侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム構築に関する研究

文献情報

文献番号
199900712A
報告書区分
総括
研究課題名
侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
内田 幸憲(神戸検疫所)
研究分担者(所属機関)
  • 倉根 一郎(国立感染症研究所)
  • 鈴木 荘介(名古屋検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1967年のマールブルグ病以来30余年が経過し、1969年にはナイジェリアにおけるラッサ熱の発生、1976年スーダン、ザイールにおけるエボラ出血熱の発現、1995年ザイール、1996年ガボン、コートジュボアールへのエボラ出血熱の拡大、1993年アメリカ合衆国におけるハンタウイルス肺症候群の突然の出現、1999年にはマレーシアでのニパウイルス脳炎出現、アメリカ合衆国でのウエストナイル脳炎の侵入事件等、ウイルス感染症への感染機会は世界中で高まっている。そして、これらのウイルス感染症の多くは動物・昆虫由来の感染症(ズーノージス)である。一方、物質の大規模な国際交流を背景に、世界的に感染症輸入のボーダレス化を迎えている。新たな感染症の脅威は、我が国においても外来感染症の増加とその多様性が懸念され、人に対してはもちろんであるが、これら感染症の媒介能を有する侵入動物・ベクターに対する検疫体制にも抜本的な対応を含む問題を提起している。海外においても限られた地域に存在する改正検疫法に規定されているウイルス性出血熱等の媒介能を有する動物の調査に関する調査研究として、航空機・船舶(コンテナを含む)及び検疫区域におけるベクターサーベイランス及びコントロール、並びに感染症の媒介可能な侵入動物に関する検査方法の在り方、そして海外におけるこれらに対する調査方法の研究を行い、これらの調査研究に基づいた検疫対応の検討、実際の業務に反映させるための指針策定を検討する。
研究方法
種々の感染症の媒介体の代表であり、侵入動物の中心であるネズミ族について、外来性か否かの判定を科学的手法である遺伝学的分析(染色体検査、生化学的標識遺伝子検査及びミトコンドリアDNA検査)を用い我が国の港湾や空港で捕獲したネズミ、外国航路の船舶内で捕獲したネズミ及び台湾の国際港で捕獲したネズミについて検査を行った。もう一方の侵入ベクターの代表である蚊族について外来性か否かの判定を形態学的に行うべきか、分子生物学的に行うべきかいまだに学問的に定まらないため、文献的検討を行った。また、蚊族の検査において、ウイルスに感染した媒介蚊の疫学情報を早期に得るために、デング熱ウイルス感染蚊を用い、one step RT-PCR法を確立し、デング熱ゲノムの検出について検討した。ウイルス性出血熱の病原体検査法の開発に関しては、クリミア・コンゴ出血熱(CCHF)ウイルスのウイルス核蛋白のcDNAをパスツ-ル研究所(フランス)より供与を受けた。組換えバキュロウイルスを作製し、IgG ELISAの開発を目指した。またCCHFウイルスの核蛋白(CCHF-NP)を恒常的に発現するHeLa細胞株を樹立して蛍光抗体法(IF法)の確立を目指した。諸外国の侵入動物及び侵入ベクターサーベイランスシステムの調査は、アンケートを作製し、人獣共通感染症にかかわる動物・ベクターのサーベイランスシステムの調査として、カナダ、アメリカ合衆国、中華人民共和国、韓国、台湾、フィリピン、シンガポール、オ-ストラリア、ニュージーランド、ドイツの10ヶ国に電子メール、航空郵便またはファックスにて行った。質問票はA,Bに分けられ、質問票Aにおいてサーベイランスがなされている場合に限って、質問票Bに回答してもらうこととした。質問票Bでは黄熱、デング熱、日本脳炎などの蚊媒介性疾患、ラッサ熱、ハンタウイルス肺症候群などのげっ歯類媒介性疾患、クリミア・コンゴ出血熱、ライム病などのダニ媒介性疾患、そして狂犬病やその他の人獣共通感染症について疾病別のサーベイランスシステムについて、一疾病一シートの形式で質問した。
