入時期と侵入機構については、より詳細な解明実験が必要と思われる。次にCNSへのウイルスの残留性について考察する。HL株接種サルでは2頭の嗅球と1頭の頸髄にMV-RNAが検出された。麻しんウイルスRNAが健常人61人(平均年齢54.4歳)中11人のCNSから検出されたという報告があり
、MV-RNAのCNSへの残留は病原性を伴わず通常起こりうるものと考えられる。しかし本試験では特に嗅球から検出されており、嗅神経経由のウイルス感染を疑う必要がある。しかし、本試験では以下の4つの理由から、麻しんウイルスは嗅神経経由ではなく、BBB経由でCNSに侵入したものと推定される。(1) 本ケースでは5週から6週までウイルスRNA血症が続き、髄液内細胞増多症が4~6週に起こり、1頭の4週目髄液からMV-RNAが検出され、更に6週目のCNSに広範なウイルス性病変が認められたが、一方鼻粘膜、嗅神経及び嗅球に病変が認められず、これはBBB経由の侵入を示唆している。(2) これまでのHL株サル経鼻接種試験において、接種後6日及び10日という早期に、鼻粘膜に病変が生じている場合でも嗅神経の感染は見られていない。(3) 麻しんウイルスのCNSへの侵入は、脳血管内皮細胞へのウイルス感染によるBBB侵入が疑われており、また同じモビリウイルス属のジステンパーウイルスでは上記ルートのほか、ウイルス感染単核球によるBBBからの侵入が報告されている。単核細胞が主要な感染ターゲットの一つである麻しんウイルスもこの侵入経路が考えられる。(4) 神経感染性のウイルスであるヘルペスウイルスやポリオウイルスでも嗅神経経由のCNS感染は証明されていない。しかし麻しんウイルスの嗅神経経由のCNS感染を明瞭に否定するためには、本報の嗅球で検出されたMV-RNAの侵入ルートの解明は必要であり、前述の強毒ウイルスによるサルCNSへの侵入時期と侵入機構の解明は、この疑問をも明らかにすると考えられる。本試験においても、TD97株接種サルでは血中からMV-RNAは4週まで全く検出されず、当然髄液からの検出も髄液細胞増多症も起こらず、CNSに病変は見られず、CNSへのウイルス侵入はなかったものと見なされ、TD97株経鼻接種法のCNSへの安全性が再確認された。ワクチンウイルスTD97株の経鼻接種法と皮下接種法の有効性比較試験では、両者の血中抗体産生に差は見られず共に良好であり、唾液中のSC-IgA抗体は予想通り経鼻法の方が良好な産生を示す成績が得られた。感染防御に重要と考えられる細胞性免疫能については今回比較出来なかったが、抗体産生に関して経鼻接種法は従来の皮下接種法に劣らないという成績が得られた。この試験の経鼻接種サル4頭に対しては接種後10ヶ月目にHL株の攻撃試験を行ったところほぼ完全な感染防御効果が見られた。TD97株の経鼻接種法と皮下接種法比較試験における体液からのMV-RNA検出試験で、経鼻接種サルは4頭中1頭の咽頭スワブ1週目検体のみから、一方皮下接種サルでは4頭中2頭の末梢血リンパ球1週目検体のみからMV-RNAが検出された。またCNS侵入性試験においても、TD97株経鼻接種サルは2頭中1頭の咽頭スワブ1週目検体のみから検出され、TD97株の経鼻接種法ではMV-RNAは咽頭スワブのみから検出され、血液からは検出されない。これらの成績から、接種法によりウイルスの初期増殖部位が異なっていることが推察される。すなわち、MV-RNAの検出部位が皮下接種の場合は血中なのに対して、経鼻接種の場合は接種局所であるので、皮下接種よりも血中移行抗体の影響を受けにくいことが推定される。麻しんの常在している途上国では麻しんの感染年齢が低く、母からの移行抗体を持つ乳児に有効な麻しんワクチンが求められており、Edmonston Zagreb 株が挫折して以来、現在これに適したワクチンを模索中であるが、本ワクチンの成績は乳児用ワクチンとしての期待を抱かせる。経鼻投与法の安全性を確認するために「単回及び反復投与毒性試験ガイドラインの改正について」(平成5年8月10日薬新薬第88号厚生省薬務局新医薬品課長及び審査課長通知)を遵守し、カニクザルを用いた単回投与毒性試験を実施したが、被験物質に起因する毒性は何ら見られず、これまでのサル接種試験の成績と一致するものであった。
