規制薬物の依存メカニズムと慢性精神毒性に関する神経科学的研究

文献情報

文献番号
199900728A
報告書区分
総括
研究課題名
規制薬物の依存メカニズムと慢性精神毒性に関する神経科学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 光源(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 三木直正(大阪大学大学院)
  • 長谷川高明(名古屋大学医学部)
  • 五味田裕(岡山大学医学部)
  • 大熊誠太郎(川崎医科大学)
  • 鍋島俊隆(名古屋大学医学部)
  • 佐藤公道(京都大学大学院)
  • 鈴木勉(星薬科大学)
  • 笹征史(広島大学医学部)
  • 山本経之(九州大学薬学部)
  • 伊豫雅臣(浜松医科大学)
  • 西川徹(国立精神・神経センター)
  • 丹羽真一(福島県立医科大学)
  • 氏家寛(岡山大学医学部)
  • 小山司(北海道大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
28,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
覚せい剤(メタンフェタミン、MAP)を主とする薬物依存と覚せい剤精神病の増加に対応するため、薬物依存メカニズムと慢性精神毒性の発生機序の解明を研究目的とした。
研究方法
薬物依存および精神毒性の発現メカニズムに関する神経薬理学的研究では、主に生化学、神経薬理学、行動薬理学の手法を用い、薬物精神病の検出・診断に関する研究では、主に神経化学、分子生物学、核医学の手法を用いた。
結果と考察
(I)薬物依存メカニズムに関する研究
1. ラット自己投与法を用いてのコカイン依存症モデルに関する基礎的研究(山本経之)では、アデノシンA1 受容体作動薬 CHA が用量依存的にコカインの報酬効果を増強する結果を得た。さらに、コカインを生理食塩水に切り換えてコカイン摂取が出来ない状況下にすると、レバー押し反応が増強され、この反応はストレス付加により再燃した。
2. コカイン誘発数種薬理作用の遺伝解析(鈴木勉)では、近交系SMXA RI系マウスを用いて、コカインの数種薬理作用の発現に関与する染色体およびその遺伝子座の同定を行った。コカイン誘発自発運動促進作用には第 4、6、14 染色体上の7遺伝子座、その逆耐性形成には第 3、4、5、8、12、16染色体上の 52 遺伝子座、さらに誘発報酬効果の発現には第 5、8、9、15染色体上の13遺伝子座が関与していることを明らかにした。
3. MAP反復投与によるラットの腹側被蓋野ドパミン神経におけるD1/D3受容体機能の変化(笹 征史)についての研究では、D1とD2受容体では機能亢進があるが、D3受容体を介する反応ではないことを明らかにした。MAPの反復投与によりドパミン神経系においてD1とD2受容体の両者に感受性の亢進がおこると考えられる。
4. MAP依存動物モデルを用いたMAP体内動態および脳内移行の解析(長谷川高明)では、MAP投与後の血中濃度および脳組織間隙内濃度が、正常動物に比してMAP依存動物モデルにおいて有意に高値になることが明らかとなった。MAP依存には、一部臓器へのMAP集積性の低下や血液脳関門におけるMAP輸送能の変化などによるMAP体内動態お
よび脳内移行の変化も関与していることが示唆された。
5. 依存性薬物の連用による薬物動態の変化と依存強度の解析:場所嫌悪性試験法による検討(五味田裕)では、ナロキソン誘発退薬症候がニコチン投与で抑制されることを明らかにし、中枢ニコチン受容体ならびにドパミン受容体が重要な役割を演じていることを明らかにした。これらのことはモルヒネ退薬症候発現に対する代替薬品としてニコチンの有用性を示唆するものと考えられる。
6. アポトーシス関連新規遺伝子Amidaのモルヒネによる発現変化と機能解析(三木直正)では、新規蛋白質としてAmidaを単離し解析した結果、Amidaは核蛋白質であり、神経細胞死を引き起こすことを明らかにした。ArcはAmidaと会合し、その細胞死を抑制する作用があり、慢性メタンフェタミン精神障害にArc/Amidaが関係している可能性がある。一方、モルヒネ急性投与によりAmidaが、誘導されることを見出した。モルヒネ慢性投与後ではモルヒネによる急性誘導が見られなくなることより、Amidaがモルヒネ依存・耐性形成にも関係している可能性が示唆された。
7. クローン化オピオイド受容体発現細胞におけるアゴニスト持続的処置の細胞内情報伝達系への影響:regulator of G protein signaling (RGS)に関する検討(佐藤公道)では、オピオイド受容体遺伝子を発現させた培養細胞にモルヒネを数時間、持続的に処置することにより、G蛋白質αサブユニットのGTPase活性を抑制的に調節するRGS 4-mRNAの発現量が増加することを明らかにした。これは、RGSがモルヒネ依存形成にブレーキをかける役割をしている可能性を示唆している。
