急性砒素中毒の生体影響と発癌性リスク評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900701A
報告書区分
総括
研究課題名
急性砒素中毒の生体影響と発癌性リスク評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山内 博(聖マリアンナ医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田貴彦(東海大学)
  • 坂部 貢(北里研究所病院)
  • 藤本 亘(岡山大学)
  • 中井 泉(東京理科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、急性砒素中毒における生体影響について、1)「砒素暴露とDNA損傷の関係」、2)「先進的な生体試料中砒素の測定に関して、放射光蛍光X線分析装置を用いた測定法の確立について」など和歌山市で発生した急性砒素中毒患者の試料を用いて検討した。
次に、急性砒素中毒患者の妊婦において、妊婦が高濃度な無機砒素を摂取した場合、胎児の脳中枢神経障害と免疫毒性について、動物実験モデルを用いて解明を試みた結果を報告する。
研究方法
(対象者-急性砒素中毒患者について)急性砒素中毒についての対象者は、1998年7月25日、和歌山市で発生したカレー毒物事件の患者63名である。対象者は男性29名、女性34名で合計63名である。対象者を年齢別に区別すると1-12歳は20名、13-50歳は30名、そして、50歳以上は10名である。次に、健常者は我が国に居住する成人で、内科的な検診と生化学的な検査を実施し、異常者を除いて249名を対照者とした。健常者の尿は、尿中8-OHdG濃度の対照値に用いた。(動物実験)妊娠ラットは体重368.0±29.6gのSPF/VAF rat(日本チャールス・リバー社)をそれぞれの実験群において1群3匹として使用した。妊娠ラットは生後9週で初産である。妊娠ラットに投与した三酸化二砒素は、シグマ社製 (St.Louis, MO, USA)の純度99.9%の製品を使用した。三酸化二砒素は少量の水酸化ナトリウム溶液で溶解し、その溶液を蒸留水で希釈し、その三酸化二砒素溶液をラットに投与した。三酸化二砒素を投与したラットは妊娠17日目である。ラットに一回経口投与した三酸化二砒素の投与量はLD50の1/4 (三酸化二砒素として、8.5mg/kg)である。三酸化二砒素投与後、12、24、48時間目にラットを屠殺した。対照群の妊娠ラットは無処理で用い、妊娠19日目に屠殺した。妊娠ラットはハロセンで麻酔後、下大静脈より21-Gの注射針を付けた注射器で採血を行った。胎仔は子宮を摘出し、その後、胎盤、臍帯、胎仔を個々に分離した。子宮を摘出したラットは左心室よりヘパリン入りPBS溶液を注入し、右心室を放血路とし、臓器と組織の血液を灌流した。胎仔の臓器と組織に含まれる血液は、技術的に困難なことから灌流は実施していない。血液の灌流をした後、母獣のラットから脳を採取した。組織は組織診断用として凍結保存及びパラフィン切片を作成する試料としてそれぞれ保存した。脳中砒素の測定用に、母獣と胎仔の試料は-80℃で凍結保存した。
結果と考察
1998年7月25日、和歌山市で発生した52名の急性砒素中毒において、尿中8-ヒドロキシ2-デオキシグアノシン(8-OHdG)濃度の検査を実施した結果、亜ヒ酸摂取量に対して依存的にDNA損傷は発生し、その現象は尿中8-OHdG濃度の上昇として評価された。体内で過剰に生成されたDNA損傷は、生体の治癒力により、約半年後には回復する傾向が観察され、一年後には完全に回復が確認された。胎児期に急性砒素暴露を受けた場合に、胎児および小児において脳障害が発生するかについて妊娠動物を用いて検証を試みた。妊娠17日目のラットに三酸化二砒素を一回経口投与した結果、母獣に比較して胎仔の脳中総砒素濃度(無機砒素とその代謝物の総和)は上昇し、その結果、母獣の脳組織にアポトーシスは認められなかったが、一方、胎仔の脳には顕著にアポトーシス細胞の検出が認められ、将来その後遺症として、脳障害の出現することが示唆された。妊娠ラットの一次免疫中枢、特に胸腺におけるTリンパ球の分化・成熟に、急性投与された砒素がどのような影響を与えるかについて、未熟リンパ球のサイトカイン反応性・サブセット解析・アポトーシス解析を中心として検討した。その結果、妊娠時の砒素暴露は、一次免疫中枢としての胸腺に重大な影響を、特に「自己と非自己の選択能力」という免疫系の要と考えられているポイントで致命的な影響を与えることが判明した。急性砒素中毒患者の生検試料の放射光蛍光X線分析を行った。毛髪断面のマイクロビームを用いた分析より、砒素中毒の場合には砒素は毛髪周辺部に分布することが明らかとなった。
結論
無機砒素の過剰摂取により体内でDNA損傷が生じることは、尿中8-OHdG濃度の測定により明確に評価できることが明らかとなった。DNA損傷と三酸化二砒素摂取量との間には有意な相関関係が成り立っていた。これに対して、砒素によって生じたDNA損傷は生体の治癒能力により修復され、多くの患者において約半年でその効果が認められた。しかし、その作用機序は不明であり、
今度の研究課題と考える。次に、森永砒素ミルク事件の追跡調査により、乳児の段階に過剰な無機砒素を摂取した場合、脳中枢神経障害が発生する事実が報告されている。砒素暴露と脳障害の問題に関しての動物実験を実施した結果、脳血液関門が未成熟な胎仔の脳には、母獣に比較して砒素の取り込み濃度が高くなる傾向があり、この砒素が原因でのアポトーシス細胞の過剰出現が認められた。しかし、脳血液関門が完成している母獣にはこの現象は観察されなかった。これらの結果から、将来において胎仔の段階で過剰な砒素に暴露された動物における、脳障害の発生に関する研究のさらなる必要性を感じた。

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