、MV-RNAのCNSへの残留は病原性を伴わず通常起こりうるものと考えられる。しかし本試験では特に嗅球から検出されており、嗅神経経由のウイルス感染を疑う必要がある。しかし、本試験では以下の4つの理由から、麻しんウイルスは嗅神経経由ではなく、BBB経由でCNSに侵入したものと推定される。(1) 本ケースでは5週から6週までウイルスRNA血症が続き、髄液内細胞増多症が4~6週に起こり、1頭の4週目髄液からMV-RNAが検出され、更に6週目のCNSに広範なウイルス性病変が認められたが、一方鼻粘膜、嗅神経及び嗅球に病変が認められず、これはBBB経由の侵入を示唆している。(2) これまでのHL株サル経鼻接種試験において、接種後6日及び10日という早期に、鼻粘膜に病変が生じている場合でも嗅神経の感染は見られていない。(3) 麻しんウイルスのCNSへの侵入は、脳血管内皮細胞へのウイルス感染によるBBB侵入が疑われており、また同じモビリウイルス属のジステンパーウイルスでは上記ルートのほか、ウイルス感染単核球によるBBBからの侵入が報告されている。単核細胞が主要な感染ターゲットの一つである麻しんウイルスもこの侵入経路が考えられる。(4) 神経感染性のウイルスであるヘルペスウイルスやポリオウイルスでも嗅神経経由のCNS感染は証明されていない。しかし麻しんウイルスの嗅神経経由のCNS感染を明瞭に否定するためには、本報の嗅球で検出されたMV-RNAの侵入ルートの解明は必要であり、前述の強毒ウイルスによるサルCNSへの侵入時期と侵入機構の解明は、この疑問をも明らかにすると考えられる。本試験においても、TD97株接種サルでは血中からMV-RNAは4週まで全く検出されず、当然髄液からの検出も髄液細胞増多症も起こらず、CNSに病変は見られず、CNSへのウイルス侵入はなかったものと見なされ、TD97株経鼻接種法のCNSへの安全性が再確認された。ワクチンウイルスTD97株の経鼻接種法と皮下接種法の有効性比較試験では、両者の血中抗体産生に差は見られず共に良好であり、唾液中のSC-IgA抗体は予想通り経鼻法の方が良好な産生を示す成績が得られた。感染防御に重要と考えられる細胞性免疫能については今回比較出来なかったが、抗体産生に関して経鼻接種法は従来の皮下接種法に劣らないという成績が得られた。この試験の経鼻接種サル4頭に対しては接種後10ヶ月目にHL株の攻撃試験を行ったところほぼ完全な感染防御効果が見られた。TD97株の経鼻接種法と皮下接種法比較試験における体液からのMV-RNA検出試験で、経鼻接種サルは4頭中1頭の咽頭スワブ1週目検体のみから、一方皮下接種サルでは4頭中2頭の末梢血リンパ球1週目検体のみからMV-RNAが検出された。またCNS侵入性試験においても、TD97株経鼻接種サルは2頭中1頭の咽頭スワブ1週目検体のみから検出され、TD97株の経鼻接種法ではMV-RNAは咽頭スワブのみから検出され、血液からは検出されない。これらの成績から、接種法によりウイルスの初期増殖部位が異なっていることが推察される。すなわち、MV-RNAの検出部位が皮下接種の場合は血中なのに対して、経鼻接種の場合は接種局所であるので、皮下接種よりも血中移行抗体の影響を受けにくいことが推定される。麻しんの常在している途上国では麻しんの感染年齢が低く、母からの移行抗体を持つ乳児に有効な麻しんワクチンが求められており、Edmonston Zagreb 株が挫折して以来、現在これに適したワクチンを模索中であるが、本ワクチンの成績は乳児用ワクチンとしての期待を抱かせる。経鼻投与法の安全性を確認するために「単回及び反復投与毒性試験ガイドラインの改正について」(平成5年8月10日薬新薬第88号厚生省薬務局新医薬品課長及び審査課長通知)を遵守し、カニクザルを用いた単回投与毒性試験を実施したが、被験物質に起因する毒性は何ら見られず、これまでのサル接種試験の成績と一致するものであった。
結論
本年度のサル接種試験において、TD97株を用いる経鼻接種ワクチンの中枢神経系に対する安全性が確認された。また皮下接種法との比較試験において、血中抗体産生能は同等で局所IgA抗体産生能はより高い傾向が認められた。また強毒株の攻撃に
対してほぼ完全な感染防御能を示した。更に,GLPに準拠したサルを用いた毒性試験で,本ワクチンの安全性が確認された。本ワクチンは皮下接種法に比して移行抗体の影響を受けにくい可能性が示唆され、途上国での使用に適するワクチンとしての可能性がより高まったと考えられる。
対してほぼ完全な感染防御能を示した。更に,GLPに準拠したサルを用いた毒性試験で,本ワクチンの安全性が確認された。本ワクチンは皮下接種法に比して移行抗体の影響を受けにくい可能性が示唆され、途上国での使用に適するワクチンとしての可能性がより高まったと考えられる。
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