結果と考察
全国の主要空海港の港湾区域、外国航路船舶にて捕獲した
ネズミの遺伝学的分析において、小樽港では、オセアニア型クマネズミの侵入定着が初めて確認された。横浜港では東南アジア、中国華南地方に広く分布するキャスタネウスマウスや欧州やオーストラリアなどに分布するドメスティカスマウス(いずれもハツカネズミ)が存在することが確認された。また、船舶内でのネズミは、それぞれ自国から船内へ侵入したネズミであることが確認された。台湾で捕獲したネズミは台湾在来種であり、日本の在来種との比較ができた。いずれにせよ、ネズミの分類同定法として外部形態のほかに遺伝学的検査法を導入することは、外来種を決定するために大いに有効であった。侵入ベクターの代表である蚊科の分類同定についての文献的検討を行ったが、分子生物学的同定は近年始まったばかりで、外来性か否かの判定を行うサーベイランス現場で利用するまでには至っていないと思われた。現状では形態学的判定を行うとともに、蚊が保有する病原体検索を併用することが望まれる。今回はデング熱ウイルスゲノムの高感度かつ特異的な増幅・検出を行うために改良した one step RT-PCR法を確立した。本法を用いて1個体の陽性蚊、49個体の陰性蚊のプールからデング熱ウイルスゲノムを検出することができた。本症流行地での媒介蚊対策を検討する際に、本ウイルスを保有している媒介蚊の動態を把握することに本法が応用されることが期待される。また、ウイルス性出血熱の1つであるCCHFのスクリーニング検査法の開発に関して、CCHFウイルス核蛋白(CCHF-NP)を抗原とするIgG ELISAやIF法を確立をし、この検査法が感度と精度ともに高いものであることを確認した。BL4の高度安全研究施設が可動できない我が国において重要な検査法が開発された。この系は人血清に対する反応系であるため、今後は侵入動物・ベクター(ネズミ、マダニ)のスクリーニング検査にも応用できるものとしたい。諸外国のサーベイランスシステムに関するアンケート調査では、韓国、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドの5ヶ国から最終回答が得られた。アメリカ合衆国とフィリピンは回答が間に合わなかった。回答のあった5ヶ国すべてで、サーベイランスシステムが機能していた。水際防疫としてのサーベイランスは、シンガポール、ニュージーランドで行われていた。サーベイランス期間・時期、サーベイランス地域、サーベイランス方法は、対象疾病、ベクター・動物により効率的に調整されていた。サーベイランスで得られた検査資料は、バイオセーフティ規則に従い厳重な管理運営がなされ、サーベイランスにより得られた情報はインターネットなどにより積極的に還元されていた。
結論
初年度の研究計画は十分に達成できた。遺伝学的分析による侵入動物の実態調査では、小樽港、横浜港において外来種のネズミの定着、存在が確認された 。侵入ベクターの代表である蚊科の分子生物学的解析の現場での応用は現状では利用するまでに至っていないが、デング熱ウイルス陽性蚊の検出が可能となり、デング熱ウイルスを保有している媒介蚊の動態を把握することが可能となった。また、CCHFウイルスの特異抗体をIgG ELISAやIF法で検出できるようになり、ネズミ血清等のスクリーニング検査の基礎検討が完了した。諸外国における人獣共通感染症にかかわる動物及びベクターサーベイランスシステムのアンケート調査では、5ヶ国から最終回答が得られたが、さらに詳しく分析整理を行うとともに、期限までに回答されなかった国からの情報を加えて、21世紀の日本と世界の人獣共通感染症サーベイランス体制作りに寄与する資料としたい。また、侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム作りにおける中核的理論構築の資料としても活用したい。

公開日・更新日

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