8. 薬物依存における細胞内情報伝達物質の役割:フェンシクリジン誘発場所嫌悪性および場所嗜好性におけるcyclic AMPの役割(鍋島俊隆)では、フェンシクリジン嫌悪性および嗜好性の獲得および形成過程にも脳内cAMPが関与していることが示唆された。
9. ニコチン長時間曝露に伴う神経細胞機能変化(大熊誠太郎)では、アルコール、ニコチンおよびモルヒネなどの依存性薬物の依存形成において、電位依存性Ca2+チャネルのうち、L型電位依存性Ca2+チャネルのみの活性増加が生じ、この増加は電位依存性Ca2+チャネルのCa2+に対する親和性の亢進によることが明らかとなった。
(2)慢性の精神毒性に関する研究
1. 覚醒剤逆耐性現象における中枢ヒスタミン神経系の作用は、ヒスチジン脱炭酸酵素遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究(佐藤光源)が行われた。L-ヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)遺伝子ノックアウトマウスにおいて、MAPの急性薬理作用と逆耐性現象の形成が促進されることや、脳ヒスタミン神経系がMAP逆耐性現象の形成過程を抑制する機能系であることを明らかにした。
2. 少量の非選択的あるいは選択的neuronal NO synthesis阻害薬のmethamphetamine神経毒性に対する影響(小山 司)では、Nω-nitro-L-arginine methylester(L-NAME)の低用量を前投与すると、MAPによる神経毒性(ドパミン、セロトニンと代謝物の組織内濃度の持続的減少)が増強した。neuronal NOSの選択的阻害薬である7-nitroindazoleの低用量の前投与でも、L-NAMEの前投与と同様の結果がえられた。
L-NAMEの高用量が同神経毒性を減弱するという先行研究と異なり、低用量では増強させることが判明した。
3. 行動感作獲得における海馬の役割と海馬に対する神経毒性効果に関する研究(丹羽真一)では、グルタミン酸受容体に富むラット腹側海馬をイボテン酸で破壊すると、MAP逆耐性の形成が遅れ、また、高用量のアンフェタミンは腹側海馬分子層に特異的な体積減少を生じることを示した。
4. 覚醒剤およびフェンサイクリジンによる精神障害に関与する遺伝子の検索(西川徹)では、新規遺伝子mrt-1が分子量65kDaのユニークな新規タンパク質をコードし、C末端が異なる二つのアイソゾーム(α、β)が存在すること、覚せい剤に著明な応答を示すのはβアイソゾームをコードする転写産物であることを明らかにした。
5. PETを用いた覚醒剤使用者の線条体ドパミン・トランスポーター(DAT)に関する研究II(伊豫雅臣)では、覚せい剤の主な中枢作用部位であるDATの密度が覚せい剤を長期に乱用するほど減少し、その減少は長期断薬後も持続することが明らかになった。また、DAT密度の減少が精神病症状の重症度と相関することが分かった。
結論
1.薬物依存の発生機序に関する研究では、コカインの報酬効果をアデノシンA1 受容体作動薬 CHAが増強することから、求薬行動の動因となる渇望(craving)に同受容体を介した機能系が関与することが示唆された。また、コカインの中枢薬理作用の発現には複数の染色体とその遺伝子座が関与し、フェンシクリジンへの嗜好性や嫌悪性の形成に脳内cAMPが関与していることが示唆された。モルヒネ依存と耐性形成には、アポトーシス関連新規遺伝子Amidaが関係しており、その依存形成をregulator of G protein signaling (RGS) が抑制している可能性が示された。また、モルヒネ退薬症候の発現に対する代替薬としてニコチンの有用であり、ニコチンやモルヒネへの依存形成によりL型電位依存性Ca2+チャネル活性が選択的に増加した。
2.覚せい剤精神病のモデルである逆耐性現象の形成機序と関連して、メタンフェタミン(MAP)の反復投与でドパミン神経系のD1・D2受容体のいずれにも感受性の亢進がおこることや、その形成にはMAPの体内動態や脳内移行の変化が関与することがわかった。MAP逆耐性現象の形成に特異的に関わる新規遺伝子mrt-1が発見されているが、MAPに著しく応答するのはそのβアイソゾームをコードする転写産物であることがわかった。また、脳ヒスタミン神経系がMAP逆耐性現象の形成を抑制することがHDCノックアウトナウスで確認された。さらに、MAPによる神経毒性がNOsynthesis阻害薬L-NAMEの高用量で減弱し、低用量で増強することから、NOが神経毒性に関わることが示され、高用量のアンフェタミンが腹側海馬分子層に特異的な体積減少を生じることがわかった。臨床的には、覚せい剤乱用者の脳内DAT密度が乱用中止後も長期にわたって減少し、それが精神病症状の重症度と相関することが明らかになった。

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